「もったいない」が冒頭と結末を挟撃する。共通ルートと真EDのオマケに、本作の設計の頂点と限界の両方が現れている。
ネタバレなし版で「共通ルートの伏線密度は高い/ルート分岐設計は序盤選択直結型で弱い」と書いた。ここではその中身を全部。月の扉ルート=明乃ED候補側、夜の扉ルート=可憐/珠美/恵/ちはやED候補側という樹形図の実態、出航前夜の岸田正体(中継船事件犯人)の伏せ方、恵の二重スパイの構造的役割、ちはやED心中の必然性、そして真ED後日談「水死を免れた犯人」が何を意味するか。本作の設計を解体して、評価の根拠を全部並べた。
スコア詳細
「もったいない」の挟撃——本作で最も巧い設計
本作の伏線設計で本当に唸らされたのは、ここだ。順を追って解体していきたい。
出航前夜、恭介と友則はビデオ屋で借りた一本のビデオを観ている。番組名は「洋上の公開放送」。半年前、太平洋横断ヨットレースの中継船から発信されたとされる、内容は船内陵辱の映像で、真贋論争中の問題作。二人はそれを観ながら品評する。
友則「もったいない」「どうせ死ぬんだったら俺にもやらせてくれりゃ良かったのに」
恭介「すんごいことって意外と身近にあるもんだぞ」
このシーン、初見プレイヤーは「男子高校生の浅ましい品評」として読み飛ばす。サスペンスのつかみとしては妙に弛緩していて、状況の緊張に入る前の脱力した日常パートに見える。ここが伏線になっていることに気づくのは、本作の最後の数時間だ。
真相を見せられた後、再プレイで戻ってくると分かる——恭介と友則が観ていたあのビデオの実行犯は、すでに乗船している岸田だ。半年前に乗員と救助者を全員殺害・陵辱して映像だけを残した男が、漂流者を装って今このクルーザーに乗り込んできている。「もったいない」と言いながらビデオを観ていた友則は、その犯人本人と同じ船で、自分が犠牲者側に転落する手前にいる。「すんごいことって意外と身近にある」という恭介の軽口は、文字通り真実だった——加害者は隣にいた。
そしてこの伏線回収のために、本作は終盤で、出航前夜のビデオ視聴シーンをほぼそのまま再演する。同じ台詞、同じ会話。だが意味が変わっている。冒頭のビデオ視聴シーンと、終盤の同じ会話の再演が、同じ文章で異なる意味を持つように配置されている。これは同じテキストが、配置によって違う意味を持つように設計されているという、構造的な仕掛けだ。
巧い。これは巧い。「すんごいこと」と「もったいない」という二語が、本作の冒頭と結末を貫く一本の糸になっている。共通ルートの最初の一時間に、すべての答えが既に出ている。気づいた瞬間、最初の数行を読み返すために最初までスクロールバックすることになる。
……正直、ここを読んだ時、鳥肌が立った。本作の伏線設計の頂点はここで、ここだけで「伏線と回収」を8点にする価値がある。Leaf作品としては破格の構造的な仕掛けだ。
月の扉ルート/夜の扉ルート——分岐の実体
ここからが、本作の評価が落ちる理由の話だ。
本作の一次分岐は、共通破綻(シャンデリア発見・ブリッジ機関室惨殺確認)の直後、恭介の「明乃と志乃さんだけでも救うことはできないか」という独白の流れの中で発生する。「明乃を中心に動く」を選ぶと月の扉ルート、「可憐・珠美に頼る」を選ぶと夜の扉ルートに分かれる。ルート名の対応関係は、終盤の岸田自身の台詞「お前が選んだのは『明乃』の方だったな」で確認できる。
問題は、この一次分岐の機能だ。月の扉ルートに入った時点で、到達可能なEDは明乃ED(救済)と明乃BAD(食肉ウィンチ)にほぼ絞られる。夜の扉ルートに入った時点で、可憐ED・珠美ED(真ED候補)・恵ED・ちはやED群が分岐先として開かれる。つまり序盤の一回の選択で、到達できるED群の集合が最初に決まってしまう。
これは構造としては樹形図がきれいだ。だが、栞が好む「ルート間の相互照射」が乏しい。月の扉ルートを走った後で夜の扉ルートを走ると、新しい情報が見える——これ自体は本作にもある。例えば月の扉では断片的にしか触れられない恵の二重スパイ構造は、夜の扉の中盤と終盤で完全な姿を見せる。だが、これは「情報の出し惜しみ」であって「ルート間の相互照射」ではない。前のルートを走っていなければ次のルートで意味が変わる、という設計にはなっていない。各ルートが「独立した語り口で同じ事件を別アングルから見せる」のではなく、「同じ事件のうち、どのヒロインの結末を選ぶか」を分岐させているだけだ。
