由綺ちゃんが「冬弥君の為に、歌うんだから」って部屋を出るとこ、アタシは「歳をとると涙腺が緩くなっていけないね」って言うしかないわ。あとは女たち全員、ちゃんとしてた。冬弥だけが、ダメ。
ここからはネタバレ全部いくわよ。由綺ルートの『音楽祭』当日朝の別れ、美咲ルートのクリスマスイヴ分岐から春先の『WHITE ALBUM』を一緒に聴く街、弥生の「契約」関係の異質さ、マナの独り立ち、はるかの2エンド、理奈の引退。それぞれを「現実の人間」として読んで、アタシなりに評価したわ。冬弥への厳しい目は変わらないわ。
スコア詳細
由綺ルート——「冬弥君の為に、歌うんだから」
最初に由綺ルートのラストから。これは絶対に話しておきたいのよ。
由綺ちゃんが緒方英二って自分のプロデューサーに「愛してる」って告白されちゃうのね。で、キスも許しちゃう。それを冬弥に泣きながら告白する。「気がついたら私…私、緒方さんと…キス…してて…。抱きしめ…られてて…」って。アタシのお客さんでね、似たような話で泣きながら告白してくる子がいたのよ。仕事先の上司に押されちゃって、彼氏に申し訳ないって。これね、女の側から告白するの、めちゃくちゃ勇気要るのよ。隠したい本能と、隠せない誠実さの戦いで、誠実さが勝ったってこと。由綺ちゃんは女として腹が据わってるわ。
その夜、由綺ちゃんは冬弥の部屋に駆け込んで、初めて結ばれる。冬弥は「俺は、由綺を愛してるからだ。本当の姿のままの由綺を、愛することができるからだ。ブラウン管なんか通すことなしに」って地の文で考える。この「ブラウン管」って言葉が、この作品の背骨なのよ。これね、内語ではいいこと言ってるのよ。だから余計にアタシは思うわ——それを言葉にして由綺ちゃんに言いなさいよ、って。心で思ってても伝わらない。男って謝れないでしょ、口に出せないでしょ。アタシ、カウンター越しに何百回聞いてきたか。冬弥は誠実な内語の持ち主だけど、その誠実さを言葉にできない男なの。
翌朝、由綺ちゃんが「冬弥君の為に、歌うんだから…!」って言って部屋を出ていく。物語ここで終わるのね。『音楽祭』本番は描かれない。あれ、ライターは賢い選択したわよ。本番で勝つか負けるかじゃなくて、由綺ちゃんが「冬弥のために歌う」って自分で意味付けして部屋を出る、その瞬間で切る。これが正しい終わり方。由綺ちゃんは戦いに勝つ前に、自分の中で勝ってる。それで十分なの。
由綺ちゃんは「待つだけの女」じゃなかった。最後まで自分で動いた。冬弥に依存もしてない。冬弥との関係を、自分の歌の意味として使ってる。これは、年取った女から見ても、立派な選択。歳をとると涙腺が緩くなっていけないね。まあ、この子はちゃんと自分の人生を生きるわよ、これからも。
美咲ルート——「裏切り」の後に残るもの
美咲ルートの話。これはね、冬弥への怒りと、書き手への敬意が両方湧くルート。
クリスマスイヴ=由綺ちゃんの誕生日=由綺ちゃんのライブ当日。冬弥が「由綺のライブを諦めて美咲を呼ぶ」を選ぶ。これね、現実だったらアタシは冬弥にビンタしてるわよ。「行きなさい! 由綺ちゃんの大事な日でしょ!」って。でもライブを諦めるのね、この男。
美咲は手作りチーズケーキ持って来て、「私……初めて…だから……」って処女を捧げる。事後に「だって、私、藤井君のこと……好き…だから…」って告白する。美咲の側はね、ピュアな恋愛なのよ。誠実に冬弥を好きで、誠実に身を捧げてる。問題は冬弥なの。Hシーンの最中に冬弥の地の文で「映像が白く霞み麻痺してゆく頭の中で、一瞬だけ美咲さんの顔に由綺の顔が重なった気がした」って書かれてる。読んだ瞬間アタシ、本にビンタしたわよ。「あんたねぇ! 美咲を抱きながら由綺の顔重ねるってどういうことよ!」って。
その後、美咲が由綺ちゃんに全部告白する。これがまた美咲らしいのよ。「私……いいんだ…」「だから、ね、藤井君…」「戻ってこなくたって……よかったのに…。約束なんか…」って身を引こうとする。自分から由綺ちゃんに告白して、自分から身を引こうとする。優しすぎる、この子。アタシのいとこの娘でね、似たタイプの子がいたわ。完璧に見えるのに自分を持てない子。最終的に「私なんか…放っておいて…よかったのに……」って言いながら誰かに頼っちゃう。美咲はそれ系統の人。
由綺ちゃんが「結局、私、冬弥君を、嫌いになんてなれないから…」って身を引く。「私、冬弥君が、ずっとずっと、私の側にいてくれるんだと勘違いしてた」「自分が成功すればするほど、冬弥君ももっともっと私を好きになってくれるなんて思いこんじゃって…」って自分を責める。違うのよ由綺ちゃん、悪いのは全部冬弥だから! あんたは何も間違ってないから!
