笑かしにきたんか、泣かしにきたんか。両方やった。両方ガチやった。
春原を吹っ飛ばして、秋生と張り合って、ことみの自己紹介で笑かしてくる学園パートのコメディが本物やった。ボケの質がキャラごとにちがうから最後まで飽きひん。そのうえで、後半に向けて笑いと涙の落差をちゃんと設計してくる。「笑える日常系か」と思って起動したら、笑いの土台のうえに重たいものを乗せてくる作品やった。コメディの完成度で8.2や。
スコア詳細
笑かしにきたんか、泣かしにきたんか
プレイしたのはPC版。「家族の話の名作がある」くらいの前情報で起動した。
主人公は岡崎朋也くん。口が悪くて、遅刻常習で、いわゆる「不良」と呼ばれてる高校3年生や。坂の下の学校で、ある朝、ひとりで立ち尽くしてた同学年の少女・古河渚さんと出会う。渚さんが妄想の誰かに「この学校は、好きですか」って問いかけてた——という、わりと静かで詩的な入りやった。
渚さんは長いこと病気で休んでて、留年して、過ごし慣れたはずの校舎に居場所をなくしてる。その渚さんが廃部になった演劇部を復活させようとしてて、朋也くんがなんやかんやで巻き込まれていく。そこから親友の春原陽平くん、双子の藤林姉妹、天才少女の一ノ瀬ことみさん、元番長の坂上智代、星形のヒトデを彫り続ける不思議な伊吹風子ちゃん——と、坂の上の学校と坂の下の町で出会いが増えていく。
で、結論から言うと——これ、コメディがめちゃくちゃおもろい。「家族の話」とか「泣ける」とか聞いて構えてたのに、起動して春原くんが出てきた瞬間からずっと笑かしにくる。笑かしにきたんか泣かしにきたんか、序盤はわからんかった。両方やった。それも両方ガチやった。
春原をいじり倒すテンポ、これが本作のエンジンや
この作品の笑いのエンジンは、まちがいなく春原くんいじりや。
うちが一番好きなのは、朋也くんが「世界は滅びた」設定を勝手にこしらえて春原くんを乗せていくやつ。寝起きの春原くんに「ああ。立体映像なんだ」「ああ…春原、おまえはあれから100年眠り続けていたんだ」って吹き込んだら、春原くんが「つーことは…ここって、100年後の未来なのかよ…」って素直に乗っかる。ボケに対してツッコまずに乗ってくる相方やから、朋也くんのボケが無限に伸ばせるねん。この相性が全部やと思う。
命名ボケのキレも好きやった。「アオテナガフクロオオスノハラモドキ!」って言って、自分で「青くて手が長くて袋を持ってて大きい春原のモドキなんだ」って解説して、さらに「って、モドキじゃないオリジナルで十分怖ぇよっ! ってツッコミたくならんか?」まで言う。ボケ・解説・セルフツッコミを一人で完走してる。後で同じネタを春原くんに振ったら「覚えられんぐらいわけわからんわっ!」「ならねぇし、だからってなんなんだよっ!」って返ってくるの、ちゃんと回収になってて気持ちいい。
「春原という男は、あの時死にました…」「今ここにいるのは、あなたにお仕えする、ただのお茶くみなのです」って春原くんに言わせてお茶を入れさせるくだりも、芝居がかったテンポがそのまま笑いになってる。朋也くんのボケの引き出しが多いから、春原くんという一人の素材を何通りにも使い回せる。「キャラをおいしく使う」の教科書やわ。
智代の物理的な強さと、ことみのズレ。ボケの質がちがう
ヒロインの笑いの作り方が、キャラごとに全然ちがうのもこの作品のええとこや。
智代のおもろさは「物理」やねん。転校してきて女子と疑われた智代が「触って確かめてみればいい」って言って、朋也くんが頬をつまんで「柔らかくて温かい。本物だ」って確認する導入からしてズレてる。極めつけは春原くんを蹴り飛ばして廊下を吹っ飛ばしたあと、「悪い…蹴り返されたら、止めどころがわからなくなってしまった…」ってしれっと言うとこ。本人に悪気がないのに被害がデカいというキャラのおもろさが、一行で立ってる。春原くんが投げ飛ばされて「いや、相手はこっちなんすけど」って言うてるのに容赦ないのも、智代のキャラとして筋が通ってる。
一方でことみさんのおもろさは「ズレ」や。誰彼構わず「こんにちは、はじめまして」「3年A組の、一ノ瀬ことみです」「趣味は読書です」って自己紹介を始める律儀さ。緊張すると「こういう時は、てのひらに人って書いて飲み込むの」「それから、観客は全員カボチャだと思うの」って緊張対策を全部試そうとする。混乱すると「通常トルコ石は含水銅、アルミニウム、燐酸塩などからなり…」って専門用語が機関銃みたいに出てくる。智代が「行動」で笑わせるのに対して、ことみさんは「思考のズレ」で笑わせる。同じ作品に質のちがうボケが共存してるから飽きひんねん。