もったいない。素材は揃っている。岸田という強烈な敵役、五人のヒロインそれぞれに与えられた固有の状況、共通ルートで張られた伏線。これを「ルートごとに見える真相が違う」設計に組み直せていれば、本作は10点圏に届いたはずだ。だが本作の樹形図は、ヒロイン別の結末分岐に過ぎない。
具体的に言うと——例えば、恵が二重スパイになった経緯(強制告白「岸田様を愛してます」の場面)が、夜の扉ルートの恵ルートでしか開示されない。これは情報の出し惜しみとして機能している。だが、月の扉ルートで恵ED候補に到達できないように構造的に閉じている。だから「月の扉ルートを走ってから夜の扉ルートを走る」ことに、情報統合の意味があまり生まれない。各ルートが独立した袋小路として終わっている、というのはこういうことだ。
恵の二重スパイ——構造として最も巧みなキャラクター
本作で最も構造的に巧みなキャラクターは、間違いなく片桐恵だと思う。
恵は共通ルート破綻直後の最初の夜、ベッドで眠っているところを岸田に襲われる。表面上はこれが「他のヒロインと同じ被害者の一人」に見える。だが、夜の扉ルートで彼女の真相が開示される——この最初の被害は、生存と引き換えの取引だった。恵は岸田に対して「身の安全を条件に、買われることにしたの」と自認している。彼女は最初に屈服した協力者として、その後の物語の中で二重スパイを演じ続ける。
巧いのは、この恵の二面性が共通ルートと中盤に複数の伏線として埋め込まれていることだ。中盤で恵が「一部真実かしら」と発言する場面、「あんたに女の何がわかるっていうの?」と恭介に反論しながら自らスカートをめくり上げる挑発、そして厨房で振り返って告げる「身の安全を条件に、買われることにしたの」という告白——これら全部、恵が「岸田の協力者と恭介への忠誠の二面を背負った人物」であることを段階的に開示するパーツとして配置されている。
そして恵裏切り発覚直後の「捨ててしまう気なら、まるごと俺によこせ」「片桐恵を、全部」「俺が奴から買い戻す」「一生分のお前を」という恭介の求婚セリフ。これが本作随一の名場面と言われるのは、恵の二重スパイ構造を知った上でこの台詞を読むからだ。「買い戻す」という単語の選択がここで効いてくる——恵は岸田に「買われた」女で、恭介は「買い戻す」と言っている。この語彙の対応が、恵というキャラクターの構造の根幹を一行に圧縮している。
そして終盤の機関室結合で、恵は「本当は、本当は、一人が怖かったの」「誰も助けてくれなかったから」「死ぬほど怖いのに、私ひとりだけだったから」と本音を吐露する。「言えないでしょ。恭介には言えない。だって、知られたら恭介まで殺さなくちゃならなくなる」——この一行で、彼女が二重スパイを続けた理由が確定する。恵は恭介を守るために岸田に従い続けていた。
……巧い。これは本当に巧い。恵というキャラクター単独で見れば、本作は10点に近い構造を持っている。「最初の被害者」が「最初の協力者」に裏返り、「協力者」が「恭介を守るための殉教者」に裏返る。三段階の意味の更新が、彼女一人の中で完結している。栞が大好きなタイプの構造だ。
残念なのは、この恵の構造が「夜の扉ルートを走らないと到達できない」ことだ。月の扉ルートを走った人には、恵の真相は断片しか見えない。本来なら、恵の二重スパイ構造を共通ルートに織り込んで、両ルートのプレイヤー全員にこの構造的快感を味わわせるべきだった。一次分岐がED群の振り分けではなく、「同一の真相を別アングルから見せる装置」になっていれば、これが実現できた。
ちはやED心中——構造的に最も成立しているED
エンディングのうち、構造として最も巧みなのはちはやED(心中)だ。
