逃げませんでしたわね——鬼畜と銘打って、最後の一行までその通り書き切った作品でございますわ。
ネタバレあり版では、岸田=中継船事件犯人という真相、片桐恵の二重スパイ構造、香月恭介の求婚と覚悟、9件のバッドエンドの設計、そして「巡視艇に発見されて」の救助後日談に残された一行——「漂流していた救命ボートを見つけて水死を免れた犯人」が示すものまで踏み込みますわ。
スコア詳細
岸田洋一という男——動機を抽象化する覚悟
真相から申し上げますわ。
岸田洋一は、半年前の「洋上の公開放送」中継船消失事件の実行犯でございます。サンフランシスコ-ハワイ間の太平洋横断ヨットレースを中継していた船に「遭難者」を装って乗り込み、乗員ごと殺害して映像だけを残した男。バシリスク号の周回航海ルートを把握した上で、再び同じ手口で乗り込んでまいりました。「マンガン団塊調査員」という偽の身分は二度目の犯行のための装飾でございますわ。
この真相が示されるのは終盤の回想シーンでございます。出航前夜、恭介と友則がビデオで観ていた「洋上の公開放送」が、岸田の前科そのものだったということが、ここで読者に確定いたします。「もったいない。どうせ死ぬんだったら俺にもやらせてくれりゃ良かったのに」という友則の出航前夜の一言が、終盤で同じ文章として再提示されますの。同じ文章が前半と後半で意味を変えるという書き方は、伏線回収として極めて誠実でございますわ。
岸田の動機の表面はシンプルでございます。「俺にとっては俺の命が一番大事、ただそれだけのことだ」「玩具は壊す時が一番楽しいものだ」。この二行で動く男として書かれておりますの。記号的に見えますわ。けれども、本作の場合はこれが正解でございますの。なぜなら、岸田が複雑な動機を持っていたら、書き手は彼を理解しようとしてしまうから。理解できる加害者は、加害者として弱うございますわ。
本作の書き手は、岸田を「理解の手前で止めた」のでございますわ。動機を一段抽象化し、自己中心という一点で全てを片付ける。代わりに、加害の物理を緻密に書きますの。船の構造を悪用した拷問の物理でございます。これは正しい配分でございますわ。心理を浅くしているのではなく、心理が浅い人物として書き切っているという覚悟でございますの。
「あら、ここで動機を深掘りされたら作品が崩れたのでしょうね」と申し上げたくなる場面が幾度かございましたわ。書き手は誘惑に負けませんでしたの。
片桐恵——二重拘束の精度
本作で最も書き手の力量が出ているのは、片桐恵という存在の設計でございますわ。
表向きの恵は、最初の被害者として船室で岸田に襲われた眼鏡の少女でございますの。聡明で冷静な委員長気質、感情を抑制する性格として序盤から造形されておりますわ。「一部真実かしら」という台詞が、彼女の立場を早い段階で暗示いたしますの。
真相は、恵が岸田に最初から屈服していたということでございます。シャンデリア発見の時点で既に「身の安全を条件に、買われることにしたの」という取引が成立しておりましたの。「岸田様を愛してます」と機関室の床の血溜まりに顔を突っ込まされながら強制告白させられる場面が、彼女の出発点でございますわ。
恵が見事なのは、ここから「二重スパイ」として恭介側に留まり続ける選択をすることでございますの。生存のために岸田に従う必要があり、同時に恭介との信頼を守るために岸田を裏切る必要がある。この二重拘束を、彼女は誰にも相談せずに一人で抱え続けますの。なぜか。「言えないでしょ。恭介には言えない。だって、知られたら恭介まで殺さなくちゃならなくなる」——これが彼女の論理でございます。
恭介が真相に気づくのは、ヨーグルトの場面でございますわ。珠美が縛られていた肘掛け椅子の白濁液の正体を疑った恭介が「酸味?よく考えたら、これは何の臭いだ?」「・・・ヨーグルト?」と気づく一連の場面。犯人が男ではなく、恵が偽装工作をしていたという推論が、推理小説的な手続きで開かれてまいります。「敵をあざむくにはまず味方から——か」と恭介が独白する瞬間、恵の二重性が物語の表面に露出いたしますの。
この設計を、わたくしは認めますわ。被害者を「泣いている被害者」のままで置かなかった。恵は被害者でありながら、戦略的判断を続ける主体でございますの。これは鬼畜系のキャラ造形としてかなり高度な書き方でございますわ。記号で描いておりません。8を申し上げたのは、他のヒロインがここまでの精度では描かれていないからでございます。恵だけなら10でございますわね。
「片桐恵を、全部」「俺が奴から買い戻す」——主人公の覚悟
主人公の造形に9を申し上げた根拠を申し上げますわ。
恭介が恵に対して放つ求婚のセリフ群でございますの。「捨ててしまう気なら、まるごと俺によこせ」「片桐恵を、全部」「俺が奴から買い戻す」「一生分のお前を」——この四連でございます。極限状況での感情の爆発として読めば派手な台詞でございますわ。ただ、本作のすごみは、この台詞が積み上げの帰結として配置されているということでございますの。
