逃げませんでしたわね——鬼畜と銘打って、最後の一行までその通り書き切った作品でございますわ。
本来わたくしが評価する領分の作品でございます。鬼畜・陵辱というジャンルを謳い、その看板に対して最後まで一切の値引きをしておりませんわ。加害側の動機が一貫し、被害側の心理変化に段階があり、結末で読者に媚びる「都合の良い救済」を施さない。覚悟がございました。8.0。素直に申し上げますわ。
スコア詳細
鬼畜と銘打った作品の、本物の方でございます
わたくしの本来の評価領分に属する作品でございます。
鎖 -クサリ-。2005年、Leaf大阪開発室の名義で出された18禁サスペンスアドベンチャーでございますわ。舞台は新造の高速クルーザー「バシリスク号」。一週間の試験航海で、寄港地はなく出発港に戻ってくる周回設計。陸から1200km離れた公海上が物語の全てを覆う密閉空間として機能しております。
登場するのは高校生六人と、招待主の女性ひとり。航海中盤、漂流していたとされる中年男ひとりを救助したところから物語が崩れてまいります。ロビーの大シャンデリアに招待主が縛りつけられて吊るされ、ブリッジと機関室の乗員は全員殺害済み。通信機材は破壊済み。残された大人は救助したばかりの男ただ一人——という設えでございますわ。
わたくしはこの作品を、鬼畜・陵辱というジャンルが看板に偽りなく描けているかという問いだけを持って読みました。答えは後段で申し上げますけれど、結論を先に申し上げれば、看板に対して値引きはございませんでしたわ。それも、看板を上回って覚悟が立っているタイプの作品でございます。
加害側の動機——一貫しておりましたわ
わたくしが最も鋭く見るのは、加害側の動機の一貫性でございます。
本作の加害者は中年男・岸田洋一でございますわ。「俺が悪事を働いたことなど一度もない、いっさい無実だ」と何度も口にする男で、自分の行為を正当化することすらしない徹底した自己中心主義者として造形されておりますの。「俺にとっては俺の命が一番大事、ただそれだけのことだ」と言い切る場面がございまして、これが彼の全行動の根拠でございます。
動機を細かく言語化する加害者ではございませんの。むしろ動機を一段抽象化してしまっていて、「自分の快のために他者を消費する」という一行で説明がついてしまう人物でございますわ。普通ならこれは欠点になりますの。動機の解像度が低いと、加害が記号的になりやすいからでございます。
ただ、本作の場合はこの抽象が逆に効いておりますわ。「玩具は壊す時が一番楽しいものだ」という岸田の哲学が、物語上の全てのHシーン・全ての殺害・全ての心理戦に対して整合いたしますの。動機が広いまま矛盾しないというのは、書き手が加害者の中身を理解しきって書いている証左でございます。記号で誤魔化しているのではなく、解像度の高い抽象でございますわ。9を申し上げますわね。
被害側の段階——記号で描いておりませんわ
鬼畜系で凡作とそうでないものを分けるのは、被害者の描き方でございます。
被害側を「泣く・怖がる・嫌がる」の三反応で済ませる作品が多うございますの。本作はそれを致しませんでしたわ。各ヒロインに固有の心理経路が設計されておりまして、被害の進行と内面の変化が同期しております。
特に申し上げたいのは、片桐恵という眼鏡の少女でございますわ。表向きは岸田に屈服したように見えながら、実態は「生存と引き換えに二重スパイを演じている」という極めて高度な精神状態を維持し続けるキャラクターでございますの。この二重性が物語のかなり早い段階から仕込まれていて、後段で「なぜそうせざるを得なかったのか」が論理的に開かれてまいります。記号ではなく、思考でキャラを動かしておりますわ。
その他のヒロインも、それぞれが武道家としての矜持・天才肌の機転・幼なじみとしての絆など、固有の足場を持って物語に入ってまいりますの。岸田に踏みにじられる時、踏みにじられるのはその足場でございます。記号的な「ヒロイン」が記号的に泣くのではございません。固有の人格が固有の壊れ方を辿ります。これは丁寧な書き方でございますわ。