藤林杏もええ仕事してる。ことみさんのバイオリン発表会で観客を「ちゃ~んと合法的な手段で連れてきた」って言いながら、その客に「耳栓は最後の武器よっ!」って耳栓を売りさばく商売っ気。ことみさんのバイオリンが下手という前提を、別キャラのボケに変換してるのがうまい。
秋生との張り合い、これがいっちゃん笑った
大人キャラのコメディもちゃんと立ってる。うちが声出して笑ったのは渚さんのお父さん・古河秋生や。
娘の婿候補の朋也くんと、いい歳した親爺が本気で張り合うという構図が、まずおかしい。仁科くんに「古河さんのお父さんって、若くて格好いいですね」って言われて「かっ、そうだろそうだろ。惚れろっ、この女どもがっ」って即返すノリの軽さ。朋也くんに用事を頼まれて従ったあとに「って、なんで、俺様がてめぇに顎で使われなきゃならねぇんだーっ!」ってワンテンポ遅れてキレるの、ツッコミのタイミングが完全にコメディや。ボケとツッコミを一人で往復してる。「オッサン」呼ばわりされて朋也くんと張り合い続ける関係そのものが、ずっとおもろい。
風子ちゃんのマイペースもおもろい。「風子、子供じゃないです。どちらかというと、大人びてます」とか、ハンバーグへの執着で「一週間前からみんながハンバーグを頼み続けていたら、なくなりますっ」「冷めない鉄製のお皿で出てきますか」とか。会話が噛み合ってるようで微妙にズレてる感じが、このキャラのリズムとして安定してる。渚さんのお母さん・早苗さんのパンが絶望的に下手という鉄板ネタも、地味にずっと効いてる。
笑いが「ただの息抜き」で終わってない
で、このコメディをここまで高く評価する理由やねんけど。
このゲームの笑いは、ただの息抜きで終わってへんねん。学園パートで渚さんの演劇部を手伝って、春原くんと馬鹿やって、秋生と張り合って、ことみさんや智代と関わって——という「楽しい時間」が、後半に向けてちゃんと積み上がっていく。あんパンの代わりに「フランスパン」って返すしょうもないやり取りから始まった朋也くんと渚さんが、関係を深めていく。この積み上げがあるから、話が重たい局面に入ったときの効きがちがう。
コメディのテンポが速い作品はそこそこある。でも、その笑いが後半の感情の準備になってる作品はそう多くない。この作品は、笑わせてくれた人間たちのことを好きになるから、その人たちに何かが起きたときにこっちの心が動く。笑いと涙の落差で読ませる作品で、その落差を作るための「笑い」がガチやった、という話や。詳しい構造はネタバレあり版に書いた。
……ネタバレなしで言えるのはここまでやけど、後半はちゃんと泣いた。笑わせといて泣かせるの、反則やで。でも、それはそれとして、笑えたのも本当の話や。
正直、序盤と長さは人を選ぶ
手放しで褒めるわけにもいかんから、引っかかった点も言うとくで。
序盤の掴みは、うちの好みからするとちょっと弱い。冒頭が坂下で渚さんが「この学校は、好きですか」って妄想の誰かに問いかけてる、わりと静かで詩的な入りやねん。コメディが本格的に回り始めるのは春原くんが出てきてからで、そこまでに「このゲーム何が始まるん?」って間がある。うちみたいに笑い目当てで起動した人間には、最初の温度が低く感じた。
あと、笑いと涙の落差がデカいぶん、ボリュームもデカい。各キャラと関わって、全部見届けるまで相当かかる。コメディのテンポ自体は速いのに、全体の構造を把握するまでの道のりが長い。「笑えるから持ちこたえられた」けど、笑いが少ない区間で止まる人はおると思う。そこはもったいない区間ではある。
8.2——笑かしにきて、ちゃんと泣かしてきた
8.2をつけた理由はこうや。
コメディが本物やった。春原くんいじりのテンポ、秋生との張り合い、智代の物理とことみさんのズレ——ボケの質がキャラごとにちがうから、最後まで飽きひん。そのうえで、その笑いが後半の感情の準備になってる緩急の設計がきれいに決まってる。笑いと涙の振れ幅でいうと、うちがやった中でもかなり上のほうや。
序盤の温度の低さと全体の長さで満点は付けへん。でも、笑かしにきた人間がちゃんと泣かしにきた。「また読みたい」じゃなくて「読んでよかった」と思えたゲームや。各キャラのコメディがどう後半に効いてくるかは、ネタバレあり版に詳しく書いた。8.2は、うちのなかでは正直な点や。
