血が繋がってない六人が、それでも「家族」をやろうとした夏。あたしはこの嘘っこの家族に、本気で泣かされた。
ここからは全部しゃべる。末莉の「甘えたかったっ!」、準の「おなか、すいたよぉ……」、司が両親に庇われて生き残ってたっていう真相、そして寛が「本日19時45分をもって、家族計画を終了する」って言い放つあの宣言まで。あたしの中の『家族計画』は、誰も最初は本気で家族になる気がなかったのに、いつのまにか全員が「ここを失いたくない」になっていく話。血の繋がりがない分だけ、選んで家族になる重さが効いてくる。9。減点は、ヒロインによって踏み込みの深さに差があったのと、Hシーンが感情の核とは少しズレてたこと。それ以外は「好き」しか出てこない。
スコア詳細
嘘っこの家族から始まる話、って聞いてた。嘘じゃなかった
2001年のD.O.、山田一さんのシナリオ。最初は、血の繋がらない他人同士がふざけて「家族ごっこ」をする、にぎやかなコメディだと思ってた。
根無し草の青年・沢村司が、路上で行き倒れていた中国の密航少女・春花を拾ったところを、寛っていうふざけた中年に「家族計画」へ勧誘される。古い日本家屋・高屋敷家に集められたのは、寛を父・真純を母にした擬似家族。姉妹役は、毒舌で庭をひたすら掘り続ける家主・青葉、能面みたいに無表情な便利屋・準、無邪気な春花、そして愛想笑いの達人の最年少・末莉。司は「家族なんていらない」って言い張りながら、末莉に懇願されて家長代理に収まる。
あたしは最初、ほんとに「ゆるいコメディだなあ」って思ってた。寛が部下の名前を毎回間違えるとか、真純がドジって料理だけ無駄に上手いとか、春花のチャイナ訛りとか。にぎやかで、笑えて。でも違った。この家、全員が「本物の家族」をどこかで失ってきた人たちの集まりだったんだよ。笑いの裏に、一人ずつ、ちゃんと欠けた場所がある。
ここから先は、あたしがどこで泣いたかを順番に置いていく。もう全部しゃべるから、クリアしてから読んでほしい。
末莉の「甘えたかったっ!」で、あたしは完全に終わった
あたしの『家族計画』は、かなりの部分が末莉の話。「いらん子」だって自分で自分を呼ぶこの子のことを、ずっと考えてた。
末莉は、家族計画の中でいちばん下の子。空き地で行き倒れてたところを拾われて、寛を「お父さん」、真純を「お母さん」、司を「お兄さん」って強引に役割に当てはめて、みんなを繋ぐ媒介になる。いつも愛想笑いをしてて、自分のことを「便所コオロギ」とか「いらん子」とか平気で言う。最初は「自虐がすごい子だな」くらいに思ってた。違った。この子、本気で自分にそういう値段をつけてるんだよ。
末莉の過去がきつい。両親は末莉を「いらん子」扱いしてて、夫婦仲も最悪で、結婚記念日にバラバラの場所へ出ていった。末莉が「行かないで」って叫んだとき、一瞬だけ立ち止まって、でも結局それぞれ別の場所で野垂れ死んだ。そのあと引き取られた親戚の家では、そこの長男・良太から性的に虐げられてた。この子の愛想笑いは、そういう全部を飲み込んで作ってきた笑顔だったの。気づいた瞬間、画面の前で「うわ」って声出た。
末莉ルートで、いちばん刺さるのがここ。末莉が司に「優しくしてくれてもよかったっ!」「甘えたかったっ!」って叫ぶ場面。ずっと愛想笑いで全部処理してきた子が、初めて自分のために怒って、自分のために泣くんだよ。甘えたかった。そんな当たり前のことを、この子は一回も許されてこなかった。それをやっと声に出す。あたしはここでダメだった。号泣した。だって末莉が悪いことなんか一個もしてないのに、ずっと「いらん子」をやらされてたんだよ。
もう一個ずるいのが、末莉が司に「わたしのことを一番想ってくれる人を、わたしは好きになったんですっ!!」って言うとこ。家族としての好きと、ちゃんと恋としての好きを、この子は自分で分けて、自分で選んでる。「便所コオロギ」だった子が、自分の意志で「あなたが一番」って言える子になる。その変化の全部を見せられたあとだから、効くんだよ。末莉ルートのラスト、10年後に三人の子供を持って、再建された高屋敷家でみんなが再集合する場面。「おかえりなさい、わたしのおにいさん」から始まったこの子が、ちゃんと自分の家族を手に入れてる。あたしはここで、最初の愛想笑いを思い出してまた泣いた。
