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伊頭悦子のネタバレレビュー — Remember11 -the age of infinity-

伊頭悦子
伊頭悦子
人間観察30年のスナックママ
7.0/10
7.0 / 10

仕掛けより、子を亡くした夫婦の傷のほうが本物だったわ。

ここでは本作の核心にちゃんと触れるわ。黄泉木と内海っていう夫婦が、息子の潤一を殺された傷を抱えたまま、その犯人と同じ空間にいるっていう構図。黛が最後に元恋人の悟に「あなたは悟じゃない」って言う場面。ゆにが「歴史を変えたくなかった」って打ち明ける嘘。それと、肝心なところを全部投げて終わる未完の結末について。アタシはこの作品の意識の入れ替わりだの量子なんとかだのは正直あまり追えなかったの。でもね、そこに生きてる人間の傷だけは、ちゃんと地に足ついてたわ。それで7.0よ。

黄泉木と内海——子を亡くした夫婦のこと、先に書くわ

本作でアタシが一番ちゃんと向き合ったのは、黄泉木と内海っていう夫婦の傷よ。

黄泉木は雪山の避難小屋で、こころ達のリーダー役をやってる登山家ね。穏やかで、用意周到で、追い詰められた状況でも他人を落ち着かせようとする男。一方の内海は、別の場所——スフィアっていう施設のほうにいる、母性的で世話焼きな女性。最初はこの二人が夫婦だなんて、アタシ全然気づかなかったわ。場所も違うし、出てくるタイミングも別々だから。

でもね、中盤で黄泉木が雪原で月を見上げながら、悟に向かって息子のことを話す場面があるのよ。「明日は潤一の誕生日なんだ」って。そのあとすぐに「いや……あいつはもう永遠に年を取らない……」「殺されたんだよ、犬伏景子という女にね」って続けるの。潤一っていう、9歳で殺された息子の話よ。命を授かった日と、命を奪われた日が同じっていう、その残酷さを黄泉木は淡々と話すの。アタシ、この場面で手が止まったわ。淡々としてるからこそ、この男がこの2年間どれだけ自分を保つのに苦労してきたかが伝わってくるのよ。

もっと刺さったのは内海のほうね。彼女が殺された潤一の遺体について語る場面があるの。「心臓は、きれいな桃色をしてたわ……」「顔だけが、無傷のまま残ってたの……/赤く染まってたけどね……?/私……それを拭ってあげて……」。これよ。これがアタシにはきつかった。母親が、わが子の血を自分の手で拭った話を、まだ淡々とできてしまうっていうこと。淡々と話せるようになるまでに、この人がどれだけ壊れて、どれだけ立て直したか。スナックのカウンターで、子どもを亡くした客の話を聞いたことが何度かあるのよ。具体的には書かないけどね。みんな最初は話せないの。何年も経って、やっと淡々と話せるようになる。でもその淡々は、悲しみが消えたんじゃなくて、悲しみと一緒に生きる練習が済んだだけなのよ。内海の語り口は、まさにそれだったわ。

この夫婦の描き方は、本作の中で一番中身が詰まってたと思う。子を亡くした親をこういう生活実感のある手触りで描けるのは、なかなかできることじゃないわ。

同じ空間に犯人がいる——内海の復讐は、止められない種類のものよ

そして本作が容赦ないのは、その内海が、息子を殺した犯人と同じ屋根の下にいるっていう構図なの。

内海がスフィアにいる本当の理由は、息子を殺した犬伏景子を自分の手で殺すことよ。彼女は悟にそれを打ち明けるの。「私はあの女を殺すわ……/どんなことがあっても……/だから……邪魔しないで……」。この台詞をね、アタシは責められないのよ。普段は聖母みたいに優しい人が、ここだけは絶対に譲らない。母親が子どもの仇を取りたいって思う気持ちを、誰が止められるっていうの。アタシだって、もし自分の身内が同じ目に遭ったら、同じことを考えると思う。それくらい、この感情には嘘がなかった。

ただね、この構図には作品ならではの捻りがあるの。内海が殺そうとしてる犬伏景子の身体には、実は別の人間の意識が入ってるのよ。穂鳥っていう、失語症の若い女の子の意識がね。だから内海が手を下そうとしてる相手は、見た目は仇の顔をしてるけど、中身は何の罪もない別人なの。これは怖い構図よ。憎しみの行き先が、本物の犯人にたどり着けないようにできてる。復讐すら、まっすぐには遂げさせてもらえないのよ。

