由綺ルートと弥生ルートが対極にあって、その距離がこの作品の振れ幅だ。冬弥の弱さは、ヒロイン側に決定権を渡すための構造だった。
ネタバレあり版では、6人のヒロインルートそれぞれの結末が、テーマ「会いたいときに会えない」をどう変奏しているかを見ていく。とくに由綺ルートの『音楽祭』前夜と当日朝の構造、美咲ルートのクリスマスイヴ分岐と『WHITE ALBUM』を聴く春、弥生ルートの「契約」関係が物語の中で果たす対比、マナと由綺の「お姉ちゃん」配置、はるかの2つのエンディングの分岐の意味について。冬弥の煮え切らなさが「設計」だと言える根拠も、ここで詳しく示すことになる。
スコア詳細
由綺ルート——『音楽祭』前夜と当日朝の構造
トゥルー想定の由綺ルートから。ここの構造が他の全ルートのベースラインになる。
由綺ルートの決定点は、緒方英二の囲い込みに耐えかねた由綺が冬弥の部屋に駆け込んでくる夜だ。直前に由綺は英二から「愛してる」と告白されキスを許してしまっている。「気がついたら私…私、緒方さんと…キス…してて…。抱きしめ…られてて…」と冬弥に泣きながら告白する。ここでHシーンに突入する流れは、設計として正しく組まれている。
注目すべきは、Hシーンの直前に由綺が「胸…小さいし…。身体だって…そんなに綺麗なかたちしてないし…」と自虐を漏らす場面だ。アイドル森川由綺の自評である「ステージ衣装は確かに身につけるけど、由綺のイメージが大きく変わってしまうってものじゃない」「特別可愛いとかじゃないから、スタジオとかにいないと誰だか判らないんじゃない?」と地続きの自己認識だ。冬弥が地の文で「俺は、由綺を愛してるからだ。本当の姿のままの由綺を、愛することができるからだ。ブラウン管なんか通すことなしに」と独白する。「アイドル森川由綺」と「冬弥にとっての由綺」を切り分ける作業が、Hシーンの中で完結する設計になっている。
そして翌朝、由綺は「冬弥君の為に、歌うんだから…!」と部屋を出て『音楽祭』に向かう。物語はここで終わる。『音楽祭』の結果(最優秀賞は理奈・由綺は2位)は他ルートで語られるが、由綺ルートでは結果を描かない。「冬弥のために歌う」と決めた瞬間で切る。これは結果から目を逸らしているのではなく、「アイドルとしての勝敗」と「一人の女としての帰結」を別建てにする設計だ。ここを「投げっぱなし」と読む人もいると思う。私は、選び方として誠実だと読んだ。
美咲ルート——「裏切り」を起点に置く設計
美咲ルートの構造は、由綺ルートの裏返しになっている。
分岐点はクリスマスイヴ=由綺の誕生日・ライブ当日の夜だ。冬弥は由綺のライブを諦めて美咲を自室に呼ぶ。美咲は手作りチーズケーキを持参してくる。「私……初めて…だから……」と処女を捧げる。事後に美咲は「だって、私、藤井君のこと……好き…だから…」と告白する。ここまでは普通の初夜だが、冬弥の地の文に「映像が白く霞み麻痺してゆく頭の中で、一瞬だけ美咲さんの顔に由綺の顔が重なった気がした」が差し込まれる。Hシーンの中で「これは由綺の代替だ」と書ききっている。
この設計は重い。能動的な裏切り——由綺の人生で最も大事な夜を放棄して、由綺が信頼している先輩を抱く——を、冬弥の選択として描く。後に美咲は由綺に全てを告白する。「私……いいんだ…」「だから、ね、藤井君…」「戻ってこなくたって……よかったのに…。約束なんか…」と身を引こうとする。由綺は「結局、私、冬弥君を、嫌いになんてなれないから…」と笑顔で去る。最終的に美咲と冬弥は『WHITE ALBUM』——由綺と理奈のコラボアルバム——をミュージックショップで取り上げ、「一緒に聴きましょ…」と一緒に聴く春先の街を歩いて終わる。
このエンディングの構造が巧い。由綺の歌が収録されたアルバムを、由綺を裏切った二人が一緒に聴く。物理的に由綺の声が二人の生活の中に居続ける設計だ。「裏切りは完了したが、由綺は二人の中から消えていない」という残酷さを、最後のアイテム配置で書ききっている。これは正直、設計としてやられたと思った。「裏切りエンド」を「裏切りの後に何が残るか」まで描くために、『WHITE ALBUM』というタイトル曲がアイテムとして必要だった。タイトル選びまで含めた設計だ。
弥生ルート——「契約」関係が物語の極北になる
弥生ルートだけは、他とは設計の性質が違う。
篠塚弥生は由綺の専属マネージャー。共通ルートでは「ロボットみたいな女」「全く感情の見えない」と冬弥に評される。弥生ルートに入ると、彼女は冬弥に対して一方的な性的奉仕——車内でシートベルトに縛りつけられた状態でのパイズリ・フェラチオ——を仕掛けてくる。冬弥は「強姦されてる気分だったけど、それでも俺の心を占める感覚は、理不尽にも、快感だった」と地の文で告白する。
