大和仁のレビュー — 高2→将軍

大和仁
大和仁
教養の番人
8.0/10
8.0 / 10

永禄年間の戦国を、現代の高校生が「教科書」で渡り歩く——その構造そのものが知的なゲームだった。

2000年10月、アスクから発売されたPS全年齢のADV+RPG。プレイ時にあらかじめ承知しておいてほしい前提を先に挙げる。本作は18禁ではない。シナリオはチームライティング(10名以上のクレジット)で、9系統135エンドのマルチエンディング群像劇という構造だ。ジャンル表記は「チャレンジノベル」。既存ジャンルに収まらない自覚があった証拠の名称だ。ぼくがこの作品を読む軸は二つ。戦国時代考証に作者の調査が見えるかどうか。そして「現代の高校生が戦国にタイムスリップする」というSF的前提が、構造として機能しているかどうか。結果から先に言うと、8.0という評点に値する作品だった。

スコア詳細

設定の整合性 8
世界の奥行き 9
テーマ・メッセージ性 7
設定の独自性 8
文章力 8
歴史的意義 8

「現代の高校知識でタイムスリップしたら」を真面目に考えた一本

「戦国時代に飛ばされた高校生のゲーム」と聞いて、ぼくがまず気になったのは「どの程度ちゃんと戦国を調べているか」だった。

高2→将軍は2000年10月、アスクからPlayStation向けに発売されたチャレンジノベル。9系統135エンドという物量を持つ群像劇で、主人公の現代日本の高校2年生がある日突然永禄年間(1560年代)の尾張に飛ばされる。シナリオは複数ライターのチームライティング、原画はあんも・ないと。ぼくがプレイしたのはPlayStation版(2000年)。

本作の独特なシステムは、主人公が現代から持ち越せる唯一のリソースが「7科目分の高校レベル知識」(体育・社会・国語・理科・芸術・数学・英語)であることだ。各章の選択肢で「○科目○以上で隠し選択肢が解放」という仕掛けが配置されている。導入編で墨俣築城に動員されたとき、社会75以上で「墨俣の一夜城」を連想できる、というふうに機能する。「現代の高校で習った教科書知識」が戦国で武器になる、というメタ構造だ。

ヒロイン陣は戦国側に5名(商人編のかすみ・覇道編の綾乃・海賊編の鈴音・拳聖編の京・宗教編のユキ)と現代側に7名(合気道部の右京ともえ・後輩タイプの鈴宮真央・図書室の雪村栞・お嬢様の春日愛・幼なじみの綾城美穂・園芸部の沢双葉・男友達の鳴海一也)。9系統それぞれで主軸キャラが異なる構造。王道編では秀吉軍の参謀として朝倉攻めから本能寺・山崎までの史実イベントを縦走する。商人編は堺の老舗呉服屋・桔梗屋でてつはう独占戦略を立てる経済劇、海賊編は能島村上水軍に拾われる冒険活劇。編ごとにジャンルが切り替わる火の鳥方式の群像劇だ。

戦国時代考証の足腰——史実の通り道に乗っている

歴史ものとして本作を評価するなら、まず時代考証から検証する必要がある。

主人公が放り込まれるのは永禄年間(1560年代)の尾張、墨俣築城前夜。導入編で秀吉の墨俣築城に動員され、王道編では金ヶ崎の退き口、姉川の戦い、武田攻め、有岡城の戦い、本能寺、山崎の戦と、織田家の主要事件をほぼ網羅して縦走する。年表で並べれば1570〜1582年の織田信長時代の重要イベントが正しく順序通りに配置されている。

細かい話になるが、実在の人物配置も妥当だ。竹中半兵衛が労咳持ち(結核)として描かれるのは史実通り(実在の半兵衛は天正七年=1579年に結核で病没した)。蜂須賀小六が秀吉の古参家臣として配置されるのも、黒田官兵衛が荒木村重に幽閉されるエピソードも、斎藤内蔵助利三が明智家筆頭家老として正しい役職で出てくるのも、教科書水準で読む限り正確だ。

