新藤エレナのレビュー — 鎖 -クサリ-

新藤エレナ
新藤エレナ
鬼畜の目利き
8.5/10
8.5 / 10

認めるわ。陵辱を「ジャンル」として書ききった、一級品よ。

鬼畜系・陵辱系で「踏み込んでいる」と評価できる作品は多くないわ。たいてい派手な凶器を並べて、肝心の段階的崩壊で逃げる。鎖はそれをしないのよ。船という閉鎖空間で、五人のヒロインがそれぞれ別の壊され方をしていく。器具も場所も、繰り返さない。描写は記号で済ませない。これは「鬼畜ADV」というジャンルの中で、上から数えた方が早い水準のシコさだわ。8.5よ。

スコア詳細

Hシーンの質 9
シチュの多様性 10
文章力・描写力 9
ヒロインの魅力 9
エロと物語の相乗効果 10
作品の尖り・唯一無二性 9

陸から1200km、警察は来ない——その設定だけで手を出したわ

2005年、Leaf大阪開発室の鎖。シナリオは枕流。

夏休みの一週間、高校生の主人公たちが幼なじみの母が責任者を務める高速クルーザーで航海に出る。出航してまもなく漂流者を救助したことから事件が始まる。あらすじだけ見ると、よくあるサスペンスADVに見えるわ。でも、一行だけ目に留まる文言があるのよ。「陸から1200km、寄港地なしの周回航海」。これだけで設計の意図が透けて見えたから、手に取ったの。

つまり警察は来ない。逃げ場もない。乗っているのは高校生五人と、すでに無力化された大人ひとり。残った大人はひとりだけ。救助した「漂流者」よ。完全な孤立空間を、わざわざ作っているのよ。鬼畜系で公海上を舞台にするのは珍しい部類だわ。山奥の館でもなく、地下シェルターでもなく、海の真ん中の高速クルーザー。脱出という選択肢が物理的に存在しないという設計をした時点で、作者がどこまで踏み込む覚悟かは半分わかったの。

第二の動機は道具立てね。食肉用ウィンチ、蒸気バルブ、貞操帯バイブ釣り針ジョイベルト尿道カテーテル水密隔壁のホイールハンドル。道具のラインナップを聞いた時点で、「この作者、ちゃんとシチュを設計する気がある」と踏んだわ。鬼畜ジャンルで凶器をいくつ並べたかは指標にならない。並べた凶器を「使い切る」か「飾りで終わらせるか」で差が出るのよ。鎖は使い切るタイプだったわ。

シコれるわ——ただし「鬼畜の目利き」前提で

最初に結論から言うわよ。

シコれた。普通にシコれたわ。それも一度や二度じゃない。ヒロイン五人プラス母親一人で、それぞれ別の壊れ方をしていく。同じパターンの繰り返しがほとんどないから、シーンごとに別の興奮を返してくる。これは雑多なシーン数の多さじゃないわ。設計された多様性よ。

ただし全員向けじゃない。鬼畜・陵辱・精神崩壊を「ジャンル」として正面から受け取れる人専用の作品だわ。純愛しか読まない人、被害者の苦しみを楽しめない人にとっては、ただ気分が悪くなるだけの作品。それは作品の欠陥じゃなくて、ジャンルが合わないってだけよ。和姦シーンも複数あるけれど、それを目当てに買う作品じゃないわ。

その前提を踏まえた上で、わたしの軸、つまり「シコれるか」「描写が踏み込んでいるか」「シチュに設計があるか」、では、鎖は近年の鬼畜ADVの中でも上から数えた方が早い。8.5の根拠は一つずつ並べる価値がある。

シチュの多様性——10をつけたのはこれが理由よ

わたしがこの作品で最も評価する軸はこれだわ。

鬼畜系で「シチュの多様性」が高いと言える作品は、思っているより少ないのよ。たいていは「派手なシチュを一つ二つ用意して、あとは似た展開を繰り返す」で終わる。鎖はそれをしないの。船という閉鎖空間で、ヒロインごとに「その人にしか起こり得ない壊され方」を割り当てている。武道家には武道家の敗北のさせ方。委員長気質の聡明な少女には、その聡明さを利用した二重拘束のさせ方。妹キャラには妹キャラの壊し方を割り当ててある。個別シーンの話はネタバレ版で。

道具の使い分けも丁寧だわ。蒸気バルブと食肉ウィンチと釣り針と尿道カテーテルとホイールハンドルは、それぞれ別の場所に置かれている。それぞれ別のキャラに使われる。「凶器の使い回し」がほとんどないのよ。鬼畜ジャンルだと、SMっぽい器具を一通り用意して各ヒロインを順番に通すパターンがよくある。鎖は逆。器具が場所と結びついていて、その場所に追い込まれたヒロインだけがその器具を受ける構造になっている。

