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伊頭悦子のレビュー — 誰彼 -たそがれ-

伊頭悦子
伊頭悦子
光岡さんの最期で泣いた女
6.8/10
6.8 / 10

蝉丸って男は信用できる。でも恋愛の順番は、何箇所か狂ってるのよ。

50年前から眠ってて目覚めた男が、いま生きてる女たちを護りながら、過去の女との約束も果たそうとする——その骨は通ってる。アタシが見てる「この男、信用できるか」「この恋愛、現実でも起きうるか」の二つで言うと、前者には合格点を出せる。後者は——半分合格、半分落第。光岡さんと、きよみちゃんと、きよみの弟・裕司さん。あの三人の50年だけは、アタシの涙腺が言うことを聞かなかった。

スコア詳細

主人公の一貫性 7
ヒロインの人間力 7
恋愛の積み上げ 5
序盤の引力 8
感動と後味 8
密度とボリューム 6

常連さんに言われたの——「50年眠ってた男の話がある」って

2001年にLeafから出たADVよ。

戦争中に軍に改造されて、石棺に封じ込められた男が主人公。目覚めたら50年経ってて平成だった——という話。その男が、依代町という街で今の時代の女の子たちと関わっていく。攻略対象は5人で、それぞれルートが分岐する恋愛ADVよ。

アタシがこれをやったのはね、うちの常連さんに「50年眠ってた男が主人公の恋愛ゲームがある」って聞いたのよ。ゲームの話は普段あんまり真剣に聞かないんだけど、「50年眠ってた」っていう部分だけ引っかかって。50年って長いでしょ——その間に世界がまるごと変わる。昭和の男が平成の女の子と向き合う時に、何を思うのか。そっちが気になったの。

催淫とか覆製身とか、細かい設定は後から知ったわ。やってみたら「恋愛ゲーム」より「人間ドラマ」に近い部分がたくさんあって——まあ、それは本文で話すわ。

この男、信用できるか——蝉丸って人について

最初に主人公の話をするわ。アタシが一番気にする部分だから。

坂神蝉丸って男は——信用できる。アタシの中ではそう。50年前の戦争で人体改造を受けて、石棺に閉じ込められて、目覚めたら世界がまったく変わってた。普通そんな目に遭ったら拗ねるか狂うかするのよ。それなのにこの男は、目の前の女の子たちを淡々と護ろうとする。50年前から「護る」という一点だけは持ってきた。腹が据わってる、っていうのはこういう男のことを言うのね。

気に入ったのは「魂は複製できん」というセリフ。月代がきよみのクローンだとわかった後で出てくる言葉なんだけど——「お前はきよみかもしれん。しかし、お前は月代だ」と言える男は、現代でも少ないのよ。アタシの常連さんでね、別れた前の奥さんの面影を新しい奥さんに重ねて、結局その新しい奥さんに逃げられた人がいてさ。そういう男が世の中の半分なのよ。蝉丸はそれをしない。「目の前の人間を、目の前の人間として見る」——これができる男は、信用していい。

……ただね。アタシが一個だけ引っかかってるのは、この男、「護る」と「愛する」の区別がついてないかもしれないということ。元軍人だから、目の前で困ってる女がいたら反射的に護ろうとする。でもそれは愛情じゃなくて、責任感とか義務感に近いのよ。月代に対しても、高子に対しても、夕霧に対しても、「護る」が先に来て「愛する」が後から付いてきてる。順番が逆なのよね、本当の恋愛は。でも、まあ、こういう男もいるわ。誠実だから順番は問わない、ってアタシは思うことにした。

ヒロインたちのこと——四人ぶん、順番に

ヒロインを四人、一人ずつ見ていくわ。アタシは「この子、ちゃんと自分を持ててるか」で見るのよ。可愛いとか可愛くないとかじゃなくてね。

杜若きよみ

杜若きよみ——50年前の蝉丸の恋人で、ずっと眠り続けてる女。会話できないキャラなのに、この子の輪郭は誰よりはっきりしてた。そういう書き方ができるのよ、いいライターは。「どうかわたしを狂わせてください。蝉丸さんの血で」と自分から望むシーン——あれが効いてた。受け身じゃないの、この子は。眠ってる間も意志を持ってる。50年待ってても、自分から動ける女よ。アタシはこういう子が好きなの。

