逃げなかった作品でございますわ。認めます。
「代価を払うからこそ願いは叶う」というテーゼを、5章のオムニバスに通し続けた作品でございますわ。複数の書き手で章ごとに主人公もヒロインも時代も入れ替わるという、テーマがほどけても不思議でない構造を選びながら、芯のところで揺らがなかったのは認めます。わたくしの本来の嗜好は加害側の動機を最後まで貫く鬼畜系でございまして、本作はその意味では好物ではございません。それでも、作者がこの物語を信じていたという形跡が章ごとに残っておりますわ。7.7は、そういう作品への評価でございます。
スコア詳細
「代価」という一語に呼ばれて手に取りましたの
本作のキャッチに「代価を払うからこそ価値がある」と通じる一語が置かれていると耳に入りまして、それで手に取りましたの。
2000年に無印版、2001年に完全版が出ているねこねこソフトの作品でございますわね。わたくしがプレイいたしましたのは2001年の完全版のほうでございます。構造は5章のオムニバス——第一章「逢津の垰」、第二章「踏鞴の社」、第三章「朝奈夕奈」、第四章「銀色」、第五章「錆」——に True End を加えた形でございますわ。章ごとに主人公が入れ替わり、時代も古代から近代、現代までを跨ぐ。これだけ枠を分けて書くと、テーマが揃わなくなるか、揃えるために嘘をつくか、どちらかに転びがちでございますの。
わたくしが本作に向き合うに当たって、最初に置いた問いは一つだけでございました。「代価を払うからこそ願いは叶う」というテーゼを、5章を跨いで本気で信じきったか。テーマを掲げる作品はいくらでもございます。掲げたテーマを最後まで担いだ作品となると、途端に数が減ります。本作はそのどちらに属するか。それを見るために手に取りましたわ。
結論から申し上げてしまえば、本作は前者ではなく後者の側に踏み留まりましたの。わたくしの嗜好からすれば純愛寄りの章が多うございまして、本来は積極的に勧める棚ではございません。それでも、評価軸が「覚悟」である以上、認めるべきは認めますわ。
第一章——「名のない死」を入口に置いた判断
本作がコメディや明るい救済を入口に置かなかった、その判断を最初に評価いたしますわ。
第一章「逢津の垰」の主人公は儀助という山賊くずれの男で、ヒロインは色街から逃げてきた、足の不自由な、名前も持たない少女でございますの。山深い垰で出会い、しばらく行き、最後に少女は命を落としますわ。本作の入口に置かれているのが、この地味で苦い物語でございます。
ここで作者がどう振る舞ったかを、わたくしは観察しておりましたの。少女の死を盛り上げて泣きの装置として使うのか。それとも、地味な余韻のまま静かに置くのか。本作は後者を選びましたわ。少女には最後まで本来の名前が与えられず、儀助が贈る一語の名前だけを抱えて死んでいく。語りは抑えてあり、章の幕引きも派手ではございません。この章を入口に置いて、読者を試した。それが本作の最初の覚悟でございますわ。
笑いで希釈しない、明るい章で間を取らない、第一章の重さをそのまま第二章に引き渡す。そういう選択ができている時点で、作者が自分の物語を信じている形跡はございました。第一章を読み終えた段階で、最後まで付き合う価値はあろうと判断いたしましたわ。
5章を貫いた一本のテーゼ——「代価」という骨
本作の中心テーゼは「代価」でございますわ。これが章を跨いで揺らがなかったかどうか、そこを見ました。
世界観の根幹に「銀の糸」という設定が置かれておりますの。願いを叶える力を持つけれども、ただでは叶えない。代価を差し出した分だけ還ってくる、という条件付きの理でございますわ。何かを得るためには何かを失う。神話に近い理屈でございますわね。そしてこれと対になるのが「朱の糸」——代価を踏み倒した願い、純粋でない願いから歪んで生まれたもの。本作で否定的に置かれている存在でございますわ。
