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ストーリー詳細 — 未来にキスを

共通序章+4つの展開+最終話 GENESISの全体構造を解説。各展開の結末・哲学的核心をアコーディオン内に格納。 ▼結末を読む はネタバレを含みます。 プレイ済み設定をするとアコーディオンがデフォルトで展開されます。

序章共通序章 — 4月10日からの2週間4/9 (日)〜4/22 (土)

主人公・笹本康介は、両親が「アディオス」と言い残して南米へ行ったまま、叔母夫婦の家に去年から居候している。同居しているのは同い年同クラスの従妹・飛鳥井霞。「お兄ちゃん」と呼んでべったり甘えてくる、朝の弱い天然系の少女だ。

4月9日(日)、叔母夫婦が翌朝出発の2週間の結婚記念旅行を見送られる。霞は「大丈夫だもん、大丈夫だもん、大丈夫だもんっ」と母親に抗議するが、信用されない。叔母は「ほんとに大丈夫かな、この子」と心配を募らせて出発。同日夜、康介と霞は神経衰弱に興じて風呂に入り、霞は同じ布団に潜り込んできて告げる。

「お兄ちゃん、ボクのこと、奴隷にして?」

4月10日(月)昼、霞はその意味を「ボクね……お兄ちゃんのものになりたいの」「だからね、ボク、お兄ちゃんの奴隷になりたいの」「ボクに……その……えっちなこと、して?」と説明する。康介は受け入れ、「うん、判った。……今日から、霞は俺の奴隷だ」と返答。霞との肉体関係が始まる。

以後2週間。岡崎さん(おもちゃのピコピコハンマー)で霞を起こし、ハンバーグばかりの食卓を回す共同生活と、それと並行する性行為が日常として積み重ねられる。霞は犬用の首輪を買ってもらい、街中でも「奴隷の印」と言って嬉しがる。

並行して、家に勉強を教えに来る柚木式子、神社で出会う神託研究会員の神澤悠歌、通学路で絡んでくる後輩の守里椎奈との関係が増えていく。

式子とは酔った夜に部室や自転車置き場で関係を持ち、悠歌とは「神様の声を聞く=他人の心を理解する」という巫女論を介して心が近づき、椎奈とは秘密の漏洩を巡る攻防を経て心の距離が縮まる。事件らしい事件は起こらない春のひと月。プレイヤーは「日常」の薄皮一枚下にある関係の温度を、どこへ持っていくかを選び取る。

4月23日(日)、叔母夫婦が帰国する日、康介はどの関係を「選び取る」かでエンドが分岐する。

霞の展開 — 翼蛇のリングへNEW TESTAMENT

霞との「奴隷」関係を最後まで選び続け、叔母帰宅夜に首輪に代わる物を渡す。

共通シナリオ中、康介は霞との関係を一貫して選び取る。霞は朝の岡崎さんで叩き起こされ、髪をなでられて喜び、料理に挑戦してキッチンを散乱させながらも諦めない。シャワー場面で制服を濡らされたまま「服がぴたって肌にひっつくのも、気持ちいい。安心する」と言う霞は、束縛=安心という構造そのものを体現する。

休日の昼下がり、康介と霞が誰もいない学校に忍び込み、食堂・下駄箱で関係を持つ。霞はその過程で首輪を着用するようになり、「ご主人様」と呼ぶようになる。叔母帰宅前夜には「ボク、ずっと前から……お兄ちゃんしか……見えてないよ」と告げる。

NEW TESTAMENTトゥルー的

叔母夫婦が帰国する夜。康介は霞に対して、犬用の首輪を外し、代わりに翼を持つ蛇が彫られた金色のリングを渡す。康介の父が以前に置いていった指輪だ。霞は「奴隷契約」の旧い印を外し、新しい契約——「新約」を結び直す。明示的に関係を継続することを誓い合うこのシーンが NEW TESTAMENT(新約)の核心。

その後、霞ルートは「楽園」と題された後日譚へと続く。3週間後、叔父側の親戚の少女・飛鳥井慧子が短期滞在しに来ることで、物語は本作のテーゼに収束する。慧子は霞に告げる。

