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伊頭悦子のネタバレレビュー — Prismaticallization

伊頭悦子
伊頭悦子
人間観察30年のスナックママ
7.3/10
7.3 / 10

大人の片想いが、いっとう本物だったわ。

ここでは隠さず書くわ。さよりが義理の弟・琴原に小さい頃からずっと惚れてたこと、その琴原が「親の資格は無い」って言ってまた逃げること、みゆがその父と母を失って心を閉じてること、沢村の兄が妹に異常に執着すること。この夏の山荘に集まったのは、みんな誰かへの言えない想いを抱えた人間だったの。きれいな初恋より、こういう不器用で擦り切れた想いのほうが、アタシには効いたわ。荘司の物語も、結局は「自分で踏み出せば良かった」っていう一行に畳まれる。それが本物だったから7.3なの。

スコア詳細

主人公の造形 7
ヒロインの魅力 8
キャラ間の関係性 8
序盤の掴み 5
ボリュームと密度 6
エンディングの満足度 7

いとこの娘に勧められて、夏の山荘に泊まった話

夏休み、受験生の男の子が幼馴染に連れられて、山奥の古びた山荘に行く。そこから始まる話よ。

これはね、うちの遠縁の、いとこの娘が「悦子おばさん、これ古いけど不思議で良かったよ」って教えてくれた作品なの。1999年に出たものらしいわね。アタシはゲームのことは詳しくないから、その子の受け売りで手を出したの。「時間が繰り返す話なんだけど、本筋は人の心の話だよ」って言われてね。時間が繰り返すとか、結晶がどうとか、そういう難しい仕掛けはアタシにはよくわからない。でも「人の心の話」って聞いたら、それはアタシの土俵でしょう。だから腰を据えてやってみたの。

主人公は射場荘司っていう18の受験生でね、隣の幼馴染の柊明美に半ば強引に連れ出されて、山荘っていう避暑地に来るの。迎えてくれるのが、5歳年上のさよりと、寡黙な少女みゆ。それに先客で泊まってる元気な後輩の澄香と、内気な読書家の雪乃。女ばっかりの中で、男の子が一人ぽつんといるわけ。最初は他愛のない夏の日々が続くんだけど、だんだんこの夏が「ただの夏」じゃないことが見えてくる。同じ日が少しずつずれて繰り返されてるの。その繰り返しの底に、それぞれの言えない想いが沈んでる。そういう話よ。

第一印象——子供たちの恋より、大人の片想いが刺さった

全部やり終えて最初に思ったのはね、この作品の芯は、若い子の恋じゃなくて、さよりっていう女の片想いだったってことよ。

もちろん攻略できる女の子たちも、ちゃんと書けてるの。それは後で話すわ。でもアタシの心に一番深く残ったのは、さよりがみゆの前で言い切るあの場面だった。「でも、それで逃げるのは、弱い男よ。わたしは、そんな男に惚れちゃった。馬鹿みたい」「人を好きになるのに、理由なんて無いから」。この台詞、聞いた瞬間にアタシ、手が止まったわ。義理の弟に、小さい頃からずっと惚れてた。その男は妻と娘を捨てて逃げた。逃げた男に惚れた自分を「馬鹿みたい」って笑いながら、でも後悔は無いって言い切る。これ、年季の入った片想いの顔よ。きれいごとが一個も無いの。

こういう女、いるのよ。アタシのカウンターにもね、どう見ても割に合わない男に、何年も想いを引きずってる女のお客さんがいたわ。周りは「あんな男やめときなさい」って言うんだけど、本人は「わかってるのよ、馬鹿だってことは」って笑うの。さよりの「馬鹿みたい」は、まさにあれだった。理屈じゃ止まらない想いっていうのが、この世にはあるのよね。それを18の男の子の恋ゲームの真ん中に据えてきたのが、アタシは意外で、そして気に入ったの。

女たち——みゆの泣き方と、澄香の不安が本物だった

攻略できる女の子は五人。順番に、アタシの目に映ったところを話すわ。

まずみゆね。この子のことは、ヒロインっていうより、心配で見ていられない子だったわ。父親が義理の姉に惚れて家を出て、母親には「頭がおかしい」って言われて、それで「好きとか嫌いとか、判らないんです」って心を閉じてる。離人症っていうの。難しい言葉で自分を説明するんだけど、要は人を好きにならないように、嫌いにならないように、自分に蓋をしてるのよ。さよりが「あの子は……人を嫌いだなんて、言える子じゃないの」って言うでしょう。あれが全部よ。傷つかないために、感じることをやめた子。離人症っていうこの状態を、この子はデペルソナリザシオンなんて難しい言葉でも語るんだけど、根っこにあるのは家族に捨てられた寂しさよ。そのみゆが終盤、父親が「親の資格は無い」って去った後に「えぅっ……えぅっ……おとうさん……」ってだらしなく泣くの。あの泣き方、ちゃんと幼かったわ。蓋が外れて、やっと子供に戻れた。アタシ、ここは正直、目頭が熱くなったわよ。歳をとると涙腺が緩くなっていけないね。

