加藤萌絵のレビュー — 未来にキスを

加藤萌絵
加藤萌絵
キャラ萌え至上主義
6.8/10
6.8 / 10

4ヒロインそれぞれが「わかってる」キャラとして書かれてる。ただし主人公がちょっと残念。

霞ちゃん(依存系で「お兄ちゃん」呼び)、式子さん(皮肉屋の知性派)、椎奈ちゃん(くきゅくきゅ寝坊魔)、悠歌さん(神社の娘で浮世離れ)——4ヒロインそれぞれが、テンプレ属性の下に固有の動機を埋め込まれて書かれてる作品です。作者がヒロインを愛して書いてるのはわかる。これは公式が最高。ただし主人公・康介くんの前半(シニカルなツッコミ型)と後半(観念モノローガー化)の乖離が、キャラ崩壊の一歩手前で気になります。総合6.8は、ヒロインの強さから主人公の問題を差し引いた数字。

スコア詳細

ヒロインの魅力 8
設定の整合性 7
キャラ間の関係性 7
感動・カタルシス 7
伏線と回収 7
主人公の造形 5

「奴隷契約」ってジャケで構えてたのに、ちゃんとキャラを愛してる作品だった

本作の入口について書きます。わたし、ジャケで一回構えました。

2001年9月にotherwiseから出た恋愛アドベンチャーです。原画がみさくらなんこつ、煽り文句が「奴隷調教ラブコメ」で、表紙に従妹を鎖で繋いだ絵——これ、わたしの中では「これ系か……」って距離を取るタイプのジャケでした。みさくらなんこつさんの絵柄が苦手というわけじゃないんですけど、奴隷契約系のヒロインって、わたしの萌え軸では『キャラがキャラじゃなくて道具になる』タイプの作品が多くて。だからプレイ前は警戒モードでした。

でも実際にプレイしてみると、本作は「奴隷契約」をテンプレ依存系ヒロインのテンプレ装置として使うんじゃなくて、その下にちゃんと別の動機を仕込んでる作品でした。詳しくはネタバレ版で書いたんだけど、霞ちゃんの「お兄ちゃん、ボクのこと、奴隷にして?」っていう起動セリフは、依存系ヒロインの起動装置じゃなくて、もっと固有の動機を語る入口になってる。作者がヒロインをちゃんと考えて書いてるのがわかる作品でした。

主人公・康介くんは高校2年生で、両親が南米に行ったきり叔母夫婦の家で従妹・霞ちゃんと同居している子。物語の舞台は4月10日からの2週間。叔母夫婦が結婚記念旅行に出かけて、康介くんと霞ちゃんが二人きりで春を過ごします。同居している霞ちゃん、霞ちゃんの親友・式子さん、神社の娘・悠歌さん、後輩・椎奈ちゃん——この4ヒロインそれぞれとの関係が並走しながら、康介くんがどの関係を選び取るかでエンドが分岐していく構造です。わたしがプレイしたのは2001年のオリジナル版ね。Standard Edition は2005年に13cmから出てるけど、ストーリー的には同じらしいです。

4ヒロインそれぞれが「わかってる」キャラとして書かれてる

本作で一番評価したいのは、4ヒロインそれぞれが固有の動機を持って書かれてる点です。

霞ちゃんは表層が依存系ヒロインのテンプレ記号(一人称ボク、お兄ちゃん呼び、料理音痴、朝弱い、岡崎さん——おもちゃのハンマー——で起こされる)で固められてるんですけど、ルート終盤でその依存の「本当の中身」が解読されるんですよ。これがすごい構造。テンプレ依存系ヒロインに見せかけて、実は別の固有動機を埋め込んでる。解釈一致。霞ちゃんの依存はテンプレじゃない。詳しくはネタバレ版で書いた。

式子さんは皮肉屋の知性派ヒロイン。「現実なんてとっくに帰るべき故郷をなくしてる」っていう冷笑的世界観の持ち主で、康介くんと哲学的問答を交わすキャラ。このタイプは最初から最後までブレない一貫性が見せ場なんですけど、式子さんは見事に貫いてる。キャラ崩壊ゼロ。エンディングもキャラの動機に整合した着地で、解釈一致度が高いです。

椎奈ちゃんは1学年下の寝坊魔後輩キャラ。「ですよ」「くきゅくきゅ」口調で、表層はコメディ寄りなんですけど、このコメディ寄りの口調を最後まで保ったまま、重いテーマを抱えるっていう設計が好きでした。表層の軽さと中身の重さのギャップが、ちゃんと演じ分けじゃなくて「同じキャラの中で共存してる」のがわかる作りになってる。これは作者がこの子の表層を愛してる証拠

