ストーリー詳細 — 下級生2
本作は共通ルートから一本道で分岐していく物語ではなく、9人のヒロインの物語が一年のあいだ並行して走り続ける構造を取る。どこに行き、誰と何時間過ごすかを選び続けた結果として、卒業の日に誰の結末へ入るかが決まる。誰の結末にも入れなかった場合の一本が別に用意されており、それが本作でもっとも長い。 ▼詳細を読む はネタバレを含みます。 プレイ済み設定をするとアコーディオンがデフォルトで展開されます。
プロローグ — すっぽかされた約束
頼津学園3年、織屋浪馬。ゴールデンウィークを前に、幼なじみの柴門たまきが「もしかして忘れてる?」と詰め寄ってくる場面から一年が始まる。
物語の開幕を担当するのはたまきである。約束をすっぽかされたことを咎めに来たのに、浪馬が見当違いの心当たりを次々に挙げるので、いつまでも本題に入れない。
柴門たまき「なんか用って、もしかして忘れてる?」
柴門たまき「……ふぅ。いつまで待ってればいいんだろ」
この時点では、ただの気のいい幼なじみの小言に見える。だが同じ導入部に、のちの一年をまるごと縛ることになる一言が置かれている。
主人公「はっはは。それがオレの友情の証しだからな」
柴門たまき「友情……だけ?」
主人公「え?」
柴門たまき「う、ううん。なんでもない。それじゃあね」
> タマのヤツ……意味深な質問してきやがったな。
「言いかけてやめる」——この型が本作の全編に配置されている。たまきだけでなく、白井夕璃も、井伏オキエも、横溝ふみも、肝心なところで言葉を飲み込む。そして誰とも結ばれない結末は、その飲み込まれた言葉を全員分まとめて回収する場所になっている。
一年の骨格 — 予定・約束・謎かけのヒント
行き先と滞在時間を割り振り、翌日の約束を取り付け、行事を消化していく。時間と所持金には限りがあり、誰かと約束を入れることは、他の誰かと会えなくなることを意味する。
約束は先に埋めた予定と衝突する。行きたい場所を思いついても、時間帯が別の相手で埋まっていれば入れられない。地の文がそれを直接告げてくる。
> おいおい……。
> 【美術館】がやってるような時間帯は、ほかの子との約束で埋まっちまってるだろ?
> おいおい。明日って、もう朝ぐらいしか空いてる時間がないじゃないか。
> ってことはそれ以外の時間には約束ができないってことだよな。
複数のヒロインを並行して進めることは想定内どころか標準的なプレイ形態で、他のヒロインとデート中に別のヒロインと鉢合わせる場面が全員分用意されている。気づかれたかどうかを浪馬が独白で気にする。
> どうやらタマのヤツ、こっちに気付かなかったみたいだな。
> でも油断は禁物だぞ。前のことから考えると、こっちに気付いてた可能性は十分あるからな。
会話・デート・プレゼントの反応は好感度の段階ごとに用意されており、関係の深さがそのまま台詞の層として実装されている。プレゼント品は30種あり、鉄仮面・雨傘・詩集・画集といった品をヒロイン側から名指しで要求される。「現代理工学大全」「工具セット」は平沢博子、「かわいいリボン」は白井夕璃というように、品物そのものがキャラクター設計と連動している。
迷ったときの助けが、スポーツクラブヒューマンネイチャーのふるかわインストラクターである。ただしヒントは固有名詞をいっさい使わない謎かけで出される。
ふるかわインストラクター「桜の花咲く季節に、獣たちがたくさんいる場所でデートすると、昔馴染みの女の子と、バイオレンスチックな思い出が作れそう」
ふたりの助手「……」
「獣たちがたくさんいる場所」は動物園、「昔馴染みの女の子」はたまき。この言い換えを解くこと自体が攻略の一部になっている。そして手遅れになった相手には、別の文型が出る。
「いかにもいいんちょーな女の子との仲は、もうあきらめた方がいいぞ」
取り返しがつかなくなったことを、ゲームの側が能動的に通告してくる。一年は巻き戻らないという設計が、ヒント機構にまで貫かれている。
柴門たまき — 幼なじみの一年 NORMAL
本作でもっとも議論を呼んだ一本。たまきには恋人がいる。その事実と、別れの場に浪馬が居合わせてしまう構造が、この物語の中心にある。
たまきは家からの貰い物を口実に浪馬の部屋へ食料を届けにくる。スイカ、栗ご飯、秋刀魚、みかん、煮物、サラダ、手作りのハンバーグとコロッケ、キンピラ。届け物のパターンだけで9通りある。
柴門たまき「スイカでーす。お母さんの田舎からいっぱい送ってきたの。食べたいでしょ?」
柴門たまき「一度に食べ過ぎておなかを壊さないように。 じゃあね」
◆「彼氏」の一件
該当する描写は3つの場面に分かれて配置されており、いずれも浪馬が別のヒロインとデートしている最中に目撃するという形を取る。まず昼間、正面に立つ男とたまきの姿。
> タマのヤツ……か?
