星と医学とロケット工学を、ちゃんと調べた上で「夢」の話に使っている。
「宇宙への夢を取り戻す」という主題の作品を、ぼくは身構えて始める。夢という言葉は便利すぎて、調べずに感傷だけで押し切れてしまうからだ。ところがこの作品は、心臓の病や脳の障害の医療描写、ロケットの打ち上げ手順、流星雨や月の起源の天文、松尾芭蕉の引用――そのどれもが嘘をついていない。しかも知識自慢で止まらず、ヒロインたちの願いの形や、主人公が夢を取り戻す主題そのものに接続されている。医学用語の整理には時代相応の粗さが残るし、ルートによる練り込みの差は大きい。文章の華も一級とは言いにくい。それでも、知識が雰囲気に奉仕している誠実さがあって、山田一(後の田中ロミオ)の処女作だと知ると腑に落ちる。7.5。ぼくの基準では高い。
スコア詳細
「夢もの」の知識的な裏付けを確かめに来た
2000年、D.O.。創立10周年記念作で、人類の夢――宇宙飛行士――をめぐる18禁恋愛アドベンチャーだ。
七年前、母を奪ったロケットの燃焼実験事故をきっかけに、宇宙への夢を封じてしまった高校二年生・今村正樹。再び故郷の天美市に戻った彼が、痛みを抱えた幼馴染たちと再会しながら、もう一度「空を見ろ」と問い返される物語だ。星見瞳、藤原佳多奈、真田恭子、相馬蘭子、留学生のサーシャ、後輩の山本ゆかり。四月から十二月までの一年と、一冊の卒業アルバムの中で、それぞれの願いが重なっていく。
「夢を取り戻す」という主題の作品を、ぼくは少し警戒して始める。夢という言葉は便利すぎて、中身を調べずに感傷だけで押し切れてしまうからだ。宇宙ものなら、ロケットがどう飛ぶのか、病気がどう人を縛るのか、そこに嘘があれば、感動はただの雰囲気になる。だから本作も、知識的な裏付けを確かめに来た。結論から言えば、想像より地に足がついていた。以下、結末には触れずに、なぜ7.5点なのかを話していく。
心臓と脳——医療の描写に、調べた跡がある
この作品の知識的な背骨は、二人のヒロインの身体に置かれている。星見瞳が抱えるものと、藤原佳多奈の脳だ。
瞳は、明るく振る舞いながら、その奥にある身体の事情を抱えている。何を抱えているかは伏せておくが、作品はその症状の出方を、雰囲気ではなくきちんと医学に当てて描いている。調べると、作中で示される有病率の数字が、実際の発生率の実態とズレていない。漠然と重い病を背負わせたのではなく、数字を確認した跡がある。そして大事なのは、この身体の事情が瞳の願いの形そのものを決めていることだ。動かしがたい現実があるからこそ、彼女が何を望むのかが切実になる。その正体と願いが何かは、プレイして確かめてほしい。
佳多奈の方はもっと踏み込んでいる。彼女は脳に障害を負っていて、自閉スペクトラムの症状を併せ持つ。作中で養護教諭が口にする同一性保持やクレーン現象といった用語は、実際に臨床で使われる言葉をきちんと当てている。佳多奈が「選んで、決める」ことができない――シャツが濡れても対応できずそのまま着てしまう、といった描写は、脳の実行機能の障害として筋が通っている。症状の描き方が、観察に基づいている。
正直に言えば、ここには時代相応の粗さもある。佳多奈の状態を指す呼称は、いまの基準では古い言い方だし、いくつかの要因を一つの像に重ねている整理は、医学的にはやや大雑把だ。でも作品はそこを誤魔化していない。原因と症状を分けて説明しようとする手つきがあり、希望もまた医学の言葉で裏打ちしようとしている。2000年という発売年を踏まえれば、この誠実さは評価していい。
ロケットと星空——細部に嘘がないから夢が成立する
夢の中身が宇宙である以上、ロケットと天文に嘘があれば全部崩れる。そこを作者は調べている。
母が手掛けた国産新型ロケットの事故には、工学的な原因がきちんと用意されている。固体ロケットの開発で実際に起きうる失敗の筋として、もっともらしい説明が置かれていて、事故が「ただの悲劇の装置」ではなく原因を持った事故として書かれている。だから主人公の罪悪感も母の死も、空疎にならない。地上燃焼実験を反復試験として描くのも、固体モータ開発の実態に合っている。
打ち上げ場面の描写には、ぼくは唸った。マックスQ、SRBのセパレーション、OMS点灯による軌道投入――上昇のシーケンスが、実際の打ち上げの順序どおりに並んでいる。順番が正しい。これは適当に専門用語を散らした文章には絶対に出せない正確さで、作者がスペースシャトルの飛行プロファイルをちゃんと調べた証拠だ。
天文も同じだ。天文部の活動で観測される流星雨を、「彗星の通過コースを地球が通過する時の現象」と正しく説明している。流星群が彗星の置いていった塵に由来するという理解は、天文学的に正確だ。観測所の場面で扱われる電波分析も、現場で実際に行われる作業を題材にしていて、これも雰囲気の科学ではない。星を「綺麗なもの」としてだけ消費していない。仕組みを知った上で星を見上げている作品だ。