船という舞台の使い方も巧いわ。調理室機関室ウィンチルーム電気室冷蔵室、脱衣所、浴室。どの場所もちゃんと「そこにしか存在しない器具・条件」がある。これは建物選びの段階で勝負が決まっている。シチュの多様性10の理由はここよ。

テキストが引っ張っているわ——シコさの源泉

描写の文章力について。

鬼畜ADVが失敗するパターンの典型を言うわね。行為の順番だけを並べて、ヒロインの内面を書かない。叫び声と擬音だけで間を埋める。これだと実用性が落ちる。なぜなら、シコさは「行為そのもの」じゃなくて「受けている側の壊れていく過程」から立ち上がるからよ。表面の動作だけ書いても駄目なの。当然でしょ。

鎖の描写はそこをちゃんと書いている。被害者の心理の壊れ方が、段階的に書かれているのよ。最初は抵抗、次は屈辱、次に体の反応への混乱、その次に否定の言葉だけが残る。この階段が、ヒロインごとに違うリズムで降りていく。明乃の「あたしインランちがう」と繰り返す否定。ちはやの言葉が崩れて単語の断片になっていく過程。が「岸田様を愛してます」と言わされる時の、言葉の意味そのものの破壊。それぞれ書き方の方向が違うのよ。

もうひとつ評価する点。岸田という加害者側のテキストが立っているわ。鬼畜ADVは加害者を雑に書きがちなのよ。「ただ襲うだけのモブ男」だと、被害者の壊れる説得力も落ちる。岸田は違う。挑発のセリフが知的だし、論理が一貫しているし、何より「玩具は壊す時が一番楽しい」という哲学を最後まで保ち続ける。加害者がキャラクターとして立っているから、陵辱がただの暴力じゃなくて、ひとつの世界観として機能する。これが文章力9の理由だわ。

ヒロインがエロで初めて全部見える、という設計

ヒロインの魅力9と、エロと物語の相乗効果10について。

鬼畜ADVでよくある問題。ヒロインがHシーンで全員同じ反応になる現象、というのがあるのよ。あれが起きると、せっかく序盤で書き分けたキャラ造形が全部消えて、最後には「壊された女」という一種類しか残らない。鎖はその罠を避けているわ。

武道家として登場した少女は、武道家としての矜持の壊れ方をする。そのプライドが踏みにじられる過程が、そのキャラのHシーンだけで起きる固有の現象になっている。委員長キャラには、聡明さゆえの矛盾、つまり「服従と二重スパイ」という構造そのものが彼女特有の壊し方になっている。妹キャラの場合は、体格的に拒絶される逆説的なシチュを持っていて、これがそのキャラだけのものになっている。それぞれの普段の造形が、Hシーンで違う方向に活きるわ。これは設計の問題なのよ。書ければ書けるけれど、書こうとして書ける作家は少ない。

そしてもうひとつ。本作のHシーンは物語と切り離せない構造になっているの。陵辱を抜くとサスペンスの本筋が成立しない。岸田がなぜ怖いのかは、岸田が何をするかを書かなければ伝わらない。和姦シーンも同様で、求婚や心中のような決定的場面が和姦の中で起きる。エロを抜いて物語だけを取り出すことは、この作品では構造的にできないのよ。エロと物語の相乗効果10。「エロゲーである必要があったか」という問いは、この作品では成立しない。エロゲーでしかこれは成立しないわ。

8.5——一級品だわ。ただし最後の0.5は譲らない

締めの話をするわよ。

8.5をつけた根拠は、もう書いた通りよ。シチュの多様性、描写の踏み込み、ヒロインの壊し分け、エロと物語の不可分性。鬼畜ジャンルで「ちゃんと達成されている作品」を探していた人の多くは、これにたどり着けば手は止まるはずだわ。

最後の0.5を譲らなかった理由も書いておくの。本作のHシーンは40件近くあって、その中には和姦も陵辱もある。和姦シーンの一部、特に脱出後の解放感に流される場面は、陵辱パートの異常な踏み込みと比べると、わたしの目から見て描写の密度が一段落ちるわ。「ここで尺を割けば全部10だった」という箇所が、ほんのいくつかあるの。それで8.5で止まったわ。

あと一つ、これは作品全体の話だけど。この作品は人を選ぶの。鬼畜・陵辱・精神崩壊を「ジャンルとしての作品」として受け取れない人には、わたしのスコアは意味がないわ。それは別にいい。8.5という数字は「このジャンルの中で上位」という意味であって、「万人向けの作品」という意味じゃないのよ。当然でしょ。

「認めるわ。陵辱を『ジャンル』として書ききった、一級品よ。」

— 新藤エレナ