> ってことは、正面にいるあの男が例のカレシってことか……。
> うーん……なんちゅうか、タマのヤツ緊張してんじゃねえか?
次に夜の公園。浪馬は上の空になり、同行しているヒロインの呼びかけに応じられなくなる。この場面の反応は同行者9名それぞれに分岐しており、横溝ふみだけがはっきり咎める。
横溝ふみ「ふむ……どうやら私の事など、どうでもよくなっているみたいだな」
横溝ふみ「なにかは知らないが、今の私よりも大事なことがあるんじゃないのか?」
そして三つ目が別れの場面である。浪馬はホテルの前を通りかかり、姿の見えない男女の言い争いを聞いてしまう。
男の声「もうわかってるんだよ。キミが本当に心を許してるのは僕じゃなくてアイツだ」
柴門たまき「だ、だからそれは何度も言ったように……」
男の声「キミがアイツに抱いている感情は、絶対に幼なじみに対するものだけだって言い切れるのか?」
柴門たまき「そ、それは……」
男の声「ほら見ろ」
柴門たまき「でも私はあなたのことが――」
男の声「もういいよ」
男の声「なんか面倒くさくなってきちゃったからさ、やっぱり終わりにしようよ」
飛び出してきたたまきが浪馬とぶつかり、立ち聞きが露見する。男は二人を並べて見て、勝手に結論を出して去る。
たまきの彼氏「だってほら。こうして彼氏に迎えに来てもらってるじゃないか」
柴門たまき「べ、別に私そんな……」
たまきの彼氏「はいはい、もう言い訳は聞き飽きたよ。それじゃ、お幸せにね、お二人さん」
残されたたまきは、追いかけろという浪馬の言葉を受け付けない。
柴門たまき「もういい」/「もう、いいの……」
柴門たまき「それに、あの人の言ってたことだってあながち間違いじゃないから」
柴門たまき「悪いけど、私しばらく一人で考えたいの」
ここで確認しておくべき区別がある。「恋人がいた」ことは作中に明示されている。地の文が「例のカレシ」と呼び、男自身も彼氏を名乗る。一方で性的な行為そのものは一度も直接描かれない。示唆しているのは、場所(ホテルの前)と浪馬の推測の独白だけである。ネット上で語られた「非処女設定」という言い方に対応する明示的な記述は、作中に存在しない。たまき自身は最後まで否定しようとして、そのたびに遮られている。
◆ その後
別れの直後は、会話そのものを拒む状態が用意されている。
主人公「よ、よう……」
柴門たまき「……ごめん。今は誰とも話したくないの」
やがて調子を取り戻したたまきに、浪馬は自分のやり方で言葉をかける。照れ隠しの茶化しを挟みながらでしか言えないのが、この主人公である。
主人公「オレの知ってるお前はいつも笑ってて、それでまわりを元気にしてるようなやつだ」
主人公「まあ、だからって落ち込んじゃいけないってわけじゃないけど、できればそんな顔は見たくないんだよな」
柴門たまき「……ごめん」
クリスマスの公園で、関係の呼び名が変わる。
柴門たまき「今の私たち、幼馴染には見えないよね。きっと」
柴門たまき「大好き、だからね」
主人公「え?」
柴門たまき「あははっ。なんでもない」
バレンタインでは、公の場では言えなかったことが明かされる。
柴門たまき「だってあんなところで、今年は本命の人にしか渡さない、なんて言えないし……」
柴門たまき「それ以外には誰にもあげてないんだよ。 望くんにも刃くんにも、ビッグのおじさんにも……」
◆ 結末
卒業から一年後。二人は同棲する部屋を探している。
> オレたちは今、部屋を探している。
> もちろん、二人で一緒に住むための部屋だ。
> オレは猛勉強の甲斐あって、タマとおなじ大学に入学することができた。
主人公「駅から近いし、角部屋だし……って、風呂ナシじゃん」
柴門たまき「んー……二人で一緒に銭湯通いってのもロマンチックでいいかも」
高遠七瀬 — 検事と弁護士 NORMAL
荒れた部長会を一喝で鎮める自治会副会長。正論しか言わない人物が、酔いと花言葉を経由してようやく本心を出す。結末では法廷で浪馬と対立している。
登場の仕方からして規律の人である。罵り合いに発展した部長会を、机を叩いて制圧する。
高遠七瀬「鎮まりなさい、見苦しい!」
