血の繋がりがない者同士が、本当の家族になっていく。こういうのに、アタシは弱いのよ。
これはネタバレありの版だからね。司の両親が本当はどう死んだか、準が何を飲まされたか、末莉が何をされてきたか、寛に別れた妻子がいたこと、全部書くわ。傷だらけの人間が一つ屋根の下に集まって、ぶつかって、それでも家族になっていく。アタシが三十年カウンターで見てきた話と、地続きだったのよ。歳をとると涙腺が緩くなっていけないね。
スコア詳細
「家族の話だから、ママは泣くと思う」って常連が置いていったの
二〇〇一年に出た作品なんだってね。手に取ったのは、いつもの常連さんが「ママ、これは家族の話だから、絶対泣くと思う」ってカウンターに置いていったからなのよ。家族の話、ねえ。アタシ、その手の言葉には警戒するの。安い「家族っていいね」を見せられても困るからね。
主人公は沢村司っていう、身寄りのない若い男。行き倒れの中国の女の子・春花を拾ったところを、広田寛っていうふざけた中年に「家族計画をやらないか」って誘われるの。古い高屋敷家って屋敷に、血の繋がってない者ばっかり集めて、無理やり父・母・姉妹・兄って役を振って一緒に暮らす。司は「家族なんかいらない」って突っぱねるんだけど、末莉って最年少の子に泣きつかれて、兄役で混ざることになる。
家には毒舌の家主・青葉、能面みたいな便利屋・準、ぽややんとした母役・真純がいてね。最初は寄せ集めのドタバタなのよ。でもこの寄せ集め、みんな一人ずつ、まともじゃない過去を背負ってるの。置いていった常連さんは正しかった。アタシ、カウンターでしっかりやられたわ。
第一印象——傷の出し方が、嘘くさくなかったわ
この作品の人間はね、傷の負わせ方が地に足ついてたのよ。家族ものって、安っぽくやると「みんないい人」になりがちでしょ。ここはその逆。集まった連中、全員どっか壊れてるの。それも、わざとらしい不幸自慢じゃなくて、現実にいそうな壊れ方をしてた。
まず寛ね。ふざけた中年で、部下の名前を「中川君、中島君、中山君」って毎回間違える。最初は「なんだこの変なおじさん」って思ってたわ。ところがこの男、ちゃんとした妻子がいるのに、事業に失敗して借金を家族に背負わせないために、自分から縁を切ってるのよ。「私には、妻と子供がいる」「本物のな」って終盤に言うんだけど、この一言の重さときたら。家族を守るために家族を捨てた男。うちのカウンターにも、女房子供のために単身でどっか行って、二度と戻らなかった男がいたわ。笑ってるおじさんが一番痛いものを抱えてる。そういう描き方が、擦れてなかったの。
沢村司——「捨てられた」と思い込んでた男が、「俺は捨てない」に辿り着くのよ
司ね。アタシ、この男のことは早い段階で「腹は据わってる」って見たわ。無愛想で面倒くさがりで、口では「家族なんかいらない」って言ってるくせに、目の前で弱ってる子を放っておけないの。行き倒れの春花を拾い、末莉に泣きつかれたら兄役を引き受ける。口と体が逆なのよ、この男は。
なんで「家族なんかいらない」って突っぱねるのか。それがね、終盤でひっくり返るのよ。司は子供の頃、両親と乗ったバスが崖から落ちて、自分だけ助かった。本人はずっとそれを「自分は両親に見捨てられて、一人だけ放り出された」って思い込んでた。だから「失うのがイヤだから、俺は一人でいたんだ」って、人と深く関わるのを避けてきたの。ところが親戚の大場から本当のことを聞かされる。あの事故のとき、両親は前と後ろから司を挟んで、自分たちの体で衝撃を受け止めてたのよ。捨てられたんじゃない。命がけで守られて、生かされてた。
これがわかった司が「俺は、家族は捨てない」「捨てるもんか」って言い切るところね。アタシ、ここで喉が詰まったわ。理屈で改心したんじゃないの。自分が守られてたって知ったから、今度は自分が守る側に回るって、体で決めたのよ。男が腹を括る瞬間って、こういうものなの。説明じゃなくて、行動で示すの。こういう男はね、いい男だわ。口は悪いけど、いざとなったら逃げない。アタシの見立ては外れなかった。
準と末莉——傷の深さに、ちゃんと理由があったのよ