準の「おなか、すいたよぉ……」が、ずっと耳に残ってる
能面の準が、たった一言で崩れる瞬間がある。「おなか、すいたよぉ……」。これがこのゲームで一番こわかった台詞かもしれない。
準は、司の元恋人で、便利屋。表情をほとんど変えなくて、金のことばっかり言ってて、「いくら出す?」が口癖。料理を一切食べなくて、ブロック栄養剤と水しか受け付けない。最初は「冷たくて、お金にしか興味がない人」に見える。でも、この拒食には理由があった。
子供のころ、準のお母さんが「娘たちが夫を誘惑した」って決めつけて、毒入りスープを食卓に出したことがある。準は、双子の妹の景を守るために、自分が先に一人で飲み干して、血を吐いて倒れた。それをお母さんは笑って見てた。それ以来、準は他人が作った料理を体が受け付けなくなった。お金にしか興味がないように見えたのは、お金でしか自分と人を繋げないって思い込んでたからなんだよ。「お金じゃ、何も解決できないよ!」って準が叫ぶ場面で、この子がずっと一人で抱えてたものが全部こぼれる。
そして準ルートのクライマックス。準は、自分が匿名で支えてきた施設「うぐいす学園」を守るために危ない仕事に手を出して、失敗して、施設は壊れて、もう死のうとする。「家族が欲しくて欲しくて……欲しくて」って。お金を稼ぐことでしか家族を守れないと思ってた子が、お金で全部失う。そこで準を救うのが、料理なんだよ。誰かが作ったご飯を食べられない準が、最後に「おなか、すいたよぉ……」って言う。あの拒食の子が、お腹がすいたって言える。それは、もう一回この世界で生きていい、誰かの作ったご飯を食べていい、ってことなんだよ。ここ。ここで完全にやられた。たった一言なのに、この子の人生が全部乗ってる。ずるい。
司の「失うのがイヤだから、俺は一人でいたんだ!」が全部の土台だった
主人公・司の感情移入がしやすかったのは、この人自身が「家族を失うのが怖くて逃げてる人」だったから。あたしと一緒に立ち止まってくれる人だった。
司は、ずっと「家族なんていらない」って言い続ける。家族計画に巻き込まれても、心のどこかで距離を取ろうとする。「失うのがイヤだから、俺は一人でいたんだ!」「こういう感情を味わうのがイヤだったから、俺は一人でいたんだ!」「なかった方がマシなんだよっ!!」って叫ぶ場面が、序盤からずっと司の芯にある。一回家族を持ったらいつか失う。だったら最初から持たない方がいい。そういう諦め方をしてる人なんだよ。
この司の頑なさには、真相があった。司の両親は、バスごと崖から転落して死んでる。司はそれを「自分は両親に捨てられた、置いていかれた」ってずっと歪めて記憶してた。でも本当は逆だった。バスが落ちるとき、両親が前と後ろから司を挟んで、自分たちの体で衝撃を吸収したから、司だけが生き残った。両親は司を守って死んだんだよ。それを親戚の大場さんから告げられて、司は「捨てられた」じゃなくて「守られた」だったって知る。
そこから司が「俺は、家族は捨てない」「捨てるもんか」って言い切るんだけど、この台詞の重さがすごい。「失うのが怖いから持たない」って逃げてた人が、「失うかもしれなくても、それでも捨てない」に変わる。あたし、ずっと司に感情移入してたから、この変化が自分のことみたいに嬉しかった。司がちゃんと前を向くまで、こっちもずっと一緒に怖がってたんだよ。だから司が腹をくくった瞬間に、こっちも一緒に救われた。
寛の「家族計画を終了する」宣言で、嘘っこが本物に変わった
この作品の折り返しは、ふざけてた寛が真顔になる瞬間。「本日19時45分をもって、家族計画を終了する」。
寛は、ずっと作品のおふざけ担当だと思ってた。部下の名前を「中川君!…中島君!…中山君!」って毎回間違えて、変な教団の信者証を持ってて、軽い。でもこの人、家族計画の発案者なんだよね。そしてこの人にも、ちゃんと隠してたものがあった。「私には、妻と子供がいる」「本物のな」。寛は本物の家族を持ってる人だった。事業に失敗して、その借金が本物の妻子に及ばないように、自分から離縁して家族のそばを離れてた。だから他人を集めて「家族計画」っていう代用品を作ってたの。