26帯のウィンチルーム密室。ちはやは鍵を内側から飲み込んで密室を作り、自分と兄を岸田から物理的に隔離する。「私の正義は、世界中の正義を集めたって否定されるものじゃない」「望むように生きればいい」「私の正義は消えない」「愛は神様からの授かりものよ」「大切にしないと」——この「正義の発明」シーンの台詞密度は、本作随一だ。続いて「こうでもしないと、お兄ちゃん、あたしに手を出してくれないよね?」「今じゃなきゃ次はないよ」と告げて鍵を飲み込む。
兄妹結合の中で「やっと…」「これが最初で最後なのに」「お兄ちゃんだけでも、気持ちよくなって」と告白。さらに「アンクル・パピィが・・・」「『また会えたね、アンクル・パピィ』」という、出航前夜のシーンには出てこない子供時代の合言葉が突如挿入される——この合言葉が、二人の絶対的な絆の証明として、それまで一切伏線が張られていなかった場所から立ち上がる。恭介は「あいしてる…」と告白する。直後、ウィンチルームの扉が開いて岸田が乱入し、「くははははははっ」と哄笑しながら兄妹の最中を見つめる。
この一連の流れの構造が巧い理由は二つある。一つは、ちはやが「自分の正義を発明する」プロセスと「鍵を飲み込んで物理的に密室を作る」行為が同じ場面で発生していること。倫理的決断と物理的行為が一本の線で繋がっている。二つ目は、心中という結末が「逃げ場のない選択の帰結」として正当化されていることだ。岸田から逃げる手段は無く、生き残るための正攻法も既に潰されている。その状況で、ちはやは「兄と結ばれた状態で死ぬ」という第三の選択肢を発明する。彼女の独自の倫理観が、ここで結末を生む。
不覚。泣いた。これはゴリ押しの感動じゃない。共通ルートでのちはやの台詞が、ここで全部回収されている。ちはやが「正しいことって人によって少しずつ違っている」と確信するまでの過程が、26帯の前半に丁寧に積まれている。彼女の決断は突発ではなく、段階的に積み上げられたものとして提示されている。
ちはやED単独で見れば、これは9点クラスのEDだ。残念なのは、これが心中BAD扱いで、ちはやの生還ルートが正規に組まれているのか派生として留まっているのか、本編からは確証が取れないことだ。生還ルートが正規に組まれていれば、ちはやの倫理観がBADではなく救済に向かう道筋も見られたはずだ。
真ED「水死を免れた犯人」——最後の三行で全部が変わる
真ED候補について。
珠美が「いちばん優しいウサギが狼を蹴り殺すんだ」と宣言して、岸田の拳銃に銃身詰まりトラップを仕掛ける。岸田は拳銃を撃つ。銃身が詰まっているため弾は出ず、手の中で暴発して岸田の顔面を破壊する。岸田は展望ガラスを突き破って船外に転落する。物語はここで終わる——ように見える。
その直後に、真EDのオマケが付く。「男A」「男B」「女A」「女B」という匿名の発話者が、巡視艇に発見された後の世間の声として喋る。「巡視艇に発見されて悪夢の航海は終わりを告げた」。ここまでは真EDの締めとしてきれいに終わっている。
そして次の一行。「漂流していた救命ボートを見つけて水死を免れた犯人」。
……これは、巧い。本当に巧い。岸田は死んでいない。船外に転落した岸田を、救命ボートが拾った。そして本作の真ED後日談は、それを「世間の声」として淡々と告げる。物語の主観——恭介や珠美の視点——では、岸田は死んでいる。だが世界の客観——巡視艇に発見された後の世論——では、岸田は「水死を免れた犯人」として生存している。
この情報が、本作の真EDを「岸田打倒の達成」から「岸田はまた逃げた」という別の物語に書き換える。冒頭の中継船事件で岸田が乗員全員を殺害して逃げ延びたのと、同じ構造の反復だ。岸田は半年前にも犠牲者を残して逃げた。今回も犠牲者を残して逃げた。「公海上の無法地帯」というテーマが、ここで最後にもう一度貫徹される——岸田の哲学(「俺にとっては俺の命が一番大事」)は、本作の世界の中で勝ち続けている。
真EDのオマケに数行を割いてこの設計を仕込んだのは、構造として極めて巧い。物語の主観的勝利と、世界の客観的敗北を、最後の三行でひっくり返す。テーマの一貫性として、本作はここで一段上の作品になる。
