tapetum lucidumという固有名詞から始まる、唯一無二の作品である。
ぼくがこの作品を評価する一番の理由は、田中ロミオというシナリオライターの特殊性にある。商業小説家としても活動する希少な書き手が、エロゲーという媒体で適応係数や群青学院という独自の装置を組み上げ、それを破綻させずに走り切った。文章力が突出しているわけではない。だがCROSS†CHANNELの独自性と奥行きは、ぼくが知る限りこの時期のADV作品の中で頭ひとつ抜けている。
スコア詳細
タペタム、という実在する名前
主人公・黒須太一の眼に形成されている異常な反射層、タペタム。これ知ってた? ぼくも最初にプレイした時は架空の用語だと思っていたのだが、調べてみるとtapetum lucidumというれっきとした学術用語が実在する。猫科動物や夜行性哺乳類の網膜後方にある反射層のことで、暗所で猫の眼が光って見えるのはこの組織のおかげらしい。「光る絨毯」というラテン語の意味も洒落ている。
面白いのはここで、田中ロミオはこの実在する解剖学的概念をそのまま太一の異常性として持ち込み、夜目がきく、そして祠のゲートを観測できる、という能力に転用している。完全な造語で押し切る作家も多い中、実在の専門用語を引っ張ってきて作品の根幹に据えるという選択には、書き手の知的態度が透けて見える。読み手が後から辞書を引いて「これ実在するんだ」と驚けるよう仕込まれた仕掛けである。
田中ロミオという書き手について
田中ロミオは、エロゲー業界の中でも極めて異質な経歴を持つ書き手だ。山田一名義での活動を経て、その後は一般文芸の商業小説家としても作品を発表している。エロゲーライターから商業小説に転向した例は数えるほどしかなく、田中ロミオはその希少なケースのひとりである。
面白いのはここで、文章力そのものは飛び抜けて高いわけではない。語彙が華麗でもなければ、リズムが完璧というわけでもない。だが構成力と思考の射程が異常に長い。ぼくが文章力に7点をつけている理由はそこにある。一文の美しさで読ませる作家ではなく、設計図の精度で読ませる作家なのだ。CROSS†CHANNELの文体に独特の癖を感じる人は多いだろうが、それを差し引いても作品全体の骨格が突出して頑丈である。
唯一無二の装置、群青学院
ぼくが一番評価するのは、群青学院という舞台装置の発明である。適応係数が一定値を下回る少年少女を一箇所に集めて隔離する高校、という設定。これだけ聞くと能力者バトル物の前振りに聞こえるが、CROSS†CHANNELは適応係数を「他者と並んで生きていけない度合い」というネガティブな指標として扱う。優れている故に隔離されているのではなく、社会に組み込めない故に隔離されている。この反転が利いている。
適応係数という単一のパラメーターで、登場人物全員の歪みと過剰さに統一感を持たせている設計の巧みさ。冬子の46という低数値、太一の80超という突出。一本の物差しで全員の異常性を整理してしまう構成は、調べてみると2003年前後の同時期ADVには類例が少ない。群青学院という発明だけでCROSS†CHANNELの独自性は確定していると言っていい。
ループの哲学と七香の意味
七香の正体が太一の実母の幻像である、という設定。出産直後に死亡した母親が、自転車に乗った少女の姿で太一の傍に現れ続ける。面白いのはここで、田中ロミオは七香を単なる感傷的な装置として置いていない。幻像という存在を、物語の因果律の外側にある観測者として機能させている。本来の時空に存在しない者だからこそ、ループする世界の中で太一に「最古の記憶」を反復して問い続けることができる。
「最古の記憶は」というモチーフが冒頭、中盤、そして真エンドで合計3度繰り返される構造は、調べてみると音楽でいう三部形式に近い。提示・展開・再現。同じ問いが三度立ち上がる度に、その意味が読者の中で書き換わっていく。七香の「愛してるよ、太一」「ごめんね……それだけしか残してあげられなくて……」というセリフが効くのは、彼女が因果の外側にいる存在だからである。残せるものが少ない者の言葉だから重い。これは構造的な必然であって、感情演出の小手先ではない。
永遠の放送者、という結末について
真エンド「永遠の放送者」。太一だけが祠を通って送還されず、ループする世界の中で放送を続ける。「生きている人、いますか?」という最後のセリフ。これ知ってた? このセリフは少なくとも三通りの読み方ができる。一つ目は、誰もいない世界に向けた純粋な呼びかけとして。二つ目は、太一自身がもう「生きている」側に属していないことの告白として。三つ目は、ループに気づかず日常を送る読者全員への問いかけとして。多義性が一文の中に畳み込まれている。
面白いのはここで、太一が送還されない理由が「適応係数が高すぎる」という冒頭設定にきちんと回収されている点である。社会に適応できない者を集めた群青学院の中で、太一一人だけが過剰適応者であり、だからこそ最後に残される。整合性の取り方が見事だ。文章力を7点に留めた理由を最後に補足しておく。田中ロミオの文体は、地の文に独特の散漫さと過剰な修辞が混じる癖がある。それは作家の指紋でもあるのだが、読み手を選ぶ。だが構造の強度がその欠点を完全に押し流す。ぼくがCROSS†CHANNELに9.0という評価を与える根拠は、そこにある。
