テキストとファクトの密度は驚くほど高い。ただし一次分岐の「誰を中心に動くか」が、そのままED群の振り分けになっている。ここが惜しい。
Leaf大阪が2005年に出した洋上クルーザー監禁サスペンス。陸から1200kmの公海上、寄港地なしの一週間の試験航海に招かれた高校生六人と、漂流者を装って侵入した中年男・岸田洋一。「どこにも逃げられない」状況の中で、選んだ言葉と動線次第でヒロインが一人ずつ取りこぼされていく分岐サバイバルだ。サスペンスとしての地力は高い。ファクトの一つ一つが緻密で、台詞の密度はLeaf作品の中でも上位に入る。ただし、栞が真っ先に確認したい「ルート分岐の設計」という観点で見ると、惜しい点が多い。本作の一次分岐は「明乃を中心に動くか/可憐・珠美に頼るか」という序盤の選択がそのまま最終ED群の振り分けに直結する、いわゆる序盤選択直結型だ。構造分析の視点から。
スコア詳細
分岐設計の現物を見たくてプレイした
「14のエンディング」という数字に最初に反応した。
Leaf大阪室が2005年にリリースしたフルボイスサスペンスADV。シナリオはあかね、ゴンザレス。陸から1200kmの公海上に浮かぶ新造高速クルーザー「バシリスク号」が舞台で、招待された高校生六人と、漂流者を装って乗り込んできた中年男・岸田洋一。出航の翌日には乗員四名が全員惨殺され、招待主の母親はロビーのシャンデリアに縛りつけられて吊るされている。通信機材は破壊済み。残った大人は岸田一人。子供たちは互いを疑い合いながら、生き残るために船内を駆け回ることになる。
本作を手に取った動機は二つあった。一つは、エンディング14件という数のわりにルートが「月の扉ルート」「夜の扉ルート」の二系統に大別される、という分岐構造に興味があったから。一次分岐二本、その下にヒロイン別ED九本という樹形の作り方が、分岐設計としてどう機能しているのか確認したかった。もう一つは、サスペンスとして「公海上・寄港地なし」という閉鎖空間の設計を、本作がどう活用しているのかを見たかった。陸から1200kmという数字は、最初の数行で出てくる。「警察は来ない」を物語の前提に置く設計は、サスペンスの骨格として理に適っている。
プレイ後の印象は、テキストとファクトの密度に対して、それを束ねる分岐設計が追いついていない、というものだった。順に見ていきたい。
共通ルートの設計——「すんごいこと」と「もったいない」
本作の本当の巧みさは、共通ルートの台詞配置にある。
出航前夜のシーン。恭介と友則がビデオ屋で借りた一本のビデオを観ている。半年前に消息を絶ったとされる中継船からの映像で、内容は船内陵辱。二人はそれを観ながら「すんごいことって意外と身近にあるもんだぞ」「もったいない」「どうせ死ぬんだったら俺にもやらせてくれりゃ良かったのに」と無責任に品評する。サスペンスの導入としては妙に弛緩した、男子高校生の悪ふざけシーンに見える。
ここが伏線になっている。半年前の中継船事件の犯人が誰だったのか、そしてそれが今乗り込んできている岸田と何の関係があるのか——この問いの答えは、本作の最後の数時間まで明示されない。だが共通ルートの最初の一時間で、答えは既に画面に出ている。プレイヤーは気づかないまま、回答を見せられている。再プレイで戻ると、恭介と友則の軽口の一つ一つが別の意味を持つ。「すんごいこと」と「もったいない」という二語が、本作の冒頭と結末を貫く一本の糸になっている。
巧い。これは巧い。Leaf作品としては珍しいくらい構造的な仕掛けだ。出航前夜から共通破綻までのテキスト密度の高さが、ただの状況説明ではなく後の回収のための伏線敷設に使われている。岸田の自己紹介——マンガン団塊調査員、東北の国立大学助教授——も、密閉空間でオイルライターを点ける一幕も、全部後から意味が変わる類の置き方だ。
共通ルート単体で見れば、本作のプロット構成と伏線設計は十分高い水準にある。
一次分岐——「序盤選択がED群を直接振り分けている」問題
問題は、共通ルートが破綻してから先の分岐設計だ。
