田中穂乃火のレビュー — 家族計画

田中穂乃火
田中穂乃火
感情が先、言語化は後
9.0/10
9.0 / 10

血の繋がらない他人同士が、ふざけて「家族ごっこ」を始める話。そのごっこに、あたしは本気で泣かされた。

2001年、D.O.の『家族計画』。山田一さんのシナリオ。根無し草の青年・司が、古い日本家屋に集められた擬似家族の「家長代理」をやることになる夏の話。最初はにぎやかなコメディだと思ってたら、笑いの裏に一人ずつ欠けた場所が見えてくる。あたしにとってこれは、血が繋がってないからこそ「選んで家族になる」重さの話だった。9。減点はヒロインによって掘り下げの深さに差があったことと、Hシーンが感情の核とは少しズレてたこと。それ以外は「好き」しか言えない。愛想笑いの末莉と能面の準に、会いに行ってほしい。

スコア詳細

感動・カタルシス 10
ヒロインの魅力 9
キャラ間の関係性 10
エンディングの満足度 9
テーマ・メッセージ性 8
テンポ・緩急 7

「家族ごっこ」のコメディだと思ってた

2001年のD.O.、山田一さんのシナリオ。最初は、血の繋がらない他人同士がふざけて「家族計画」っていう家族ごっこをする、にぎやかな話だと思ってた。

根無し草の青年・沢村司が、ある中年男に「家族計画」へ勧誘される。古い日本家屋・高屋敷家に集められたのは、を父・真純を母にした擬似家族。姉妹役は、毒舌で庭を掘ってる家主・青葉、能面みたいに無表情な便利屋・、チャイナ訛りの春花、そして愛想笑いの達人の最年少・末莉。司は「家族なんていらない」って言いながら、末莉に懇願されて家長代理をやることになる。

あたしは最初、ほんとに「ゆるいコメディだなあ」って思ってた。寛が部下の名前を間違えまくるとか、真純がドジって料理だけ無駄に上手いとか、春花が「謝謝、哥哥」って無邪気に司を呼ぶとか。にぎやかで、笑えて。でも進めていくと、その「ゆるさ」がだんだん違う色になってくる。末莉はいつも愛想笑いしてるのに、自分のことを「いらん子」って平気で呼ぶ。準は人のご飯を食べない。青葉は毎日庭を掘ってる。一人ずつ、笑顔の裏に、ちゃんと欠けた場所が見えてくるんだよ。

あたしが『家族計画』をやろうと思ったのは、人情系の泣きゲーって聞いてたから。期待してた。期待を、きれいに超えてきた。ここから先は、あたしが何に泣いたかを、ネタバレを避けながら全力で語ります。

末莉の愛想笑いが、ずっと胸に引っかかってた

あたしの『家族計画』は、かなりの部分が末莉の話。「いらん子」だって自分で言うこの子のことを、最後までずっと考えてた。

末莉は、家族計画の中でいちばん下の子。寛を「お父さん」、真純を「お母さん」、司を「お兄さん」って強引に役割に当てはめて、みんなを繋ぐ媒介になる。いつも愛想笑いをしてて、自分のことを「便所コオロギ」とか「いらん子」とか平気で言う。最初は「自虐がすごい子だな」くらいに思ってた。間違ってた。この子、本気で自分にそういう値段をつけてるんだよ。

なんで末莉がそこまで自分を低く見るのか。その理由は本編で明かされるからここでは書かないけど、わかってくると、この子の愛想笑いが全然ちがって見えてくる。あの笑顔は、いろんなものを飲み込んで、自分を守るために作ってきた笑顔だったんだって。だからこそ、末莉が愛想笑いじゃなくて、初めて自分のために本気で感情をぶつける瞬間が来たとき、あたしは耐えられなかった。号泣した。ずっと笑ってた子が、初めて「わたしはこうしてほしかった」って言う。それだけのことが、この子にとってどれだけ遠かったか。それを全部見せられたあとだったから。

末莉って、ただ可哀想なヒロインじゃないの。「いらん子」だった子が、自分の意志で誰かを「一番」って選べる子に変わっていく。その変化の過程を、ちゃんと時間をかけて見せてくれる。あたしはこの末莉の変化が、あたしのギャルゲー人生の上位に入る。ほんとに。具体的なことはネタバレ版で全部書いたから、クリアした人はそっちも読んでほしい。

能面の準が、一言で崩れる。あの瞬間が忘れられない

準は、ほとんど表情を変えない子。でも、たった一言で全部が崩れる瞬間がある。あれがこのゲームで一番こわかったかもしれない。

高屋敷準。司の元恋人で、便利屋。表情をほとんど変えなくて、金のことばっかり言ってて、「いくら出す?」が口癖。人が作った料理を一切食べなくて、栄養剤と水しか受け付けない。最初は「冷たくて、お金にしか興味がない人」に見える。でも、この拒食には理由があって、お金にしか興味がないように見えるのにも理由がある。どっちも、この子がずっと一人で抱えてきた傷と繋がってるの。