高遠七瀬「代表者たる人間がこんな低俗な争いをしてどうするんですか!?」
高遠七瀬「それから、騒ぎに乗じて不穏当な発言を行った方々。野次、中傷……非常に聞き苦しい。恥を知りなさい、恥を」
処理は感情ではなく手続きで行う。「後日、執行部まで出頭するように」「不満があれば時間はほかに設けてあります」。美術館では、彫刻に触れながら時間をかけて観察したうえで切り捨てる。
高遠七瀬「彫刻はね、手で見ることも重要なのよ。(中略)わからないままで思考停止することの方がよっぽど気持ち悪いわ」
高遠七瀬「この彫刻はゴミね」
この性格は危うさでもある。路上喫煙者を注意して3人組に囲まれる場面では、浪馬の地の文が引いている。
> あちゃー……言っちまったよアイツ。
> 注意するにしてももう少し言い方ってもんがあるだろうに……。
建前が外れるのは酒の場である。引き取り役が浪馬に回るという逆転が起きる。
高遠七瀬「ど~せ、わたしはつまらない女ですよ~……堅っ苦しいし、すぐ怒るし、言うことキツイし……」
高遠七瀬「お調子者で、いい加減で、女性にだらしがない人だけど……うふふ♪ でも、とっても優しい人なの」
> もしかしてこれって……オレのことか?
告白は花言葉を借りて行われる。クリスマスの植物展示。
高遠七瀬「ポインセチア……」
主人公「『私の心は燃えている』……」
高遠七瀬「……うん」
初詣では参道の作法を教えながら手を引き、願いの中身も隠さない。
高遠七瀬「あなたのことよ」
高遠七瀬「もっとちゃんとわたしだけを見てくれますようにってね」
◆ 結末
七瀬は大学で法律を学び、検事になる。影響された浪馬も一年遅れで同じ大学へ進み、弁護士として同じ法廷に立つ。
> 七瀬に影響されたオレも一年遅れで同じ大学に入学し、今ではこうして同じ法廷に立つ身分となった。検事と弁護士。まったく逆の立場として……。
主人公「これだ……そんなだから『鬼の織屋』なんて言われるんだよ、お前は!」
裁判長「いい加減にしなさいっ! あなたたち、夫婦喧嘩なら帰っておやりなさい!!!」
「鬼の織屋」と呼ばれているのは七瀬である。結婚して姓が織屋に変わっている。エンディング後半では、担当する虐待死事件をきっかけに、七瀬が自分の性格への不安を打ち明ける。
高遠七瀬「それで思ったの。わたしたちに子供ができて、もしもそんな風に死なせてしまったら……って」
高遠七瀬「ふふふっ……そんなことを考えてたら、だんだん恐くなってきちゃった」
浪馬はこれを「逃げ道があるかどうか」の問題として返し、締めくくりは対等さの確認になる。
> オレが彼女を変えたように、オレも彼女によって変えられてしまった。
> オレには彼女が必要で、彼女にもオレが必要だ。
若井みさき — 教師という立場 NORMAL
美術教師。生徒と二人でいることの危うさを本人が誰よりも意識しており、その自覚が形だけになっていく過程が描かれる。ストーカー事件と、隠し撮り写真の伏線を抱えたルート。
初登場はソフトボールでホームランを打つ場面。穏やかで、からかいを笑って返す余裕がある。一方で立場の危うさは繰り返し口にされる。
若井みさき「くれぐれも、今日のことは内緒だからね。 いくら課外授業とはいえ、私たちが二人きりで出かけたりしたのは事実だから」
若井みさき「仲のいい友達にも言っちゃダメよ。 (中略)どこで誰が聞き耳を立ててるかわからないんだから」
そのうえで、警戒がすでに形だけになっていることに本人が気づく場面が続く。
主人公「いくらオレたちが秘密にしたいって思ってても、街中でこんなにくっついて話してたら意味がないと思うんだけど……」
若井みさき「え? あっ!」
◆ 隠し撮り写真の伏線
浪馬が拾った写真から、みさきの過去が示唆される。この伏線は台詞ではなく地の文の反復で仕掛けられている点が本作で唯一の手口である。序盤にみさきの体格を評した地の文が、写真を見る場面で一字一句そのまま再利用される。
> 素人のコスプレ……ではないだろうな。モデルさんのスタイルが良すぎるし、コスチュームの出来もいい。
> 今のセリフ、どっかで言ったことあるような……。
> も、もしかしてこれって、みさき先生なんじゃないか?
