秀吉の「だがや」と現代知識のボケが思ったより刺さる、戦国コメディの拾い物。
ネタバレ版では本気で笑かしにきてた装置の話する。商人編の「3WAYショットであります」、覇道編の「顔で刀を受けとめた」、究極編の「お約束講座その1〜10」。それと王道編クライマックスで光秀を倒す決め手が「主人公の腕時計が日光を反射した」というやつ。あれもうちは笑ってしまった——シリアスシーンやのに。最後に光秀=笹原十兵衛のオチについても触れる。あれは笑えへんかったから、感想として分けて扱う。
スコア詳細
9系統135エンドの中で、本気で笑かしにきてた装置の話
ネタバレ込みで一番面白かった話するで。
9系統135エンドという物量はなんべん見てもエグいねん。けどな、その物量の中に「これは作者が本気で笑かしにきてる」装置がいくつかあって、それが噛み合うとめっちゃおもろい。順番に見ていく。商人編・覇道編の現代知識ボケ、究極編のお約束講座その1〜10、王道編クライマックスの腕時計反射光、最後に拳聖編「気の暗殺拳」と海賊編「肉じゃが」。これら全部、コメディ装置として独立して機能する。
シリアスとコメディの切り替えが噛み合ってる作品でもある。一例を挙げると、王道編クライマックスで光秀を倒す決定打が「主人公の腕時計が日光を反射した一瞬」やねん。普通に書いたら笑える絵面なんやけど、本作はそれをシリアスとコメディの両方に振らずに「シリアス寄り」で処理してる。けどうちはあそこで吹いた。腕時計て。これも後の節で詳しく。
商人編「3WAYショットであります」——現代知識ボケの破壊力
商人編の中盤、桔梗屋でてつはうを扱う場面がある。
主人公が桔梗屋に丁稚奉公してる商人編は、堺の鉄砲商売を独占する戦略を立てる経済劇やねん。この中で、鉄砲の戦術提案として現代知識のボケが連発される場面がある。「三連撃ち」っていう選択肢が並んでるんやけど、その横に堂々と「3WAYショットであります」っていう選択肢がある。
3WAYショット。シューティングゲームの自機武装の名前やんか、それ。なんでそれを戦国の鉄砲戦術提案として出してきとんねん。「であります」付きで。誰やねんこの選択肢書いた人。めっちゃわろた。
商人編は他にも「肉じゃがです」(海賊編)とか「アロマテラピー」(かすみとの秋の野原)とか、現代の言葉を戦国のシリアスな場面でしれっと出してくる選択肢が点在してる。これがな、シリアスの段取りが整った場面で唐突に出てくると笑えるねん。「ここでその選択肢を、なんで真顔で並べたんですか」っていう作者の決断に、うちは敬意を払う。コメディ装置として狙って当ててる感がある。
覇道編「俺の脳味噌は筋肉の一部だゼ」「顔で刀を受けとめた」
覇道編には体育90以上で開く隠し選択肢ルートがある。これがな、もうボケ専用ルートやねん。
覇道編6章の戦闘シーン、体育90以上の主人公が出すセリフがこれや。「俺の脳味噌は筋肉の一部だゼ」「顔で刀を受けとめた」「頭で刀を受けとめた」。隠し選択肢として真顔で並んでる。3つのうちどれを選んでもエンディング行きやで。なんでそんなんを選択肢として用意したんですか。
覇道編2章にも「オラオラ、そこどけや」「左の拳をたたきこんだ」「顔面がお留守だぜ」っていう体育90以上ルートがある。雰囲気がもうチンピラやんけ。覇道編は信長と対立する公家姫を保護する政治劇のはずやのに、体育90まで上げた瞬間にゲームのトーンが完全にチンピラ漫画になる。落差で笑う。これ、絶対作者は狙ってるやろ。
こういう「ステータス分岐で文体まで変わる」設計、ふつうやってる作品めったに見ぃへん。育成系のゲームでステータスを上げる→隠しイベント開放、までは普通の構造やねんけど、本作はそこを「ステータス上げた主人公の人格まで変える」までやってる。体育90の主人公はチンピラ、社会75の主人公は歴史マニア、英語高めの主人公は宣教師ピエールと話せる。こういう人格分岐の設計、ボケの装置としてめっちゃおいしく使えてる。
王道編クライマックス・腕時計反射光で光秀を倒す
これはちょっと特殊な笑いの話する。シリアスの場面なのに笑ってしもうたっていう種類のやつ。
