「えいえんはあるよ」——この一行を冒頭に置く選択の意味が、最後まで行って初めてわかる。この計算、巧い。
Tacticsが1998年にリリースした恋愛ADV。後にKeyを立ち上げる麻枝准と久弥直樹が担当した作品として知っていた。「泣きゲーの原型」という評価を聞いて手を出したのだが——感情への訴えを「構造」で支えている作品だった。その設計の密度が、この年に存在していたことに正直驚いた。序盤の重さは事実だが、全ルートを通した先に見えてくるものの精度が高い。
スコア詳細
「泣きゲーの原型」という紹介に、構造の匂いを感じた
泣かせるだけなら、設計はいらない。だが構造で泣かせるなら別の話だ。
Tacticsが1998年にリリースした恋愛ADV。プレイしたのはPC版(ボイスなし)だ。舞台は地方都市の高校。主人公の折原浩平という高校2年生が、幼なじみで毎朝叩き起こしにくる長森瑞佳、転校生の七瀬留美、3年先輩で中途失明者の川名みさき、「みゅーっ」としか話せない小柄な椎名繭、言葉を持たずスケッチブックで会話する後輩の上月澪、雨の空き地で誰かを待ち続けるクラスメートの里村茜——6人の少女と関わる秋から冬の話だ。
起動してすぐ、冒頭のモノローグに出くわす。「えいえんはあるよ」「ここにあるよ」——これが第一行だ。誰が言っているのか。何が「えいえん」なのか。この段階では何も明かされない。ただ問いだけが置かれる。この一行をここに配置する選択、巧い。「えいえん」という言葉の正体を解明していく過程が、このゲームのプレイ体験の核だとこの時点で直感した。
後のKey立ち上げメンバーである麻枝准と久弥直樹の二人がシナリオを分担している。麻枝准が長森瑞佳・七瀬留美・椎名繭の三ルート、久弥直樹が川名みさき・上月澪・里村茜の三ルートを担当している。二人の書き方の差については、ネタバレあり版で扱う。
三部構成の精度——全ルートが共有する骨格
この作品の骨格を一言で言えば「三部構成」だ。
共通ルートで6人のヒロインとの関係を積み上げる第一部。ヒロインルートに入ると何か異質なことが起き始め、浩平とヒロインの関係が変容していく第二部。そして約一年後の収束——この三部が、6ルート全てに共通する骨格として機能している。
「えいえんはあるよ」という冒頭の一行は、この第二部で意味を持ち始める。共通ルートで浩平の口から何気なく「えいえん」という言葉が出てくる場面が何度かある。彼自身もその出典を意識していない。それが何を意味するかは、ルートを進めるにつれゆっくりと正体を現す。情報の出し入れの設計として、これは精密だ。
6ルートは同じ骨格を持ちながら、「ひとつの問いへの答え方の違い」として設計されている。全ルートをクリアした後、なぜこの6人のヒロインがこの6人である必要があったのかが分かる。その設計が1998年の時点で存在していたことに、正直驚いた。
「えいえんはあるよ」という一行——情報配置の設計
「えいえんはあるよ」というフレーズの反復について。
このフレーズは冒頭だけでなく、物語の複数の地点で、状況を変えながら繰り返される。最初は謎として。次第に重さを帯びながら。そして全ルートを終えた後に、別の意味の層として立ち現れる。同一のフレーズを反復させながら意味を書き換えていく手法、これは文章設計として巧い。
もう一点。浩平が自分の置かれた状況を、ある場面でファンタジーの比喩を使って整理しようとする。「お菓子の国の盟約」というメタファーだ。プレイヤーに「何が起きているか」をある程度腑に落とさせながら、具体的な答えは保留する。二重の機能を一つの場面に持たせる、巧みな中継点だ。
折原浩平の「軽さ」——防御機制として設計されたキャラクター
主人公の造形について。
折原浩平は軽口と茶化しで全てを覆い隠す男だ。「あと3寸だけ寝させて」と言い、悪戯をし、冗談でヒロインとのやりとりを埋め、「好きだ」という言葉を最後まで直接には言わない。ヒロインたちに対して「妹」か「保護者」のような距離を取ることを繰り返す。
この軽口が防御機制として機能しているのは、読み進めると分かってくる。幼少期に妹を亡くし、母とも離れ、見知らぬ街で叔母に引き取られた少年が身につけた自己防衛の様式が、高校生になった今も続いている。「笑いで覆う」というパターンが人格として成立している。構造として、これは巧い。
ただ——共通ルートの中盤、その防御機制が読者から見ると「受動的な主人公」として映る時間が確かにある。内面の積み重ねが外側に出てくるのが遅い。序盤では「この主人公は何をしたい人間か」が見えにくい。惜しいと感じる点だ。
序盤の重さ——共通ルートのテンポが課題
弱点もある。正直に。
序盤がキツい。共通ルートが長い。6人のヒロインとの距離を段階的に縮めるために必要な積み上げだとは分かる。後から振り返れば、ここで描かれた一つ一つが意味を持つとも気づく。ただ最初のルートをクリアした段階での正直な手応えとして、「この作品が何をやっているのか」がまだ見えない。
この設計の全貌が分かるのは複数ルートを重ねてからだ。一周目だけでは、設計の美しさは届かない。それ自体は意図した構造かもしれないが——一周目で脱落したプレイヤーには、この作品が何だったのかが伝わらない。もったいない、と感じる。
8.5——この設計が1998年に存在していたこと
8.5をつけた理由はこうだ。
「えいえんはあるよ」という冒頭の一行が最後まで行って初めて完全な意味を持つ。6ルートが同一のテーゼへの異なる回答として設計されている。三部構成の骨格が全ルートで機能している。これらは「感情で泣かせる」のではなく「構造で泣かせる」設計だ。
弱点は共通ルートの長さとテンポの重さ。それを差し引いても、この作品が達成していることの密度は高い。麻枝准と久弥直樹の書き分けの差異、そしてそれでもテーゼが一本通っている理由は、ネタバレあり版に詳しく書いた。