◆ ストーカー事件
「オタクちゃん」と呼ばれる人物が、みさきに看護婦の衣装を着せて撮影しようとする。
オタクちゃん「大事にしてたナースちゃんの写真、なくしちゃったんだよお。 だからそれに着替えて、もう一回撮らせてくれよお」
若井みさき「ち、近づかないで。それ以上近づいたら大きな声を出すわよ」
浪馬が割って入り、カメラのフィルムを露光させて片を付ける。直後、みさきは浪馬を止める。暴力を否定するのが、この人物の芯にある。
若井みさき「ぼ、暴力はダメよっ!」
主人公「先生がされたことだって暴力だろっ」
若井みさき「でも、暴力に暴力で返してたらきりがないじゃない」
主人公「先生がダメって言ってるから一発で我慢してやるけど、こっちは容赦しないからな」
なお、みさきが路上でギターを弾く堀出実果と黒猫荘という同じアパートの住人であることが、途中で判明する。
> なるほど。みさき先生は、黒猫荘っていうアパートに住んでるのか。
沢村香月 — 実習生が補導される NORMAL
着任したての教育実習生。見た目も中身も肩書きに追いついておらず、それがそのままルート全体の笑いの型になっている。
浪馬は最初、教育実習生だと信じない。
主人公「ってことは、小学生が教育実習に来るなんてことは、ほぼ確実にありえないんだよな?」
雨堂刃「そりゃ、見た感じ幼く見えるけど、小学生はないだろ」
主人公「んじゃあ、中学生だ。それともお前は、あれが大学生だとでも言うのか?」
街を歩けば補導されかける。このやりとりだけで丸ごとひとつの場面になっている。
甲高い声のオバサン「見た目に決まってるザマス! この子は、例え右斜め45度から見たって中学生ザマス!」
主人公「いや、まあ。それは認めるけど」
沢村香月「……あぅ~」
身分証を出しても通じない。
甲高い声のオバサン「顔写真の箇所に猫の写真が貼ってあるなんて、偽物に決まってるザマス!」
沢村香月「そ、それは友達が貼ったシールで、剥がせばちゃんと私の顔がー……」
中身も同様で、教師としての自覚を欠いて指導教員の志藤晴人に叱られる。
志藤晴人「それが何だ? 没収するはずのお菓子を、生徒と一緒になって食べてたなんて、まったく……」
沢村香月「で、でも新製品だったんですよ?」
志藤晴人「言い訳になるかっ!」
雨が降れば喜び、しりとりを始め、負けそうになると判定を自分に有利にする。攻略のヒントで香月に与えられた言い換えが「ちっちゃなおねえさん」——年長の3名は「おねえさん」「女性」と呼ばれるのに、香月だけがこの矛盾した呼ばれ方をしている。ヒント機構の語彙まで、この人物の基幹設定に合わせて作られている。
白井夕璃 — 二年遅れて入学した後輩 NORMAL
吹奏楽部の新入生。敬語を崩さず、笑い方は「クスクスッ」で固定されている。浪馬が卒業していく側であることが、このルートでは最初から時間切れとして効いている。
浪馬の軽口には乗らない。クラリネットを別の楽器と言い間違えられる場面が、この人物の反応の型をよく示している。
白井夕璃「いいえ。これはクラリネットです」
主人公「あ」
白井夕璃「……」
主人公「や、やだなぁ、冗談に決まってるじゃん」
白井夕璃「そ、そうですよね。ちょっとビックリしちゃいました」
気遣いが先に出るのも一貫している。
白井夕璃「先輩こそ大丈夫ですか? わたし、重くないですか?」
主人公「はっはは。全然平気だって」
白井夕璃「クスッ。さすが先輩です」
そして、この人物にも「言いかけてやめる」型が与えられている。
白井夕璃「あのですね。その……先輩って、わたしのこと……」
主人公「……」
白井夕璃「い、いえ、やっぱりいいです。忘れてください」
中盤では、夕璃が関わっているカラオケビデオの撮影に浪馬が駆り出される。役者として使われる理由は身も蓋もない。
白井夕璃「クスッ。監督さん言ってました。これで役者ひとり分の経費が浮くって」
監督「聞いてるわよ、夕璃ちゃんから。キックボクシング、やってるんでしょ?」