このテーゼ、5章のオムニバス全体を通して、登場人物の選択の奥に通っておりますの。古代の章でも、近代の章でも、現代の章でも、結局のところ問われるのは「代価を払った願いか、踏み倒した願いか」でございますわ。時代も身分も性別もばらばらな登場人物たちが、最後にはこの同じ天秤の上に立たされる。オムニバスでこれをやり遂げたのは、構造的に評価いたします。
テーゼを貫けたのは、本作が「代価を払えば必ず救われる」という甘い側に逃げなかったからでございますわ。代価を払い切れず歪んだ者、代価を払い終えてなお救われなかった者、代価を払うことを選んで死んだ者。そういう人物のほうがむしろ多うございますの。テーゼの本来の重みを希釈しなかった。これは、作者が自分の物語を最後まで信じていた証拠でございますわ。
……ただし、5章を貫いたと申し上げましたけれども、章ごとの強度には差がございました。テーゼがしっかり骨として機能している章と、骨が一段細くなる章がございますの。それは弱点として後段に書きますわ。
第三章「朝奈夕奈」——独占の論理を構造として描いた章
第三章には、本作のテーゼを「代価を踏み倒すとどうなるか」の側から描いた人物が配置されておりますの。
第三章は近代の軍人もの——女学生の姉妹、佐々井朝奈と佐々井夕奈、そして陸軍将校の鍋島志朗を中心に進んでまいりますわ。妹・朝奈は本作で珍しい女性主人公として置かれており、志朗との関係を軸に章が運ばれます。一方の姉・夕奈には、別の問題が抱え込まれておりますの。
夕奈という人物の造形について、ここでは詳細には触れませんわ。詳しくはクリア後の頁でお書きいたしますけれども、ひとつだけ申し上げておくと、夕奈は「自分の願いの代価を、誰に払わせるか」という問いを背負ったキャラクターでございますの。独占愛——そう呼ぶしかないものを抱えていて、その独占を成立させるために何を差し出すか、あるいは何を差し出させるか、という選択を迫られる。本作のテーゼ「代価を払うからこそ願いは叶う」を、最も歪んだ角度から照射する人物でございますわ。
夕奈の章がどう着地したかについては、ここでは伏せておきますわ。その結末が「独占愛の論理的帰結」として誠実に描かれていたかどうか。それが、わたくしが第三章で見た最大の論点でございました。結論はクリア後の頁に書きますわ。
第三章の存在自体が、本作が「代価を払えた美しい話」だけで構成されていないことを保証しておりますわ。歪みを描かない作品はテーゼの強度が確認できませんの。第三章があるから、本作の銀の糸の理は神学ではなく倫理として機能している、と申し上げられますわ。
本作には、覚悟して書かれた重い場面がございます
本作には、明確に重い、人を選ぶ場面が含まれておりますの。これだけは入口でお伝えしておきますわ。
第五章「錆」の前半に置かれているこずえという女性のパートには、本作で最も痛い断面がございますわ。詳細は伏せますけれども、これは消費的なHシーンとして読まれてはいけない場面でございますの。本作のテーゼ「代価を払うからこそ願いは叶う」の、最も暗い側面を可視化するために置かれた章でございますわ。覚悟を問われる場面でございます。覚悟のない読み方をすれば、ただの暴力描写としか映らないでしょう。
そしてもう一つ、第三章の夕奈の物語にも、人を選ぶ展開がございますの。これも詳細はクリア後に書きますけれども、独占愛の論理が行きつく先まで、本作は描こうとしておりますわ。
本作は明るい救済の物語ではございません。第一章の名のない死から始まって、章ごとに代価が積み重ねられていく作品でございますわ。読者を選ぶ作品でございます。けれども、選ぶ作品であることを作者がはっきり自覚して書いている、その自覚が文章の隅々に滲んでおりますの。軽薄に書かれた重さではございませんわ。
逆に、ヒロインの可愛さや日常コメディの軽やかさを期待される方には、第一章の入口で立ち止まってしまう可能性が高うございますわね。本作はそういう種類の作品ではございませんの。
