用務員の男ひとりが、後に続く一つのジャンルを丸ごと産み落とした。31年経って、その産声はまだ消えておらん。
1995年8月、elfから出た監禁ホラー脱出アドベンチャーじゃ。プレイしたのはPC-98版。恋愛アドベンチャーが業界の主流じゃった頃に、桜蘭学園の旧校舎へ9人を閉じ込め、用務員の伊頭遺作という男の脅威から脱出を図る。後に「鬼畜系」と呼ばれるジャンルの、ほぼ起点にあたる一本じゃ。31年ぶりに再びディスクを回した。当時わしがこれに痺れた理由、残ったもの、削れたもの、その全部を。後の臭作・鬼作へ続く血統と、業界史における立ち位置も併せて見ていくとしよう。
スコア詳細
1995年、恋愛ものの隣にこんな化け物が出た——「遺作」という名のせいでelf倒産説まで流れた
まずは、この一本がどんな器の作品だったかからじゃ。
1995年8月、elf——同級生シリーズで業界の頂点に立っておったブランドじゃ——が出した一本じゃ。シナリオは蛭田昌人、原画は横田守。横田はこの作品を最後にelfの仕事から退いた。タイトルの「遺作」は、社屋を移す前の最後の作品という意味で付けられたものじゃが、雑誌広告に「遺作」の二文字だけが大書きされた時、「elfが倒産・解散したのではないか」という憶測が業界に流れた。死者の残した作品という字面が、まさかの誤解を呼んだのじゃな。当時のわしも、あの広告を見て一瞬手が止まった口じゃ。
中身は、当時の主流からはっきり外れておった。1995年といえば恋愛アドベンチャー全盛で、elf自身も同級生で「女の子と仲良くなる」遊びを業界に広めた張本人じゃ。ところがこの遺作は、舞台が桜蘭学園の旧校舎、昭和初期の木造5階建て。登校日の夕方5時、差出人不明の手紙で集められた面々——主人公・小暮健太、親友の島田陣八、ヒロインの少女たちと担任の高島先生——が音楽室に閉じ込められる。窓には外から板が打ちつけられ、扉には鍵。鳴るはずのないチャイムが鳴って、館の主のように徘徊する何者かの気配が始まる。恋愛ではなく、監禁と脱出と恐怖じゃ。
システムも当時としては尖っておった。校舎を5階から1階へ降りていく一方通行の探索。錆びた鍵や機械油や形状記憶合金の仕掛けを解いて、階を一つずつ開ける。ウィザードリィ風の主観視点で校舎を歩き、部屋を調べて解く「考えて解く」アドベンチャーじゃ。シナリオの蛭田昌人という男は、マルチシナリオをいち早く業界に持ち込み、実験を繰り返してきた書き手でな。その実験癖が、この監禁ホラーという形で結実した。当時の評価がどうだったかより、わしが値踏みしたいのは——この一本が業界に何を残したか、じゃ。以下、その話をしていくとしよう。
【当時の記憶】1995年、「敵がタイトルになっている」というだけで尋常でなかった
まず1995年当時、何が衝撃だったかからじゃ。
一番面食らったのは、タイトルになっている「遺作」が、主人公ではなく敵だったことじゃ。プレイヤーが動かすのは小暮健太という高校生で、伊頭遺作はその健太たちを閉じ込める用務員——つまり立ち向かう相手の名前が、箱のおもてに大書きされておった。当時、これは尋常ではなかった。恋愛アドベンチャーなら攻略するヒロインの名前か、せいぜい主人公の名がタイトルになる。それを「最も気色の悪い加害者の名」で押し通した。これだけで、この作品が普通の売り方をする気がないと分かった。
そして伊頭遺作という男の造形じゃ。白髪混じりで、日焼けして赤くひび割れた耳、首には潮臭いタオル、何年も洗っていないジャージにサンダル履き。こいつは怪物でも超常の存在でもない。かつて小学校の教師をしていて、問題を起こしてクビになり、用務員に落ちた——どこの学校にもいそうな、薄汚れた中年の男じゃ。1995年に、わしがこのキャラに痺れたのはそこじゃった。化け物が出てくる恐怖ではない。人間が、人間のままで、これほど気色の悪い恐怖になれるのか、という驚きじゃ。
