伊頭悦子のレビュー — 銀色 完全版

伊頭悦子
伊頭悦子
人間観察30年のスナックママ
7.3/10
7.3 / 10

人間が生きてる作品だったわ。それだけよ。

5章のオムニバスで、章ごとに主人公もヒロインも時代も変わる作品。最初は正直「この男をずっと追いかけたかったのに」って欲求不満があったのよ。でもね、第三章の夕奈っていう姉、あれを読んだ瞬間に「あ、この作品、本物の人間がいる」って思った。スナックのカウンターで30年聞いてきた話と、そのまま重なる怖さがある子だったの。銀子っていう失声症の子の意地もよかった。「代価を払うからこそ価値がある」っていうテーゼも、アタシが見てきた人生と重なるところが多かったわ。7.3はそういう点数よ。

スコア詳細

ヒロインの魅力 8
主人公の造形 7
キャラ間の関係性 8
テーマ・メッセージ性 8
序盤の掴み 6
エンディングの満足度 7

お客さんから来た渋いやつ、が一番刺さった話

きっかけはお客さん。「悦子さんが一番ピンとくると思って」って、わざわざ持ってきてくれたのよ。

うちのカウンターによく来る、もう何年もの常連さんでね。普段は仕事の愚痴ばかり言ってる人なんだけど、その日だけ妙に真面目な顔で「これ、悦子さんに合うと思うんですよ」って。エロゲーをスナックのママに勧めてくる客もどうかしてるんだけどさ、まあ、悪気がないのはわかってるから受け取ったの。それが『銀色』だったわ。2000年に出た作品で、アタシがやったのは2001年の完全版のほう。ねこねこソフトっていうメーカーらしいわね。アタシはそういうの全然詳しくないから、お客さんに聞いた知識を書いてるだけよ。

箱を開けてまず思ったのは、「これ、5章で全部主人公が違うの?」ってことね。第一章「逢津の垰」、第二章「踏鞴の社」、第三章「朝奈夕奈」、第四章「銀色」、第五章「錆」。古代の山賊の話から始まって、貴族、軍人、現代の大学生まで、時代がバラバラなの。アタシ、一人の男を追いかけて「この男、信用できるか」を見るのが好きなのよ。それが5回も入れ替わるって聞いた時点で、ちょっと身構えたのは正直なところね。

ただ、お客さんが言ったのよ。「悦子さん、第三章で絶対止まらなくなりますから」って。だからとりあえず信じて始めたわけ。クリアした今だから言えるけど——あのお客さんの見立ては当たってたわ。第三章で、本当に止まらなくなった。

主人公が5人もいるのよ——でも、みんな本物だった

5人の主人公全部に、それぞれ「こういう男、いるわ」って感触があったのは正直驚いたわ。

第一章の儀助っていうのは山賊の頭よ。荒っぽくて口も悪いんだけど、流れで一緒になった少女に対しては妙に世話を焼く男でね。ぶっきらぼうな男が黙って面倒見ちゃうやつ、いるのよ。本人は照れ隠しで悪態ばかり吐くんだけど、行動は誠実っていうタイプ。うちのお客さんでも、そういうのが何人かいたわ。儀助は儀助で、第一章の中で完結した一人の男として描けてた。

第二章の久世頼人は貴族の青年。線が細くて優しいんだけど、それゆえに肝心な時に手が伸びないところがある男ね。狭霧っていう巫女の子と関わるんだけど、どうにも彼の優しさが裏目に出る場面が多くて、見ていて歯がゆかった。こういう男もいるのよね。悪い人じゃないし、誠実なんだけど、決断のタイミングが半歩遅い。気づいたら手遅れ、っていう。