準ルートに入ると、その傷が少しずつ見えてくる。準が「お金じゃ、何も解決できないよ!」って叫ぶ場面で、お金でしか人と繋がれないって思い込んでた子の本音がこぼれる。「家族が欲しくて欲しくて……欲しくて」って。能面で、金第一主義に見えたこの子が、いちばん家族を渇望してた。そのギャップを知ったあとだと、準の無表情が全然ちがって見えるんだよ。

準ルートのクライマックスで、準が言うたった一言。これがもう、この子の人生が全部乗ってる一言で。何を言うかは絶対に書かないけど、人のご飯を食べられなかった子が、その一言を言えるってことの意味を知った瞬間に、あたしは完全にやられた。あの拒食が、ただの好き嫌いじゃなかったってわかってるから、効くんだよ。たった一言で泣かされた。ずるい。

主人公・司に感情移入できた。一緒に怖がってくれる人だった

主人公が嫌いだと物語から引き抜かれちゃうタイプのあたしだけど、司は最後まで好きでいられた。むしろ、この人と一緒に立ち止まってた。

沢村司。両親を喪って、根無し草で生きてる青年。ぶっきらぼうで、面倒臭がりで、ことあるごとに「家族なんていらない」って言い張る。「失うのがイヤだから、俺は一人でいたんだ!」「こういう感情を味わうのがイヤだったから、俺は一人でいたんだ!」「なかった方がマシなんだよっ!!」って叫ぶ場面が、司の芯にずっとある。一回家族を持ったらいつか失う。だったら最初から持たない方がいい。そういう諦め方をしてる人なんだよ。

あたし、この司の気持ちがすごくわかった。失うのが怖いから手を出さないって、逃げだってわかってるけど、わかるんだよ。だから司が家族計画の中で揺れて、距離を取ろうとして、でも見捨てられなくて首を突っ込んじゃう、その全部に感情移入してた。司は弱者を見ると体が先に動くタイプで、末莉とか春花とか、放っておけない子に対してはちゃんと動く。口は悪いのに。そういうとこが、ただの拗ねた人じゃなくて、ちゃんといい男だった。

司がなぜそこまで「家族」を怖がるのか、その奥にあるものは本編で受け取ってほしい。それがわかったとき、司がある覚悟を決める瞬間が来るんだけど、あたしはずっと司に感情移入してたから、その変化が自分のことみたいに嬉しかった。司がちゃんと前を向くまで、こっちもずっと一緒に怖がってた。だから司が腹をくくった瞬間に、こっちも一緒に救われたんだよ。主人公をちゃんと好きになれる作品は、それだけで強い。

嘘っこの家族が、本物になっていく。その変化がぜんぶ尊い

『家族計画』のすごいところは、「家族ごっこ」から始めて、それが本物に変わる過程を一人ずつ描ききるところだった。

最初、この六人は誰も本気で家族になる気がない。寛が言い出した「家族計画」っていう代用品に、なんとなく付き合ってるだけ。司なんか「いつか終わる嘘っこ」だってずっと距離を取ってる。それぞれが、本物の家族をどこかで失ったか、最初から持てなかった人たちで、その欠けた場所を埋めるために、ぎこちなく同じ屋根の下にいる。

でも、夏が進むにつれて、その嘘っこがだんだん本物の手触りになってくる。真純の作るご飯を囲んで、寛のおふざけに付き合って、末莉に振り回されて、青葉の毒舌に応戦して。なんてことない夏の一日が積まれていくうちに、いつのまにか全員が「ここを失いたくない」になってる。最初は何でもなかった日常の食卓が、後半でとんでもなく重くなる。この「嘘から本物に変わる」線が、ぜんぶのルートを貫いてた。血が繋がってない人たちが、わざわざ選んで家族をやる。その選び直しの過程が、一人ずつちゃんと泣ける。

ただ、中盤から物語に外側の事件が入ってくるあたりで、テンポにちょっとつまずいた。ここは正直に言う。家族のドラマに感情を全部持っていかれてる最中に、空気がガラッと変わる展開が割り込んでくる瞬間があって、あたしみたいに感情移入で物語に入るタイプには、その切り替えの段差が、たまに「いま、この話してほしいんだっけ?」って引っかかった。最終的にはちゃんと意味があるんだけど、入り口の段差はちょっとあった。減点の一個はここ。

青葉も春花も真純も、一人ずつ欠けた場所を持ってた

末莉と準に持っていかれがちだけど、残りの三人にも一個ずつ刺さるポイントがある。

青葉。家主で、毒舌で、毎日庭を掘ってる。「私は家族愛なんて信じていないのよ」って言い張るんだけど、このルートに入ると、いちばん家族の記憶に執着してるのが青葉だってわかってくる。言ってることと、やってることが逆なの。口では家族なんて信じないって言いながら、行動はぜんぶ家族を求めてる。そのギャップが好き。何を掘ってるのか、その答えはネタバレ版で書いた。