動機も書き込まれておった。遺作は「いつも自分が被害者だ」という被害妄想と歪んだプライドで動く。女子生徒に侮蔑されたことへの私怨と性欲。そして自分の犯行を誰かに見せたくて仕方がない、という露出狂的な執着がある。だから凌辱の全てを8ミリビデオに録画して残す。視聴覚室のデッキでそれを再生すると、映像の中の遺作が「このビデオを、健太のガキが見てるんだよ」と、画面のこちら側を名指しで挑発してくる。録画された過去の映像が、今これを見ている者に喋りかけてくる。この仕掛けに、当時のわしは背筋が寒くなった。1995年に、ここまで「見ること」そのものを気持ち悪くしてくる作品はなかった。
もう一つ、当時の業界の文脈で言っておく。これは「鬼畜系」と後に呼ばれるジャンルの、ほぼ起点じゃ。用務員という地続きの日常から恐怖を立ち上げ、しかもそれを18禁の凌辱と組み合わせた作品は、当時ほとんど前例がなかった。後の臭作・鬼作へ続く伊頭家シリーズの一作目であり、その後の鬼畜系エロゲ全体の母型がここにある。当時のわしは「これは一つの型になるぞ」と感じた。その勘は、後の30年が正しかったと証明してくれた。
【再プレイして】謎を解くほどHシーンが減る——この逆説がこの作品の背骨じゃ
31年ぶりに通しでやり直した。一番見直したのはここじゃ。
この作品の構造には、当時から語り草になっている逆説がある。校舎を探索し、鍵を解き、謎を解くほど、危機を退けられる。じゃがその代わりに、目を背けたくなる映像のいくつかは見られなくなる。逆に、謎を解けず後手に回った時にだけ、視聴覚室のデッキにその陵辱テープが残されて再生できる。つまり——Hシーンを見たければ、うまく立ち回ってはならん。18禁作品でありながら、エロを見ようとするプレイヤーの欲望を、そのまま「うまくやれなかった後ろめたさ」に変換してくる。誰が無事で誰がそうでないかは結末に関わるためここでは伏せるが、構造の輪郭だけでも十分に異様じゃ。
当時のわしは、これを「よく出来た意地悪な仕掛け」くらいに思っておった。31年経って再プレイして、評価が変わった。これは意地悪ではない。作品全体のテーマそのものじゃった。冒頭に置かれた一文を思い出してほしい。「誰も定められた運命から逃れる事はできない。そう、たとえ扉の向こう側に不幸が待ち伏せしてたとしても、あなたは操られた人形のようにその扉を開けてしまう」。この「扉を開けてしまう」のは、作中の健太であると同時に、コントローラーを握って先を見たがるプレイヤー自身じゃ。エロが見たくて選択肢を選ぶ手と、不幸な扉を開けてしまう健太の手が、ここで重なる。プレイヤーを物語の共犯者の位置に立たせておる。
これは強い。31年生きてきた目から見ても、なお強い。多くのエロゲは、Hシーンを「ご褒美」として配る。謎を解いたから、好感度を上げたから、その報酬として与える。遺作はそれを反転させた。ご褒美ではなく、「お前がそれを望んだから見せてやる」という後ろめたさとして突きつける。エロと物語が、相乗どころか正面衝突して火花を散らしておる。後に批評家が「反ポルノ的な批評性を持つ」と論じたのも、わしには分かる。エロゲという媒体が自分のエロを自分で問い直した、稀な一本じゃ。1995年にここまでやったのは、強みと言うほかない。