……正直、ここを読んだ時、最初に書いていた「テーマの貫徹は弱い」というメモを書き直した。テーマは最後の三行で一気に貫徹される。岸田の哲学は勝った、子供たちは生き延びただけ、という冷たい事実が、テーマの帰結として置かれている。これは巧い。
早間友則——「二番目の男」を分断する装置
本作の構造でもう一つ唸らされたのは、早間友則の役回りだ。
友則は出航前夜のビデオ視聴シーンで、恭介と並んで「もったいない」「どうせ死ぬんだったら俺にもやらせてくれりゃ良かったのに」と口にしている。冒頭ではこれが「男子高校生の浅ましさを示す対称的な二人」として読める。恭介も友則も、同じ場所で同じ品評をしている。違いは見えない。
中盤で、この二人の分岐が発生する。友則は岸田に取り込まれ、恭介の最大の障害の一つに転落する。同じ「もったいない」を口にした二人のうち、片方は守護者の側に留まり、片方は加害者の側に転落する。岸田の戦略構造を、恭介自身が後の場面で総括する——「俺たちは、すぐそこにある希望を掴もうとして、奴の願いを叶えてしまったんだ」。岸田は最初から、子供たち六人の中に「自分の犬」になる可能性を持つ二番目の男を探していた。それが友則だった。
巧いのは、友則の堕落が「キャラクターの突然の変節」ではなく「冒頭のビデオ視聴シーンの帰結」として組まれていることだ。「もったいない」と言った男は、機会があれば実行する側に回る——この前提が、出航前夜のシーンに既に提示されている。恭介はその一線を踏み越えなかったが、友則は踏み越えた。何が二人を分けたか、という問いの答えは、本作の中で明示的には書かれていない。だが構造としては、「同じ素材から二つの結果が出る」という対比が、共通ルートと中盤を貫いている。
そして終盤の真相回想で、ビデオ視聴シーンが再演される。「もったいない。どうせ死ぬんだったら俺にもやらせてくれりゃ良かったのに」が、出航前夜の友則の台詞として再提示される。同じ台詞が、出航前と岸田の手駒になった後で、別の意味を持つ。意味の更新は、友則というキャラクターを軸に貫徹されている。
「敵」というキャラ造形として、友則は岸田より深い。岸田は最初から最後まで岸田だが、友則は「変節できる人間」として書かれている。冒頭の彼と終盤の彼は、同じ台詞で別の人間として立ち上がる。これは構造として巧い。
Hシーンの配置——構造的に機能している場面と、していない場面
エロを専門に語るわけではない。ただ全シーン読んだ上で、物語構造との接続だけ。
本作にはHシーンが40件確認できる。陵辱系・和姦系・破滅系が混在する。栞が見るのは「Hシーンが物語構造と接続しているか」の一点のみだ。
構造として最も強く機能しているのは、恵ルートの「機関室結合」シーンだ。恭介の求婚(「捨ててしまう気なら、まるごと俺によこせ」)から、恵の本音吐露(「本当は、本当は、一人が怖かったの」)、そして「言えないでしょ。恭介には言えない。だって、知られたら恭介まで殺さなくちゃならなくなる」という二重スパイの動機の告白——これらが一連のHシーンの流れの中に配置されている。Hシーンを削ると、恵というキャラクターの構造が成立しない。これは物語装置として完全に機能している。
ちはやED心中のウィンチルームのシーンも同様だ。「やっと…」「これが最初で最後なのに」「アンクル・パピィが・・・」「『また会えたね、アンクル・パピィ』」「あいしてる…」——これらの台詞が、結合の中で順番に発される構造になっている。Hシーンが、ちはやの倫理観の発明と心中の決断を、肉体的な接触によって確定する場面として機能している。これも削ると物語が成立しない。
可憐EDの冷蔵室前結合もいい。「皮が足りないいいいっっっ!!!」という珍セリフから、「私の気持ち、思い知った?」「絶対に思い知ってない・・・」というツンデレの最終形態への流れ。可憐というキャラクターの「武道家の誇り」と「未経験の少女」という二面性が、Hシーンの中で同時に提示される。彼女の素直になれなさが、最後まで貫徹されている。