主人公の造形——日常と非常時で同じ人物
主人公の一貫性について申し上げます。
香月恭介という主人公は、日常のだらしない高校生らしさと、極限状況での決断力が同じ一人の人物として成立しておりますわ。これは案外難しいことでございますの。日常で軽薄に振る舞う主人公が非常時で突然格好良くなる作品は多うございまして、別人物のように振る舞ってしまう。本作の恭介は、出航前夜にビデオを観て無責任な感想を述べる時の声と、ヒロインに人生を捧げる選択をする時の声が同じ語法で繋がっておりますわ。
具体的には、恭介の選択の重さは終盤に集中しておりますの。あるヒロインに対して「捨ててしまう気なら、まるごと俺によこせ」と求婚するセリフがございますわ。これがその場の感情の発露として唐突に出てくるのではなく、序盤からの彼の性格の積み上げの帰結として読めるよう、配置がされておりますの。設計として誠実でございます。
主人公が日常パートとHシーンとで別人になる「ベッドヤクザ問題」もこの作品では起こりませんわ。Hシーンの中の恭介は、その前後の対話の中の恭介と地続きでございますの。これも丁寧な書き方でございますわ。9を申し上げます。
構造とHシーン——書き手が逃げておりませんの
設定の整合性と、Hシーンの描写について申し上げます。
密閉空間という設定がございますわ。陸から1200km、通信遮断、寄港地なし、唯一の大人は加害者一人。この設定が物語の最後の一行まで一貫して機能しております。「警察が来ない」「助けは呼べない」「逃げる場所がない」という前提が、選択肢の重さを支え続けますの。設定で逃げ場を作っておきながら使わない作品が多うございますけれど、本作は一切使いませんでしたわ。設定の整合性に9を申し上げる根拠でございます。
Hシーンは多数ございますの。一つひとつのシチュエーションに対する踏み込みが緻密でございますわ。船という舞台の中の固有の設備、たとえば食肉用ウィンチ、蒸気バルブ、水密隔壁のホイールハンドル、ダムウェイター。それぞれが凶器として運用されておりまして、書き手がこの船の物理を理解した上でシーンを設計していることがわかりますの。バリエーションを横に増やすのではなく、各シーンの中で踏み込みを深くする書き方でございますわ。
本編との接続も丁寧でございます。Hシーンが物語の論理を進めますの。「逃げ」になっているHシーンがほとんどございませんでしたわ。これは「Hシーンの質」というより、「Hシーンを物語に必要な装置として書く覚悟」と申し上げた方が近うございますわね。9を申し上げます。
逃げませんでしたわね——8.0
エンディングについて申し上げてから、総合評価に移りますわ。
本作には14のエンディングがございますの。そのうち救済寄りは数件、残りは全てバッドエンドでございますわ。割合だけでも書き手の姿勢が透けて見えますの。「鬼畜と銘打って、終盤で全員救う」という典型的な逃げを致しませんでしたわ。
各バッドエンドが手抜きではないことも申し上げておきますわ。それぞれに固有の壊れ方が設計されておりまして、「同じパターンの絶望」が並んでいるわけではございませんの。書き手が一つひとつの結末に責任を負って書いた痕跡が残っております。
救済寄りのエンディングについても、無条件に明るくはございませんでしたわ。物語の影は最後の一行まで残しますの。この距離感こそ覚悟でございます。エンディングの満足度に9を申し上げます。
惜しい部分を申し上げるなら、ヒロイン全体の掘り下げにわずかなばらつきがございますわ。恵という存在の精度に対して、他のヒロインの内面の密度が一段下がる場面がございますの。8でございます。これが9を阻みました。
総合8.0。鬼畜系で素直にこれだけ申し上げられる作品は稀でございますわ。読み手を試そうとする気概があり、書き手自身が自分の書いている地獄を信じている。覚悟がございましたわね。
「逃げませんでしたわね——鬼畜と銘打って、最後の一行までその通り書き切った作品でございますわ。」
— 柊美香