三井寺月代

三井寺月代——蝉丸を見つけた女の子。明るい子で、でも背負ってるものは重い。「あたしはきよみさんのコピーだ」って事実を突きつけられた時の動き方が、いい。泣いて、逃げて、戻ってきて、自分の足で立つ。これができる子はちゃんと大人になれる子よ。蝉丸が「お前は月代だ」と言ってくれたのは、この子にとって救いだったでしょう。アタシのいとこの娘がね、ちょうどこの子と同じ年頃で、自分が誰かの代わりに生まれたんじゃないかって悩んでた時期があってさ——まあ、その話はいいわ。とにかく、月代は立ち直り方を知ってる女の子。それだけで合格よ。

桑嶋高子

桑嶋高子——アタシ、この子のことが一番気になったの。誠実すぎて損するタイプ。世話焼きで、自分のことを後回しにして、相手のことばっかり考える。スナックのカウンターで30年やってると、こういう女の子はだいたい一番先に傷つくのよ。蝉丸が「永遠に生きるからここには留まれない」と告げる場面で、高子が言うセリフ——「別れても、ずっとずっと忘れなくなるような、思い出をください」。あれを聞いた時、アタシ、画面の前で「ああ、この子……」って言っちゃった。こういう女、いるのよ。「自分が幸せになるより、相手の記憶に残ることを選ぶ」女。誠実なんだけど、誠実すぎて損する。アタシが一番心配したのは月代でもきよみでもなく、この子。

砧夕霧

そして砧夕霧——内気でおっとりした子で、月代の親友。この子に関しては、後の項目で書くわ。アタシが一番引っかかったのはこの子のところだから。

催淫っていう仕掛けが、恋愛の順番を狂わせる

ここはね、アタシが正直に「気に入らない」と書く部分よ。

この作品には催淫っていう仕掛けがある。蝉丸の血が異性に触れると、相手が自制を失って発情しちゃう——という設定。アタシはエロゲーの仕掛けとしてこれを評価するつもりはないわ、それはエレナちゃんの仕事だから。アタシが見てるのは別のところよ。恋愛の順番として、これが正しいかということ。

夕霧との初Hシーンを思い出してほしいの。あれは、蝉丸が御堂を追ってる最中に、たまたま夕霧の上に御堂の血が降りかかって、夕霧が催淫状態になって——という流れだった。事故なのよ、つまり。お互いの感情が積み上がってのHじゃなくて、世界の事情で発情した女の自慰を、男が「処女を守る」という建前で半分付き合った。それが二人の最初の身体的な交流。

……これね、アタシの中では引っかかるのよ。だってその後、夕霧と蝉丸の関係が深まる場面で、いつも頭の片隅にあの夜のことがあるでしょ。夕霧本人は罪悪感を抱えるし、蝉丸も「あれは事故だった」って言い訳しながら関係を進める。恋愛の順番が、最初の事故で狂ってるのよ。順番が狂った恋愛は、その後で何をしてもどこかぎこちない。アタシ、何百回この種のすれ違いをカウンターで聞いてきたか。

その点、きよみと蝉丸は別なの。きよみが「蝉丸さんの血を、わたしにくださいませ」と自分から望んだ。順番が逆になってる。事故で発情したんじゃなくて、自分の意志で「狂わせて」と申し出た——これは催淫を恋愛の道具に変えた瞬間よ。同じ仕掛けでも、誰がボタンを押すかでまったく違うものになる。アタシが恋愛として認められたのはきよみだけ。夕霧と高子と月代のところは、設計の都合に流された場面が混ざってる。

序盤の掴みと、中盤のだれ場

アタシ、序盤で掴まれないと続けられないって何度も書いてるんだけど。

誰彼の序盤は、掴みは強い。これは認めるわ。50年眠ってた男が石棺から出てくる、目の前にいるのは自分の知らない時代の少女、自分の身体には記憶のない傷がある——この導入はいいのよ。読者がいきなり「この男は何者なのか」「これからどうなるのか」を知りたくなる。8点を付けた理由はここ。最初の30分で「やめる」という選択肢が消える作品は、アタシは高く評価するわ。

問題は中盤よ。共通ルートが長くて、依代町の日常描写が水増しに見える時間帯がある。蝉丸が町を散策して、町の人と話して、また散策して——という章があるんだけど、その時間に何か積み上がってたかと言われるとね……アタシが「もうちょっと削れたでしょ」と思った場面が三、四箇所はあった。長くても密度があれば文句は言わないのがアタシの基準。でも誰彼は長い割に、中盤に空白が多い。密度が6点しか付かなかったのはそこ。