「霞ちゃんはお兄ちゃんという個人が好きなんじゃなくて、『お兄ちゃん』っていう概念が好きなんだよ」「霞ちゃんがほんとのお兄ちゃんを見てないのは、全然悪いことじゃなくて、それは希望なの」

慧子と式子が語る「新しい人類」「パラダイス」の構造のもとで、霞は「お兄ちゃんといっしょにいなかったとしても。お兄ちゃんの全部がボクのものじゃなかったとしても。どんな時でも、ボクの中にはお兄ちゃんがいる」と独白する。康介は「俺たちは存在してる以上、ずっと幸せなんだ」「俺たちは平面的な感じがする……絵に描いたみたいって言うか、2次元的っていうか……そんな、存在してないみたいな存在だからこそ、幸せなんだろうな」とほぼ作者の主題そのものを口にする。

霞は最後に「だったら、何にも考えずにお兄ちゃんのこと、好きって言っていいかな?」と尋ねる。霞の「お兄ちゃん」呼びは、もはや康介個人に向けたものではなく、霞の中に既に存在していた「お兄ちゃん」概念への愛として確定する。それこそが本作のいう「新しい人類の希望」である。

式子式子の展開 — 残骸の上の関係IN CHAOS

式子と部室・酔った夜・自転車置き場での関係を持ち、叔母帰宅日の午後に式子と街に出る選択。

式子は神託研究会の幽霊部員で、霞に勉強を教えに来る親友。クラスでは康介を「メガネさん」と呼び、憎まれ口を叩き合う関係。4月17日(月)の朝、式子は教室で哲学的問答を仕掛けてくる。

「現実なんて言っても、そんな教条主義的なものが存在しないのは判ってるけどね」「現実に帰れなんて言ったところで、とっくの昔に帰るべき故郷なんてなくなってるからね」「せいぜいあるものといったら、二者択一か三者択一の現実の残骸くらい」

康介は「まあ、残骸だろうが何だろうが、そこが俺たちがいる場所だからな」と返す。この応酬が、式子の「特権的な物語が始まっちゃった以上、日常なんてのはもはや存在しない」発言と接続して、康介の覚悟の根拠にもなっていく。

酔った夜の式子は、康介の部屋で「今日だったら、わたしのこと、好きにしていいよ? ていうか、むしろ好きにして? 欲望のままに、ね」と申し出る。以後、部室・自転車置き場・「ご休憩」の休憩所など、式子の側から仕掛ける関係が連続する。式子は「あなたとの物語をね、前みたいに強制的じゃなくてね、自分の意志で選び取りたい」と告げる。

IN CHAOS混乱したままの定常状態

4月23日(日)。叔母帰宅日の昼、霞は「お兄ちゃん、お母さんたちが帰って来るまでに戻ってね」と送り出す。康介は街で式子と落ち合う。式子は「ごめんごめん、待った?」と30分平気で遅刻して現れる。

二人はハンバーガーを食べ、ホテル(式子の言う「ご休憩」)に入り、午後の散歩を続ける。腕枕で式子は「あなたとわたしの短い距離の間に……2人の体温とか、肌の感覚とか、呼吸とか、匂いとか……そういうのが一緒くたになって、1つの世界を作ってる」「ほんと……羊水みたいな世界」と語る。

けれど関係は明確に「進む」ことなく、曖昧なまま落ち着く。式子の「未来に向けて考えるなんて、できやしない」「結局……物事を考えるなんていうのは、後ろ向きでしかないんだけどね」という冷笑的世界観を、関係そのものとして引き受けたエンド。「現実の残骸」の上で関係は続いているが、それが「先に進む」ことを意味しないという、定常状態の混乱がそのままタイトルになっている。

後年、霞ルート後日譚の手前で式子はこう宣言する。「わたしたちは進化しようとしてるの。『社会性』を克服してね」「今まで人類を支配してきた最悪のを抜け出して、自分だけの檻に入るの」「存在を存在として認識せずに、非存在への愛を存在に対して注ぐ」「旧い人類が滅びて、わたしたちが生き残ったの」——この発言は霞ルートに登場するものだが、IN CHAOS の式子の関係性も、この「自分だけの檻に入る」哲学の地続きにある。