もう一つ再プレイで効いたのは、描き方そのものじゃ。この作品は性交を逐語で延々書かない。拘束された姿の発見、ビデオに残った断片的なセリフ、そして事が終わった後の被害者の放心——その三つで凌辱を示唆する間接話法が中心じゃ。理科実験室で机に縛られた高島先生が「健太君、お願いだからこっちに来ないで!」と必死に制止する場面。あるいは時計台で放心して「家に……帰りたい」とうわ言のように繰り返す少女の姿。直接何をされたかは映さずとも、この「事後の壊れ方」だけで、何が起きたかが全部伝わる。当時の業界水準で言えば、この抑制は相当に文章力が要る書き方じゃ。蛭田昌人の腕が見える。
【時間の審判】31年経って、なお有効か——逆説は今も切れ味を保っておる
時を経ても効くか。判決を下すとしよう。
結論から言えば、この作品の核は今も切れ味を保っておる。先に書いた「謎を解くほどエロが遠ざかる」という欲望と後ろめたさの反転構造は、31年経った今でも、これを真似た作品をほとんど見ない。後の鬼畜系エロゲは数えきれぬほど出たが、その多くは「凌辱のシチュエーション」を増やす方向に進んだ。遺作のように「プレイヤーの欲望そのものを後ろめたさとして突き返す」というメタな仕掛けを、これほど作品の構造の中心に据えたものは稀じゃ。だから今プレイしても、ただの古い陵辱ものには感じない。考えて解くアドベンチャーとしての面白さも、現在の評者が「発売から25年経ってもオンリーワンのゲーム性」と言うだけのことはある。類似作が出にくい、というのが何よりの証拠じゃ。代替が利かんのじゃな。
伊頭遺作という悪役も、時間に削られておらん。むしろ31年経ったいま見ると、こいつの怖さの種類がはっきり分かる。怪物の恐怖は時代の流行で古びるが、人間の恐怖は古びない。被害者面をしながら淡々と犯行を記録する性犯罪者の薄ら寒さは、残念ながら今の世にもそのまま通じる。「とてもじゃないがこんなキャラは書けない」と後の評者が言うのも分かる。当時の業界が、よくぞこの一人の男にここまでの厚みを与えたものじゃ。
では何が古びたか。三つある。一つ目はヒロインの薄さじゃ。悪役の濃さの裏返しで、被害者側の人間の奥行きが足りん。男勝りで義侠心の強い芹沢美緒、清楚な浅川琴未、それぞれ一言の個性は与えられておるが、伊頭遺作の書き込みに比べると明らかに格差がある。今の目で見ると、もう少し一人ひとりに人生を持たせてよかった。二つ目はボリュームじゃ。Win版のプレイ時間中央値で11時間ほど。この密度の物語にしては短めで、31年経って振り返ると「もう一段、校舎の闇を掘れたのではないか」と思う。三つ目は攻略の理不尽さじゃ。鍵やアイテムの収集と扉の解錠順を解くパズルは「考えて解く」面白さの源泉じゃが、同時に詰まりやすい。長所と不親切さは表裏一体じゃった。
それでも、わしの判決は揺るがん。古びた部分は枝葉で、核は残った。31年前にわしが痺れた「人間が人間のまま恐怖になる」造形と、「お前の欲望を後ろめたさとして返す」逆説は、今もまだ生きておる。時間に削られなかった。それが何より大事じゃ。
【業界史の中で】遺作→臭作→鬼作——一つのジャンルの祖として
この一本が業界史のどこに立っておるか、じゃ。
遺作は、伊頭家シリーズ——遺作(1995)→臭作(1998)→鬼作(2001)——の第一作じゃ。この三本が、後に「鬼畜系」と呼ばれるジャンルの背骨を作った。命名の法則からして念が入っておる。遺・臭・鬼。三兄弟のように名を連ねて、それぞれが違う方向の狂気を担う。じゃが全ての出発点が、この遺作にある。わしは業界の生き証人として言うが、一本の作品が後に続くジャンルを丸ごと産み落とす場面というのは、500年生きていてもそう何度も見るものではない。これはその稀な一例じゃ。
