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大和仁のレビュー — 星空☆ぷらねっと(ネタバレあり)

大和仁
大和仁
調べてから泣くタイプ
7.5/10
7.5 / 10

星と医学とロケット工学を、ちゃんと調べた上で「夢」の話に使っている。

ネタバレ込みで、この作品が借りている知識を腑分けする。星見瞳の先天性心疾患、藤原佳多奈の前頭前野損傷とイデオ・サヴァン症候群、SRBの分離やマックスQといった打ち上げの工学、月の起源と流星雨の天文、そして松尾芭蕉の引用。これらが飾りではなく、「宇宙への夢を断った少年が、それを取り戻す」という主題そのものに接続されている。医学用語の使い方に粗さは残るし、ルートによって練り込みの差は大きい。文章の華も一級とは言いにくい。それでも、知識が雰囲気に奉仕している場面が確かにあって、これは山田一(後の田中ロミオ)の処女作だと知ると腑に落ちる。7.5。ぼくの基準では高い。

スコア詳細

設定の整合性 8
世界の奥行き 8
医療・科学の誠実さ 8
テーマ・メッセージ性 8
文章力・描写力 7
作品の唯一無二性 7

「夢もの」の知識的な裏付けを確かめに来た

2000年、D.O.。創立10周年記念作で、人類の夢――宇宙飛行士――をめぐる18禁恋愛アドベンチャーだ。

七年前、母を奪ったロケットの燃焼実験事故をきっかけに、宇宙への夢を封じてしまった高校二年生・今村正樹。再び故郷の天美市に戻った彼が、痛みを抱えた幼馴染たちと再会しながら、もう一度「空を見ろ」と問い返される物語だ。星見瞳、藤原佳多奈、真田恭子、相馬蘭子、留学生のサーシャ、後輩の山本ゆかり。四月から十二月までの一年と、一冊の卒業アルバムの中で、それぞれの願いが重なっていく。

「夢を取り戻す」という主題の作品を、ぼくは少し警戒して始める。夢という言葉は便利すぎて、中身を調べずに感傷だけで押し切れてしまうからだ。宇宙ものなら、ロケットがどう飛ぶのか、病気がどう人を縛るのか、そこに嘘があれば、感動はただの雰囲気になる。だから本作も、知識的な裏付けを確かめに来た。結論から言えば、想像より地に足がついていた。以下、クリア済みの人に向けて、結末まで触れながら、なぜ7.5点なのかを名指しの材料で話す。

瞳の心臓と佳多奈の脳——医療の正確さが運命に直結する

この作品の知識的な背骨は、二人のヒロインの身体に置かれている。星見瞳の心臓と、藤原佳多奈の脳だ。

瞳は先天性心疾患を抱えている。体育祭で「日射病」として倒れ、最後は進学説明会で倒れて入院する。表向きの病名と真因をずらす書き方が丁寧で、調べると先天性心疾患の有病率は新生児のおおむね1%前後とされていて、作中の「約1%」という数字はその実態とズレていない。雰囲気で重い病気を背負わせたのではなく、数字を確認した跡がある。そして大事なのは、この病気が「宇宙飛行士には絶対なれない」という瞳の人生の枷として機能していること。医学的事実が、そのままキャラクターの願いの形を決めている。瞳が流れ星に祈ったのが自分の快癒ではなく「まーくんが宇宙飛行士になれますように」だった、という転倒は、心臓という動かしがたい現実があるからこそ重い。

佳多奈の方はもっと踏み込んでいる。七年前の燃焼実験事故で「無数の破片が、額を貫通して、脳細胞組織を分断しながら奥まで潜り込んだ」――つまり前頭前野損傷を負い、力動失語症と呼ばれる状態に陥る。ここがぼくには引っかかった。前頭前野は意思決定・情緒・発話の組み立てを担う領域で、ここを損なうと「選んで、決める」ができなくなる――作中で正樹がまさにそう分析している。佳多奈がシャツが濡れても対応できずそのまま着てしまう、じゃんけんで毎回グーを出し続ける、こうした描写は、前頭前野が司る実行機能の障害として筋が通っている。同一性保持クレーン現象という用語も、実際に使われる臨床語をきちんと当てている。

ただし正直に言うと、ここには時代相応の粗さもある。イデオ・サヴァン症候群という呼称は、いまの基準では古い言い方だし、事故による脳損傷と先天性の自閉スペクトラムを一つの像に重ねている整理は、医学的にはやや大雑把だ。でも作品はそこを誤魔化していない。ジョンが「佳多奈は、もともと自閉症だったんだ」と告げ、事故が原因ではなく事故が症状を重くしたのだ、と二つの要因を分けて説明する。幼児精神科医の診断として「不治の病ではない」「成長しなおす機会が存在する」と置く手つきも、希望を医学の言葉で裏打ちしようとしている。2000年という発売年を踏まえれば、この誠実さは評価していい。