ヒロインたちはね、それぞれ「自分なんか」って思い込まされて生きてきた子たちなの。可愛いだけの子は一人もいない。みんな、現実に放っておけない弱さを抱えてた。中でもアタシが裁きたいのは、準と末莉ね。
準は能面みたいに無表情で、他人の作った料理を一切受け付けない子でね。最初は「変わった子ね」くらいに見てたわ。ところが理由を聞いて、アタシ言葉が出なかった。子供の頃、母親が「娘たちが夫を誘惑した」なんて言いがかりで、毒入りのスープを食卓に出したのよ。準は双子の妹の景を守るために、自分が先に飲み干して血を吐いて倒れた。それを母親は笑って見てた。こんな目に遭ったら、人間が信じられなくなって当たり前よ。準が施設の子供たちに匿名で金を送り続けてた「あしながおねーさん」だったってわかったとき、この子は人を憎んだんじゃなくて、人を信じたかったんだって伝わってきた。準ルートの最後、自殺まで考えた準が、春花に無条件で許されて、皆と家族の食事を取り戻すのよ。「おなか、すいたよぉ……」って言えたとき、この子はやっと家族を許せたの。たまらなかったわ。
末莉も書いておくわ。愛想笑いがうまくて、自分のことを「いらん子」「便所コオロギ」なんて呼ぶ子でね。最初は明るい子に見えるんだけど、引き取られた親戚の家で性的な虐待を受けてた。親にも「いらん子」扱いされて、家を出ていく親に「行かないで」って叫んでも、結局置いていかれた。この子が司に告白する場面が、アタシは一番きつかった。タオルケット一枚で「こんなものくらいしか支払えません」って体を差し出そうとするのよ。愛されることに、対価を払わなきゃいけないって思い込まされてる。司がそれを拒んで、ちゃんと「兄」でいてやるところで、ようやくこの子は「支払い」なしで愛されることを覚える。末莉ルートの十年後、三人の子供の母親になって皆が再集合する結末は、ちょっと出来すぎなくらい幸せでね。でも、この子にはそれくらいの幸せがあっていいのよ。アタシは許すわ。
この家族、本物か——血が繋がってないからこそ、選んだ家族だったのよ
家族ってね、選べないものでしょ。生まれた家がそのまま家族で、当たりも外れも引き受けるしかない。アタシも、お客さんの愚痴を三十年聞いてきて、いやっていうほどそれを見てきた。この作品が見せたのは、その逆なのよ。血が繋がってないからこそ、自分の意思で「家族になる」と選んだ連中の話。これは本物か。アタシはずっと、そこを裁きたかったの。
最初はね、嘘くさいと思ってたのよ。寛が無理やり役を振って、初対面の他人に「はい今日から父と母と姉妹です」なんて、そんなの上っ面のごっこ遊びでしょって。実際、青葉なんて「私は家族愛なんて信じていない」「最初から、家族でも何でもなかった」って突き放してた。アタシもその青葉に半分賛成だったわ。よその子をいきなり家族って呼べるほど、人間は単純じゃないのよ。
でもね、この連中、ぶつかって、傷を見せ合って、少しずつ血の通ったものになっていくの。家族計画が暴力沙汰で壊れかけて、寛が「本日十九時四十五分をもって、家族計画を終了する」って宣言したとき、司は寛を殴るのよ。終わらせたくないから、殴る。ごっこ遊びだったはずのものを、本気で守ろうとしてる。ここでアタシ、これはもう本物だって思ったわ。あの青葉でさえ、司を逃がすために「立って、逃げなさい」「司、生きることは、問答無用なのよ」「あなたに恩を売ってあげるわ。生き残って、死ぬ気で返しなさい」って体を張る。家族愛なんか信じないって言ってた女が、いざとなったら命がけで身内を逃がすの。口と行動が逆。一番愛が深い人間ほど、それを認めないものなのよ。
血の繋がりがないからこそ、この連中は「この人を家族にする」って一人ずつ選んでた。生まれで決まった家族より、よっぽど覚悟がいる。選んだぶん、捨てない。司が辿り着いた「俺は家族は捨てない」も、そういうことなの。アタシの三十年で見てきた一番強い家族はね、血じゃなくて、選び合った人たちだったわ。離婚した親より、よその子を引き取って腹を括った人のほうが、よっぽど親だった。この作品は、それを嘘くさくなく見せてくれた。だから刺さったの。