王道編のクライマックス、山崎の戦いで主人公と光秀が一騎討ちになる。光秀は「相州正宗のさびにして差しあげましょう!」って迫ってくるねんけど、その瞬間、主人公の左腕に巻いてる腕時計が日光を反射するねん。光秀の動きが一瞬止まる。その隙に主人公の刀が左胸を貫く。光秀は「もう、わかっているはずです●。くっ……不覚……お許しください、我が主家よ……」って遺言を残して死ぬ。
これな、テキストだけ読むとめっちゃシリアスやで。タイムスリップ者が現代から持ち込んだ唯一のリソースである腕時計が、戦国の歴史を変える決定打になる——っていう、SF的にもちゃんと意味のある演出になってる。光秀の遺言「我が主家よ」も伏線として効いてる(後で究極編で意味がわかる)。脚本的には完璧な仕掛けや。
けどうちは笑ってしもた。だって絵面想像してみ。山崎で光秀と一騎討ちしてる戦国武将の主人公が、左腕の腕時計をピカッと光らせて光秀を怯ませて、その隙に刀で刺すんやで。「腕時計でひるんだ」っていう状況が、シリアスの段取りで処理されればされるほど、おかしさが増していく。脚本がマジメにやればやるほど笑えてくる構造になってんねん。これも作者は狙ってるんかも知れん。シリアスSFと戦国コメディの境界線をギリギリで歩いてる場面やった。
究極編「お約束講座その1〜10」——メタミステリの自爆芸
そして本作のコメディ装置で一番ぶっ飛んでるのが、究極編のお約束講座やねん。
究極編は安土城信長寝所炎上事件をめぐる密室ミステリ仕立て。客人としてかすみ・ユキ・綾姫・佐和・鈴音・京・蘭十郎・成実が一堂に会する、9系統のオールキャストミステリやねん。
その中でゲーム内TIPSとして展開されるのが「お約束講座その1〜10」っていう自己ツッコミ装置。ミステリのお約束を主人公が自分で律儀に解説していく。「探偵役は身内」「死体は最後に発見される」「凶器は意外なもの」「真犯人は最初に登場した人物」みたいな、いわゆるノックスの十戒系のミステリ作法を、本編進行中にメタとして突っ込みながら進む構造。
これがおもろいねん。だってミステリのお約束を律儀に並べたら、その時点で本作のオチも逆算できてしまうやん。お約束「真犯人は最初に登場した人物」って言われたら、客人の中で最初に出てきた人を疑うことになる。お約束「凶器は意外なもの」って言われたら、何でもありの可能性が出てくる。プレイヤーは「お約束を覚えてるな」って思いながら推理せなあかん。メタとマジメの両方を要求される。
そして真犯人は信長本人。試金石として光秀と仕組んだ茶番やった。「お約束に従えば、客人の中に犯人はおらん」っていう逆方向のオチに着地する。お約束講座その1〜10は全部、プレイヤーをミスリードするために配置されてた装置やったわけや。これなんかすごい設計やと思う。「ミステリの定型を律儀に列挙→定型を裏切るオチ」っていう構造を、ゲームのTIPSという機能を使って成立させてる。2000年のPSタイトルで、こんなメタ装置を組み込んでた作品はそうそうない。コメディ9点の最大の根拠はここや。
光秀=笹原十兵衛のオチ——ここは笑えへんかった
究極編の本当のラストの話。これだけは笑いの軸では語れん。
密室ミステリのオチ(信長の茶番)が解けた後、究極編の本当のラストで真相が明かされる。月光の庭で光秀が消えていく。光秀の正体は未来人「笹原十兵衛」やった。主人公と同じ、現代からタイムスリップしてきた人間。それぞれ別の主家のために、それぞれ別の歴史を作ろうとしていた。結果、笹原十兵衛は歴史改変の代償として「歴史から消える」運命を背負うことになる。
光秀は「歴史は、もはや私一人の力ではどうにもならぬ程に変わってしまった……貴方さえいなければ、私は自分の罪を償うことができたのに」って告げて消えていく。直後、秀吉が「光秀……? そんな名の武将、織田家におったかのお?」って言うねん。歴史から消えた、っていうのは、誰の記憶からも消えるっていう意味やった。