椎奈椎奈の展開 — 檻からの脱出AUTOMATON

椎奈との関係を深め、椎奈との夜の街歩きを選ぶ。彩子の長台詞を経て、夜明けの河原へ。

椎奈は通学路の常連。電柱に正面から突っ込んで初登場し、康介に「おにーちゃん」と挨拶する。霞とは小さい頃からの幼馴染で、霞と一緒に中谷を「しゃもじの貴族」と呼ぶ。母親の彩子を「悪魔」と呼んで毛嫌いしているが、康介から見ると彩子は終始穏やかな美人だ。

椎奈は霞と康介の関係を見抜くが、それを揶揄するのではなく「霞ちゃんはうらやましいです」「絵に描いたような青春さんですよ」と素直に言う。投石器の夜——「ししおどしを投石器に改造してやったですよ!」「禁断のオーバーテクノロジーによって、風情をかもしていたししおどしは、恐怖の殺戮兵器へとその姿を変えたです!」——のあと、康介の窓の下で椎奈は「人並みの青春も送らなきゃ駄目ですか?」「わたしの自由っていっても、欲しがるのが自由なだけです」と漏らす。

AUTOMATON自動機械から人間へ

椎奈ルートの中核は「家族という、人の頭の上で動く形のないものに支配されている」状態。椎奈は表面的には自由に振る舞っているが、内面では「お母さん」「家族」というものに強く縛られている。

河原で彩子は康介に長台詞を語る。「もしもわたしが椎奈を支配してたんだとしたら、それはすごくいいことだったの」「けど椎奈は……わたしでもなくて、椎奈自身でもなくて、何か別のものに支配されてたのね」「家族って、一緒にいたら幸せだし、便利なものだけど……それがいつの間にか、独りでに動き出して、その中にいる人を支配するようになっちゃう」「この世の中には人しかいないはずなのに、人以外のものが人の上に立つようになっちゃう」「人が人でないものに支配されたら……それはもう人じゃなくなってる」。

彩子は康介を「自分で動いてる。何にも支配されてない」「ほとんど、奇跡的なくらい」「眩しい子」と評し、椎奈を解放する役を康介に託す。

椎奈と康介はその夜、一晩中街を歩く。「何かを反抗的にしたい」のではなく、ただ「檻」から出る必要があった。河原で朝を迎え、椎奈は「あそこはもう……檻じゃないです」と告げる。寝ぼけ眼の椎奈を家まで送り届け、玄関先での別れ際の儀式を経て、エンドの副題「自動機械から人間へ」はここで完成する。

悠歌悠歌の展開 — 世界を閉じる儀式DIVINE

悠歌との神社の関係を深め、最終日の朝に「断絶ゆえの希望」を体感する独白の流れを選ぶ。

悠歌は神社の娘で神託研究会部長、3年生の先輩。父は神主かつ巫女研究の学者で、母と二人で外国の大学に呼ばれて出国中。神社で一人暮らししている。式子に部室掃除を押しつけられて康介と知り合い、その日のうちに「神社の娘」だと明かして康介を自分の神社に招く。賽銭箱に500円玉を入れた康介に「すごい」と素直に喜ぶ。

悠歌は「鋭くて鈍い」と評される独特の感性の持ち主。康介は神社の境内で悠歌から父の研究の引用を聞く。

「巫女さんの力は、人の力だって」「巫女さんの『神様の言葉を聞く』っていう力はね、人が元々持ってる力なんだって」「普通の人ができる『他人の心を理解する』のと巫女さんがする『神様の言葉を聞く』のは、してることっていうのはおんなじなの」「巫女さんはね、神様よりも近くにいる人の心を、普通の人よりももっと知ることができるの」

しかし悠歌はそれを呪いとして体験する。「人の気持ちが判っちゃったら……その人のことでもうどきどきできなくなっちゃう」。康介への「特別の好き」になれない、と告白する悠歌。