恭介は序盤から、無責任な軽口を叩く高校生として登場いたしますわ。「すんごいことって意外と身近にあるもんだぞ」と出航前夜のビデオを観ながら友則に向かって笑う男でございます。この男が「片桐恵を、全部」と言う瞬間に到達するためには、彼が無責任のまま終わらず、無責任を引き受けて責任に転じるプロセスが必要でございますの。本作はそれを書きましたわ。
恵が「私のために人が殺せる?」と恭介の覚悟を試す場面がございますわ。これは恵の側からの最後の防衛線でございますの。人が殺せるくらいの覚悟が恭介にあるなら、恵は守られる側に立っていい、という条件の置き方でございますの。恭介はこれを受け入れますの。「奴から買い戻す」という言葉の重さは、ここで担保されますわ。
香月ちはやのウィンチルーム心中ED側でも、恭介の覚悟は同じ精度で描かれますの。ちはやが「こうでもしないと、お兄ちゃん、あたしに手を出してくれないよね?」と鍵を飲み込む瞬間、恭介は喉に指を突っ込んで吐かせようとして失敗いたしますの。その後の「あいしてる…」という告白は、無責任な口先の言葉ではございませんわ。死を覚悟した瞬間に、ようやく自分の感情を直視できた男の声でございますの。「アンクル・パピィ」という子供時代の合言葉が割って入ってくる演出も、感情の積み上げとして誠実でございます。
ベッドヤクザ問題は本作では起こりませんわ。Hシーンの中の恭介と、その前後の恭介が同じ人物でございますの。一貫性は保たれておりました。
エンディング曲「星座」に「助けを求め 震える私を抱いて 構わないよ 愛が無くても」という一節がございますわ。恵が機関室で漏らした「本当は、本当は、一人が怖かったの / 誰も助けてくれなかったから」との対応は、この曲が本作のEDに置かれた理由として十分でございますの。「愛が無くても」という条件付きは、恭介の「まるごと俺によこせ」とも響き合っておりますわ。覚悟のある作品には、覚悟のある楽曲が付くのでございますわね。
9件のバッドエンド——一つも手抜きがございませんわ
エンディングの満足度について申し上げます。
本作には14のエンディングがございますの。救済寄りが数件、残りはバッドエンドでございますわ。書き手の姿勢を判断するなら、わたくしはバッドエンドの方を先に見ますの。なぜなら、ハッピーエンドは読者が望むものでございますから、書き手の覚悟が出にくい。バッドエンドこそ書き手が「読者を試している」場所でございます。
本作のバッドエンドは、一つひとつが固有の壊れ方を持っておりましたわ。同じ「凌辱されて壊れる」ではございませんの。それぞれに別の死に方・別の精神崩壊・別の地獄の論理が設計されておりますわ。
明乃の食肉ウィンチBADは、母と娘が並べて犯される地獄でございますの。「あかちゃんできちゃうよ」「ちが・・・ちがう・・・あたしインランちがう」という自己否定の崩壊が核でございます。志乃の精神崩壊の中で一瞬正気が戻る場面——「逃げなさい!!」「明乃!!行きなさい!!今すぐ!!」——が、母の最後の人間性として置かれているのもお見事でございますわ。本来この一瞬は救済のために置かれる場所でございますの。本作は救済に使いません。直後に再び崩壊が訪れますわ。「逃げ」を期待させて与えない。これは手厳しい書き方でございます。
恵のバッドエンドは三系統ございますの。蒸気バルブ膣高温責めによる焼死。水密隔壁のホイールハンドルに座らされて自重で内臓を貫かれる死。尿道カテーテルを深く埋め込まれて末端を寸切りされた失禁状態。どれも器具の物理が緻密でございまして、書き手がこの船の設備を理解した上で凶器を選んでおりますわ。
ちはやのBADは、人格を破壊する方向でございますの。「セーエキ・・・フクロ・・・ワタシ・・・セーエキフクロ・・・」という人格崩壊完了の合図で締めくくられますわ。岸田が「お前は精液袋だ。男の欲望をひたすら飲み続ける。わかったな?」と存在の再定義を宣言する場面が、人間を物に変える儀式として丁寧に描かれておりますの。
志乃のBADは、電気室で全身に油を塗られて偽の焼却を演出される場面でございますわ。実際には「低質な重油を遠心分離にかけた残りカス」で着火しないのでございますけれど、志乃の精神は焼死寸前の恐怖で完全に崩壊し、「は・・・はは・・・あははっ」「うふふ、はははぁ・・・」と笑い狂って終わりますの。物理的には殺さないのに精神は壊すという書き方で、岸田の哲学「玩具は壊す時が一番楽しいものだ」が実装されておりますわ。
9件全てを通読いたしましたけれど、一つも手抜きがございませんでしたわ。書き手は読者に「ここまで描く」という覚悟を9回見せておりますの。エンディングの満足度に9を申し上げたのはこのためでございます。