ロケットと星空——細部に嘘がないから夢が成立する

夢の中身が宇宙である以上、ロケットと天文に嘘があれば全部崩れる。そこを作者は調べている。

母・夏樹のプロジェクトだった国産新型ロケットSA-2000「はばたき」。その事故の原因として、ジョンが「火工品の成型が未完成のまま既製品を流用していた」と警告していた、という設定が置かれている。これは固体ロケットの開発で実際に起きうる失敗の筋として、もっともらしい。地上燃焼実験を「七度目の実機試験」として描くのも、固体モータの開発が反復的な燃焼試験を重ねるものだという実態に合っている。事故が「ただの悲劇の装置」ではなく、工学的な原因を持った事故として書かれている。これがあるから、正樹の罪悪感も母の死も、空疎にならない。

瞳①合格エンドの打ち上げ場面が圧巻だった。正樹がスペースシャトル型の機体で宇宙へ上がるとき、マックスQを通過し、「およそ五十秒の我慢の後、SRBが燃え尽きると、振動もGも嘘のように消え去った」と描く。SRBのセパレーション、そしてOMS点灯で「高度二百八キロ……軌道に乗った」と続く。マックスQ→ブースター分離→主エンジン燃焼終了→軌道投入、という上昇のシーケンスが、実際の打ち上げの順序どおりに並んでいる。順番が正しい。これは適当に専門用語を散らした文章には絶対に出せない正確さで、作者がスペースシャトルの飛行プロファイルをちゃんと調べた証拠だ。

天文も同じだ。天文部の海合宿や修学旅行で観測される流星雨を、「彗星の通過コースを地球が通過する時の現象」と正しく説明している。流星群が彗星の置いていった塵に由来するという理解は、天文学的に正確だ。さらに観測所の場面では、佳多奈がガンマ線エネルギーピークから未同定線の核種同定を暗算でやってのける。電波天文の現場で実際に行われる分析を題材にしていて、これも雰囲気の科学ではない。

ここで一つ感心したのは、佳多奈が屋上で口走る「12万5千7百42日19時間35分」という数字の扱い方だ。ジョンは「逆演算しろと? いくら何でもそりゃ無理だ。データが少なすぎる」と言って、答えを出さない。科学者に「わからない」と言わせている。これは誠実だ。佳多奈の脳が宇宙からの電波を解析していたのかもしれない、人類は孤独ではないのかもしれない――そう匂わせながら、確定はさせない。未決着を未決着のまま残す。この節度が、安易なオカルトへの転落を防いでいる。

「つわものどもが夢のあと」——引用が主題に刺さっている

文学の引用が一つだけ、しかし的確に置かれている。

正樹は廃墟になった天美工場跡に立って「つわものどもが夢のあと……か」と呟く。これは松尾芭蕉『奥の細道』、平泉での句「夏草や兵どもが夢の跡」の一節だ。かつて藤原氏が栄えた奥州平泉の跡地に立ち、栄華の儚さを詠んだ句で、芭蕉自身が杜甫の「国破れて山河在り」を踏まえている。この引用が、本作の主題に正面から刺さっている。母の夢が燃え尽きた工場跡で、正樹自身の夢も「あと」になっている。芭蕉の句が持つ「夢の跡に立つ者の感慨」が、そのまま正樹の心情に重なる。しかも作中で、この句はサーシャルートの終盤でもう一度使われる。一度きりの飾りではなく、正樹の心の通奏低音として機能している。

瞳の口癖「Passion is power」も、ただの前向きな標語ではない。「笑ってると元気になって、元気になると情熱が出て、情熱は活力で原動力で行動力なんだもん」と理屈で展開されていて、これは内気だった少女が「今度会うときは、笑ってみる」という約束を自分の生き方に変換した結果なのだとわかる。言葉が人格の設計図になっている。引用や標語が、キャラの内面と切り離されずに置かれている。知識や言葉が散らばっているのではなく、人物の願いに結びついている。ここが評価の核心だ。