春花。中国から来た天真爛漫な子で、「謝謝、哥哥(お兄ちゃん)」って司を呼ぶ。運動神経抜群で、明るくて、家のムードメーカー。でもこの明るい子も、外の世界に大きなものを抱えてて、それが家族計画に影を落とす。春花が「みんな、わたしがいなくなったあとも、家族でいてね」って言う場面、明るい子ほどこういうこと言うのずるいんだよ。自分が家族に迷惑をかけるかもって思ってるから、自分から身を引こうとする。

真純。家族計画の「母」役で、料理が抜群にうまくて、でもどこか頼りない。この人、「自分を必要としてくれる人」がいないと立てない人なんだよ。過去にいろいろあって、人に依存することでしか自分を保てなくなってる。真純ルートで、その真純が初めて自分の足で立とうとする瞬間が来る。依存じゃなくて、ちゃんと選んだ愛になっていく過程が、この人の見どころ。「司くん、わたしの旦那様になってくれるんだ?」って甘える真純が、ただの依存じゃなくなってるのがわかると、嬉しいんだよ。

Hシーンは、感情の核とは少しズレた場所にあった

9にしてる理由の一個。Hシーンについて、正直に話すね。

『家族計画』は18禁原版がある作品で、ヒロインそれぞれにHシーンがある。あたしはそこを否定したいわけじゃないんだけど、この作品の本当の核は、末莉や準が抱えてるものとか、家族をめぐる感情のほうにあって、Hシーンはその核に直接は絡んでなかった、っていうのが正直な感想。

ただ、末莉のは別だった。末莉に関しては、Hに繋がる場面が物語と完全に地続きで、しかも初めての夜を、ものすごく丁寧に時間をかけて描いてくれてた。「いらん子」だった子が、自分に変な値段をつけようとするところから、ちゃんと愛されるところまで、地続きで見せてくれる。大事なシーンを大事に描いてくれてるのが伝わって、これは嬉しかった。準のも、体は正直なのに心は閉ざすっていう準の苦しさが出てて、物語と繋がってた。

それ以外のヒロインのは、純愛として悪くはないんだけど、「このシーンがなかったら物語が壊れる」っていう必然性まではなかったかな、っていうのがあたしの受け取り方。誤解しないでほしいのは、これは大きな減点じゃないってこと。この作品はそもそも、Hシーンに頼らないで家族の話だけで泣かせきる力があるから。あたしはHがあってもなくても、末莉と準のことで泣いてた。だからHへの感想は「嫌い」じゃなくて、「感情の核とは別の場所にあった」っていう距離感の話。そこだけは正直に置いておきたかった。

エンディングの話(控えめに)

具体的なことは書かない。けどこれだけは言わせて。

『家族計画』のラストは、あたしがやってきたギャルゲーの中でも、いちばん泣いた部類に入る。何が起きるかは絶対に書かない。でも、これだけは言える。この作品のテーマは「家族」で、最後にそのテーマがちゃんと着地する。血が繋がってない六人が、それでも家族をやろうとした夏が、ちゃんと意味を持って締めくくられる。

これを「お涙頂戴」だって言う人がいるのも知ってる。でもあたしは違う。最後の感動は、前半・中盤でちゃんと積み上げた夏の時間の対価として置かれてた。なんの努力もなしに泣かせにくるんじゃなくて、「ここまで一緒に過ごしたからこそ来る」感動だった。だから、途中でテンポにつまずいても、投げないでほしい。あの家での夏を最後まで過ごしてから、もう一回最初に戻りたくなるから。最初は何でもなかった食卓の会話が、全部違う意味を持って効いてくる。

2001年の作品が、2026年のあたしの涙腺を完全に破壊してきた。これは事実なの。古い・新しいとか言う前に、「会いに行ってください」って言うしかない作品。

9.0——血の繋がらない六人が、選んで家族になる夏

一言で言うと、嘘っこの家族が、本物の家族になっていく話。

いつも愛想笑いで、自分を「いらん子」って呼ぶ末莉。能面で、人のご飯を食べない準。家族愛なんて信じないって言いながら毎日庭を掘る青葉。明るくて、でも何か抱えてる春花。母役なのにどこか頼りない真純。家族なんていらないって言い張る司。みんな笑顔の裏に何かを抱えてて、それでも同じ屋根の下で家族をやろうとする。あたしはこの夏の全部で泣いた。

減点は、ヒロインによって掘り下げの深さに差があったことと、Hシーンが感情の核とは別の場所にあったこと。それ以外は、書けない。書こうとすると「好き」って言葉しか出てこなくなる。9。10にしなかったのは、あたしが途中で何回か引っかかったのを正直に置いておきたかったから。末莉と準のクライマックスの破壊力は、完全に10だった。

『家族計画』を「人情系の泣きゲー」として読むのもいいけど、あたしのおすすめは「血が繋がってない人たちが、わざわざ選んで家族になる話」として味わうこと。そう受け取ると、末莉も準も、ほんとに大事になる。会いに行ってください。それしか言えない。

あと、一個だけ。末莉がずっと愛想笑いで自分を守ってた子だってこと、最後まで覚えておいてほしい。あの子が本気で笑える日まで、ちゃんと見届けてあげてほしいんだよ。それだけは、ここで言わせて。