悠歌さんは神社の娘で巫女見習い。「他者の心が判ってしまうと、その人にもうどきどきできなくなる」っていう呪いを抱えた、本作で最も哲学的に深いところに置かれたヒロイン。設定として「わかってる」。超能力を救いじゃなくて呪いに反転させてる発想が独自。ただわたしの萌え軸では、悠歌さんは少し距離が遠かったです。哲学のために置かれたヒロインっていう印象が強くて、日常の中での立ち姿が薄い。これは推せなかった。

4ヒロインの「わかってる」度を整理すると、霞ちゃん≧椎奈ちゃん>式子さん>悠歌さん っていう順番です。4人とも固有の動機があるのは認めるけど、わたしの萌え軸で熱量が出るのは霞ちゃんと椎奈ちゃん。式子さんと悠歌さんは「優れたキャラ」として認める、っていうスタンスでした。

主人公・康介くん——前半と後半が別人問題

本作で一番気になったのは主人公の造形です。

康介くんは共通シナリオ前半では、シニカルなツッコミ型の高校生男子として書かれています。「結局、労働するのはいつも俺になる」って独白して、霞ちゃんに「鳥頭」って容赦ない口撃を入れる、岡崎さんで霞ちゃんを起こして朝食を作る——普通の高校生男子のツッコミ型主人公として、テンプレ通りだけどちゃんと書けてる。前半の康介くん、わたしの中では悪くなかったです。

問題は各ルートの終盤で急に観念哲学を語り出すこと。前半のシニカルなツッコミキャラだった康介くんが、ヒロインのテーゼに対する応答として、突然「特別」「奇跡」「断絶」「希望」「新しい人」みたいなキーワードを連発する内省家に変わるんですよ。……これ、誰が喋ってるんですか

分析モードで言うと、これは作劇上の必要から起きてる選択だと思います。テーゼを誰かに語らせないと作品が成立しない。ヒロインだけでは語り手の役を支えきれない場面で、主人公が代弁する。これは理解できる。でもキャラ造形として康介くんは犠牲になってる。前半と後半で別の人物になってしまっている。

キャラ崩壊と呼ぶには弱い、けど解釈一致でもない。キャラの動機を貫いた結果じゃなくて、作者の必要から喋らされてる場面が後半に集中してる感じ。具体的なネタバレは控えるけど、ネタバレ版でセリフ引用付きで書きました。主人公の造形5点は厳しめだと思うけど、わたしの萌え軸では「ヒロインを好きになる主人公として、康介くんが人間として存在しきれていない」という判定です。もう少し人間として存在していてほしかった。

6.8——ヒロインは推せる、ただし主人公が惜しい

最終評価を整理します。

本作はキャラ萌え評価軸では「ヒロインで稼いだ得点から、主人公の問題を引いた数字」になります。4ヒロインそれぞれが固有の動機を持って書かれていて、テンプレ属性の組み合わせだけのキャラ造形になっていないのは評価する点。作者がヒロインを愛して書いてる作品です。これは公式が最高。

特に霞ちゃんと、霞ルートに短期登場する慧子ちゃんとの関係——詳しくはネタバレ版で書いたんですけど、これがわたしの中での本作の頂点でした。ヒロイン本人が気づいてない動機を、別のキャラが解読するっていう構造で、解釈の深さが段違い。尊死しました。

スコア内訳はヒロインの魅力8(4人それぞれ固有性はあるけど、わたしの萌え軸では2人推せて2人は距離あり)、設定の整合性7・キャラ間の関係性7・感動7・伏線回収7(本作の構造的精度の評価)、主人公の造形5(康介くんの前後乖離問題)。10点に届かなかった最大の理由は主人公です。

あと、本作はテーマが深いっていうのは栞さん・マルチナさん・瑠璃ちゃんあたりが詳しく書いてくれてます。主題歌の歌詞構造がすごいらしいっていうのも他のレビュワーから聞きました。わたしの語彙ではそこまで分析しきれない領域なので、構造の話はそっちのレビューに任せます。でもキャラの動機が歌詞にまで貫通してるって事実は、作者がキャラを愛してる証拠っていうのは言える。それはわかる。

……ていうかこれ、わたしは本作を「キャラ萌え作品」として評価してるけど、本作はたぶん「哲学装置」として作られてる作品なので、わたしの軸とちょっとずれてる気もする。でも作者がキャラを愛してるのは間違いない。それだけは言える。総合6.8——「キャラは良い。ただし主人公の扱いに惜しい部分がある」っていうわたしの基準で7点の作品です。

4ヒロインそれぞれの「わかってる」度の詳細、霞ちゃんと慧子ちゃんの解読関係、主人公・康介くんの前後乖離問題のセリフ引用、Hシーン評価についてはネタバレあり版でぜんぶ書きました。プレイ後に読んでほしい。