ただ、終盤に入ってからのギアの上がり方は本物よ。御堂の正体、犬飼の動機、覆製身の三体——次々と仕掛けが開かれていく。ここから先はもう閉じる気にならない。序盤で掴んで、中盤でだれて、終盤で取り戻す。三幕構成として理想的じゃないけど、終わってみれば「読んでよかった」と言える形にはなってた。

光岡さんのこと——歳をとると涙腺が緩くていけないね

ここから先は、アタシが画面の前で泣いた話よ。

きよみのトゥルー、時を越えてのラスト近く。光岡悟さんが死ぬ場面。あの人ね、50年間ずっときよみの弟・裕司さんと一緒にきよみを介護し続けてきた人なの。きよみのことを姉のように、いや、もっと深いところで想ってきた。それを誰にも言わずに、ただ介護し続けて、寿命が来た。

その光岡さんが息を引き取るほんの少し前——眠っていたきよみが、最後の力を振り絞ってこう言うのよ。「悟さん、愛してる……わ……」と。50年間誰にも言えなかった言葉を、相手が死ぬ瞬間に届ける。光岡さんはそれを聞いて、安心したように逝った。

……ここでアタシは泣いたの。歳をとると涙腺が緩くていけないね。何が刺さったかってね、これは「言いたかったけど言えなかった言葉」の話なのよ。アタシのスナックでもね、亡くなった旦那さんに最後まで「ありがとう」と言えなかった奥さんの話とか、出ていった父親に「会いたい」と言えなかった娘の話とか——ああいう「届かなかった言葉」の話を、何百回聞いてきたか。だから「届く瞬間」を見せられると、アタシは弱いの。こういう瞬間のためにエロゲーってあるんだって、初めて思った。

50年って長いのよ。一人の人間を50年介護するっていうのが、どれだけ重いことか。アタシは弟の裕司さんが一番偉いと思った。あの人がいなかったら、きよみは死んでた。光岡さんも50年待った。蝉丸も50年眠ってた。みんな50年なのよ、この話は。だから刺さるのよ。

— 伊頭悦子

あとね、犬飼っていう男のこと。あの男は最低なの——きよみへの執着で覆製身を三体も作った研究者で、人間として何かが欠けてる。でも最後の覆製きよみが死ぬ瞬間に、彼女が「あたしは……あなたに振り向いて欲しかった」と言うのよ。それを聞いた犬飼が、初めて自分の中の愛情を認める。遅すぎる愛情の自覚。これは現実でも、ある。アタシのお客さんでね、奥さんが入院して長くないってわかってから初めて「俺はあいつを愛してたんだ」って言い出した男がいてさ——遅いのよ、と本当は言いたい。でも遅くても認めるほうが、認めないより千倍マシ。犬飼の最後はそういう話だった。あの男、最後だけは人間に戻れた。

総評

6.8。これがアタシの結論よ。

主人公の蝉丸は信用できる男だった。腹が据わってて、目の前の人間を目の前の人間として見られて、自分の役目を放り出さない。この男はいい男ね。ただ、「護る」と「愛する」の区別が最後まで曖昧だったのは引っかかる。一貫性は7点。これは譲らない。

ヒロインたちは——四人とも自分の足で立てる女だった。きよみは眠ってても意志があったし、月代は自分の存在の根を揺さぶられても立ち直れた。高子は誠実に身を引いた。夕霧の出発点だけは納得がいかないけど、それは夕霧の責任じゃない。人間力としては7点。

恋愛の積み上げに5点しか付けなかった理由は、もう書いたわ。催淫システムが順番を狂わせた場面が多すぎるから。きよみだけは順番を逆にして自分から望んだから救われた。他の三人のところは、感情の積み上げが行為に追いついてない場面がある。アタシの基準ではそこは譲れない。

でも感動と後味で8点。光岡さんの最期、きよみと裕司の50年、犬飼の遅すぎた自覚——あれを書ける作品はそう多くない。歳をとると涙腺が緩くていけないって二回も言ったの、今回が初めてかもしれない。それだけ揺さぶられた。

恋愛なんてそんなもんよ、きれいなだけじゃないから刺さるの。誰彼は半分が嘘くさくて、半分が本物だった。本物の半分が、ちゃんと届いた。それで6.8。アタシは満足してる。

— 伊頭悦子

序盤で掴んで、終盤で泣かせて、間に少しだれ場があって、設定の都合で恋愛の順番が狂う場面がいくつかあって——でも光岡さんの最期だけは、アタシの中に残ってる。50年待った人たちの話を、ちゃんと書けてた。それで十分よ。アタシは閉じる時に「読んでよかった」と言えた。それ以上を求めるのは、アタシの仕事じゃない。