その後、弥生は自分の過去を全告白する。「処女を捧げた相手なのに、何の感情も、何の愛情も感じられず…ただ……嘘寒くて…」「それから、悪戯半分に女性の方々と愛し合うことを覚えました」。そして決定的な一言——「私は、由綺さんを愛しております」「彼女を抱きたい、とも、何度も思いました。一つになりたい、と。自分が女性だろうと男性だろうと」。さらに「私は、藤井さんに嫉妬しました。恋人ということで、ではなく、彼女にとって必要な存在ということで…」と冬弥への動機まで明かす。
その上で「私は、藤井さんを愛してはおりません」と明言したまま身体だけを差し出す関係——「契約」——が成立する。クリスマスイヴ夜の冬弥のアパートでのシーンが特に異質で、弥生は冬弥の乳首を責めて手淫だけで連続3回射精させる。「藤井さんの身体…女性の方みたいですね…」と冬弥を女役扱いする。冬弥は事後に泣いて、「…弥生さん……俺のこと、好き…?」と訊く。弥生は「いいえ」と答える。「キスしていい?」「ええ…」で終わる。
1998年時点でここまで書いた作品は珍しい。同性愛感情・愛情なき契約・男女役割逆転・連続射精・拘束。「読者を選ぶ」という評は、主にこのルートを指していると思う。だが構造として読むと、このルートは由綺ルートの完全な反転として配置されている。由綺ルートが「ブラウン管を通さない由綺」を確認する物語なら、弥生ルートは「ブラウン管の向こうにいる由綺を愛する女と、ブラウン管のこちら側で由綺の代理を引き受けてしまう男」の物語だ。二人とも由綺を巡って動いていて、二人とも由綺を持てない。「藤井さんも、独りぼっち。私も独りぼっち」という相互確認で終わる。本作の振れ幅の極限が、ここにある。
マナ・はるか・理奈——身を引く設計の三変奏
残り三ルートには共通の構造がある。ヒロイン側が自分で身を引く、という設計だ。
マナは家庭崩壊した高校生だ。父は外国、母は不在。「私、家族なんて、いないから…」と冬弥に告白する。マナルートではマナが冬弥に処女を捧げる夜が来るが、由綺との関係を知ったマナは「私が、お姉ちゃんの恋人を取っちゃうわけにはいかないでしょ?」「私、誰も裏切りたくないもの…」と身を引く。その上で独居マンションへの引っ越しを決め、「絶対に、藤井さんのところに行くんだから…覚悟してなさいよ…」と笑顔で去る。マナの引き方は「由綺の妹」役を引き受けた上での選択だ。マナにとって由綺が「お姉ちゃん」である関係性そのものが、彼女の選択の根拠になっている。
はるかには2バージョンのエンドがある。共同浴場で結ばれた後、はるかは別バージョンでは「行かなきゃ」「どこに?」「…由綺のとこ」と自転車で冬弥を由綺のところに送り出す。もうひとつのバージョンでは初春の青空の下で口づけする。「目…潤んでるよ…?」「ん…? 風…強いからね…」とお互いに涙を隠す。前者は身を引くエンド、後者は受け入れるエンド。同じ条件に対して2つの解を用意することで、はるかというキャラの幅を提示している。マナと違って、はるかは「自分のために選ぶ」「他人のために選ぶ」の両方ができる人物だ、と設計で示している。
理奈は『音楽祭』最優秀賞獲得直後に引退宣言する。「あれから理奈ちゃんの引き起こした騒ぎは容易には収まらなかった」と地の文が後日談を語り、数か月後に海辺で再会する。引退・芸能界からの離脱・水着姿で「いつまでだってここにいたい感じね…」と笑う理奈——「人気を二分するトップアイドル」を脱ぐ選択。これは由綺ルートの裏返しの構造だ。由綺はアイドルを続けたまま冬弥のために歌う。理奈はアイドルを捨ててから冬弥に会いに来る。「アイドルでいながら愛するか」「愛するためにアイドルを捨てるか」の二択を、由綺と理奈の対比で描いている。
三人とも、決断するのはヒロイン側だ。マナは由綺を尊重して引く。はるかは自分で選択肢を持つ。理奈は自分でキャリアを捨てる。冬弥はどのルートでも、決断する側ではなく、ヒロインの決断を受け止める側に置かれている。これが冬弥の弱さの構造的役割だ。
冬弥の煮え切らなさは、ヒロインに決定権を渡すための装置
ここで改めて主人公の構造を整理しておきたい。
