マルチナのレビュー — 誰彼 -たそがれ-

マルチナ
マルチナ
歴史の生き証人
7.2/10
7.2 / 10

名作になりそこねた。じゃがなろうとしていた地平は本物じゃった。

2001年2月、Leaf大阪チームの三本目。盗作騒動の逆風が吹く中、よりにもよって異色作で勝負に出た作品じゃ。帝国陸軍強化兵を主人公に据えた野心と、和風伝奇とSFが同居する依代町の世界観は、わしの500年の蔵書を当たっても代替が利かぬ。テキストの粗さは見えておる。それでも構想の鋭さに7.0は妥当な評点じゃ。発売の翌週に大阪日本橋で買って、25年置いてから棚から出した——その二度の出会いを重ねて、わしはこの点を付ける。

スコア詳細

文章力 6
設定独自性 9
伏線回収 5
ヒロインの魅力 6
歴史的意義 8
尖り 9

業界じゅうが注目しておった。そして——あの月の空気ごと、わしは覚えておる。

2001年2月9日、Leaf大阪開発チームが世に問うた三本目。ErogameScapeの中央値は60点、なりそこね名作のタグが10件——25年経った今でもその位置に立ち続けておる作品じゃ。

誰彼。漢字で「誰彼」と書いて「たそがれ」と読ませる。日が暮れて人の顔が見分けにくくなる時刻——和語で「誰そ彼(たそかれ)」と問うた古語が原典じゃ。題名の段階で、和風と昏さの匂いを纏わせておる。主人公は坂神蝉丸。大日本帝国陸軍の特殊強化兵で、仙命樹という微細生命を体に宿し、敗戦間際に石棺に封じられた男。50年眠って、平成の鏡間市依代町で目覚める——そういう導入じゃ。

ヒロインは5人——三井寺月代砧夕霧桑嶋高子杜若きよみ石原麗子。Hシーンあり、ボイスなし、フルテキスト。ジャンルは「アクティブドラマタイズノベル」を自称しておる。覆製身(クローン)というテーマが作品の核に据えられておるが——詳しくは、本文で順を追って話すとしよう。

わしはこの作品を、発売日の翌週に大阪日本橋で買った。覚えておる。理由は簡単じゃ——わしは500年生きとる。Leafが次に何を出すか、その都度確かめる。それがわしの流儀じゃ。あの月の空気、店頭の置かれ方、葉鍵板の温度——全部その場に立ち会った。当時の業界の空気を知っておるのは、ぎゃるげらぼの中ではわしだけじゃろうな。

このレビューでは、当時の記憶と再プレイの印象、その二つを重ねながら話していく。評点はその両方の上に乗っておる。個別ルートの結末や、誰が誰の何であるかには立ち入らん。それはクリア後にとっておく。ここで話すのは、構造と雰囲気と、業界史の中での位置じゃ。

当時の記憶——三重苦を背負って出てきた異色作

2001年2月。あの月の空気は、今でも覚えておる。

雫・痕の系譜を引くLeaf大阪チームが、次に何を出すのか。葉鍵板の期待と疑念は半々じゃった。というのもな、発売のほんの少し前に盗作騒動が起きておった。痕のおまけシナリオで盗作が見つかり、Leafそのものへの信用が足元から崩れかけておった時期じゃ。ブランド買いしておった連中も動揺し、葉鍵板の空気は相当に悪かった。「Leafは終わった」という言葉が真顔で飛び交っておった、と言えば伝わるかの。

その中で——よりにもよって、こんな異色作が世に出たのじゃ。

石棺から目覚める坂神蝉丸。大日本帝国陸軍の特殊強化兵。50年の封印。目を開けた先は鏡間市依代町——和風伝奇とSFを正面から混ぜた近未来都市じゃ。2001年のエロゲー市場でこの題材を選ぶ者は、わしの知る限りおらんかった。「恋愛ADV」と銘打ちながら、出てきたのは旧軍の亡霊と覆製身を巡る業の物語じゃ。……おお、と思った。これは挑戦しとるな、と。

じゃが、板の反応は冷たかった。テキストの癖——同じ語義を重ねる書き方、「感じている感情は」のような重複表現が感感俺俺としてネタ化された。ライターの竹林明秀は板で超先生と呼ばれるようになり、半ば嘲笑の的じゃった。盗作騒動の直後というタイミングも重なって、作品そのものが冷静に読まれる前に、ブランドへの不信の余波を一身に受けて処理されてしまった、と言うほうが正しいかもしれん。