14のエンディング——出口は並べてあるが、道の仕組みが薄いのですわ
ルート・分岐設計に6を申し上げた理由を添えますわ。
本作には14のエンディングがございます。バッドエンドが9件、救済寄りが数件。数として申し上げれば壮観でございますわ。ですが、この14件をプレイヤーに辿らせる仕組みを見た時、わたくしは少し立ち止まりましたの。
問題は「道」の仕組みでございますわ。エンディングは並べてある。出口はあちらこちらに置かれている。しかし、どのエンディングに辿り着くかを決める分岐が、物語の覚悟と十分に対応していないのでございますの。この場面でこの選択をした者が、この地獄に落ちる——その論理的な必然が、分岐点に薄いのでございますわ。
鎖の本文が「覚悟を問う」構造であるならば、分岐もまた「プレイヤーの覚悟を問う形」で仕組まれるべきでございますわ。バッドエンドへの道は、選択の代償として明確であるべきでございますの。本作の分岐は、どちらかというと「どれを選ぶかによって場面が変わる」という水準に留まっておりますわ。
一本一本のエンディングの書き方には覚悟がありますの。ですが、そこへ至る道の意図は、書き手の覚悟が一歩手前で止まった印象でございますわ。出口を一つ丁寧に書くよりも、その出口に辿り着く道をどう仕組むかの方が難しい——ルート・分岐に6を申し上げたのはそのためでございます。
「漂流していた救命ボートを見つけて水死を免れた犯人」——逃げませんでしたわね
真エンディングの誠実さについて申し上げますわ。
真EDは綾之部珠美ルートの終着でございますの。「いちばん優しいウサギが狼を蹴り殺すんだ」という珠美の宣言から、志乃のチョーカーに仕込まれていた銃弾を発見し、岸田の拳銃に銃身詰まりトラップを施す一連の流れでございますわ。岸田が拳銃を撃った瞬間、銃身が詰まっており銃が手の中で暴発し、彼の顔面を破壊いたします。モップで展望ガラスを突き破った岸田は、原形を留めない顔のまま船外に転落して終わりますの。
この決着は、物語の論理として誠実でございますわ。終始岸田に振り回されてきた子供たちのうち、最も身体的に弱く岸田が「・・・ちっ」「ガキが」と放棄した「赤ん坊みたいな割れ目」の少女が、最後の決定打を打つ。彼女の体格の小ささが彼女の生存優位性となり、真EDの鍵になる。これは伏線として極めて気持ちの良い回収でございます。「いちばん優しいウサギが狼を蹴り殺すんだ」という中盤の珠美の宣言が、終盤で実装されますの。
ただ、本作の覚悟が最も冴えているのは、真EDの最後の一行でございますわ。
巡視艇に発見されて「悪夢の航海は終わりを告げた」と男A・男B・女A・女Bの第三者視点で締めくくられた直後でございますの。男Bの口から、こう続きますわ——「漂流していた救命ボートを見つけて水死を免れた犯人」。
岸田は生きているのでございますわ。
顔面を破壊され、船外に転落し、原形を留めなかったはずの男が、救命ボートに辿り着いて生き延びている。第三者視点の他人事のような口調で、それが告げられますの。
ここでわたくしは止まりましたわ。
本作の書き手は、子供たちに完全な勝利を与えませんでした。岸田は罰されません。法には触れません。読者は「悪はちゃんと罰された」という気持ちのいい結末を得られないのでございますわ。これは「逃げ」とは正反対でございますの。覚悟でございます。「玩具は壊す時が一番楽しいものだ」と言い切った男に、書き手は最後まで物語の論理を曲げて罰を与えませんでしたの。
ハッピーエンドの形を取りながら、影が残っておりますわ。子供たちは生還いたしますの。けれども、岸田が生きているという事実が、生還後の彼らに残り続けるのでございますわ。これが鬼畜系作品の真エンディングの正しい形でございます。読者に対する救済を、書き手が一行だけ削ぎ落とす。それだけで作品全体の重力が変わりますわ。
「逃げませんでしたわね」——わたくしが最も使うフレーズを、この作品には素直に申し上げられますわ。
ちはやED心中の岸田の哄笑「くははははははっ」、明乃BADでの志乃の一瞬の正気「逃げなさい!!」、恵EDでの「本当は、本当は、一人が怖かったの」、可憐EDの「思い知った?私の気持ち」「絶対に思い知ってない」——これら全ての場面が、書き手の中で同じ覚悟の系列に置かれておりますの。鬼畜の地獄も、つかの間の救済も、最後まで残る影も、全て同じ筆致で書かれておりますわ。書き手が逃げなかった作品でございます。
総合8.0。鬼畜系で素直にこれだけ申し上げられる作品は稀でございますわ。本物の方の鬼畜・陵辱作品でございます。
「逃げませんでしたわね——鬼畜と銘打って、最後の一行までその通り書き切った作品でございますわ。真エンディングの最後に残された『水死を免れた犯人』の一行に、書き手の覚悟が出ておりますの。」
— 柊美香