序盤の長さと、マフィアの話——人間ドラマだけでよかったのに、とは思ったわ
褒めてばかりもなんだから、引っかかったところも正直に言うわ。まず序盤ね。アタシ、序盤で掴まれないと閉じる女なのよ。これは最初、ふざけた小ネタが続いて、誰が誰だかわかるまでに少し時間がかかった。
寛がボケて、真純がドジって、春花がチャイナ訛りでしゃべって、伊佐坂っていう隣人が「おうおうおう」って絡んでくる。賑やかなのはいいんだけど、肝心の「この人たちが何を抱えてるのか」がなかなか見えてこなくてね。賑やかな擬似家族のドタバタを楽しめるかどうかで、最初の入りが変わると思う。アタシは中盤、一人ずつの過去が掘り起こされてからぐっと入れた。だから掴みは満点にはできなかったわ。
それと、中国マフィアの話ね。春花が上海の組織から持ち逃げした「虹」っていうドラッグを巡って、上海と台湾のマフィアが抗争してて、それが家族計画に忍び寄ってくる。話に緊張感を出すための仕掛けなのはわかるんだけど、アタシ正直、この銃だの組織だののくだりは、人間ドラマの邪魔に感じたところもあったの。傷を抱えた連中が家族になっていく話だけで、十分重かったのよ。撃ち合いまで要らなかったんじゃないかって。ただ、長いのは許すわ。五人ぶんのルートがあって、それぞれちゃんと過去を掘って、ちゃんと救ってる。長い割に薄い作品なら時間を返してって言うけど、これは中身が詰まってた。各ルートに、忘れられない場面があったもの。
体を重ねる場面のこと——傷を負った子ほど、流れを丁寧に見たわ
こういう作品にもそういう場面はあるからね。アタシはもうそういう年齢じゃないから笑って読んでるけど、感情の流れが嘘くさくないかどうか、そこだけはちゃんと見るのよ。特にこの作品は、傷を負った子が多いから、そこの扱いが雑だと一気に冷めるところでね。
準とのあれは、アタシ唸ったわ。他人を信じられない子、自分の体を「最低だ」って言う子が、それでも誰かに触れられることを覚えていく。突然優しい男が豹変して襲いかかる、みたいな気持ち悪さはなかったの。司はちゃんと、この子が何を怖がってるかをわかった上でそばにいた。末莉のあの告白未遂を、司が「兄」として拒んだのも大きいわ。普通の男なら据え膳に手を出すところを、この子の傷を考えて引いた。そこを引ける男だから、後でちゃんと恋人になれるの。流れが人間らしかった。
春花との場面は、同情と性的な接触が混ざってて、アタシは少し引っかかったところもあったわ。明るく振る舞ってる子の弱みにつけ込んだようにも見えてね。でも全体としては、どの子も「次の段階に進むための区切り」として体を重ねてた。ただ盛り上げるためのおまけじゃなかったの。普段優しい男が急に別人になる、っていうアタシの一番嫌いなやつがなかったから、そこは安心して見てられたわ。
8.2——恋を見てきた女が、家族の作り直しに泣かされた話よ
最終的に八・二。アタシが付けた点数としては、かなり高いほうよ。序盤のもたつきと、マフィアの撃ち合いがなければ、もう少し上だったかもしれない。でもね、終わったあとに残ったものが、それを補って余りあったの。
アタシはずっと、恋愛を見る目だけで生きてきた女なの。男が信用できるか、女が自分を持ってるか、恋がちゃんと終わるか。それで作品を裁いてきた。でもこの作品はね、恋愛の評価軸だけじゃ測りきれなかったわ。司とヒロインたちの恋は確かにあるんだけど、本当に重かったのは、生まれで決まらない家族を、傷だらけの連中が自分の意思で選び取っていくところだったの。毒を飲まされた子も、虐待された子も、捨てたつもりで捨てられなかった男も、みんな一度は「自分なんか」と思ってた。それでも誰かに選ばれて、誰かを選び返して、家族になっていく。
「俺は家族は捨てない」って言い切った司も、「おなか、すいたよぉ」ってやっと泣けた準も、しばらく忘れられそうにないわ。歳をとると涙腺が緩くなっていけないね。まあ、よかった。恋ばっかり見てきたアタシに、家族は血じゃなくて選ぶものよって、もう一度教えてくれた作品だった。それだけで、十分だわ。