そのうち、大阪某ショップで誰彼100円という値付けが出たとかいう噂が流れた。事実かどうかはわしにも確かめようがない。ただ——そういう語られ方をした作品じゃった、ということじゃ。盗作騒動の逆風、テキストのネタ化、投げ売りの噂。三重苦を背負って出てきた異色作。BugBugの2001年セールスランキングでは4位に入っておったから、売れなかったわけではない。じゃが「正当に読まれたか」と問えば、答えは否じゃ。あの頃のことは、今でも少し苦い記憶として残っておる。

そして——竹林明秀は2003年に急逝した。誰彼の発売から、わずか2年後じゃ。

わしはその報せを聞いた時、しばらく黙っておった。感感俺俺と笑い、超先生と呼び、100円投げ売りを面白がった板住人たちは——あの時どう思ったのじゃろうな。葉鍵板にも追悼の書き込みはあったが、それまでの嘲笑と追悼が同じ板で並んでおる光景は、正直に言えば居心地の悪いものじゃった。じゃがな、それも含めてあの時代の空気じゃ。わしは責めはせん。ネット掲示板とはそういう場所じゃし、竹林本人もそれくらいは織り込んで仕事しておったじゃろう。

ただ、死によって作品の評価が変わるべきではない。竹林もそんなことは望んでおらんじゃろう。じゃから、わしは作品そのものの話をするとしよう。25年経って読み直す——という、わしにしかできん読み方でな。

設定と世界観——25年置いて読み直して、なお代替不能

設定独自性に9を付けた。これは何百本と読んできたわしの基準でも、ほぼ最高の評点じゃ。

依代町の空気はの、今読んでも代替が利かぬ。神道地名で固めた架空の街、岩場の社、夜の路地の昏さ——ここには確かにこのライターにしか出せない匂いがある。鏡間市依代町、神渡町、その他の地名の選び方を見ても、これは適当に名前を並べた作品ではない。「依代」とは神道で神霊が降りる対象を指す語じゃ。「神渡」も神の通り道を意味する語感を持つ。地名一つ一つに含意を込めて街を組み立てておる——この水準の世界構築は、2001年の市場では稀じゃった。

仙命樹という独自概念も大きい。血に宿る微細生命が超治癒と不老不死を与える、という設定じゃが、これを単なる「便利な力」として処理せず、覆製身というテーマと絡めて作品の核に据えた。クローンという題材は2001年のエロゲー市場で扱おうとする作家がほぼおらんかった領域じゃ。生命とは何か、魂とは複製可能か——この問いをエロゲーの文脈で正面から掲げた野心は、業界史の中で記録に値する。

主人公の設計も尖っておる。坂神蝉丸は「プレイヤーの分身」型の主人公ではない。自分の名前と来歴と過去を持った男じゃ。50年前に石棺に封じられた帝国陸軍強化兵——この設定をプレイヤー名前変更可能の透明な箱に入れることをせず、固有名詞のまま物語の中心に置いた。この選択は2001年のエロゲーとしてはかなり踏み込んだ判断でな、Hシーンの設計から日常会話のトーンまで、すべてが「蝉丸という男」を前提にして組まれておる。プレイヤーが乗り移るのではなく、プレイヤーが立ち会う物語じゃ。

5人のヒロインの配置も悪くない。月代と夕霧は学園パートの軸、高子は診療所、きよみは蝉丸の50年前の因縁、麗子は街の医師——機能の重ならん配置になっておって、ルートごとに違う依代町の顔が見える。ヒロイン同士の関係性も練られておる。クリア後に詳しく語るが、5本通すと依代町という街そのものが立体的に立ち上がってくる仕掛けじゃ。

歴史的意義に8を付けた根拠は、ここまで述べた設計の野心を、2001年というタイミングで投入したという一点に尽きる。盗作騒動の直後、ブランド全体への逆風の中で、Leaf大阪チームはこの題材をこの形で世に出した。エロゲーの文脈で帝国陸軍人体実験と覆製身を組み合わせた作品は、前にも後にもこれだけじゃ。実装が追いついたかは別の話としてな——構想の鋭さだけは別枠で評価せねばならん。設計思想と実装能力の乖離。誰彼という作品は、その両方を抱えたまま世に出てしまったのじゃ。

テキストの功罪——粗さと閃きが同居する

文章力に6を付けた。これは当時よりむしろ厳しくなった評価じゃ。

問題は明確にある。一人称と三人称の視点が段落の途中で切り替わる箇所がいくつかある。口語と文語が脈絡なく混在する。そして例の重複表現——感感俺俺と笑われたあれじゃな。制御されたスタイルというよりは、制御し切れなかった結果に見える箇所が多い。今の目で読むと、推敲の甘さが目につく場面が増えた。当時は「クセの強いライターじゃ」で済ませておった部分も、今は「クセではなく未整理じゃ」と判定せねばならん。25年の時間は、テキストには容赦ない。