第三章の鍋島志朗は近代の軍人。佐々井家に下宿して、そこの姉妹に巻き込まれていく男なんだけど——この章は次のセクションでちゃんと書くから、ここでは置いておくわね。

第四章は二人いるのよ。古代の吉備大井跡っていう男と、現代の三井真也っていう大学生。大井跡は腹の据わった男だった。こういう男はね、口数が多くなくても安心感がある。一方、三井のほうは——うん、悪い子じゃないんだけど、もう少し早く動いてほしかったのよ。銀子っていう失声症の女の子の傍にいて、彼女のことちゃんと見てるはずなのに、肝心なところで踏み込まない。アタシが「この子をしっかり見てあげなさいよ」って心の中で何回か言ったわ。

第五章は前半と後半で語り手が変わるのよ。前半はこずえっていう女性の話で、これは……ちょっと、ここでは書かないでおくわ。重い場面が含まれてるから、それは別のところで触れるわ。後半は再び久世が出てきて、これも複雑な配置なんだけど、ともかく「久世」という男が最後にこの作品を締めるのよ。

5人とも、それぞれ別の男として書き分けられてた。これはたぶん、書いてる人が複数いるんじゃないかしらね。アタシそういう業界知識は薄いけど、文章の手触りが章ごとに違う気がしたのよ。それでも、5人ともちゃんと「こういう男、いる」って感触があったのは大きいわ。

第三章の夕奈——この怖さは、わかってしまう怖さ

本作で一番アタシに刺さったのは、第三章の夕奈っていう女性だったわ。

夕奈は佐々井家の姉のほう。妹の朝奈と、下宿してきた軍人の鍋島志朗。基本的にはこの三人の話なのよ。最初は普通に、姉として妹を見守って、下宿人にも親切に接する、しっかり者の姉として描かれているの。アタシも最初は「この子、よく出来た姉ね」って思ってた。でも、章が進むにつれて、夕奈の妹に対する執着の濃度が少しずつ濃くなっていくのよ。

朝奈と志朗の距離が近くなっていくでしょう。それを夕奈が遠くから見てるんだけど——この見方が、だんだん尋常じゃなくなっていく。最初は姉としての心配。次に保護者としての懸念。それがいつの間にか、「妹を取られる」っていう独占欲に変わっていく。この変わり方の自然さがね、年季が入った崩れ方だったのよ。突然狂うんじゃないの。じわじわ、本人も気づかないうちに、輪郭が崩れていく。

こういう人、いるのよ。本当に、いるの。具体的な誰、とは書かないけどね。スナックのカウンターでさ、長く付き合ってる客の家族の話を聞いてると、こういう「家族への愛情が独占に変わってしまった人」の話って、何回も聞くのよ。本人は最後まで「自分は愛してるだけ」って思ってる。それが一番怖いの。悪意がないから、止まらないのよ。

夕奈の描き方で偉かったと思うのは、彼女を「最初から異常な人」として描かなかったこと。前半は本当に普通の、よく出来た姉なのよ。だからこそ、後半の彼女の崩れ方が「あ、こうやって人は変わっていくんだ」っていう実感を伴って読めるの。アタシ、第三章をやってる途中で何回か、知ってる人の顔が浮かんだわ。それくらい近い。

朝奈と志朗の関係の描き方もよかったわ。下宿人の若い軍人と、家の妹。この二人がだんだん近づいていく描き方が、変に焦らないの。ゆっくり、自然に距離が縮まっていく。志朗は誠実な男だし、朝奈はちゃんと自分の気持ちを認めるタイプ。この二人の関係が真っ当だからこそ、それを外から見ている夕奈の歪みが余計に際立つのよ。関係性の対比が効いてるって、こういうことを言うんじゃないかしらね。

第三章は、この作品の中で一番アタシに刺さった章。ここだけでもやる価値があったって、本当に思ってる。

銀子——「自分の声で言いたい」という意地

本作で一番「芯のある子」は、第四章現代の銀子だったわ。

銀子は篠崎あやめっていう本名を持ってるんだけど、現代パートでは「銀子」と呼ばれている女の子。失声症で声が出ない子なのよ。ホワイトボードに文字を書いて意思を伝える。三井という大学生と関わっていく中で、彼女が少しずつ自分の世界を開いていく話が第四章現代パートの軸になってるの。