届かなかった点——複数ライター体制ゆえの覚悟の濃度差
7.7という点数の内訳として、引き下げている要素を申し上げますわ。
本作は4名のライターが5章を分担しておりまして、テーゼという共通の骨を配られたうえで、それぞれが章を担当しておりますの。テーマは見事に貫かれましたけれども、書き手それぞれの体質までは揃いませんでしたわね。具体的に申し上げますと、第四章の現代パートが、他章と比べてやや軽い手触りに仕上がっておりますの。
第一章の名のない死、第二章の人柱の物語、第三章の独占の歪み、そして第五章「錆」の重さ——これらに挟まれて、第四章現代の青春恋愛の質感がふっと一段軽くなりますわ。テーゼは通っておりますけれども、覚悟の温度がここで一度下がる。これは構造の問題というより、書き手の体質差でございますわね。複数ライター作品にはつきまとう種類の不揃いでございます。
もう一点、主人公の造形について。本作は章ごとに主人公が入れ替わる構造ゆえ、一人の主人公を最後まで深く彫り込むことができませんの。儀助、頼人、志朗、大井跡、三井、久世——どの主人公も「その章の機能」を果たすには十分でございますけれども、章を超えて読者の記憶に残るほどの厚みを持つには紙幅が足りませんでしたわ。これはオムニバスという形式を選んだ時点での代価でございまして、本作自体の不誠実さではございません。それでも、主人公の造形7という採点は、この紙幅問題を反映したものでございますの。
……それから、Hシーンの評価については分けて書く必要がございますわ。本作には覚悟して置かれたHシーンと、おまけとして置かれたHシーンが混在しておりますの。詳細はクリア後の頁に譲りますけれども、わたくしの嗜好からすれば本作のHシーンの大半は純愛寄りで好物ではございません。それでも、物語と接続している場面については誠実さを認めますわ。Hシーンの覚悟6という採点は、嗜好と評価を分けたうえでの数字でございます。
7.7——「自分の物語を信じていた」と申し上げられる作品
最終評価を申し上げますわ。
わたくしが本作で最も評価いたしますのは、テーマの一貫性9でございますの。「代価を払うからこそ願いは叶う」という一行を、5章のオムニバスを跨いで、4名のライターを跨いで、最後まで通したこと。これは構造的に容易ではございませんわ。本作はその難所を、テーゼを甘い側に逃がすことなく踏み抜きましたの。
結末の誠実さ8・論理的整合性8。複数の章がそれぞれの結末を持つ構造ですけれども、どの章の結末も、その章の人物たちが積み上げてきた選択の帰結として書かれておりますわ。読者受けを意識して着地を曲げた形跡は、わたくしには見えませんでしたの。ヒロインの魅力8。狭霧、朝奈、夕奈、古代あやめ、銀子、こずえ。それぞれの章のヒロインが、それぞれの代価と向き合って描かれておりますわ。型に流れず、人物として立っておりますの。
主人公の造形7・Hシーンの覚悟6。引き下げているのはこの2点でございますわ。複数主人公制の紙幅問題と、Hシーンの嗜好が純愛寄りでございますこと。後者については、わたくしの嗜好を割り引いたうえでの採点でございますわ。
誰にお勧めするか。「代価を払うからこそ価値がある」という思想に、物語として向き合いたい方には、本作は届きますわ。明るい救済より、業の積み重ねを誠実に描いた作品をお求めの方には特に。逆に、ヒロインの可愛さを純粋に楽しみたい方や、コメディや日常の軽やかさを求める方には、第一章の入口で躓く可能性が高うございますわ。
……名のない少女が誰にも気づかれず生きていたこと、独占愛が論理的に行きつく先、声を失っていた少女が代価を払って声を取り戻すこと。本作はそれらを、希釈せずに5章という規模で書ききりましたの。作者は自分の物語を最後まで信じていた。7.7は、わたくしからその誠実さに対する評価でございますわ。クリアしてくださった方には、もう少し踏み込んだお話を別頁に置いておりますの。お読みいただければ嬉しゅうございますわ。