じゃが——全部が悪いわけではないのじゃ。ここが厄介なところでな。蝉丸の独白が力を持つ場面は確かにある。50年前の記憶と現在が交錯する文脈で、言葉に重さが乗る瞬間がある。問題はそれが持続せんのじゃよ。強い場面と粗い場面の落差が激しすぎる。ムラじゃ。才能のムラ。閃きと未整理が同じ章の中に並んで出てくるから、読んでおる側もリズムを掴みにくい。

感感俺俺については、再プレイして一つだけ気付いたことがある。あの重複表現は、蝉丸の独白文脈に置かれた時だけ、半ば自己確認の機能を果たしておる場面がある。50年眠って目覚めた男が「自分が今感じている感情は」と確かめながら言葉を紡ぐ——そう読めばおかしくない箇所もあるのじゃ。じゃがそれは結果論で、ライター本人がそこまで設計して書いておったかは怪しい。地の文や他キャラの台詞でも同じ癖が出ておるからな。「狙いではなく癖が、たまたま機能した」というのが正直なところじゃろう。

伏線回収は5にした。中央値ぴたりじゃな。匂わせは多いが、引き切らんものが多い。物語の本筋に関わる核心部分は回収されておる——そこは確かじゃ。じゃが脇に置かれた要素のいくつかは、置き去りのまま終わる。匂わせて引かんものが多すぎる。「全部は引き切らんかった」のは事実じゃ。「片方を回収して片方を放置」と言うほど一方的ではないが、5は妥当じゃろう。具体的にどの伏線が、というのはクリア後に挙げるとしよう。

ヒロインの魅力には6を付けた。日常パートでの掘り下げが浅いヒロインもおるし、ルートによって熱量に明確なムラがある。重力の強いヒロインが二人、中庸が二人、もう一人は意図的に距離を取って配置されておる——そういう構成じゃ。平均で6、というのがわしの肌感覚じゃ。誰がどの位置に立っておるかは、クリア後に名前を出して話すとしよう。

総括——残るか、残らないか

「残るか残らないか」。わしの最終判断はいつもこれに帰着する。

誰彼は——残る。ただし、名作としてではない。

「あの時代にこういう試みがあった」という記録として残る。依代町の世界観、坂神蝉丸という主人公像、覆製身というテーマ、5本のルートが描いた依代町の異なる断面。それらは代替不能じゃった。テキストの粗さも、伏線の置き去りも、すべて含めた上で——この作品はエロゲー史の中の一つの証言じゃ。

尖りは9じゃ。これはわしの中でも高い。何百本と読んできたが、2001年の市場にこの題材をこの形で投入した作品は他にない。雫・痕の系譜の上に乗りながら、伝奇SFと和風と帝国陸軍人体実験の記憶を一枚の絵に重ねた——構想の尖り方が異常じゃ。実装が追いつかなかった——それは事実じゃ。承知の上で、構想の鋭さだけは別枠で評価せねばならん。これがエロゲーラボのレビュワーの仕事というやつじゃろうな。

Leafの大阪チームは、この後ほどなくして解散していく。雫・痕に続く期待作として送り出された誰彼が、結果として大阪チームの「最後の野心」として残ってしまった。これはの、業界史の中に置くと相当に重い位置じゃ。「ここで何かが終わって、何かが始まらなかった」という分岐点に、誰彼は立っておる。歴史的意義8の半分は、この立ち位置の重さから来ておる。

「名作になりそこねた」——そう評されることが多い。わしもその評に半分は同意する。じゃが、「なりそこねた」の裏側にあったもの——なろうとしていたものの大きさを、わしは忘れたくないのじゃ。

— マルチナ

時代の産物じゃな、と切り捨てるのは簡単じゃ。じゃが、時代の中で尖り続けた作品を「産物」で片づけるのはわしの流儀ではない。100円の値札を貼られようと、感感俺俺と笑われようと、この作品が挑んだ地平は確かにあった。それを見なかったことにはせん。

7.0。

竹林明秀が2001年に遺したものへの、わしなりの評点じゃ。今の水準で見れば甘いところだらけの作品。それでも、構想の鋭さと世界観の骨格に嘘はなかった。25年経ったわしの目で読み直しても——まだあった、と呟ける場面がいくつか残っておった。それだけで十分じゃ。500年生きてきたわしが「まだあった」と呟くに足る何かが、ここには確かにあった。

名作になりそこねた。じゃがなろうとしていた地平は本物じゃった。これがわしの結論じゃ。

ここから先——どのルートのどの場面で「まだあった」と呟いたのか、という具体的な話は、クリア後に詳しく書いてある。プレイ後に開きにきてくれれば、わしも踏み込んだ話ができる。それまでは、ここで一旦区切りじゃ。