こういう「憎んでる相手が、実は別人だった」みたいな捻りはね、頭で作った仕掛けっぽく見えてもおかしくないの。でも本作の場合は、内海の傷が血の通ったものだから、その捻りが冷たい遊びには見えなかった。憎しみの持って行き場がない母親の苦しみが、余計に深くなる装置として機能してたのよ。アタシ、この穂鳥の子のことも気の毒で仕方なかったわ。何もしてないのに、人を殺した女の顔で生きなきゃいけないんだもの。

雪山のほうも同じよ。黄泉木と黛とこころが、見ず知らずの者同士で雪山の小屋に閉じ込められて、食糧が減って、救助も来なくて、だんだん疑心暗鬼になっていく。なんて、ストレスが限界を超えると刃物を持ち出して仲間を襲う側に回るのよ。極限まで追い詰められた時に人間が見せる狡さと弱さ。あれは綺麗事じゃなかった。閉じ込められた人間がどう壊れていくか、本作はちゃんと見てるわ。

ゆにの嘘——子どもが大人を守ろうとしてた話よ、これは

本作で一番アタシの胸に残ったのは、ゆにっていう男の子のやったことだったわ。

ゆには、こころが飛行機で隣り合わせた11歳の男の子ね。墜落の瞬間、こころが手を握って「必ず守ってみせるから」って言い続けた相手。普通に読めば、守られる側の子どもよ。アタシも最初はそう思ってた。「この子をしっかり守ってあげなさいよ」って、大人たちに向かって言いたくなるくらいの存在だと思ってたの。

ところが終盤で、とんでもないことが分かるのよ。避難小屋にいるゆには、実は1年後の未来から、わざわざ戻ってきた本人だったの。「ぼくは……2012年の住人……」って、彼が悟に打ち明ける場面があるわ。何のために戻ってきたかっていうと、「ぼくはね? ただ過去を変えたくなかっただけなんだ」。墜落事故のあと、本当ならこころ達3人は吹雪で遭難して死ぬはずだったの。それをこの子が、避難小屋まで誘導して救ったのよ。歴史を守るために、子どもが一人で1年前に戻って、大人たちをこっそり生かしてた。

これがね、アタシにはこたえたの。守られる側だと思ってた子どもが、実は誰よりも全部を背負ってたっていう構図。しかも、その子は偽の新聞まで持ち込んで、こころに雪崩の時刻を知らせようとした。子どもなりの精一杯のやり方で、大人を助けようとしてたのよ。子どもが大人を守る話を、アタシは普段「現実ではそんな都合よくいかない」って言いたくなるんだけど、ゆにの場合は違ったわ。この子は守りきれなかった部分もあるの。こころは結局、雪崩に呑まれる結末もあるんだから。完璧に守れたわけじゃない。守ろうとして、足りなかった部分もある。その不完全さが、かえって擦れてない人間に見えたのよ。

ゆにのことを「無邪気な子ども」だと思って読んでた前半が、全部この子の覚悟の裏返しだったって分かった時、アタシちょっと言葉が出なかったわ。よくこういう子を書けたと思う。

黛の最後の一言——元恋人だけが見抜くっていうの、わかるのよ

最後のカットで黛が言う一言、あれはアタシの土俵の話だったわ。

黛っていうのは、雪山の小屋にいたOLの女性ね。プライドが高くて、ハイヒールで雪山に来ちゃうような見栄っ張りで、最初は正直「この女、面倒くさいわ」って思ってたの。黄泉木をアゴで使うし、わがままだし。でも終盤で分かるんだけど、彼女はっていう男の元恋人だったのよ。2010年の夏に別れてる。彼女のほうに婚約者ができたから別れたって設定でね。

物語のラスト、青鷺島の海岸で、悟が自分の身体に戻ってる場面があるの。みんな再会して、めでたく終わるかと思いきや——黛が悟の顔をじっと見て、こう言うのよ。「あなた、誰?/あなたは……/悟じゃない……/私の知っている……優希堂悟じゃないわ……」。これでこの長い話が終わるの。元恋人の女だけが、その身体に「悟じゃない誰か」が混じってることを見抜くっていう幕引きよ。

この終わり方ね、アタシはわかるのよ。本当にわかる。一番近くにいた女は、相手のちょっとした違いに気づくの。理屈じゃないのよ。何年も付き合った相手なら、目つきとか、間の取り方とか、言葉の選び方とか、そういう言葉にできない部分で「あれ、この人、いつもの人じゃない」って感じ取る。スナックでもあるのよ、こういう話。長く連れ添った奥さんが、旦那の浮気を「なんとなくわかった」って言うやつ。証拠なんかないの。ただ、いつもと違う匂いがするって。黛が悟を見抜いたのも、たぶんそういう種類の直感なのよ。理屈じゃ説明できないけど、近くにいた女にだけわかる違和感。