鳴川澄香澄香はね、最初は押しが強くて賑やかなだけの子に見えるの。荘司を勝手に「先輩」呼びして、距離を一気に詰めてくる。でもこの子の押しの強さは、不安から来てるのよ。「私……他人から嫌われるのが、やなんです」「独りなのって、耐えられないんです」って本音を吐くの。賑やかな子ほど寂しがり、っていうのは現実でもよくあるわ。荘司がそれを「不安からの行動」だって見抜いて、「信頼からの行動」に変えてやる場面、ここはこの作品の人間理解の良さが出てた。澄香ルートの後、この子の振る舞いは前とほとんど変わらないんだけど、中身が違う。表に出さなくても人は変われる、っていうのをちゃんと書いてたわ。

沢村雪乃雪乃は、内気で本ばっかり読んでる子。でもこの子、序盤からずっと「世の中に無駄なことって無いような気がします」って言うのよ。それが終盤、兄に対して「私は……世の中に無駄なことって、無いと思う」って決別の言葉になる。最初の何気ない一言が、終わりで覚悟の言葉になる。この子、引っ込み思案に見えて、いざとなったら自分で線を引ける子だったの。えらいわ。

柊明美明美は幼馴染。元気に荘司を叩いたり蹴ったりしてるんだけど、本当はずっと自信が無くて揺れてるの。過去に草加って大学生に告白して断られて、それ以来「あたしなんかでも、大事にしてくれる人はいるんじゃないか」って確かめたくて、荘司を旅行に連れ出した。明美ルートで「ま、とにかく、ごめん。それに、ありがと」って言う場面、ここで自分の想いをやっと見つける。山荘の「捜し物が見つかる」っていう伝承が、明美自身の心で回収されるのよ。よくできてるわ。

さよりは第一印象で散々語ったから繰り返さないけど、この五人、誰一人「守られるだけ」の子がいないの。みんな自分の事情と自分で向き合う。この子たち、荘司よりよっぽど腹が据わってる。それがこの作品の良さよ。

荘司——ずっと観てる側の男が、最後に一歩だけ踏み出す

主人公の荘司ね。この男には、もどかしさと、ちょっとした愛しさの両方を感じたわ。

この子はね、頭はいいの。木の幹の傷を一目見て「これは時間をおいて付けられている」なんて推理してみせる。雑学も豊富で、雪乃と本の話で通じ合える。でも内面はずっと卑屈なのよ。「自分は、本当に必要な人間なのか。しかし言えない。そんな疑問は、笑い飛ばされるだけだ」って、ずっと自分に問い続けてる。賢いのに、自分を信じられない。だから動けない。考えてばかりで踏み出せない男、アタシの一番苦手なタイプよ。

でもね、この作品が偉いのは、荘司のその「踏み出せなさ」を、ちゃんと物語の真ん中に置いたことなの。同じ夏が繰り返されてるっていう外側の仕掛けと、荘司が誰にも踏み出せずに足踏みしてる内側の繰り返しが、重なってるのよ。だから荘司が「ただ単に、自分で踏み出せば良かったんだ。それだけのことだったのさ」って気づいた瞬間に、外側の時間の繰り返しも解ける。男が一歩踏み出すこと、それ自体が物語の出口になってる。これはよく考えられた仕掛けだと思ったわ。

もう一つ、アタシが唸ったのは、沢村の兄と向き合う場面ね。妹に病的に執着して「必要なのは、雪乃だけだ」って言うあの兄を見て、荘司が「こいつは俺に似ている。だから腹立たしい。近親憎悪」って思うの。自分の卑屈さを煮詰めたら、ああいう男になる。それが見えてるから腹が立つ。でも荘司は、そこで兄を突き放す。自分のダメな部分を映した鏡を、自分で割るのよ。考えてばかりだった男が、ちゃんと選んで動いた。ここはアタシも認めたわ。だから主人公は7。最後まで受け身だったら6止まりだったけど、ちゃんと一歩踏み出したから、一点足したの。

関係性——逃げる男と、それでも惚れる女の話

この作品で一番アタシが評価するのは、人と人の間の不揃いな感情を、誤魔化さなかったことよ。

琴原っていう男ね。みゆの父親で、義理の姉のさよりに惚れて、妻と娘を捨てて逃げた。一度だけみゆを迎えに来るんだけど、「お母さんは?」って訊かれると言葉に詰まる。そして荘司に「私に、親の資格は無いんだよ」「私には、上手くやっていく自信が無い」って漏らして、また消える。この男はダメね。はっきり言うわ。逃げて、逃げて、最後まで逃げる。自分の弱さと向き合えない男よ。こういう男、アタシのカウンターでも何人も見てきたわ。優しいの。優しいんだけど、肝心なところで必ず逃げる。残された家族がどうなるかは考えない。みゆがあんなになったのは、半分この男のせいよ。