DIVINEファーストコンタクト

叔母帰宅日の朝、康介は朝食中の二度寝の浅い眠りで、悠歌の悲しみを体感する。独白として「断絶ゆえに存在する、かすかな希望」が立ち上がってくる。康介は神社へ走り、悠歌の肩を掴んでキスをし、「目を閉じたらいい……ただそれだけなんだ。そうしたら……ほら、俺も悠歌も新しいだろ?」と告げる。

康介は更に語る。「俺たちは……根本的に間違ってたんじゃないかな」「言葉っていうのは、相手に伝えるように話すものじゃないんだ」「むしろ、誰にも伝わらないように話すものなんだ」「自分だけの言葉で、誰にも伝わらないように、自分の内側に向けて」「絶望っていうのは、よく言いがちだけど、人の心が判らないことなんかじゃない。逆に人の心が判ってしまうことだ」。

悠歌は「ありがとう」と「ごりやく」を考える。「お賽銭入れるとね……悠歌さんと康介さんが一緒にいられる」。最終的に悠歌は「キスっていうのは、世界を閉じるためにするんだね」と気づき、二人は世界を閉じる儀式としてのキスを交わす。タイトル「未来にキスを」が直接的な意味を獲得する瞬間。

「ファーストコンタクト」とは、意思疎通を捨て、目を閉じて自分の内側だけで成立する関係を「初めて」結ぶ、ということ。悠歌の鋭さは呪いから祝福へと反転する。

最終話GENESIS — 日常の完全回帰

叔母帰宅から3週間後、ゴールデンウィーク明けの月曜朝。タイトル画面の「START GAME」が「GENESIS」に変わる、全エンド到達後の最終話。

叔母夫婦が帰宅して3週間が経ったある朝。康介の独白から物語は始まる。

「叔母さんたちが帰って来てから、もう3週間が過ぎていた。2週間続いた2人だけの生活だったけど、元通りになるのはそんなに難しくなかった」

霞は相変わらず「お兄ちゃん」と呼び、岡崎さんで起こされる。冷蔵庫にはハンバーグが詰まっている。通学路では中谷さんが横滑りで現れ、椎奈は西本さんを自慢し、式子は遅刻ぎりぎりで来る。悠歌の神社は通学路の途中にあって、相変わらず夜のおばけを警戒している。

康介は思い返す。

「『ボクのこと、奴隷にして?』日常生活にギャップがなかった分、そんな言葉から始まった肉体関係が、何だか現実的に思えなかったのだ」「叔母さんたちが帰って来てからこっち、霞はあの2週間のことを口にしなかった」

GENESIS創世

霞は朝、岡崎さんが見当たらないので「ロバ・イヌ・ネコ・ニワトリの目覚まし」を買おうと言い出し、康介に却下される。中谷さんは相変わらず横滑りで現れ「時間というものが過去から未来へと一方通行に流れている限り、それによって失われるものは確実にある」と急に哲学的なことを言う。椎奈は「ししおどし・改々」の開発計画を進行中。式子は「茶目っ気」で霞をからかい、悠歌は神社で「悠歌さん、お掃除大好き」と相変わらず嘘をつく。

「あの2週間のこと」は誰の口にも上らない。けれど、霞・式子・悠歌・椎奈・中谷・尚樹の全員が、その2週間を通り抜けた後の身体で日常を続けている。表面的には完全に回帰した日常は、しかし「奴隷契約」「現実の残骸」「自走するシステム」「断絶ゆえの希望」を通過した者にとって、初めて見える「新しい世界」になっている——というのが本作の最終的なテーゼ。

GENESIS(創世)は、世界の終わりではなく、「あの2週間」を経た新しい日常の始まりを意味する。意思疎通を介さない関係、自分の中の相手を所有する愛、目を閉じて世界を閉じる儀式——これらを通過した者だけが住むことのできる「楽園」が、表面的には変わらない通学路の風景として描き直される。

「未来にキスを」というタイトルは、未来そのものではなく、未来へ向かう一瞬の所作にこそ意味があるのだという、本作の構えそのものを指している。