冬弥はどのルートでも能動的な選択ができない。由綺ルートでは由綺が部屋に駆け込んでくる。美咲ルートでは美咲が手作りチーズケーキを持って来る。弥生ルートでは弥生が車内で行為を仕掛けてくる。マナルートではマナが「藤井さんで…よかった…」とファーストキスを許す。はるかルートでも、はるかが自分で結末を選ぶ。冬弥が能動的にしたことといえば、クリスマスイヴに「由綺のライブを諦めて美咲を呼ぶ」という裏切りの選択だけだ。そしてそれですら、選んだのはプレイヤーであって冬弥本人ではない、という構造になっている。
この設計は「主人公が空っぽな器であることで、ヒロイン側に物語の能動性を渡す」という発想だ。冬弥の人格を強くすると、ヒロイン側の決断が「冬弥の人格に応答する形」に縮減される。冬弥を弱くすることで、ヒロイン側が「冬弥がどう動くか」ではなく「自分はどう動くか」を考えざるを得なくなる。マナの「お姉ちゃんの恋人を取っちゃうわけにはいかない」も、はるかの「由綺のとこ」も、理奈の引退も、由綺の「冬弥君の為に、歌うんだから」も、全部ヒロイン側の選択として書かれる。
つまり本作の真の主人公は、各ルートのヒロイン側だ。冬弥は視点人物としてだけ存在している。これに気づいて読み直すと、各ヒロインのセリフの重さが変わる。たとえば由綺が「冬弥君、私の他に、誰か好きな人って…、いるの…?」と『音楽祭』前夜に問う場面、これは由綺が冬弥に答えを委ねているように見えるが、構造的には「冬弥がどう答えるかではなく、自分がどう動くか」を彼女が決めるための問いだ。冬弥がどう答えても、由綺は最終的に自分の決断で動く。
主人公の造形評価は5のままだ。設計の意図はわかったが、体験としては「冬弥に乗って物語に入る」のがどうしても難しい。視点人物に意志がないと、プレイヤー側も意志を預ける場所がない。一人称ADVで主人公の人格を空にする設計は、賭けが大きい。ここは設計として理解した上で「賭けに勝ちきれていない」と判断した。
セリフ配置の細部——三つだけ
最後に、特に印象に残ったセリフの設計について三つだけ。
一つ目。緒方英二の「いずれ、勝負はつくさ」「感情は抑えておけよ、青年」。冬弥に対する挑発として読めるが、ネタバレ版で読むと、これは英二自身が由綺に惹かれている告白でもある。弥生が冬弥に「ご覧になってお判りになりませんか? ああ見えて、緒方さんも由綺さんに心惹かれておられる方のお一人なのですよ」と告げて、英二の挑発の意味が遡って書き換わる。「勝負」という単語の主体が変わる瞬間だ。
二つ目。弥生の「私、冬は好きですわ」。共通会話の「自然」レベル1という、ほとんど世間話に近い文脈で出てくる一言。前後の文脈では何も意味を持たない。だがクリスマスイヴに冬弥のアパートで雪を見上げて再びこの一言を呟くシーンで、共通ルートの世間話が回収される。「無表情な弥生が、雪と冬だけは好きだ」という細部を、共通ルートで先に置いておく丁寧さ。
三つ目。マナの「藤井さんで…よかった…」「私、ファーストキス…」。冬弥側はこれを「処女ロスの肯定」として受け取っているが、マナの「藤井さんで…よかった…」という言い方は、由綺の初夜の事後の「冬弥君で…よかったって思う…」と完全に対応している。同じ言葉が、姉妹のように配置された二人の少女から、異なる文脈で発せられる。マナが由綺を「お姉ちゃん」と呼ぶ関係性が、セリフのレベルでも反映されている。
こういう細部の設計が、本作の文体の核だ。説明されない、解かれない、ただ配置されているだけのセリフが、後で別の場面と響き合う。原田宇陀児の文体の特性が、これを成立させている。文章力・描写力に8をつけた理由はここにある。
7.4——設計としては誠実、体験としては忍耐
ネタバレ版でも総合評価は変えない。
全ルート読み終えた上で、本作の設計は「『会いたいときに会えない』というテーマを、システム・主人公の弱さ・ヒロイン側の能動性・タイトル曲のアイテム化、という四層で支えている」と要約できる。一つ一つは強くないが、四つの層が同じ方向を向いている。一貫性として珍しい。
ただし全ルートを攻略するためのプレイ負荷は重い。パラメータ管理のランダム性、長い共通ルート、煮え切らない主人公、ビタースウィート寄りの結末群。「全部読み切ったら設計が見える」が、そこに到達するまでに脱落させる要素も多い。設計を読み切るための忍耐力を要求してくる作品で、その忍耐力を払えるなら確実に得るものがある。
由綺ルートのテーマ的完結度・美咲ルートの『WHITE ALBUM』アイテム配置の見事さ・弥生ルートの「契約」関係の振れ幅。この三つだけでも、設計を読む人間には十分な収穫だ。私の評価は7.4で動かない。設計の方向性に同意できる人、ヒロイン側の決断を読みたい人、原田宇陀児の文体に耐えられる人——この三条件を満たす相手にだけ強く勧める。