逆に、構造との接続が薄いのは岸田主犯の陵辱BAD系のHシーン群だ。食肉ウィンチ系、ちはや精液袋系、ピアノ椅子系、珠美規格外放置系——これらは「フラグ失敗の地獄」を見せるサンプル提示として機能しているが、Goodルートのキャラクター造形とは独立して走っている。物語構造に必須かと言われると、必須ではない。「ここで間違えるとこうなる」の警告として機能しているが、それ以上の構造的役割は乗っていない。
主人公の一貫性については、恭介のHシーンでの行動と日常パートの行動の間に大きな乖離はない。恭介は和姦系のシーンで「痛くしたくなかったのに」「もう少しだから…」と謝罪混じりの態度を取る。日常パートの「俺はいったい何をやってるんだ」という自責と、Hシーンでの慎重さが、人物造形として一致している。日常パートの主人公とHシーンの主人公が別人になる類いの問題は、本作では発生していない。これは評価できる。
整理すると、本作のHシーンは「構造的に機能している和姦系」と「サンプル提示としての陵辱BAD系」に分かれている。前者の質は高い。後者は数が多いが構造的役割は単調。全体としては、半分が物語装置として機能しているという意味で、Hシーンと物語の相乗効果はそれなりに評価できる。
ヨーグルト精液トリック——細部の伏線設計
細部の伏線設計についても触れておく。
中盤、珠美が縛られていた肘掛け椅子に白濁液が付着しているのを、恭介が再検証する場面がある。「酸味?よく考えたら、これは何の臭いだ?」「・・・ヨーグルト?」——白濁液の正体がヨーグルトであることに気づく独白だ。これが何の伏線になっているかというと、「犯人が男であることを偽装するために、ヨーグルトを精液に見せかけて配置した」というトリックの存在を示している。つまり岸田単独犯ではなく、共犯者がいる、もしくは犯行の演出に細工が入っている、という証拠を提示している。
そしてこの直後、恵が「身の安全を条件に、買われることにしたの」と告白する。恵が岸田の協力者であったことが確定するのは、このヨーグルト精液トリックの直後だ。情報設計として、「物理的証拠の発見」と「協力者の告白」が地続きに配置されている。プレイヤーは「精液ではなくヨーグルトだった」という一行から、「犯行に偽装が入っている」「偽装をする協力者がいる」「その協力者は誰か」と論理的に辿って、恵の告白に至る。
これは推理小説的な伏線設計の作法だ。物理的証拠の細部から論理的に犯人像を絞り込む過程が、テキストの中に組み込まれている。「成功率90%だが、四回連続して打ち上げに失敗している宇宙ロケットにあなたは乗るか?」「それは成功率90%ではないだろ」——同じ場面で恭介の独白として、テレビ司会者のセリフを引用しながら「前提を疑え」という思考プロセスが明示される。これも推理小説の作法だ。
巧い。共通ルートの伏線密度が高いのは、こうした細部の積み重ねがあるからだ。Leaf作品としては珍しいくらい、ミステリADV的な伏線処理の作法が貫かれている。
残念なのは、この細部の伏線処理の精度に、ルート構造の設計が追いついていないことだ。共通ルートと中盤の伏線処理は8点を超えるレベルなのに、ルート分岐の樹形図は5点クラスの平面性しか持っていない。両者のレベルが揃っていれば、本作は10点圏に入っていた。
惜しい点——分岐が「ヒロイン交換」に寄りすぎている
弱点はこうだ。本作の弱点は一点に集約される。
「一次分岐が、序盤の一回の選択でED群を最初に振り分ける構造になっている」——ここに尽きる。月の扉ルートに入ったら明乃ED候補に向かう。夜の扉ルートに入ったら、可憐/珠美/恵/ちはやED候補のどれかに向かう。プレイ順が異なっても、見える真相の核は概ね同じだ。岸田が中継船事件の犯人であること、恵が二重スパイであること、友則が堕落すること——これらの真相は、どのルートを走っても順番が違うだけで最終的には開示される。
ルート間の相互照射が乏しい、というのはこういうことだ。「Aルートを走った後でBルートを走ると、Aで見ていた場面の意味が変わる」型の設計が、本作にはほとんど無い。各ルートは独立した袋小路として終わっている。樹形図としては綺麗だが、構造的な快感が乏しい。