世界の奥行きと、ルート間の練り込みの差

世界の奥行きという点では、宇宙という大きな縦軸が全ルートを貫いているのが効いている。

各ヒロインの物語は学園内で完結するように見えて、その背後にはSASという宇宙開発の大学があり、その向こうには第二期国際スペースコロニー計画がある。教室の小さな恋愛が、人類の宇宙進出という大きな計画に地続きで繋がっている。フロート・アイランドという超大型海洋浮体構造物の設定も、「8000メートル級の滑走路」という具体的な数字込みで描かれている。世界が主人公の感傷のためだけに用意されていない。この感触が、世界の奥行きの根拠だ。

その一方で、ルートによって練り込みに差があるのは認めざるを得ない。知識的な誠実さが最も濃く出ているのは、佳多奈ルートと瞳ルートだ。佳多奈ルートは前頭前野損傷と情緒の回復という難しい題材を、カード訓練という地道なプロセスで描き、覚醒の瞬間――泣く正樹の頭を撫でて「……まー兄」と理知の光が宿る場面――に医学的・心理的な積み上げで到達する。ぼくはここで、正直、泣いた。なぜ泣いたかを後から考えると、これは「失われた言語と情緒が、関係性の反復によって少しずつ戻る」という、リハビリテーションの構造そのものに感情が乗ったからだと思う。

対してサーシャルートは、暗殺者イワンの襲撃、君主制廃止、女王退位といった大河展開になるが、ここは正直、知識的な裏付けよりも物語の勢いで進む部分が大きい。架空国家フスクスの政治情勢の描写は、現実の小国の王位継承問題を踏まえているとは言えるが、医療や工学ほどの精度はない。ゆかりルートの宝くじ一千万円から民間宇宙旅行、という展開も、勢い任せのコメディだ。知識が主題に奉仕している濃度が、ルートで二段階くらい違う。これが総合点を9に届かせなかった理由の一つだ。

文章への正直な評価と、処女作という事実

褒めてばかりも不誠実なので、文章そのものへの評価も置いておく。

文章は名文ではない。Hシーンを含む官能描写は「真珠のような」「桜色の」といった、ストレートで朴訥な比喩が多く、語彙の幅という意味では洗練の一歩手前だ。コメディの押しの強さ――ゆかりの「ねずみ爆弾」や慎太郎のリアクション――は、テンポは良いが、感情の重い場面との落差で時々ノイズになる。蘭子ルートの「もう男女はイヤだ」「瞳の方が百倍は可愛いよ」という別れの罵倒も、意図は理解できるが、もう一段の言葉の彫琢があればと思う場面だ。だから文章力は7点に留めた。知識は誠実だが、その知識を載せる文体までが磨かれているわけではない。そこは区別しておきたい。

ただ、ここで一つ補足したいことがあって。この作品が山田一――後の田中ロミオ――の、入社前の試用期間に書かれた習作シナリオが採用されたもの、つまり実質的な処女作だと知ると、評価の解像度が変わる。発売順では二作目だが、執筆順ではこれが第一作にあたる。そう踏まえて読むと、文章の力みや構成のムラは「若書き」として腑に落ちるし、逆に、医学・工学・天文の細部を執拗に調べ上げる姿勢が、すでにこの処女作で確立していることに気づく。後年の田中ロミオが持つ「設定を本気で詰める」という資質の、いちばん最初の現れがここにある。その意味で、本作は完成度よりも「萌芽を観察する」価値が高い一作だ。

7.5——知識が「夢」に奉仕している、誠実な青春ドラマ

夢を取り戻す話を、ぼくはあまり信用しないと言った。たいてい、調べていないことの言い訳に「夢」が使われるからだ。

でもこの作品は違った。瞳の先天性心疾患、佳多奈の前頭前野損傷とサヴァン的能力、はばたきの火工品事故、マックスQとSRB分離の正しい順序、流星雨と未同定線の天文、芭蕉の引用。そのどれもが、嘘をついていない。しかも知識自慢で止まらず、瞳の願いの形、佳多奈の回復、正樹が夢を取り戻す主題に接続されている。調べた上で、調べたことを「夢」のために使っている。これはぼくの評価軸でいちばん高く付く型だ。佳多奈が屋上で口にした謎の数字を「わからない」と置いたままにする節度も、安易な答え合わせに逃げない誠実さとして読めた。

欠点もはっきりしている。医学用語の整理には時代相応の粗さがあり、ルート間で知識的な濃度が二段階は違う。文章の華は一級ではない。だから9点には届かなかった。それでも7.5。ぼくの基準では、プレイして「知らなかったことを知り、しかもそれが作品の血肉だった」作品に出す点数だ。天文部部長が正樹に投げる「色盲の私と違って、なんの障害もないお前が!」という叱責――夢を持てる側と持てない側の境界を一言で突くこの台詞も含めて、この作品は「夢」を安く扱っていない。有意義に作られている。