柊美香のレビュー — 遺作

柊美香
柊美香
鬼畜・ダーク系の辛口
8.2/10
8.2 / 10

主人公に一度も手を汚させなかった。鬼畜ものでこれをやり切るのが、覚悟ですわ。

elf の鬼畜ADVの原点として名が挙がる作品ですわ。後の臭作・鬼作へ続く伊頭家シリーズの第一作。鬼畜と銘打ちながら、主人公は閉ざされた校舎から脱出を図る推理少年で、加害には一切手を染めませんの。加害をすべて一人の男に背負わせる構えと、その動機を逃げずに敷く骨格は、1995年という古さを考えても評価に値しますわ。意欲が空回りした古典は山ほどございますけれど、これは違いますの。覚悟という観点から、この作品を見ていきますわ。8.2点は、その覚悟への敬意ですの。

スコア詳細

主人公の造形 8
加害側の動機 9
設定の整合性 9
結末の誠実さ 8
鬼畜描写の覚悟 7
凌辱と物語の接続 8

鬼畜の覚悟を測りに来た

この作品が鬼畜の原点として語られる以上、その覚悟が本物かどうかを確かめたかったのですわ。

舞台は桜蘭学園の旧校舎。昭和初期に建てられた木造5階建ての校舎に、登校日の夕方5時、何人もの生徒と担任教師が、それぞれ別々の差出人不明の手紙で5階の音楽室に集められますの。全員が揃った直後、鳴るはずのないチャイムが鳴り、扉が施錠され、窓には外から板が打ちつけられている。閉じ込められた一同のなかに、館の主のように徘徊する何者かの気配がある——という、脱出ものの王道の幕開けですわ。

わたくしが手を出した理由は、はっきりしておりますの。鬼畜と銘打った作品が、本当に最後まで逃げずに鬼畜を貫いているかどうかを見るためですわ。鬼畜のフリをして終盤で良心を持ち出す作品、加害者を「なんとなく異常な人」で済ませる作品——そういう甘えを、わたくしは見過ごせませんの。1995年の、しかも後続シリーズの祖と呼ばれる作品が、その甘えにどう向き合っているか。それを測りに来ましたわ。

主人公に手を汚させない——その一点に逃げがない

鬼畜ものの主人公が、一度も加害者にならない。これがこの作品の最初の覚悟ですわ。

主人公の小暮健太は、楽天的で推理小説好きの高校生ですわ。閉じ込められた校舎で、鍵やアイテムを集め、形状記憶合金の鍵や石膏像に隠された仕掛けを解いて、各階の扉を一つずつ開けていく。その間に仲間が一人、また一人と姿を消していく。多くの鬼畜ゲームは、ここで主人公の手を汚させて、加害の役をプレイヤーに肩代わりさせますわね。けれどこの作品は、健太を最後まで脱出と救出の側に置きますの。

この構えに、わたくしは最初こそ甘えを疑いましたわ。加害から逃げて、傍観者という安全地帯に主人公を逃がしたのではないか、と。けれど付き合っていくうちに、健太の倫理が一貫していることが見えてきますの。彼は閉じ込められても「くよくよして扉が開くなら、俺だって思いっきり落ち込むさ」と前を向き、仲間を守ることを最優先にする。被害の現場を見ても、それを面白半分に消費せず、抱え込む。鬼畜を主人公の快楽として描かず、見てしまった者の重荷として描く。その軸が最後までぶれませんの。主人公の造形を8点に置いたのは、この一貫した立ち位置への評価ですわ。物語を引っ張る力が、健太より加害側に乗ってしまう惜しさはございますけれど、それは傍観者という選択の宿命ですの。

加害をすべて一人に背負わせる——動機が逃げていない

加害者の動機が序盤から一貫しているか。鬼畜ものでわたくしが最も鋭く見る一点ですわ。

この作品で加害を担うのは、旧校舎の用務員・伊頭遺作ただ一人ですわ。約20年前まで小学校教師でしたが問題を起こしてクビになり、いまは用務員として女子生徒に侮蔑されている男ですの。女子トイレを掃除のフリで覗き、水着や体操着を盗み、女子生徒に抱きつく——そういう常習の覗き・盗撮癖が、序盤から繰り返し示されますわ。「いつも自分が被害者だ」という被害妄想と、見下されてきたことへの私怨。この動機が、彼の加害のすべてを通底しておりますの。