もう一つの弱点は、14のEDのうち9件がBADで、そのBADの構造的役割が単調なことだ。本作のBADは、概ね「フラグ失敗の警告」として機能している。BAD一本一本のテキスト密度は驚くほど高いが、構造的な役割は単一だ。「BADによって真相が補強される」型ではない。これも、樹形図の平面性の表れだ。
素材は揃っている。共通ルートの密度、岸田というキャラの強度、恵の二重スパイ構造、ちはやの独自の倫理観、「もったいない」の挟撃構造。これらを束ねるルート構造が、樹形図ではなく相互照射型に組まれていれば、本作は10点圏の作品だった。例えば、月の扉ルートで明乃ED救済を取った後の二周目で、夜の扉ルートに入ると恵の二重スパイの真相が全く異なる見え方をする——そういう設計が組まれていれば、本作はEVE burst error水準の構造を持てた。だが本作はそこまで行かなかった。
もったいない。本当にもったいない。
7.3——共通ルートと真EDのオマケに、本作の全部がある
スコアの内訳はこうだ。
伏線処理の水準は高い。「もったいない」の挟撃構造、ヨーグルト精液トリック、ちはやED心中の「アンクル・パピィ」、真ED後日談の「水死を免れた犯人」——細部の仕込みはどれも機能している。共通破綻までの組み立てと中盤24帯の並行進行は、サスペンスの骨格として十分だ。35,457行の物量を持ったままダレずに走るテンポも確かに作られている。恵ED・ちはやED心中・可憐ED・真EDオマケのそれぞれが、台詞密度の高い結末を提供している点も本作の地力だ。
点数を落とすのはルート・分岐設計だ。一次分岐が序盤選択直結型で、ED群を最初に振り分けてしまう構造。ルート間の相互照射が乏しい。14のEDのうち9件がBADで、そのBADの構造的役割が単調。これが本作の最大の弱点で、総合点を下に引っ張っている。
テーマの貫徹については評価が分かれる。「公海上の無法地帯」というテーマ自体は一貫しているし、真ED後日談の「水死を免れた犯人」が最後にそれを三行で貫徹させている。これは巧い。ただし、岸田の哲学と子供たちの倫理の対立軸が、台詞の中だけにとどまって構造として最後まで貫けていない。
合計が7.3になる。これは「地力は高いが、それを束ねる設計が惜しい」という典型的な構造の点数だ。本作は、共通ルートの密度・中盤の並行進行・各ヒロインのED区間の台詞密度という三本の柱で立っている。だがその上に乗るルート構造が、樹形図として平面的だ。
正直なところ、本作で構造的に最も巧いのは、出航前夜の「もったいない」の挟撃と、真ED後日談の「水死を免れた犯人」の二箇所だ。冒頭と結末の三行ずつに、本作の設計の頂点が圧縮されている。中盤の各ヒロインルートに散らばっている個別のHシーン・各BAD・各和姦——これらは、その二箇所の頂点を補強する素材として配置されている。
言い換えると、本作は「冒頭と結末の挟撃」が物語の骨格で、その間の各ルートは肉付けに過ぎない。一次分岐は、その肉付けの中で「どのヒロインの肉付きを見るか」を選ぶ装置でしかなく、骨格そのものを変える分岐ではない。だから「ルートを走り分けることで真相が変わる」型の快感が、本作には乏しい。
サスペンスとしての完成度、台詞集としての参照価値、共通ルートと真EDオマケの構造的な巧みさ——これらを目当てに評価するなら、本作は十分に推せる。ただし「分岐設計の傑作」を期待していくと、樹形図の平面性に裏切られる。本作は分岐ADVであることよりも、サスペンスとして優秀な作品だ。7.3は、これらを総合した結果として妥当だと思う。
……最後に一つだけ。「もったいない」という言葉が、本作のレビューを書いている間ずっと頭から離れなかった。これは出航前夜の友則の台詞で、本作の伏線の最深部に置かれている言葉だ。栞は普段、作品の弱点を語る時に「もったいない」を使う。本作のレビューでもこの言葉を何度か使った。偶然ではない。本作の作り手が冒頭に置いた「もったいない」は、本作自身の設計に対する自己評価としても読める。共通ルートと真EDオマケの設計は、間違いなく一級品だ。だがその間を埋める分岐構造が、もう少しだけ巧みに組まれていれば——もったいない、と言うほかない。