本作の一次分岐は「明乃を中心に動くか/可憐・珠美の身体能力と機転に頼るか」という選択で、それぞれ月の扉ルート・夜の扉ルートに分かれる。月の扉ルートは明乃が人質になる側、夜の扉ルートは明乃が人質にならない側。樹形図で書くと綺麗に二本に分かれて、その下にヒロイン別EDがぶら下がる。教科書的な分岐構造に見える。
だが構造として見ると、ここが惜しい。月の扉ルートに入った時点で、ED候補はほぼ明乃ED(救済)/明乃BAD(食肉ウィンチ)に絞られる。夜の扉ルートに入った時点で、ED候補は可憐ED/珠美ED(真ED候補)/恵ED/ちはやEDに絞られる。つまり一次分岐の「序盤の一回の選択」が、終盤に到達するED群の集合を最初に決めている。栞が好む「プレイ順に意味があるロック設計」——前のルートで掴んだ情報が次のルートで意味を変えるとか、特定ルートのクリアが他ルートを解錠するとか——そういう設計には、本作はなっていない。
もう一段踏み込むと、二次分岐の運用にも疑問が残る。夜の扉ルート配下のヒロイン別分岐は、概ね「岸田にどう接触するか」「どの場面でフラグを成立させるか」という個別の判定で振り分けられる。ある程度のフラグ管理は走っているが、ヒロイン別のシナリオが「同一の根本構造を別ヒロインで実行している」のではなく、それぞれが独立した分岐先として配置されている印象が強い。これは樹形図としては綺麗だが、ルート間の相互照射——あるルートで明かされた事実が、別ルートを走った時に意味を変える設計——は乏しい。
もったいない。素材はある。共通ルートの伏線密度は高い、台詞は緻密、岸田というキャラの存在感もある。ここに「ルート間の情報の橋渡し」を一本通せていれば、本作は化けていた。実例を一つ挙げると、ヒロインAのルートで岸田の過去について明かされた事実が、ヒロインBのルートでは別の意味で現れる——そういう接続が、本作はほぼ無い。各ヒロインのルートは互いに独立した袋小路として終わっている。
14エンディングのうち9件がBAD——分岐の重心
エンディングの分布についても触れておく。
本作のエンディングは14件で、内訳はGoodED系5件、BAD系9件。BADの比率がかなり高い。これ自体は陵辱サスペンスとして珍しい数字ではないが、栞が注目するのは「BADがどういう機能を担っているか」だ。
本作のBADエンドは、概ね「フラグ失敗の結果としての地獄」を見せる役回りで配置されている。明乃ルートのフラグ失敗で食肉ウィンチ、恵ルートで蒸気焼死またはホイール貫通、ちはやルートで精液袋、可憐ルートでピアノ椅子。それぞれシチュエーションは違うが、構造的な役割はほぼ同じだ——「ここで間違えるとこうなる」のサンプル提示。各BAD単体のテキスト密度は驚くほど高い。明乃BAD系のシーン群は、下手なヒロインルートのGoodED区間より分厚い。
巧いと言えるかと言うと、判断が難しい。BAD一本一本に手をかけているのは事実で、そこは評価できる。ただ、九本のBADを「振り分けの結果」として置く構造は、ルート設計としては平面的だ。BADが「もう一つの真相」や「別の世界線」として機能していれば話は違うが、本作のBADは大半が「ここで止まったらこうなる」の警告として作動している。多いだけで、構造的な役割は単一だ。
……いや、これは少し言いすぎかもしれない。BADの中には、本編の真相を補強する役割を持つものがいくつか含まれている。特に恵ルートのBAD群と真相開示系の終盤シーンは、Goodルートでは明示されない情報を出している。だが全体としては、BADの数の多さに見合うだけの設計的役割は乗っていない。
中盤の並行進行——マルチカメラ構成は巧い
分岐設計の批判ばかり書いたので、構造として褒める箇所も。
本作の中盤、共通破綻後の最大の区間は、物量で他のあらゆる区間を圧倒する。ここで何が起きているかというと、五人のヒロイン別の状況が「同一時刻に船内各所で並行進行する」マルチカメラ的構成になっている。明乃が調理室で吊るされている時、別の場所では珠美が抜け道を発見し、また別の場所では恵の二重スパイ疑惑が確定的になり、さらに別の場所では友則が岸田の手駒として動き始めている。これらが時間軸を共有しながら並走する。