終盤、夕璃の口から出るのは学年差そのものへの嘆きである。
白井夕璃「あと2年……いえ、せめて1年早く生まれていれば、もっともっと先輩と一緒の学園生活を送れたのに……」
白井夕璃「先輩、もう一回頼津学園に入学しませんか?」
横溝ふみ — 可能性は無限大か NORMAL
図書室の司書。罵倒が挨拶がわりの物言いをする一方で、自分の先行きへの不安を抱えている。本作でもっとも静かに切実なルート。
一人称は「私」だが語尾は「〜だ」「〜だぞ」で、浪馬を「お前」と呼ぶ。下品な物言いにも動じず、説教で返す。
横溝ふみ「興味があるのは健全だがな。悪いことは言わない……一度、今の生き方を考えたほうがいいぞ、お前」
主人公「げげっ……」
本作のヒロインで唯一の喫煙者であり、HOT SHOTではビリヤードの手本を見せる側に立つ。学生時代は天文部で、星の話をするときだけ声が弾む。
横溝ふみ「そう、正解だ。蠍座のアンタレス……じゃあ、今度はこっちの星だ。分かるか?」
◆ 年齢という主題
ふみは自分から年の話をするが、他人から言われると態度が変わる。それを浪馬の地の文が拾う。
主人公「ダメだってば。そんなに若くないんだから、あんまり無理しちゃ――」
横溝ふみ「……むっ……」
> 普段は自分から年の話をするくせに……。
> 人からされるとむかつく……ってことなのか?
不安は、浪馬との差として言語化される。彼が「オレの可能性は無限大だからね」と軽く返した直後、対比が最も鮮明になる。
横溝ふみ「可能性は無限大か……確かにお前はまだ若い。いくらでも可能性がある。だが、私は……」
主人公「ふみさん?」
横溝ふみ「ん? あ、いや……なんでもない」
浪馬の助言に対する応答が、この人物の立ち位置を要約している。
主人公「そういう時は自分に素直になればいいと思うよ?」
横溝ふみ「自分に素直に……か。ふふ、お前もたまにはいいことを言うんだな」
横溝ふみ「それが出来れば、どんなに簡単なことか……」
ふみは浪馬の動機を正面から問い質す場面も持つ。答えとして3通りの選択肢が用意されているが、どれを選んでもふみは信じる側に立つ。
横溝ふみ「いや、信じよう」
横溝ふみ「もしお前が噂どおりのヤツだったとしても、わざわざ嫌いな相手を誘ったりはしないだろうからな」
横溝ふみ「まあな。もし、お前が本気になってしまっていたら、と思ってな」
堀出実果 — 最初の客 NORMAL
路上でギターを弾く少女。学校には行っていない。浪馬が彼女の「初めてのお客さん」になるところから始まり、たしなめる側にまわるのがいつも浪馬という逆転が続く。
堀出実果「ひょっとして……お客さん……ッスか?」
主人公「え? あ、ああ。まあ、そうなるのかな」
堀出実果「うわぁ、やったぁ! 初めてのお客さんッス!」
一人称は「オレ」、語尾は「〜ッス」。羞恥心の欠如がこの人物の中心にあり、それが繰り返し笑いとして機能する。
主人公「こんな場所で、平気で上半身ハダカになる女が、どこの世界にいるんだよ?」
堀出実果「ここにいるッスよ」
主人公「お前には羞恥心と言うものがないのか」
堀出実果「まったく……この程度で恥ずかしがるなんて、子供みたいッスよ?」
主人公「子供じゃないから恥ずかしいんだよ」
実果は修理工場ビッグボデーで働いており、労働を心から肯定する。
堀出実果「はあー。働いたときの汗って、最高ッスね!」
ビッグのおっちゃん「おっ? わかってるじゃねえか!」
堀出実果「気持ちよく汗かいて、おまけにお金までもらえるんだから、もう最高ッス!」
この人物の中身がもっともよく出るのは、野良猫に餌をやる場面である。順番を守らせようとして、猫相手に本気で交渉している。
堀出実果「だぁ~かぁ~らぁ~! いっつも、チビのが先だって言ってるだろ? オマエらは後なの!」
堀出実果「文句があるなら食うな! つうか、オマエらは自分でエサとれるだろ?」
> なんか、会話が成立してないか?