……これは笑えへんかった。9系統135エンドの中でずっと「現代知識で戦国を渡る」っていう前向きな話やってきたのに、究極編で「現代知識で戦国を変えるってことは、誰かの存在を歴史から消すこと」っていう代償を突きつけてくる。タイムスリッパー同士の対話やからこそ、二人とも理屈は理解してる。理解した上で、片方が消える。
うちはこういうシリアスのとこは語彙が足りひんから多くは言わん。けど、コメディ9系統の物量の中にこの真相を仕込んでおいて、ラストでだけ重さを出す——っていう構成は、シリアスとコメディの落差として効いてた。お約束講座でメタミステリとして遊ばせた直後に、こっちの真相を本気で殴ってくる。これは脚本のリズムとして気持ちええ。「コメディシーンの後に感動シーンがあり、落差が効いてる」のがうちの好きなパターンやから、この究極編はホンマもんやった。
鈴音「ボク、友だちっていなかったからさ」——海賊編の沁みる一言
うちが個別ヒロインで一番好きやったんが鈴音やねん。
海賊編の鈴音は能島村上頭領の娘で、「ボク」って自称する少年口調の女の子。明るくて勝気で、海賊の頭目候補として育てられてる。初対面の主人公にも友達感覚でぐいぐい来る。
その鈴音が海賊編・洞窟道中の場面で、ふと「ボク、友だちっていなかったからさ」って言うねん。一行だけや。それだけで明るく振る舞ってる影が見える。海賊頭領の娘やから周囲はみんな部下扱いで、対等な友達がいなかった。この一言で鈴音のキャラに深みが出てくる。
こういうキャラ造形、雑じゃないんよ。明るいキャラを明るいだけで終わらせない。一行だけ、本人にしか言えへん影をちゃんと書く。脚本がキャラを愛してる感がある。鈴音が好きになったのはこの一行のせいやった。海賊編の他のシーンも全部こいつ可愛いな〜って読めた。
海賊編には3パターンのあいさつ選択肢(「ノックする」「ドアを開ける」「ドカーンとドアを蹴りあけた」)があって、最後の「蹴破る」を選ぶと「ないに決まってるじゃないか」って続いてエンドに行く。これも笑った。普通こんな選択肢ないやろ。海賊編は鈴音のキャラの良さと、選択肢のボケの破壊力が両方詰まってて、9系統の中でもうちの一押しやった。
7.5——コメディ装置の本気度に乗せた評点
改めて7.5の根拠はこうや。
コメディ9点を支えてるのは、商人編「3WAYショット」、覇道編「顔で刀を受けとめた」、究極編「お約束講座その1〜10」っていう3つの本気の装置。「ボケで作品を壊さない範囲で、最大限ふざける」設計が9系統に散りばめられてる。この感じ、当時の市場で似たことやってる作品ぱっと思いつかへん。これを評価せんわけにはいかへん。
テンポ7に止めたのは、9系統135エンドという物量の中で、編によって密度がばらつくから。覇道34エンド・宗教13エンドは数のわりに各エンドが薄い場面がある。「とりあえずエンディング数水増ししとこか」感の出てる場面が、編によってはある。商人編・海賊編・究極編はテンポええんやけど、覇道編は半分くらい流し読みになってもうた。
ヒロイン魅力7は、12人もいる中で特定の一人にめっちゃ刺さるっていうより、「全員バランスよく可愛い」タイプやったから。鈴音は別格やったけど、それを除いたら全体の平均値の話になる。
キャラ間の関係性8は、秀吉・信長・半兵衛・官兵衛・小六・勝家っていう織田家のメンツが王道編でちゃんと立ってて、戦国群像劇として読みごたえがあったから。それと究極編で全ヒロインが集まる場面の掛け合いも、9系統の積み重ねがあるからこそ機能してた。
総合7.5。コメディ装置の本気度と物量の長短を相殺した位置や。9系統135エンドはまだ全部見れてへん。それでも全部見たい、って思える時点で、うちにとってこの作品は当たりやったってことやと思う。
「3WAYショットを戦国の鉄砲戦術提案に並べて、覇道編で『顔で刀を受けとめた』を真顔の選択肢として出して、究極編でお約束講座その1〜10というメタミステリ装置を組んでくる作者がおった。コメディ装置の狙い方がホンマもん。最後にタイムスリッパー同士の対話で殴ってくるオチまで含めて、9系統の物量に意味があった作品やった。」
— チエ