でも、この作品が上手いのはね、その「ダメな男」に惚れたさよりを、断罪しないところなの。みゆが「その人が、母から、わたしから、父を取ったんです」って告発する。さよりは否定もせず、言い訳もせず、「人を好きになるのに、理由なんて無いから」って引き受ける。そしてみゆを抱きしめて、「その子に、あの人の子に、指一本でも触れたら、承知しないわよ」って、プリズムで世界を変えようとする草加に立ちはだかる。惚れた男の娘を、自分の身体で守るのよ。割り切れない関係を、割り切れないまま抱きしめる。これが現実の人間の手触りよ。アタシのカウンターで見てきた、もつれた家族の話と、ちゃんと地続きだったわ。

沢村の兄の歪みも書いておくわね。「この世には、無駄なものが多すぎる。必要なのは、雪乃だけだ」。妹だけが世界の全部っていう、行き止まりの愛情。これはもう恋愛の体をした閉じこもりよ。でも雪乃が「私には、大事な人や、ものが、いっぱいあるから」ってきっぱり断ち切る。世界を妹一人に狭めようとする兄に対して、妹のほうが世界を広く持ってた。この対比、よく効いてたわ。関係性のスコアで8を付けたのは、こういう不揃いな感情を一個も逃げずに書いたからよ。

正直なところ——序盤は重いし、繰り返しは人を選ぶわ

良いことばかり言ってきたから、ここは正直に書くわ。この作品、入り口がしんどいの。

序盤がね、同じような夏の日が淡々と続くのよ。湖で水遊びして、バドミントンして、トランプして、占いして。他愛のない日常が、似たような形で何度も繰り返される。それが時間ループの仕掛けだっていうのは後でわかるんだけど、わかるまでが長いの。アタシ、序盤で掴まれないと続けられないタチでね、正直、最初の何時間かは「これ、何が起きるんだろう」って手応えのなさに何度か閉じそうになったわ。いとこの娘に「面白いよ」って言われてなかったら、途中でやめてたかもしれない。だから序盤の掴みは5。掴みが弱いのは、アタシにとっては大きい減点なの。

ボリュームのほうもね、長さ自体はあるんだけど、同じ場面を少しずつ変えて繰り返す作りだから、密度が薄まる時間があるのよ。「またこの会話か」って思う瞬間が、何度かあったわ。仕掛けとしては理屈が通ってるのは認める。でも、アタシみたいに人間ドラマだけ見に来た人間には、その繰り返しが少し冗長に感じられたの。一番おいしいのは、さよりや琴原やみゆの心が動く終盤に集まってる。そこに辿り着くまでの道のりが、もう少し締まってたら、もっと多くの人に勧められたわ。ボリュームと密度は6。長い割に、っていうほどじゃないけど、削れる場面はあったと思うのよ。

あと一つ。この作品はそういう濡れ場のない作りでね、アタシはむしろ、そのほうが良かったと思ってるの。さよりの片想いも、みゆの家族の話も、肌を重ねる場面なんて要らないのよ。感情の本筋だけで、ちゃんと刺さる。恋愛の本質ってのは、そっちにあるものだから。エロが無いことを物足りないと思う人もいるでしょうけど、アタシはこの題材なら無いほうが正解だと思ったわ。

7.3——逃げた男と、それでも惚れた女の話だった

トータルで7.3。良かったところと、心残りを整理して締めるわ。

良かったのは、なんといっても大人の片想いと、もつれた家族を、きれいごと抜きで書いたことね。さよりの「人を好きになるのに、理由なんて無いから」、琴原の「親の資格は無いんだよ」、みゆの「お母さんがいないなら、私は行かない」。どれも、アタシが30年カウンターで聞いてきた人間の言葉と、ちゃんと地続きだった。割り切れない関係を割り切れないまま抱きしめる、あの手触りが本物だったの。ヒロインの魅力で8、関係性で8を付けたのはここよ。荘司が「自分で踏み出せば良かった」って気づくのと、外の時間の繰り返しが解けるのが重なる仕掛けも、よく考えられてたわ。主人公は7。

心残りは、序盤の入りにくさと、繰り返しの冗長さね。一番おいしい人間ドラマが終盤に固まってるのに、そこまでの道のりが長くて、人を選ぶ作りなの。アタシみたいに人の心だけ見に来た人間には、途中の繰り返しが少しもどかしかったわ。序盤の掴みで5、ボリュームで6に止めたのは、そこが正直なところよ。

誰に勧めるかと言われたらね。不器用で割に合わない大人の恋を、見届けたい人に勧めるわ。逃げる男に惚れ続ける女とか、家族に裏切られても父を呼ぶ子供とか、そういう泥臭くて理屈に合わない想いを、ちゃんと味わえる人向け。逆に、序盤からぐいぐい引っ張ってほしい人や、わかりやすい盛り上がりが欲しい人には、入り口で脱落するかもしれない。これはね、辛抱して終盤まで付き合った人が、ご褒美をもらえる作品なの。

……アタシ、最後にもう一度だけあの台詞を書いておくわ。さよりの「わたしは、そんな男に惚れちゃった。馬鹿みたい。……でも、そのことに後悔は無いの」。恋愛なんてそんなもんよ。きれいなだけじゃないから、馬鹿みたいだから、だからこそ刺さるの。7.3。逃げた男と、それでも惚れた女の話だった。腰を据えて付き合って、よかったわ。