堀出実果「そうそう。しっかり食べて、他のヤツらにも負けないくらい大きくならなきゃな」
「ロレンス」という犬を散歩させてもいるが、自分の飼い犬ではない。
主人公「お前の飼い犬……なわけはないよな?」
堀出実果「おおっ、よくわかったッスね!? さすがッス!」
主人公「んなもん、お前の生活環境を考えればすぐにわかる」
攻略ヒントで実果に与えられた言い換えは「ノラ猫のような女の子」である。
大山恵比子/井伏オキエ — 同じ人物のふたつの名前 NORMAL
二人は同一人物である。太っている状態が本来の姿の「大山恵比子」、ダイエットで痩せている状態が「井伏オキエ」。痩せているあいだは別名を名乗り、初対面のふりをする。
実装の上でも、二つの名義には会話・デート・プレゼント・電話の一式がそれぞれ用意されており、事実上2ルートとして走る。合流点はただ一つで、専用エンディングは1本しかない。
オキエ名義のときは、こう言ってのける。
井伏オキエ「うふふ、ごめんなさい。実は私たち、初対面なんです」
オキエは「言いかけてやめる」型を最も濃く与えられている人物でもある。
井伏オキエ「私も……私も本当は、隠れて努力を続けていることがあるんです」
井伏オキエ「それで、だから私……私は…………ために……」
井伏オキエ「……やっぱり……言えない……」
井伏オキエ「……うん。今ならきっと……」(宝石店の指輪を見つめて)
主人公「きっと、何?」
井伏オキエ「あ……」
井伏オキエ「うふふ、ごめんなさい。私、もう行きますね」
◆ 正体が知れる夜
浪馬が布団をはがして確かめる。
主人公「往生際の悪いヤツだな、オマエ。ここまできといて、まだオレから逃げるってのか?」
大山恵比子「ダメーーーっ!!!」
主人公「問答無用! でりゃぁっ!!」
バサッ。
主人公「えび……す……?」
大山恵比子「……あの後、私、寝こんじゃって、それで……」
大山恵比子「それで、自分でも知らないうちに、太りだして……」
大山恵比子「食事、ノド、通らなかったのに、体重だけ、どんどん、元に戻って……」
主人公「こんなにって、元の姿に戻っただけだろう?」
大山恵比子「……せっかく、可愛くなれたのに、こんな……」
大山恵比子「でも、でも痩せた私を知ってる人に、会えるわけないじゃないですかぁっ!!!」
恵比子名義では、そのあとも繰り返しダイエットを宣言する。「またダイエットして、必ず痩せますから!」
興味深いのは、攻略ヒントの側もこの構造を知っていることである。ふるかわインストラクターがオキエを指すときの言い換えは「誰かを思い出させる女の子」。さらに正体が知れる場面に対応するヒントには、他の8人には一度も使われない形容が付く。
「吐息も凍る季節に、彼女の家を訪れると、誰かを思い出させる女の子の、衝撃的な思い出が作れそう」
◆ 結末
大学合格祝いの沖縄旅行。地の文は「恵比子」、話者名は「井伏オキエ」という混在した書かれ方をしており、痩せた状態で結ばれたことがわかる。
> オレが恵比子のダイエットを指導してやるかわりに、恵比子はオレの勉強を見てくれた。
> オレの成績が上がればあがるほど、恵比子のスタイルがよくなる。そんな不思議な一年間を経て、オレと恵比子は同じ大学に入学することができた。
一方が他方を救うのではなく、互いに相手の目標を担当し合う形で書かれているのがこのルートの構造である。締めはネタとしての反復で閉じられる。
主人公「うん。何かこう、いい感じに曲線が出てきてるよな」
井伏オキエ「えっ!? 私、また太ってきてますかっ!?」
平沢博子 — ロボ太郎の初起動 NORMAL