声が出ない子を恋愛モノのヒロインに据えるって、扱いを間違えるとすごく嫌な感じになるのよ。「守ってあげたい子」みたいな、男から見た都合のいいヒロインに転びかねない。アタシ、最初それを警戒してたの。でも、銀子はそうじゃなかった。守られるだけの子じゃなかったのよ。

彼女がホワイトボードに書く言葉が、けっこう芯があるのね。三井の踏み込みが甘い時にはちゃんとそれを指摘するし、自分が何を望んでいるかを自分の言葉で——いや、文字で——伝えようとする。「声が出ない」っていうハンデを抱えながら、それでも自分の意思は曲げない子なのよ。

そして、彼女の核心にあるのが「自分の声で好きって言いたいから」っていう想いなの。声が出ないなら出ないなりに、文字で伝える方法はいくらでもあるのに、彼女はそこで妥協しないのよ。自分の声で、自分の口から、自分の言葉で言いたい。その意地よ。これがこの子の芯だった。

こういう子がね、アタシは好きなの。可愛いから好きなんじゃないのよ。ちゃんと自分を持ってて、それを諦めない子だから好きなの。三井のほうがちょっと頼りないくらいで、銀子のほうが先に進んでる場面もあるくらい。「この子、えらい」って何回も思ったわ。

第四章の現代パートの空気感は、第一章や第三章のような重さとは違うの。少し青春っぽいというか、軽やかな部分もある。それを「軽い」と言って嫌う人もいるかもしれないけど、銀子の意地が芯にあるから、アタシはこの章は浮ついて見えなかった。

第一章は入りにくかった、正直に言うと

序盤の話、しないわけにはいかないわね。

第一章「逢津の垰」が、アタシにはちょっと入りにくかった。古代の山賊の話で、文体も少し古めかしいの。儀助という男と、名前のない少女の旅の話なんだけど、最初の30分くらいで何度か「これ続くかな」って思ったわ。アタシ、序盤で掴まれないと続けられないタイプなのよ。だから第一章の入口の地味さは、正直キツかった。

悪い章じゃないのよ。クリアした後で振り返れば、第一章には第一章の重さがちゃんとあった。少女の最後の場面なんかは、確かに胸に来るものがあったわ。でも、それは「最後まで進めれば分かる」価値であって、「最初の30分でプレイヤーを引き込む」力ではないの。アタシは「ここで止まる人、絶対いる」って思った。お客さんに勧めてもらってなかったら、アタシも止まってたかもしれない。

第二章で雰囲気が少し変わって、第三章で一気に引き込まれた。序盤の30分と、第三章の冒頭の30分を比べたら、別の作品みたいに感じたのよ。それくらい、第三章の入りは強かった。だからね、もしこの作品を始めて第一章で「合わないかも」って思った人がいたら、せめて第三章まで進んでみてほしいわ。そこでダメなら、相性がないってことだから諦めていいと思うけど、第一章だけで相性を決めないでほしいのよ。

序盤の掴みのスコアを6にしたのは、こういう理由ね。中盤以降の力はあるんだけど、入口で何人かのプレイヤーを逃がしてる可能性が高い構造だと感じたわ。

代価を払う——スナックのカウンターで30年見てきた話と重なる

この作品の核にあるテーゼは「代価を払うからこそ価値がある」っていう一行ね。

世界観として「銀の糸」っていう願いを叶える力が出てくるんだけど、これがタダで願いを叶える便利アイテムじゃないのよ。何かを差し出した分だけ、その分の願いが叶う。代価なしの願いは叶わないし、代価を踏み倒した願いは歪んでしまう。設定としてはファンタジーよ。でも、アタシはこのテーゼを、ファンタジーの理屈としてじゃなくて人生の理屈として読んだのよ。

