アライグマのレビュー — 未来にキスを

アライグマ
アライグマ
野生の視点
5.7/10
5.7 / 10

縄張りも資源もない個体が、繁殖ペアを組む前に哲学を語る話だな。

主人公は高校2年生で、両親は南米、叔母夫婦の家に居候している個体だ。職もなければ蓄えもない。そんな個体が4ヒロインと並走しながら「他者は理解不能だ」「目を閉じればいい」と語る作品だな。哲学を語る前に縄張りを取れ、というのがオレの第一印象だ。ただし作中で「家族=自走するシステム=檻」というテーゼに到達するルートだけは、動物行動学に整合してる。これは血が通ってる。総合5.7、群れの日常描写は丁寧だが、エンディング後の冬越し見通しが立たないルートが多い作品だ。

スコア詳細

設定の整合性 7
キャラ間の関係性 6
ヒロインの魅力 6
主人公の造形 5
感動・カタルシス 5
エンディングの満足度 5

スナック「悦子」のカウンターで読んだ春の話だ

本作の入口について話す。スナック「悦子」のカウンターで人間の求愛行動を観察してきたオレが、フィールドワークの補足資料として読んだ作品だ。

2001年9月21日にotherwiseから出た恋愛アドベンチャーだな。シナリオは元長柾木(メイン)・シュート彦・大瀧大輔の3名体制、原画はみさくらなんこつ、音楽は I've。表面だけ見れば「奴隷調教ラブコメ」と煽られたエロゲーだ。だが中身は哲学装置を仕込んだセカイ系で、雰囲気と中身が乖離した作品として知られてる。

主人公の康介は両親が南米に行ったきりの高校2年生で、叔母夫婦の家に居候している。物語が動き出すのは4月10日からの2週間。叔母夫婦が結婚記念旅行に出かけて、康介と同年代の従妹・が二人きりで春を過ごす。「保護者がいない2週間」という閉鎖された春の縄張りが舞台だな。事件らしい事件は起こらん。学校・台所・通学路・神社の境内・部室。霞のハンバーグ偏重の食卓、岡崎さん(おもちゃのハンマー)、河埜さん(くまのバッグ)。無生物に名前をつける個体がいる群れの日常が淡々と積み重なる。

登場個体は霞のほか、霞の親友で皮肉屋の柚木式子、神社の娘で巫女見習いの神澤悠歌、寝坊魔の後輩・守里椎奈、サーフィン青年の中谷海彦、康介の友人の尚樹。少人数の閉じた群れの中で、4ヒロインそれぞれとの関係が並走しながら進む。オレがプレイしたのは2001年9月のオリジナル版だな。2005年に Standard Edition が13cmから出てるが、内容は基本的に同一らしい。

第一印象——縄張りなし・資源なしの個体が並走する群れだ

まず、本作を野生の視点で見た第一印象から。

主人公・康介を野生で見ると、こいつには縄張りがない。職もない、収入もない、住居も他人の家、家事は自分でやっているが叔母の家の食材で生きている。両親が南米から戻る予定もない描写だ。15歳の段階で、こいつは既に「養われる個体」じゃなく「居候する個体」だが、自分で縄張りを取る段階には至っておらん。進路の設計が何も描かれてないのがオレの引っかかる部分だな。

こいつの主な活動は群れの中の家事労働だ。霞のために朝食を作り、岡崎さん(おもちゃのハンマー)で起こし、洗濯をする。これは資源の提供の一形態だ。叔母の家の主婦の役割を半分担っている個体として、群れの機能維持には貢献している。そこは血が通ってる。だがそれ以上の縄張り確保行動はない。アルバイトしてる描写もない。学校に通っているだけの個体だ。

その状態でヒロイン4個体と並走しながら、各ルートの終盤で哲学を語り出す。「他者は理解不能だ」「目を閉じればいい」「概念を所有する愛だ」と。これは野生の視点では奇妙な行動だな。縄張りも資源も持たない個体が、繁殖ペアを組む前に哲学を語っている。「目を閉じる」より「目を開けて餌を探せ」だろう、本来は。

もちろん本作は意図的にそうしている。本作は「哲学を語る個体の物語」として書かれている。生活設計の話を書く作品ではない。だがオレの評価軸は哲学じゃない。「この個体は野生で生きていけるか」「この群れは冬を越せるか」が核だ。だから本作の哲学的な美しさを評価しつつも、生活設計の解像度の低さは指摘せざるを得ない。

群れの機能——日常描写は丁寧、繁殖ペアの対等性は弱い

康介・霞・式子・椎奈・悠歌・中谷・尚樹で構成される春の群れ。野生の眼でその機能を見ていく。

群れの日常描写は丁寧だ。無生物に名前をつける個体がいる群れ——岡崎さん、西本さん、河埜さん、山倉さん——は、関係の蓄積がある証拠だな。霞のハンバーグ偏重の食卓も、栄養バランスとしては問題があるが、霞が他の料理を作れないのを康介が補完するという役割分担が成立している。中谷海彦はサーフボードを抱えて毎朝横滑りで登場し、尚樹はメガネで朝練と称して学校に来る。これは野生の縄張りの中の「ねぐら近辺で見かける個体たち」の関係に近い。整合してる。