分量の上では本作の主軸にあたるルート。感情の起伏が表に出ない後輩と、人語を話す黒猫のいる研究所。結末では浪馬の進路そのものが博子の世界に取り込まれる。
博子は応答が短く、社交をすぐ切り上げる。クラスメイトとのやりとりが、その書かれ方をよく示している。
女子生徒A「だからさ、昨日のドラマ」
平沢博子「わかりません」
女子生徒A「あれ? 見てないの?」
平沢博子「興味ありませんから」
女子生徒A「え、えーっと……」
平沢博子「……まだ何か?」
浪馬は「実験の手伝い」として澁澤理化学研究所へ呼び込まれる。これがルートの入口である。研究所には、博子の祖父の澁澤寅彦(博士/ドク)、助手兼家政婦の亜希子、そして人語を話すオスの黒猫ハルミがいる。
怪しげなじいさん「なるほどな、確かにいい体格をしておる。実験材料にはもってこいじゃな」
黒猫「しっかしガタイはともかく、顔はどうにか十人並みってとこか。ふふん。俺の方がよっぽど、いい男だぜ」
> ……やっぱり、このしゃべる猫か? 最初にツッコまないといけないのは。
家族紹介でのハルミの扱いは、この家での序列をそのまま表している。
平沢博子「最後に、向こうにいるのがハルミです」
ハルミ「おいおい博子、それだけか? もっと他に言うことがあるだろ。ん?」
平沢博子「見てのとおり、オスの黒猫です」
送り出しの三者三様も同じ調子である。
亜希子「ハイ。頑張ってくだサイ、お嬢様」
ハルミ「達者でな、ボウズ。無事に生きて帰ってこれることを祈っててやるよ」
博士「安心せい。死んだらわしが生き返らせてやる」
平沢博子「もう、いいって言ってるでしょ」
◆ ロボット開発
開発対象は「Denx9300シリーズ・ロボ太郎壱号機」。用途の説明が要領を得ないのが定型のやりとりになっている。
主人公「いや、そうじゃなくて、何をするためのロボットかと」
平沢博子「はい。侵入者を撃退します」
主人公「子守りでもするとか?」
平沢博子「はい。そのために、にらめっこ機能が付いてます」
平沢博子「おまけに、トーンも貼れればベタも塗れます」
主人公「……」
平沢博子「他に何か質問は?」
主人公「……いえ、何もないです」
開発には成立しない側の分岐もあり、訪ねても手伝いが要らない日に発生する。
平沢博子「申し訳ありませんが、今日は祖父の方に急ぎの仕事が入りまして、それを手伝わないといけませんので」
主人公「……えーっと。つまり今日は手伝いは必要ない?」
平沢博子「はい」
ロボ太郎に子守り機能がある理由は、のちに博子自身の口から明かされる。
平沢博子「元々、あの子に、ロボ太郎に、子守り機能があるのも、そのつもり、でしたから」
◆ 結末
> 頼津学園を卒業したオレは、博子ちゃんのロボ開発を手伝うため、澁澤理化学研究所で寝泊りするようになった。
> ドクや博子ちゃんの指導もあって、オレはいつのまにか、ハルミですらも認めるいっぱしのロボ開発者になっていた。
> そして今日は、(中略)『新ロボ壱号・試作型ロボ太郎』の初起動の日。
他のルートが進学や就職で終わるのに対し、博子ルートだけは主人公が研究所の住人になる。9本のなかで、進路がヒロイン側の世界に完全に取り込まれるのはここだけである。
誰とも結ばれなかった場合 — 届かなかった距離のカタログ BAD
本作でもっとも長いエンディングは、誰の恋人にもなれなかった結末である。9人分のヒロインエンドのどれをも上回る分量で、そのうえ全員の「その後」が好感度に応じた3段階で書き分けられている。
幕開けは、修理工場の休憩の声かけである。
ビッグのおっちゃん「おーい、浪馬! そろそろ休憩にすんべ」
主人公「うーっす」
> オレは今、ビッグボデーで働いている。
> 彼女はまだいない。