30年スナックをやってると、いろんな人を見るのよ。本当にいろんな人。お金がある人、ない人、家族に恵まれてる人、孤独な人、恋愛がうまくいってる人、何度も失敗してる人。その全部を見てきて、アタシが思うのはね——本当に大事なものを持ってる人は、必ず何かを払ってるの。何も差し出さずに全部手に入れてる人なんて、見たことがないのよ。

逆に、代価を払わずに何かを手に入れようとして失敗していく人もたくさん見てきた。ラクして恋愛したい、ラクして結婚したい、ラクして幸せになりたい。気持ちはわかるのよ。アタシだって若い頃は同じこと考えてた。でも、世の中ってそうじゃないのよね。何か欲しいものがあるなら、その分の何かを差し出さなきゃいけない。本作のテーゼは、それと同じことを言ってると思った。

『銀色』の各章の登場人物たちは、みんなその「代価」と向き合ってるのよ。代価を払って何かを得た者、代価を払いきれずに歪んだ者、代価を払い終えても救われなかった者。色んな形で、この一つのテーマが描かれているの。地に足ついた人生はきれいじゃないって、本作の作り手はわかってるんだと思う。だからこのテーゼが、説教くさく聞こえないのよ。

テーマのスコアを8にしたのは、ここね。アタシが30年見てきた話と重なる感触が、本作にはちゃんとあった。それだけで十分よ。

7.3——人間が生きている作品だった、それだけよ

トータルで7.3。良かったところと下げた理由を整理しておくわ。

良かったのは、まず人間の描き方ね。第三章の夕奈の独占愛のリアルさ、銀子の「自分の声で言いたい」っていう意地、儀助のぶっきらぼうな誠実さ、大井跡の腹の据わり方。みんな別の人間として書き分けられてた。「こういう人、いる」っていう感触がちゃんとある作品だったのよ。ヒロインの魅力で8、関係性で8、テーマで8。ここは素直に評価したわ。

下げた理由の一つ目は、主人公が章ごとに交代すること。これはアタシの好みの問題でもあるんだけどね。アタシは一人の男を最初から最後まで追いかけて、「この男、最終的にどういう男になるか」を見るのが好きなのよ。それが5人もいると、一人ひとりとの距離が浅くなっちゃうの。儀助も久世も大井跡も三井も、それぞれは良かった。でも、誰か一人を深く知れた感じはしないのよ。主人公の造形のスコアを7にしたのは、ここね。一人ずつは7点なんだけど、全員を合わせて深く知れるかと言われると、それは構造的に無理なのよ。

下げた理由の二つ目は、序盤の入りにくさ。さっき書いた通りね。第一章の地味さで止まる人、絶対いると思う。中盤からの力はあるのに、その力が読まれないままになる可能性がある構造なの。序盤の掴みで6を付けたのはここよ。

もう一つ、これは触れるだけにしておくけど——本作には重い場面が含まれている章があるのよ。具体的には書かないわ。クリアしたら続きを読んでちょうだい、そこで触れるから。ここでは「人を選ぶ章がある」とだけ言っておくわね。

誰に勧めるかと言われたらね。恋愛のリアルさを見たい人には合うと思うわ。きれいごとじゃない感情の動きを見たい人、独占愛みたいな歪んだ感情にも目を逸らさず付き合える人。逆に、軽い恋愛コメディが見たい人とか、一人の主人公をずっと追いたい人には、ちょっと合わないかもしれないわね。

……アタシ、最後にこれだけ言わせて。本作の登場人物は、みんなちゃんと生きてたわ。架空の人物を「生きてた」って書くのはおかしな話なんだけどね、でも本当にそう感じたのよ。第三章の夕奈も、銀子も、儀助も、それぞれの人生をその章の中でちゃんと生きてた。それだけで、アタシにとっては7.3の価値があったわ。クリア後にもう少し踏み込んだ話を書いてあるから、終わった人は寄ってちょうだいね。