細部の単語選びも妥当。楽市楽座の使われ方、堺の桔梗屋で出てくるてつはう独占の文脈、帆別銭(瀬戸内海の海上関税)といった戦国経済の用語が、ちゃんとそれぞれの場所に置かれている。教科書で習う水準の戦国史を踏まえて舞台が組まれている。歴史考証の足腰はクリアしている、というのがぼくの第一印象だった。

9ではなく8に止まるのは、史実の流れに「乗っている」ことは確かだが「踏み込んでいる」とまでは言いにくいからだ。教科書水準で正確だが、そこから一段先の歴史学的考察にまでは踏み込んでいない。ただ、9系統135エンドという物量設計の中でそれを全部やるのは無理だから、これは構造的なトレードオフとして指摘するだけ。

「現代知識→戦国」というSFの設計——7科目RPGの位置づけ

タイムスリップものは、SFジャンルの中でも特に「整合性が問われる」サブジャンルだ。本作はその検証に耐えるか。

本作の構造を抽象化するとこうなる。現代の高校生が永禄年間に飛ばされる。手元にあるリソースは「腕時計」と「7科目分の高校レベル知識」だけ。7科目はRPGの能力値に対応し、各章で「○科目○以上で隠し選択肢が解放」という仕掛けで戦国を渡り歩く。

このシステム、調べてみると独自性が高い。育成ゲームの系譜で言うと、ガイナックスのプリンセスメーカー系(1991年〜)やジャレコの卒業(1992年)が「能力値で進路が分岐する」仕組みを確立しているけれど、本作はそれを逆向きに使っている。育成して数値を上げるのではなく、「すでに高校で習ったこと」を戦国で発揮するためのチェック装置として能力値を機能させている。「現代の高校で平均的に教えられているもの」を戦国で振り返ると武器になる、というメタゲーム。

これ、SFとしてちゃんと考えると面白い前提だよ。タイムスリップSFの定番論点に「未来人が過去で何を活用できるか」という問題がある。本作はそこに「中学校〜高校で習う一般教養」という最も平均的な現代人の知的水準を当てている。専門知識ではなく、教科書レベル。これがリアリティを生んでいる。「天才科学者がタイムスリップしてオーパーツを作る」のではなく、「平凡な高校生が体育の知識で危機を脱する」。前者は使い古された設定だが、後者の方が現代の高校生プレイヤーに自己投影しやすい。1990年代後半のスニーカー文庫ライトノベル系の方法論(火浦功・新井素子の系譜)に近い感じがする。

「現代の教科書」を真面目に対戦国の武器として描くのは、企画として鋭い。このシステムは「2000年のPSタイトル群の中でもかなり独自」だと思う。

9系統の群像劇——奥行きの量と質

本作の最も特徴的な設計は9系統135エンドという物量だ。これをどう評価するか。

9系統それぞれでジャンルが切り替わる。王道編は史実通りの戦国群像、覇道編は公家姫を匿う政治劇、商人編は桔梗屋での経済劇、宗教編は宣教師ピエールと組む布教ドラマ、芸術編は絵師蘭十郎の弟子になる徒弟物、拳聖編は伝奇バトル、海賊編は冒険活劇、究極編はオールキャストミステリ、現代パートは学園日常。

これ、群像劇の手法としては手塚治虫の火の鳥方式に近い。一つの大きな問い(タイムスリッパーが歴史にどう関わるか)を、ジャンル違いの複数の物語で多角的に検証する。これは群像劇として正統な設計だ。

世界の奥行きという観点では、9という評価をつけた。9系統それぞれが独立した物語として成立しており、かつ編をまたいで時系列・キャラ関係・歴史背景が共有されている。ある編で背景に登場した人物が別の編で主要キャラとして再登場する構造が随所にある。成実(導入編で主人公が助ける村青年)が複数ルートで違う立場で再登場し、芸術編では信長お気に入りの絵師・三崎蘭十郎のもとで成実と並ぶ徒弟になる。蘭十郎自身も芸術編の師匠から究極編の容疑者へと立ち位置を変える。こういうクロスオーバー設計が一つのゲーム内で機能している。物量の中で世界観の統一が取れている。これは評価できる。