この並行進行を、本作はテキスト量で押し切っている。視点切替の演出を頻繁に挟み、同じ時間帯の別の場所で何が起きているかを丁寧に積む。プレイヤーは「今この場面で誰が何をしているか」を全員分把握できるようになっていて、後の選択肢の重みがそこから来る。誰を救いに行くかという判断が、空白の中の選択ではなく、状況の全貌を見渡した上の選択になる。
これは設計として正しい。サスペンスにおいて「主人公が情報を持っている」と「プレイヤーが情報を持っている」は別の問題で、本作は後者を優先する。プレイヤーには全部見せる。だから主人公の選択が「もっと別の選び方があったのに」という後悔の対象になる。後悔ベースのサスペンスとして、この情報設計は機能している。
共通ルートと中盤の並行進行——この二箇所の構造的な巧みさが、本作の地力を作っている。一次分岐の設計が惜しいのは確かだが、地力の方を否定するつもりはない。
主人公・恭介——「正しい答えがない」状況の造形
主人公の造形について触れておく。
香月恭介は出航前夜のビデオシーンで「すんごいことって意外と身近にあるもんだぞ」と口にしている男だ。同じシーンで「もったいない」と言っているのは友則の方だが、その軽口に乗っているのは恭介でもある。本作の主人公は、最初の数分で「男としての浅ましさを否定しない」という姿勢を確定している。
これが効いてくるのが中盤以降だ。岸田に追い詰められた状況で、彼は何度も「俺はいったい何をやってるんだ」と内省する。決断の度に自責が積み重なる。「殺したい。本当に殺してやりたい」「俺はどこまで間違えたら気が済むんだ」——こうした台詞が、各ルートで繰り返し出てくる。これらは「正しい答え」を選べない状況で、それでも何かを選ばなければならない人間の独白として置かれている。
主人公の造形としては、これは巧い。サスペンスの主人公が「観察者」では物語が動かないし、「ヒーロー」では選択の重みが消える。恭介は「自分の選択が誰かを殺すかもしれない」と分かった上で、それでも選び続ける主人公として書かれている。共通ルート冒頭の軽口と、終盤の自責が、一本の人物造形として繋がっている。
各ルートで恭介がヒロインに対して取る行動の振れ幅も大きいが、本人の内省は一貫している。「俺は何をやってるんだ」が常に底にある。だから後半で「捨ててしまう気なら、まるごと俺によこせ」のような決め台詞が出てきた時に、嘘くさくならない。台詞の重さが、それまでの自責の積み重ねによって担保されている。
公海上という舞台——「警察は来ない」を物語の前提に置く
テーマと設定について。
本作の舞台は陸から1200km、寄港地なしの周回航海中の高速クルーザーだ。これは設定上の数字としてだけでなく、物語の論理的な前提として機能している。「警察を呼ぶ」「陸に戻る」という選択肢が、最初から消されている。岸田が漂流者を装って侵入する手口、通信機材を最初に破壊する手順、唯一の大人である志乃を最優先で無力化する判断——全部、この舞台設定があるからこそ成立する。
サスペンスとしては、この「無法地帯」の設定の使い方は妥当だ。クローズドサークル的な閉鎖空間の中で、加害者と被害者が同じ空間に閉じ込められる。船は逃げ場所がない箱として機能する。テーマとしての一貫性もある——「ここでは大人の保護も法も届かない」という前提が、子供たちの選択全部に重みを与えている。明乃が水密隔壁を閉じる判断、恭介がヒロインの一人を救うために他を見捨てる選択、ちはやが鍵を飲み込む決意——どれも「外部からの救援がない」という前提があるから成立する。
ただし、テーマの一貫性が「岸田の哲学」と「子供たちの倫理」の対立まで深まりきっているかというと、そこは微妙だ。岸田は「俺にとっては俺の命が一番大事・・・ただそれだけのことだ」と語る場面がある。これは「自分が生き残るためなら何をしてもいい」という哲学を提示している。だが、これに対する子供たちの側の反論が、台詞として明確に組まれていない。ちはやが「正しいことって人によって少しずつ違っている」と述べる場面はあるが、これは岸田への直接反論ではなく、自分自身の正義の発明のための独白だ。テーマの対立軸は提示されているが、その対立が物語の構造として最後まで貫徹されているか、と問われると、若干弱い。