感心したのは、加害の質が相手によって変わる点ですわ。気丈な明美には「くっくっく、この威勢がいつまで続くかねぇ」と、強気が崩れる瞬間を待つ嗜虐を向ける。泣き虫でナイーブな里香には「ほーら、こっちを見て笑ってごらん」と笑顔を強要する。記号的な暴力を撒き散らすのではなく、相手の性格を見て加害の角度を変えてくる。被害妄想に駆動された一人の男の執着として、最後まで一貫しておりますの。加害側の動機を9点に置いたのは、この逃げのなさへの評価ですわ。鬼畜の加害者を「ただの怪物」で済ませなかった。ここに作者の覚悟が出ておりますの。

脱出ミステリーとしての骨格——整合性で逃げていない

鬼畜の皮をかぶった、骨格のしっかりした脱出ミステリーですわ。

この作品が単なる凌辱の見世物に堕ちていないのは、整合性に逃げていないからですの。なぜ鳴るはずのないチャイムが鳴ったのか、密室はどう成立したのか、誰がそれを仕組んだのか。それを、推理に長けた潔癖な才女・美由紀が手がかりから論理的に解いていきますわ。「いかに私達を困らせるか考えてる人が、そう簡単にここから出してくれるはずがないじゃない」と、彼女は早い段階で館の主の悪意を見抜く。フロアを上から下へ降りていく探索の謎解きと、密室の真相を解く推理が、きちんと噛み合っておりますの。

この作品にはもうひとつ、意地の悪い仕掛けがございますわ。健太が謎を解いて仲間を守れると、その人物が被害に遭う場面は見られない。逆に守れないと、加害の映像が解放される。つまり、上手にプレイするほど、見られる凌辱が減りますの。鬼畜ゲームでありながら、鬼畜を回避するほどゲームとしては正解、という逆説ですわ。Hシーンを物語から切り離したご褒美にせず、脱出という骨格に編み込んである。守れなかった代償としてしか加害が立ち現れない。加害を安易な消費の対象に貶めていない、という意味で誠実ですの。整合性を9点、凌辱と物語の接続を8点に置いたのは、この骨格と仕掛けへの評価ですわ。

間接描写は逃げか——覚悟の置きどころが少し変わっている

ここが、わたくしがこの作品に7点しか付けられなかった部分ですの。

本作の加害描写は、性交の逐語を正面からは見せませんわ。拘束された姿の発見、加害の断片的なやり取り、そして事後の被害者の様子——そうした間接の手法で凌辱を示唆しますの。ホラーとサスペンスの呼吸で鬼畜を包んでおりますわ。これを「逃げ」と取るかどうか、迷いましたの。鬼畜の核心を直接書かず、暗示で済ませている、とも読めますから。

けれど、わたくしはそうは取りませんわ。この作品の覚悟は、加害の只中ではなく、その後の被害者の姿に置かれておりますの。辱めを受けた者たちが、人形のように無表情で服を着て、「家に……帰る」とだけ繰り返す。美緒のような気丈な少女ほど、その壊れ方が痛々しい。凌辱の快楽ではなく、凌辱が人間に遺した空白を描く。ここから逃げない作品は、そう多くございませんわ。それでも7点に留めたのは、加害の只中を画面外に置いた分、鬼畜そのものの密度が薄まるからですの。覚悟が、加害ではなく余韻のほうに置かれた作品、という評価ですわ。直接的な鬼畜の濃度を期待する方には、物足りなさが残るかもしれませんの。

8.2——覚悟はあった。鬼畜の原点と呼ばれる理由が分かりますわ

最終評価を申し上げますわ。意欲と覚悟は本物ですの。

8.2という点数の内訳は、加害者の動機の一貫性と脱出ミステリーの整合性が9点相当、主人公を加害者にしない造形と結末の誠実さと逆説の構造が8点相当、加害の只中を画面外に置いた鬼畜描写の比重が7点相当、その平均ですわ。鬼畜ものとしては珍しく、主人公に一度も手を汚させず、加害のすべてを一人の男に背負わせ、その男の動機を最後まで一貫させた。そして被害者が壊れた後の空白から逃げなかった。覚悟がございましたわね。

この作品の覚悟は、加害の生々しさにではなく、加害が遺した余韻のほうに置かれておりますの。だから直接的な鬼畜の濃度だけを求めると、間接描写に肩透かしを覚えるかもしれませんわ。けれど、人形のように服を着て「家に帰る」と繰り返す被害者の姿を書ける作品が、逃げているはずがございませんの。後の鬼畜ものの祖と呼ばれるのも頷けますわ。直接の加害ではなく、その後の空白を見つめた——その置きどころの確かさが、この作品を古びさせていないのですの。8.2。覚悟への敬意を込めた数字ですわ。