その寛が、ある日いきなり「本日19時45分をもって、家族計画を終了する」って宣言する。本物の家族のところへ帰る決意をしたから。「家族を守るため、父は非情な決断を下すこともあるぞ?」って。ここがこの作品の一番こわいところで、寛は寛で正しいんだよ。本物の家族のもとへ帰るのは、正しい。でも、ここまで一緒に過ごしてきた六人にとっては、それは家族の解体宣言なの。司は寛を殴る。だってもう、司にとって高屋敷家は「いつか終わる嘘っこ」じゃなくなってたから。
あたしね、この宣言があるから『家族計画』はすごいんだと思う。「家族ごっこ」が壊れる瞬間を見せることで、逆に「これはもうごっこじゃなかった」って全員に気づかせる。終わると言われて初めて、失いたくないってわかる。最初は誰も本気じゃなかった嘘っこの家族が、終了宣言を境に、全員にとって失えない本物になる。この一本の線が、ぜんぶのルートの背骨になってた。
青葉と春花と真純。残りの三人も、一人ずつ欠けてた
末莉と準に全部持っていかれがちだけど、青葉も春花も真純も、それぞれ一個ずつ刺さるポイントがある。
青葉。家主で、毒舌で、毎日庭を掘ってる。何を掘ってるかっていうと、子供のころ祖父と一緒に埋めた「宝物」なんだけど、春花ルートで実際に掘り出してみたら、缶の中は空っぽだった。宝物なんて最初からなかったの。青葉が探してたのは、缶の中身じゃなくて、祖父と過ごした時間そのもの、もう戻らない幼少期だった。「私は家族愛なんて信じていないのよ」「親が子供を道具にする時代なのよ」って言い張る青葉が、いちばん家族の記憶に執着してた。あと、末莉ルートで青葉が炎の中から末莉を助け出して左腕に大火傷を負って、それを長袖で隠して暮らす場面。「最初から、家族でも何でもなかった」って言ってた人が、体を張って妹分を守るんだよ。言ってることと、やってることが逆。そこが好き。
春花。中国から密航してきた天真爛漫な子で、「謝謝、哥哥(お兄ちゃん)」って司を呼ぶ。明るいんだけど、この子の正体は上海マフィアと台湾マフィアがドラッグ「虹」を巡って奪い合ってる、その中心にいる存在だった。外の暴力がこの家に忍び寄る火種を、無邪気に笑ってるこの子が抱えてる。春花が「みんな、わたしがいなくなったあとも、家族でいてね」って言って自分から去ろうとする場面、明るい子ほどこういうこと言うのずるいんだよ。自分が家族を壊す火種だってわかってるから、自分から消えようとする。
真純。家族計画の「母」役で、料理が抜群にうまくて、でもどこか頼りない。この人、詐欺師の元婚約者・添田に騙されて、お母さんの財産まで全部巻き上げられた過去がある。それでも添田に未練が残ってる。「自分を必要としてくれる人」がいないと立てない人なんだよ。真純ルートで真純が添田に「人を愛する前に……まず自分を鍛えてよ……」って言って決別する場面。依存でしか立てなかった人が、初めて自分の足で立つ。そこから司に「司くん、わたしの旦那様になってくれるんだ?」って甘える真純は、依存じゃなくてちゃんと選んだ愛になってた。
Hシーンの話、正直に書く
ここでしか書けないこと。Hシーンは、この作品の感情の核とは、少しズレた場所にあった。
『家族計画』は18禁原版がある作品で、ヒロインそれぞれにHシーンがある。でも正直に言うと、あたしにとってこの作品の本当の核は、末莉の「甘えたかった」とか、準の「おなか、すいたよぉ」とか、家族をめぐる感情のほうにあって、Hシーンはその核に直接は絡んでなかった。
ただ、末莉のは別。末莉のHシーンは、ちゃんと物語と地続きだった。最初、司が高屋敷家を去ろうとする夜、末莉が裸にタオルケット一枚で、貯金箱を抱えて来て「こんなものくらいしか……支払えません……」って体で払おうとする場面。司はそれを平手打ちして拒絶する。「身を売る」発想しかできない末莉と、それを許さない司の対峙。ここは絶対に必要なシーンだった。そのあと、半年の同居を経て、ちゃんと恋人になってからの初夜が、また丁寧なんだよ。一夜目で痛くて気絶して、二夜目もダメで、三夜目は出血して、四夜目でやっと完遂する。末莉が「脳、とけました」って言うとこ。大事なシーンを、ちゃんと時間をかけて大事に描いてくれてた。これは嬉しかった。「いらん子」が自分に値段をつけようとしたところから、ちゃんと愛されるところまで、地続きで描いてくれた。