「つわものどもが夢のあと」——引用が主題に刺さっている
文学の引用が一つだけ、しかし的確に置かれている。
主人公が廃墟になった工場跡に立って呟く「つわものどもが夢のあと」。これは松尾芭蕉『奥の細道』、平泉での句「夏草や兵どもが夢の跡」の一節だ。かつて藤原氏が栄えた奥州平泉の跡地で、栄華の儚さを詠んだ句で、芭蕉自身が杜甫の「国破れて山河在り」を踏まえている。この引用が、本作の主題に正面から刺さっている。母の夢が燃え尽きた工場跡で、主人公自身の夢も「あと」になっている。芭蕉の句が持つ「夢の跡に立つ者の感慨」が、そのまま主人公の心情に重なる。一度きりの飾りではなく、彼の心の通奏低音として機能している。
瞳の口癖「Passion is power」も、ただの前向きな標語ではない。「笑ってると元気になって、元気になると情熱が出て、情熱は活力で原動力で行動力なんだもん」と理屈で展開されていて、言葉が彼女の人格の設計図になっている。引用や標語が、キャラの内面と切り離されずに置かれている。知識や言葉が散らばっているのではなく、人物の願いに結びついている。ここが評価の核心だ。
世界の奥行きと、ルート間の練り込みの差
世界の奥行きという点では、宇宙という大きな縦軸が全ルートを貫いているのが効いている。
各ヒロインの物語は学園内で完結するように見えて、その背後にはSASという宇宙開発の大学があり、その向こうには国際的なスペースコロニー計画がある。教室の小さな恋愛が、人類の宇宙進出という大きな計画に地続きで繋がっている。フロート・アイランドという人工島の設定も、具体的な数字込みで描かれている。世界が主人公の感傷のためだけに用意されていない。この感触が、世界の奥行きの根拠だ。
その一方で、ルートによって練り込みに差があるのは認めざるを得ない。知識的な誠実さが最も濃く出ているのは、藤原佳多奈のルートと星見瞳のルートだ。脳の障害と情緒の回復という難しい題材を、地道なプロセスで丁寧に積み上げていく筋には、医学的・心理的な裏付けがある。ぼくは、正直、泣いた。なぜ泣いたかを後から考えると、これは「失われたものが関係性の反復によって少しずつ戻る」という、リハビリテーションの構造そのものに感情が乗ったからだと思う。理屈で言語化できる感動だった。
対して、留学生サーシャの大河的な展開や、後輩ゆかりの勢い任せのコメディは、知識的な裏付けよりも物語の推進力で進む部分が大きい。面白さの種類が違う、と言ってもいい。知識が主題に奉仕している濃度が、ルートで二段階くらい違う。これが総合点を9に届かせなかった理由の一つだ。どのルートから入るかで、この作品の印象はかなり変わると思う。
文章への正直な評価と、処女作という事実
褒めてばかりも不誠実なので、文章そのものへの評価も置いておく。
文章は名文ではない。官能描写は「真珠のような」「桜色の」といった、ストレートで朴訥な比喩が多く、語彙の幅という意味では洗練の一歩手前だ。コメディの押しの強さは、テンポは良いが、感情の重い場面との落差で時々ノイズになる。重いシーンの台詞回しも、意図は理解できるが、もう一段の言葉の彫琢があればと思う場面がある。だから文章力は7点に留めた。知識は誠実だが、その知識を載せる文体までが磨かれているわけではない。そこは区別しておきたい。
ただ、ここで一つ補足したいことがあって。この作品が山田一――後の田中ロミオ――の、入社前の試用期間に書かれた習作シナリオが採用されたもの、つまり実質的な処女作だと知ると、評価の解像度が変わる。発売順では二作目だが、執筆順ではこれが第一作にあたる。そう踏まえて読むと、文章の力みや構成のムラは「若書き」として腑に落ちるし、逆に、医学・工学・天文の細部を執拗に調べ上げる姿勢が、すでにこの処女作で確立していることに気づく。後年の田中ロミオが持つ「設定を本気で詰める」という資質の、いちばん最初の現れがここにある。その意味で、本作は完成度よりも「萌芽を観察する」価値が高い一作だ。
7.5——知識が「夢」に奉仕している、誠実な青春ドラマ
夢を取り戻す話を、ぼくはあまり信用しないと言った。たいてい、調べていないことの言い訳に「夢」が使われるからだ。
でもこの作品は違った。心臓の病、脳の障害、ロケットの事故、打ち上げの正しい手順、流星雨や電波観測の天文、芭蕉の引用。そのどれもが、嘘をついていない。しかも知識自慢で止まらず、ヒロインたちの願いの形や、主人公が夢を取り戻す主題に接続されている。調べた上で、調べたことを「夢」のために使っている。これはぼくの評価軸でいちばん高く付く型だ。
欠点もはっきりしている。医学用語の整理には時代相応の粗さがあり、ルート間で知識的な濃度が二段階は違う。文章の華は一級ではない。だから9点には届かなかった。それでも7.5。ぼくの基準では、プレイして「知らなかったことを知り、しかもそれが作品の血肉だった」作品に出す点数だ。この作品は「夢」を安く扱っていない。誠実に作られている。やる価値がある一作だよ。