> 学園に通っていたころが、すごく懐かしく感じられる。
そのうえで、ヒロイン一人ひとりの「その後」が語られていく。同じ人物でも、到達した好感度によって文面が3通りに分かれる。たとえば柴門たまきの場合。
(上)「結局のところ、距離には勝てなかった。幼馴染とは言え、所詮はこんなものなのだろう。より強い絆が結べていれば話は別だったのかもしれないが、少なくともタマとオレはただの幼馴染を脱することができなかった」
(中)「もっと深い仲になれば話は別だったのかもしれないが、少なくともタマとオレはただの幼馴染でしかなかった」
(下)「実を言うと、詳しいことはなにも知らないのだ。(中略)ただの昔からの知り合いでしかなかったのかもしれない……」
上から下へ下がるにつれ、失われたのが「絆」から「関心」そのものへと変わっていく。プレイヤーがその一年に何を注いだかが、そのまま文面の温度になって返ってくる。
この結末のなかで、若井みさきだけは構造が異質である。他の8人が距離の問題として書かれるのに対し、みさきは第三者の作為によって物語から退場させられる。
> 教師を辞めさせて欲しいと。……結局、みさき先生は戻ってこなかった。
> 噂では地元の名士の息子と見合い結婚をしたらしい。
> なんでも父親が倒れたというのは実は狂言で、見合いをさせるために、先生を騙しておびき寄せたと言うのだ。
> ……まあ、真実がどうなのかはわからないが、現実として、今オレのそばには『若井みさき』という女性は存在しない。
行き先と滞在時間を選び続けるゲームの終着点が、選ばなかったすべてを一人ずつ並べて見せる場所になっている。「選ばなかった時間は戻ってこない」という本作の主題を、もっとも直截に示しているのはこの一本である。
エンディング一覧
| 種別 | ルート | 結末概要 |
|---|---|---|
| NORMAL | 柴門たまき | 卒業から一年後。浪馬は猛勉強してたまきと同じ大学へ入学し、二人で住むための部屋を探している。 |
| NORMAL | 高遠七瀬 | 七瀬は検事、浪馬は弁護士になり、同じ法廷で対立する。七瀬は結婚して姓が織屋になっており「鬼の織屋」と呼ばれている。 |
| NORMAL | 若井みさき | 教師と生徒という関係を越えた先が描かれる。誰とも結ばれない結末では、第三者の作為によって彼女だけが物語から消える。 |
| NORMAL | 沢村香月 | 実習期間の終わりを越えて関係が続く。9本のなかでもっとも短い結末。 |
| NORMAL | 白井夕璃 | 浪馬が卒業していく側であることを前提に、二学年の差を越えて関係が続く形で閉じる。 |
| NORMAL | 横溝ふみ | 年齢差と先行きへの不安を抱え続けた司書が、「自分に素直になる」という浪馬の言葉のほうへ踏み出す。 |
| NORMAL | 堀出実果 | 路上とビッグボデーを行き来していた少女との関係が、卒業後も続く形で閉じる。 |
| NORMAL | 大山恵比子/井伏オキエ | 大学合格祝いの沖縄旅行。浪馬がダイエットを指導し、彼女が勉強を見るという交換条件で、二人とも目標を達成して同じ大学に入る。 |
| NORMAL | 平沢博子 | 浪馬は澁澤理化学研究所に住み込んでロボ開発者になり、二人の共作「新ロボ壱号・試作型ロボ太郎」を起動させる。 |
| BAD | 誰とも結ばれず | 浪馬はビッグボデーで働いており、彼女はいない。9人それぞれの「その後」が好感度に応じた3段階で語られる、本作最長のエンディング。 |
※ 本作にトゥルールートにあたる一本は存在しない。9人の結末は並列で、どれかが正解として扱われることはない。