エンディングが、美咲と冬弥が春先の街でミュージックショップに行って、由綺と理奈のコラボアルバム『WHITE ALBUM』を取り上げて、「一緒に聴きましょ…」って言って二人で歩く。これね、構造として残酷なのよ。由綺ちゃんが歌ったアルバムを、由綺ちゃんを裏切った二人が一緒に聴く。これからもずっと、由綺ちゃんの声が二人の生活の中に流れる。「裏切り」を完了したあと、由綺ちゃんは消えない。二人の幸せの中に居続ける。これを最後のアイテム配置で書ききった作者は、覚悟があったわね。中途半端なハッピーエンドにしなかった。「裏切りには代償が永遠についてくる」っていうのを、由綺ちゃんの歌っていう物理的な形で残す。これは認めるわ。
弥生ルート——「契約」って関係を、現実から考える
弥生ルートの話。これは別格扱いするしかないルート。
弥生さんが冬弥に対して、車内で一方的な性的奉仕——シートベルトに縛りつけて、パイズリとフェラチオ——を仕掛けてくる。連続射精させる。冬弥は「強姦されてる気分だったけど、それでも俺の心を占める感覚は、理不尽にも、快感だった」って地の文で書く。読んでて、これは普通の恋愛じゃないわよ、って思った。
でも次に弥生さんが全部告白する。「私、これまで誰かを好きになった事がございませんでした」「由綺さんにお会いするまでは…」って。「処女を捧げた相手なのに、何の感情も、何の愛情も感じられず…ただ……嘘寒くて…」「それから、悪戯半分に女性の方々と愛し合うことを覚えました」って。決定的な一言が「私は、由綺さんを愛しております」「彼女を抱きたい、とも、何度も思いました。一つになりたい、と。自分が女性だろうと男性だろうと」。さらに「私は、藤井さんに嫉妬しました。恋人ということで、ではなく、彼女にとって必要な存在ということで…」って動機を全部明かす。
これでアタシ、理解した。弥生さんは由綺ちゃんを愛してる女で、由綺ちゃんに直接届かない自分の愛情を、冬弥っていう「由綺ちゃんに必要な存在」を経由して処理しようとしてる。「契約」って言葉でこの関係を呼んでるけど、本質は「届かない愛のための代理交換」なのよ。これね、アタシのカウンターでも見たことないタイプだけど、人間の感情としては理解できる。誰かを愛しているけど届かないとき、人はその周辺の人物に異常な執着を持つことがあるの。それが性的な形を取ることもある。
クリスマスイヴに冬弥のアパートで弥生さんが冬弥の乳首を責めて手淫だけで3回射精させるシーン、これね、男女の役割が逆転してる。「藤井さんの身体…女性の方みたいですね…」って弥生さんが言う。冬弥は事後に泣いて、「…弥生さん……俺のこと、好き…?」って訊く。弥生は「いいえ」って答える。「キスしていい?」「ええ…」で終わる。
このシーンを「異常」と切り捨てるのは簡単。でもアタシは、これを「届かない愛の処理の仕方の一つ」として書ききった作者を評価したわ。1998年にこれ書いた人、覚悟があるわ。普通の恋愛ものなら絶対に避けるパターン。弥生さんは最後に「藤井さんも、独りぼっち。私も独りぼっち」って互いの孤独を確認しあって終わる。これが救いがないように見えて、実は二人にとっては「自分の状態を言葉にできた」っていう小さな救いではあるのよ。本人たちが認め合った瞬間にだけ、孤独は少しだけ楽になる。アタシは年取ってからそれを知った。
あとね、弥生さんの「私、冬は好きですわ」って何気ない一言が、共通会話の世間話で出てきて、後で同じ言葉を冬弥のアパートで雪を見上げて呟くシーンがある。「冬が好き」って言葉が二回出てくることで、弥生さんが「自分の好きなもの」を持ってる人間だってのが示される。「ロボットみたいな女」「人形」って言われてた弥生さんが、唯一「自分の好きなもの」を口にできるのが「冬」。これは細部だけど、アタシはこれだけで弥生さんを「ちゃんと血の通った人間」として認められた。歳をとると涙腺が緩くなっていけないね、こういう細部に。