面倒くさい女だと思ってた黛が、最後の最後でこの作品で一番鋭い目を持ってたっていうのが効いてるわね。アタシ、彼女のこと最初は嫌いだったけど、このラストで見直したわ。女の勘を最後の鍵にしたのは、アタシは正直いい締め方だと思った。締め方だけはね。

下げた理由——投げっぱなしは、アタシが一番許せないやつなの

ここからは厳しいことを言うわ。本作を8まで上げられなかった一番の理由よ。

本作はね、肝心なところを全部投げて終わるのよ。さっきの黛の「あなたは悟じゃない」っていう一言。じゃあ、悟の身体に混じってる「別の誰か」は何者なのか。これが説明されないまま終わるの。物語の途中で、悟の身体に第3の人格が住んでて、そいつが人を殺したり暴れたりしてることが分かるんだけど、その正体は最後まで明かされない。犬伏景子が逮捕される時に呟いた「セルフはどこ?」っていう謎の言葉も、回収されないの。

これはね、後で知ったんだけど、本来あるはずだった終盤の一章が、作り手の都合で丸ごと収録されないまま世に出たらしいのよ。だから未完なの。事故とか手抜きじゃなくて、構造的に「完成してない作品」として出てるってこと。アタシ、この事情を知らずにクリアして、エンドロールのあとに巨大な謎を突きつけられて、正直ぽかんとしたわ。「え、これで終わり?」って。

はっきり言わせてもらうわね。アタシは投げっぱなしの話が一番嫌いなの。恋愛でも人生でも、ちゃんと終わらせるっていうのが一番大事なのよ。始めるのは誰でもできる。でも、ちゃんとケジメをつけて終わらせるのは、それなりの腹が据わってないとできない。本作は、人間の傷をあれだけ丁寧に描いておきながら、その傷がどう収まるのかを最後まで見せてくれなかった。黄泉木と内海の夫婦は救われたわ。それはいいの。双子の赤ん坊が生まれて、海岸で4人並ぶ場面は、ちゃんと一つの救いになってた。でも、物語全体の謎は宙に浮いたまま。

意味のある余白と、ただの放置は違うのよ。本作の終わり方は、アタシには後者に近く見えた。「考察してね」って言われても、アタシはそういう楽しみ方をする人間じゃないの。出された話は、出した人がちゃんと閉じてほしい。子どもの傷も、夫婦の傷も、あれだけ血の通ったものに描いたんだから、なおさら最後まで責任を持ってほしかったわ。これは好みじゃなくて、アタシの中では作品の弱点として数える。エンディングの満足度を一番低く付けたのは、これが理由よ。

7.0——人間は地に足ついてた、終わらせ方は無責任。差し引きこれよ

最後に、良かったところと許せなかったところを並べて締めるわ。

良かったのは、何度も書いた通り、人間の傷の描き方ね。黄泉木と内海の、子を亡くした夫婦の手触り。内海の、復讐すらまっすぐ遂げさせてもらえない苦しみ。ゆにの、子どもが大人を守ろうとした覚悟。黛の、元恋人だけが見抜く女の勘。雪山の小屋で、見ず知らずの大人たちが追い詰められて狡くなっていく様子。これらは全部、ちゃんと血が通ってたわ。意識がどうとか、空間がどう転移するとか、そういう仕掛けの部分はアタシには難しすぎて半分も追えなかったんだけど、その仕掛けの下で苦しんでる人間の感情は、ちゃんとアタシにも届いたの。だから登場人物の生々しさと、関係性と、序盤の掴みは高く付けた。

許せなかったのは、終わらせ方。それに尽きるわ。あれだけ血の通った傷を描く力がある作り手が、その傷を最後まで責任持って閉じなかった。アタシ、人間を描く腕は信用したのよ。だからこそ、終わらせ方の無責任さが余計に惜しく見えた。途中までこれだけ良かったのに、っていう気持ちが、ずっと尾を引くの。

誰に勧めるかと言われたらね。謎解きや考察そのものを楽しめる人には、たぶんアタシよりずっと刺さる作品だと思うわ。あれこれ仮説を立てて、足りない部分を自分で埋めて楽しめる人。逆にアタシみたいに、「出された話はちゃんと閉じてほしい」っていうタイプの人間には、最後でフラストレーションが残るのを覚悟したほうがいい。それでも、黄泉木と内海の夫婦のところだけでも見る価値はあると思うわよ。あの夫婦の傷は、血が通ってたから。

7.0。人間はちゃんと生きてたのに、その人間を最後まで見届けさせてもらえなかった。アタシの点数は、その悔しさの分だけ削れてるの。それだけよ。