面白いのは、この三兄弟が同じ型の反復ではない、という点じゃ。遺作は「敵がタイトル」で、プレイヤーが操る主人公・健太は加害者ではなく、脱出を図る側じゃ。プレイヤーは恐怖から逃げる立場に置かれる。ところが後の臭作・鬼作では、プレイヤーが操る側がヴィランのポジションへ移っていく。つまり遺作で「悪を外から見て震える」体験を作り、続編で「悪の内側に入る」体験へと反転させた。シリーズ全体が、遺作で確立した「見ることの気持ち悪さ」を、別の角度から掘り下げ続けた格好じゃ。最初にプレイヤーを共犯者の位置に立たせたのが遺作で、その源流がここにある。
もう一つ、業界史として記しておく。この作品は、エロゲ原作のメディア展開の走りの一つでもあった。1997年にはアームズ制作・ピンクパイナップル発売でOVA化され、ケイエスエスから小説も出た。後にRespect、CoreMIXとOVAのシリーズが重ねられ、伊頭家三兄弟をまとめたBOXまで作られた。一本のゲームから生まれた悪役が、ゲームの外側にまで歩き出して文化的な存在になっていった。タイトルの「遺作」という言葉の重さも、いまや別の意味を帯びておる。原画の横田守がこれを最後にelfを去ったために、文字通り横田にとってのelfでの遺作になった、と語られるのじゃな。社屋移転前の最後の作品、という当初の意味に、作り手の節目という意味まで重なった。こういう因縁を背負った作品は、長く生きていても珍しい。
elfというブランド自体は、2000年代後半に経営が傾き、2016年に公式サイトを閉じて実質消えた。同級生で業界の頂点に立ち、「東のエルフ、西のアリス」と謳われたブランドの黄金期の只中に、この異物のような一本があった。恋愛ものの王者が、自らの隣にこんな暗い化け物を平然と並べてみせた——その懐の深さも含めて、業界史に確かな足跡を残しておる。
8.2——一つのジャンルを産んだ。時に削られなかった核がある
最後に判決を下すとしよう。
残ったものは多い。伊頭遺作という、人間のまま恐怖になりきった一人の男。謎を解くほどエロが遠ざかる、欲望を後ろめたさとして返す逆説の構造。冒頭の「操られた人形のように扉を開けてしまう」というテーマが、作中の人物にもプレイヤーにも重なる畳みかけ。間接話法で凌辱を示唆する抑制の利いた文章。これらは31年経って削れておらん。500年生きておると、これだけのものが時間に耐えて残る一本は、そう多くは見ん。骨があるのう。
削れた部分もある。悪役に光を集めた代償としてのヒロインの薄さ、もう一段欲しかったボリューム、ゲーム性の長所と裏表の攻略の不親切さ。これらは1995年という時代の制約と、悪役一点突破という判断の綻びじゃ。当時はこれで十分じゃった、で済ませてもよいが、今の目で正直に見れば、被害者側の人間にもう少し奥行きがあれば、この作品はさらに上へ行けた。
業界史の中での位置付けは動かん。鬼畜系という一つのジャンルの祖。伊頭家シリーズ三兄弟の出発点。プレイヤーを共犯者の位置に立たせる、後の鬼畜系全般の母型。エロゲがエロゲ自身のエロを問い直した、稀な批評性を持つ一本。これは残る。後の世が、繰り返しここを参照しに来るじゃろう。現に31年間、そうしてきた。
それが8.2の意味じゃ。9や10に届かなかったのは、悪役の濃さに被害者側が追いついていない描き込みの格差と、当時の尺・親切さの限界による。完璧ではない。じゃが、その不完全さを抱えてなお、この一本は一つのジャンルを丸ごと産み落とし、その産声を31年保ち続けた。歴史を作った作品にふさわしい数字じゃと、わしは判決を下すとしよう。当時これに痺れたのは、嘘ではなかった。閉じ込めの黒幕の正体や、時計台で明かされる事件の核心、各エンディングの詳細は、ネタバレあり版に書いた。腹を括れたら、そちらを読んでくれ。