ただし4ヒロインの関係性を見ると、群れとして機能しているとは言いにくい。霞・式子・椎奈・悠歌の4個体は、互いに干渉が薄い。霞と式子は親友・神託研究会の関係があるが、椎奈と悠歌は他のヒロインとほぼ絡まない。そして康介はこの4個体それぞれと並走的に関係を構築する。これは「群れの中で複数の繁殖ペアの可能性が並存する」状態だ。並走的並列関係は、群れの機能としては脆弱だな。野生では複数の繁殖候補から一つを選ぶ前に縄張りを確保しているのが普通だが、こいつは選んでから縄張りを考える順番だ。

繁殖ペアの対等性も気になる部分だ。本作のヒロインたちは、それぞれ康介に対して非対称な関係を結ぶ。霞は依存系個体、式子は対等な議論相手、椎奈は後輩、悠歌は先輩で巫女。4ルートで4種類の異なる関係性が試される構造は群像劇として面白いが、どの繁殖ペアが対等に機能するかという点では、ルートによって差が大きい。詳しくはネタバレ版で書いた。

テーマ——哲学装置の整合性は鼻が利く、生存戦略としては脆い

本作の哲学的テーゼ。野生の論理から測るとどうなるか。

本作は元長柾木という個体が、エロゲーの萌え記号を借りて哲学装置を組んだ作品だ。哲学装置としての整合性は鼻が利く。テーゼはそれぞれ一定の説得力を持って組まれておるし、主題歌「Kiss the Future」が物語のメタ要約として機能する設計も無駄がない。これは作家の技量として整合してる。

ただし、本作の中心テーマである「他者は理解不能であり、自分の中の他者像を信仰する」というセカイ系の核心テーゼは、野生の論理からは賛同しがたい結論を出しているルートが多い。野生では「相手の現実を見ない」「相手の内面を読み取ろうとしない」「相手の意思疎通の信号を受け取らない」を選択した個体は死ぬ。捕食者の気配を読まない個体は食われる。仲間のシグナルを受け取らない個体は群れから外される。「目を閉じる」は野生では即死の選択だ

もちろん本作はそれを承知で書いている。「分かり合えないことを残しておくのが愛」というテーゼは、現代社会のコミュニケーション至上主義への反論として置かれている。これは哲学としては成立する。それは整合してる。だがオレの評価軸では、この結論は「自分の現実から目を逸らす個体」の選択と区別がつかん。哲学的に深いが野生としては脆い結論だな。

本作の中で例外的に野生の論理に整合するルートが一つある。寝坊魔の後輩・椎奈のルートで、「家族=自走するシステム」というテーゼに到達する。これは動物行動学的にも、群れと個体の関係を考える視点としても整合してる。あれは血が通ってる。詳しくはネタバレ版で書いたが、本作の中でオレが最も評価するのはこのルートだ。家族という名の群れから自分で動く個体になる選択は、野生の生存戦略にも完全に対応する。

5.7——哲学は整合してるが、野生では生きていけねえぜ

最終評価を整理した。

本作は哲学装置として整合してる部分は無駄がない。テーゼの組み方、主題歌が物語のメタ要約として機能する設計、群れの日常描写の丁寧さ——どれも作家の技量として評価できる部分だ。嗅いだ感じ、設計者は群れの動きを観察した経験を持っている個体だな。日常描写の解像度の高さがそれを示している。

だがオレの評価軸では、本作はいくつかの構造的弱点を抱えている。主人公・康介の縄張りなし問題——15歳の段階で進路の設計がなく、職もなく、両親の援助もいつまで続くか不明な個体が、繁殖ペアを組む前に哲学を語る構造。エンディング後の冬越し見通しの薄さ——5ルートのうち、エンディング後の生活が想像できるのは2ルートだけだ。哲学的洞察を経験した者が、それを抱えたまま日常に回帰するという結論は美しいが、回帰した日常側に変化がないなら、洞察は何のために起きたのか。

スコア内訳について。設定の整合性7は、椎奈ルートの「家族=自走するシステム」が動物行動学に整合していること、群れの日常描写が無駄なく機能していることから評価した。キャラ間の関係性6・ヒロインの魅力6は、日常描写は丁寧だがヒロイン同士の絡みが薄く、繁殖ペアの対等性も弱いからだ。主人公の造形5・感動5・エンディング5は、康介の縄張りなし問題と、エンディング後の冬越し見通しの薄さを反映した数字だな。

本作の最大の救いは寝坊魔の後輩のルートだ。あれだけは血が通ってる。家族という名の群れから自分で動く個体になる選択は、野生の生存戦略にも整合する。これは作者の中の誰かが、群れの構造を本気で考えた結果だろうな。あのルートだけで2点分の貢献はある。

……ったく。「目を閉じる」より「目を開けて餌を探せ」。これがオレの結論だ。本作は美しい哲学を書いた。だが哲学は腹を満たさん。冬は越せん。それを承知で読むなら、5.7以下にはならない作品だろうな。

各ルートの「描かれないその後」冬越し予想、椎奈ルートAUTOMATONの動物行動学的評価、悠歌ルートDIVINEの「目を閉じる」哲学への反論についてはネタバレあり版で書いた。プレイ後に読め。