マナルート——「絶対に、藤井さんのところに行くんだから」
マナの話。この子は強い子よ。
マナの家庭崩壊の告白シーンがある。風邪で寝込んだ冬弥の部屋でマナが「私、家族なんて、いないから…」って漏らす。「父さん、仕事で外国に行ってるから」「ママなんか、家にいないから…いつも仕事であちこち出かけてて、家になんか帰ってこないから…」「ママは、それでも帰って来ない。代わりに、私に間抜けな家庭教師を一人つけただけ…」って。15、16の子の言うことじゃないわよ、これ。家庭教師=「監視役」って自分で気づいて皮肉る賢さも、孤独な子の早熟さよね。アタシのいとこの娘がね、そっくりな子で——その子も中学のあたりから親が単身赴任で一人っきりだった。早く大人になるしかない子だった。
マナルートでマナが処女を捧げる夜が来る。「藤井さんで…よかった…」「私、ファーストキス…」って言う。これだけ聞くと普通の純愛シーン。でもマナが由綺ちゃんが冬弥の恋人だと知ってしまうと、「私が、お姉ちゃんの恋人を取っちゃうわけにはいかないでしょ?」「私、誰も裏切りたくないもの…」って自分で身を引く。
マナにとって由綺ちゃんは「お姉ちゃん」。家族のいない子にとっての、唯一の疑似家族。それを自分のために壊せないって、自分で決める。これがマナの強さよ。家族がいない子は、家族の代わりを大事にする能力を、ものすごく早く身につける。マナはそれ。
で、マナは独居マンションに引っ越して、「大学に行く…。ほんとに、独りで暮らす…」って自立を選ぶ。引っ越しの車内で「絶対に、藤井さんのところに行くんだから…覚悟してなさいよ…」「私が来るまで、せいぜいお姉ちゃんとラブラブしてなさいよね、藤井さん…!」って笑顔で別れる。
これがね、アタシには「絶対行かないんだろうな」の意味に聞こえる。子どもの強がり。大人になって自立して、その時はもう冬弥のところには行かない。本人がいちばんそれをわかってるから、笑顔で言える別れの言葉。アタシ、こういう別れを実際に見てきたわ。「絶対」って言葉を本気で信じてる別れは、たいてい「絶対」じゃない。でも、その瞬間に「絶対」って言いきる力が、人を前に進ませる。マナは前に進む側の人になる。それを冬弥は受け止めるだけで、何も決められない。マナの方が大人。それは確か。
はるかと理奈——身を引く二人と、自分で選ぶ女
残り二人の話。短めに。
はるかのエンディングは2バージョンある。1個目が、共同浴場で冬弥と結ばれた後、「行かなきゃ」「どこに?」「…由綺のとこ」って自転車で去って、冬弥を由綺ちゃんのところに送り出すバージョン。これね、はるかが少ない言葉しか喋らない子だからこそ刺さる。三言だけで、自分と冬弥と由綺ちゃんの関係を全部整理する。「冬弥」「ん?」「うん」しか喋らない子の最大の発話が、自分の恋愛を終わらせる三言。これは美しいわよ。
2個目が、春先の青空エンド。「目…潤んでるよ…?」「ん…? 風…強いからね…」っていうお互いに涙を隠す会話があって、口づけして終わる。「冬弥」「うん」で締める。両方のバージョンが、はるかという子の幅を示してる。「身を引く」も「身を引かない」も、両方できる子。これは女として見ても、強い造形よ。
理奈は『音楽祭』で最優秀賞を獲った直後に引退宣言する。海辺で冬弥と再会して結ばれる。理奈ちゃんが「冬弥君って、すごいのね…。喫茶店と、TV局と、それに家庭教師でしょう…?」「私って、これしかなかったから…」「ひょっとしたら、別のいろんな世界だってあったのかな、なんて…」って独白するシーンがあるの。これね、若くしてキャリア背負った人の典型的な「もしも」よ。アタシの常連さんでね、若い頃にミュージシャン目指して家族と縁切りして上京した人がいてね、晩年に「家族を持つ人生もあったかな」って言ってたわ。それと同じ。理奈ちゃんが冬弥に惹かれたのは、冬弥自身というより「歌手じゃない自分」の象徴としての冬弥。だから引退の選択につながる。これは現実感ある。