テーマ・メッセージ性が7に留まったのは、9系統それぞれを掘っているせいで「一つの大きなテーマが一貫した深さで掘られていない」ことの裏返しだ。「現代の高校知識で戦国を渡る」というメタ的な問いかけ自体は鋭いが、それを群像劇のどのルートでも一貫した深さで掘っているわけではない。テーマが立ち上がる場面と、エンタメに振った場面の落差は大きい。これは群像劇の宿命だが、評価としては7に置いた。

チームライティングの文章力——平均値が高い理由

文章力は8。チームライティングのゲームとしてはかなり健闘していると思う。

本作のシナリオ担当はPROJECT→GENERAL名義に加え、HRUT・KGB・メタルセージ・Sight・ゆう.・月森りう・工藤永里子・嶋田留里・百田郁夫など、10名以上のライター連名でクレジットされている。9系統を章ごとに分担執筆していると推測される構造だ。

こういう体制で書かれた作品は編ごとに文体や密度が極端にばらつくのが普通だが、本作はかなり均質に近い。主人公の一人称が安定していて、自虐ユーモア(「保健体育の鬼と呼ばれた僕」「クラスの歴史マニアの奴だったらこんなの楽勝」)と冷静なメタ目線が混ざる声質が、9系統を通じて一貫している。これは編集の段階でかなり統制を効かせた印象だ。ライター連名作品としてはむしろ模範例に近い。

細部の戦国用語の使い方も実用的だ。後の先摺り足居合一子相伝第六天魔王征夷大将軍上洛。これらが場面ごとに正しい意味で配置されている。剣術用語と政治用語の混在する戦国群像劇として、語彙の取り扱いに不自然さは感じない。

本能寺の変・山崎の戦のクライマックスを描くテキストの密度は、特に高い。文体としての盛り上げが効いている。エンタメ性の高い場面と、政治・経済を扱う渋い場面の両方が同じ水準で書かれているのは、チームライティングとしては難しいことだ。

8.0の根拠——「ちゃんと調べて書かれた群像劇」だった

「教養が作品を豊かにしているか」。それがぼくの評価軸だ。

高2→将軍は、その基準に合格する作品だった。永禄年間の戦国時代考証が教科書水準で正確に組まれている。「現代の高校知識で過去を渡る」というSF前提が、7科目RPGという独特の設計で具体化されている。9系統がそれぞれ独立した物語として成立しながら、世界観の統一が取れている。チームライティング作品としては均質性も高い。

8.0は「明確な知識的根拠がある」という評点だ。9には届かない。戦国史の流れに「乗っている」ことは確かだが、教科書を一段超えて踏み込んでいる感覚までは持てなかったから。「内輪参照ではない」という基準は満たすが、「徹底的に掘り下げた」とまでは言えない。誠実だが、9系統の群像劇という物量配分の中で深さが分散している。それが8.0だ。

歴史的意義の観点で補足すると、本作は2000年のPlayStation全年齢ADV+RPG市場の中で異色のポジションを占める。1990年代後半の卒業プリンセスメーカー系ときめきメモリアルの延長線上にありつつ、「タイムスリップ群像劇+7科目RPG+メタミステリ」というハイブリッドで、当時としてもジャンル分類が難しい一本だった。公式表記の「チャレンジノベル」というジャンル名は、既存ジャンルに収まらない自覚があった証拠だ。野心的だ。歴史的意義8の根拠はそこにある。

「現代の高校生が永禄年間の戦国を、教科書一冊分の知識で渡り歩く。そのアイデアを9系統135エンドの群像劇に展開しながら、織田家の事件年表も瀬戸内海上勢力の組織論もきちんと踏まえてあった。2000年のPS市場で、これだけの教養を背景に持つ一本は珍しい。」

— 大和仁

王道編クライマックスの真相、究極編で明かされる重要人物の正体とタイムループ設計、「お約束講座その1〜10」というメタミステリの面白さ、拳聖編の伝奇要素の位置づけ。これらについてはネタバレレビューに詳しく書いた。プレイ後にそちらも読んでほしい。