それ以外のヒロインのは、純愛として悪くはないんだけど、「このシーンがなかったら物語が壊れる」っていう必然性まではなかったかな、っていうのがあたしの受け取り。準のHシーンは「最低だ……わたしの体……」っていう、体は正直なのに心は閉ざす準の苦しさが出てて、そこは物語と繋がってた。でも全体としては、この作品はHシーンに頼らなくても、家族の話だけで泣かせきる力があった。だからHへの距離感は、減点の主軸じゃない。
9にした理由。ルートによって踏み込みの深さに差があった
10をつけたい気持ちはあった。でも、9で止めた理由がちゃんとある。
一個は、ヒロインによって掘り下げの深さがけっこう違ったこと。末莉と準は、過去も、傷も、救われ方も、ものすごく丁寧に積んでくれてた。この二人は文句なしに10だった。でも青葉とか春花のルートは、それと比べると、刺さるポイントはあるんだけど、もう一歩のところで踏み込みが浅く感じる瞬間があった。特に春花は、本人の感情の話よりマフィア抗争の事件のほうに尺を取られてる印象があって、「春花自身ともっと向き合いたかったのに」って一回思った。全ルートが末莉・準クラスだったら、迷わず10だったと思う。
もう一個は、中盤からマフィアの暴力沙汰が物語に入ってくるところのテンポ。寛が達人で軍人崩れにも勝てるとか、上海マフィアと台湾マフィアの抗争とか、家族のドラマに感情を全部持っていかれてる最中に、急に外側の暴力の話が割り込んでくる。意図はわかる。家族計画っていう小さな箱が、外の現実に脅かされてるって見せたいんだろうって。でも、あたしみたいに家族の感情移入で物語に入るタイプには、あのバイオレンス成分の混ざり方が、たまに「いま、この話してほしいんだっけ?」って引っかかった。
でも、こういう引っかかりを全部ひっくり返すのが、各ルートの着地なんだよ。だから9。10にしなかったのは「完璧じゃなかったから」じゃなくて、「あたしが途中で何回か引っかかったのは事実だから、正直に置いておく」っていう、それだけ。末莉と準のクライマックスの破壊力は、完全に10だった。
9.0——血が繋がってない六人が、選んで家族になった夏
末莉の「甘えたかった」で10、準の「おなか、すいたよぉ」で10、家族計画終了宣言の重さで9、ルート格差とテンポで-1。平均して9。これはぶれない。
あたしの『家族計画』は、誰も最初は本気じゃなかった嘘っこの家族が、本物になっていく話。末莉も、準も、青葉も、春花も、真純も、司も、寛も、みんな「本物の家族」をどこかで失ったか、持てなかった人たちで、その欠けた場所を持ち寄って、選んで家族をやろうとする。血が繋がってないからこそ、「それでも一緒にいる」を一人ずつ自分で選ばなきゃいけない。その選び直しの全部が、泣ける。
「優しくしてくれてもよかったっ!」「甘えたかったっ!」って初めて自分のために怒る末莉。「おなか、すいたよぉ……」って、やっと誰かのご飯を食べていいと思えた準。「俺は、家族は捨てない」「捨てるもんか」って逃げるのをやめた司。あたしはこの夏の全部で泣いた。2001年の作品が、2026年のあたしの涙腺を完全に破壊してきた。これは事実なの。
「優しくしてくれてもよかったっ!」「甘えたかったっ!」
— 初めて自分のために泣く末莉
「いらん子」だった子が、自分の意志で「あなたが一番」って言える。拒食だった子が、お腹がすいたって言える。そのために、選んで家族になった六人がいた。これを「お涙頂戴」って言う人もいるかもしれないけど、あたしは違う。ちゃんと積み上げた時間の対価として、みんなが家族にたどり着いた。それだけ。ありがとう、末莉。ありがとう、準。会いに行けてよかった、この家に。