理奈ちゃんが別バージョンで雪の駅で偶然冬弥と再会して、クリスマスツリーの下でキスして「日本だと、キスはスキャンダルのしるしだものね、まだ。…感謝のしるしじゃなくて。だから…こんな風に、ね…」って言うシーンも好き。理奈ちゃんの口から「スキャンダル」って言葉が出ること自体が、彼女の人生の質感を伝えてる。アタシは理奈ちゃんは、別ルートでアイドル続けてる選択肢の方が好きかな。「私は戦うわよ、全力で」って由綺との『音楽祭』勝負を語る理奈ちゃん、本物だったから。
冬弥への最終判定
全ルート読み終わった上での、冬弥の判定。
冬弥は最後まで、自分から決めない男だった。由綺ルートでは由綺ちゃんが部屋に駆け込んでくるのを待った。マナルートではマナが「藤井さんで…よかった…」って先に許してから抱いた。はるかルートでもはるかが「冬弥」「ん?」って決めてから動いた。美咲ルートでも美咲が手作りチーズケーキを持ってきたのを受け止めただけ。弥生ルートに至っては、弥生さんが一方的に仕掛けてきたのに乗ったまま終わった。理奈ルートでも、理奈ちゃんが引退してから海辺で会いに行った。
冬弥が能動的に動いたシーンって、ほぼないのよ。地の文で「俺は、由綺を愛してる」「俺は、こんな美咲さんから離れなきゃいけないのかな…」みたいな内語ばっかり。男って謝れないでしょ、決められないでしょ。「気持ちはある、でも動けない」のパターンよ。アタシのカウンターでも何百回見てきた。だいたいこういう男は、年取ってから後悔するの。
もちろん、これは作者の意図的な造形なんだろう、ってことは作品を読み通すとわかる。冬弥が動かないからこそ、ヒロイン側が「自分で選ぶ」シーンが書ける。マナが「お姉ちゃんの恋人を取っちゃうわけにはいかない」って自分で身を引くのも、はるかが「由綺のとこ」って自分で去るのも、由綺ちゃんが「冬弥君の為に、歌うんだから」って自分で意味付けするのも、冬弥が動けないからこそ成立する。ヒロイン中心の物語にするための、視点人物としての空っぽさ。
その意図はわかった。だからアタシは冬弥に5点はつける。0点や1点にはしない。「ダメ男だけど、ダメ男が必要な物語だった」っていう一点は評価したわ。ただ、アタシの個人的な好みからは絶対外れる。「もうちょっと腹を据えなさいよ」って何回つぶやいたかわからない、それがアタシの正直なプレイ感覚。
6.8——女たちの物語として読むなら、点はもう少し高い
最終評価。
主人公の冬弥はダメ。それは譲らない。序盤の長さと攻略の作業感もきつかった。救われたのは、すれ違いが続くテーマの強さと、ヒロイン6人の造形の本物さと、1998年にこの女たちを書ききった覚悟。冬弥への不満を抱えたまま、ひっくるめて6.8。
でもね、本作を「女たちの物語」として読むなら、もう少し点数を上げてもいいと思ってる。由綺ちゃんが自分の歌を「冬弥のため」と意味付ける強さ。美咲が完璧な優しさで自分を破滅させる危うさ。弥生さんが届かない愛のための「契約」を発明する執念。マナが疑似家族のために身を引く早熟さ。はるかが少ない言葉で自分の人生を選ぶ静けさ。理奈ちゃんがアイドルを捨てる潔さ。6人とも、自分の人生の中で動いてる女たち。冬弥は彼女たちの「自分で選ぶ」を可能にするための、空っぽな視点人物として置かれてる。
こういう作品はね、現代の恋愛ものではあんまり書かれない。「ダメ男主人公」を成立させるためには、ヒロインを強く書かなきゃいけない。両方やりきった作家は、なかなかいない。1998年の作品で、ここまで腹を据えて女を書いた人がいたっていうのは、覚えておく価値あるわ。
アタシのお客さんに「ママ好きだろ」って勧めてくれた常連さんに、お礼言わなきゃね。「アンタの言う通りだったわ。ダメ男にずっとキレてたけど、女たちが本物だったから読み切れたよ」って。それが正直な感想。6.8。それ以上は、冬弥のせいでつけられない。