テキストの密度——本作の最大の武器
本作の地力の話を続ける。
分量だけ見れば、Leaf作品の中ではかなり厚い部類に入る。重要なのは量そのものではなく、その密度だ。本作のテキストは、状況描写・心理描写・台詞のいずれにおいても、削ろうと思えば削れる箇所がほとんど無い。
特に台詞の作り込みが目を引く。岸田の台詞は、温和な大人を装っている前半と、本性を露わにする後半で語彙と語気が明確に切り替わる。同じ人物の台詞だが、別人が話しているように見える瞬間がある。これは台詞単独の演技ではなく、文体そのものの設計だ。彼の「お嬢ちゃんは毎朝誰にケツを拭いてもらっている?」のような露悪的な挑発と、「マンガンを主成分にした金属の固まりです」のような学者風の温和な解説が、同じテキスト世界の中に共存している。文体のコントロールとしては高水準だ。
ヒロイン側の台詞も、各キャラの語彙が明確に区別されている。明乃の「あ、おはよう」系の幼なじみ口調、可憐の「あんたにお前呼ばわりされるいわれはないんだけど」系の名家令嬢口調、珠美の「鮭のアルミ焼きが・・・海の向こうに」系の天才肌のとぼけた語り、恵の「物事は表と裏だけじゃないのよ」系の哲学的な分析口調、ちはやの「正しいことって人によって少しずつ違っている」系の独自の倫理語彙——五人それぞれの言葉遣いが、ぶれずに最後まで保たれている。
テキスト品質という観点で本作を評価するなら、これは間違いなく上位の作品だ。サスペンスの台詞集としても、五人五様の女性キャラ語彙のサンプルとしても、参照に値する。
7.3——テキストの地力と、ルート設計の限界
スコアの内訳はこうだ。
共通ルートの伏線設計は8をつけた。「すんごいこと」「もったいない」を冒頭と結末で挟む構造は、本作の最も巧い部分だ。プロット構成も8。共通破綻までの組み立てと中盤の並行進行は、サスペンスとしての骨格が出来ている。テンポも8——中盤の物量を持ったままダレずに走る構成力は評価できる。エンディングの満足度も8——個々のEDの台詞密度と場面構築の執念は確かに残る。
低くつけたのは「ルート・分岐設計」で、ここは5にした。一次分岐が序盤選択直結型で、ED群を最初に振り分けてしまう構造。ルート間の相互照射が乏しい。14のEDのうち9件がBADで、そのBADの構造的役割が単調。栞の評価軸でいうと、ここで満点の作品から1点以上落ちる。
テーマ・メッセージ性は7——「公海上の無法地帯」というテーマは一貫しているが、岸田と子供たちの哲学の対立が、台詞だけにとどまって構造として最後まで貫けていない。
合計が7.3になる。これは「地力は高いが、それを束ねる設計が惜しい」という典型的な構造の点数だ。本作は、共通ルートの密度・中盤の並行進行・テキストの作り込みという三本の柱で立っている。だがその上に乗るルート構造が、樹形図として平面的すぎる。
正直に言うと、共通ルートだけ抜き出して読んだら、本作はもっと高い点数だった。あの一時間〜二時間の密度は本物だ。だが14のED群を含めた全体の構造として見ると、各ヒロインのルートが独立した袋小路として終わっていて、ルート間の関係性が殆ど無い。栞が好きな「複数ルートを走って初めて見える設計」が、ここには無い。
サスペンスとしての完成度、台詞集としての参照価値、テキスト密度の高さ——これらを目当てにプレイするなら推せる。ただ「分岐設計の傑作を見たい」という動機で手を取ると、期待に届かない。共通ルートと中盤の地力の高さに、設計の方が追いついていない。もったいない作品だと思う。
ネタバレ版で、月の扉ルート/夜の扉ルートの実態、真ED候補の仕掛け、「もったいない」の挟撃構造、そして恵の二重スパイという構造設計について書いた。プレイ済みの人はそちらを読んで欲しい。
