伊頭悦子のレビュー — 加奈〜いもうと〜

伊頭悦子
伊頭悦子
人生経験型レビュワー
8.0/10
8.0 / 10

加奈って子の芯の通り方が、こっちの構えごとぶち抜いてきたわ。

カウンターの端でこの兄妹の話を聞いたとしたらね、アタシはたぶん、お代わりのグラスを差し出すのを忘れて黙ってたと思うのよ。病室で「愛しています」って妹のほうから言わせちまうこの空気、安易に泣かせにくる作りじゃないの、って最初は身構えたんだけれどね、加奈って子の芯の通り方が、こっちの構えごとぶち抜いてきたわ。

もちろん隆道って大学生のほう、アタシの目で見りゃ青いのよ。青いったらないわ。それでも病室の脇から逃げないって一点で、男の値打ちは下から少し戻ってくる。アタシが「この男、信用できるか」と問うたら、今のとこ五分と五分、ってとこね。

スコア詳細

主人公の造形 8
ヒロインの魅力 9
キャラ間の関係性 8.5
序盤の掴み 8
シナリオ構成 7
エンディングの満足度 7.5

どんな話なのか、ちょっとだけ

大学に上がったばかりの隆道って男の子と、慢性糸球体腎炎で入退院を繰り返してる妹・加奈、この兄妹の話よ。1999年、D.O.って小さなところから出た古い作品で、シナリオを書いてるのは田中ロミオ。当時は山田一って名前でね、まだ若かったはずなの。アタシが店を始めて十年そこそこの頃の作品、って思うと、なんだか他人事じゃないのよ。

派手な仕掛けは入ってないわ。病院と家を行き来する、ただそれだけ。でもね、その繰り返しのあいだに兄妹の距離感が少しずつ変わっていって、最後にどこへ着くかが何通りか用意されてる。アタシみたいな歳のおんなが見ると、こういう静かな作品ほど、書き手の度胸が出るのよね。

加奈って娘の芯について

病気の妹、なんて言葉で片付けるとね、可哀そうな子の話に聞こえちまうの。アタシは違うと思ったわ。加奈ってのは、痛みのなかで自分の頭で考え続けてる子なのよ。哲学書をめくって、聖書を引用して、日記をつけて、それで「生きたい」って一言を絞り出してる。あれは弱い娘の台詞じゃないのよ、生きるってことに腹を据えた人間の台詞だわ。

「もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな」なんてね、子どもの寝言みたいな響きで言うんだけれど、これが薄っぺらく聞こえないのが大したもんよ。日常で散々考え込んだあとの娘だから、こういう一言にも芯が通ってる。アタシの店に来てたら、間違いなく早い時間に良いお酒を一杯だけ出すタイプ。長居はさせない、でも本気で扱う。そういう娘に書けてるわ。

そして「愛しています」よ。妹のほうから兄に向かって出すこの一言、軽く扱ったら作品ごと安っぽくなるところを、ちゃんと重みをもって落としてくる。アタシに言わせりゃ、この台詞の重さを支えるためだけに、加奈って娘の細かい仕草と日記が積まれてきたんじゃないかと思うのよ。本物の言葉ってのは、こういう積み重ねの上にしか乗らないものね。

で、隆道って男はどうなの

正直、最初はね、アタシ眉間にしわ寄せてたわ。大学に上がって、自分のことで頭がいっぱいで、妹の死を直視できない、まあそりゃそうよ、十九そこそこの男の子なんてそんなものよ。感情が爆発するシーンの描き方も、若い若い。「俺の責任なんだ」みたいな台詞のぶつけ方は、もうちょっと黙ってなさいって思うのよ。

でもね、最後まで読み進めるとね、この子のいいところがひとつだけはっきり残るの。病室から逃げないってことよ。男ってのは口じゃないのよね、足の運びでわかるの。会いに行くか、行かないか。アタシが店で何十年も見てきた中で、ここで踵を返すタイプの男が大半だったわ。隆道は行く。震えながらも行く。それだけで、アタシはこの男を半分くらい信用してもいいと思った。

主人公の造形に8.0をつけたのはね、「未熟さも込みで人間として書けてる」ってことよ。等身大の青さを隠さないで、それでも一線だけは越えさせる。書き手の側に肝が据わってるのを感じるわ。等身大の十九歳をスマートに描いちゃう作家のほうがよっぽど嘘くさいのよね。

兄妹と、もうひとりの娘

関係性の話をするとね、隆道加奈の二人だけだと、これはどうしても閉じた話になっちゃうの。そこに鹿島夕美って幼なじみが入ってきて、はじめて空気が動き出すのよ。夕美隆道に気持ちを寄せてる、けれど加奈のことも本気で心配してる、っていう、おんなとしては一番しんどい立ち位置にいる子ね。アタシは夕美に同情するわ。あの子にもう少し勝ち目のある世界線をくれてやりたかった、ってのが本音よ。

この三人の構図がいいのよ。誰かが誰かを単純に邪魔してるんじゃなくてね、三人それぞれが自分の弱さを抱えて、それでも相手のことを思ってる。「悪い人がひとりもいない話なのに、ちっとも救われない」っていう、おんなの人生によくある形が、ちゃんと描けてるじゃないの。8.5って点はここに払ったわ。

入口と出口の作り、アタシの採点

序盤の掴みは、悪くないのよ。家の中の他愛ない日常と、病院の白い空気を交互に見せてくるあのリズム。これが効いてるの。「あ、この子はずっと家にいない子なんだ」って、こっちが台詞で説明される前に体で覚えちゃうのよ。狙いがはっきりしてる導入だわ。8.0で文句なし。

シナリオ構成は7.0にした。これはね、決して退屈ってわけじゃないのよ。ただアタシみたいなおばさんから見ると、中盤の繰り返しがちょいと長く感じる場面があるの。「ここはもう半分でいいから、向こうに一押し時間を回しなさいよ」って言いたくなる部分がね。とはいえ、長く一緒にいる時間そのものが効いてくるタイプの作品でもあるから、これは好みの分かれ目かもしれないわね。

エンディングは7.5。複数用意されていて、どれを選ぶかでこっちの胸に残るものがまるで違ってくる作りなのは買うわ。ただ一個だけ言わせて。「ここは泣かせにきてるな」って手の内が見えちゃう瞬間がたしかにあるのよ。狙いすぎ、って言葉が浮かんじゃう。それでも全体としては、十年経っても二十年経っても語られる理由のある終わり方を、ちゃんと一個は持ってるわ。アタシの中ではぎりぎり及第点よりかなり上、ってとこ。

最後にひとこと

古い作品よ。絵柄も古い、容量も小さい、画面も小さい。それでもね、この加奈って娘がこっちに残していくものは、今のピカピカした作品と比べたって少しも見劣りしないわ。「生きたい」って言葉を、ここまでまっすぐ書けてる作品、最近ほとんど見ないもの。

アタシは隆道に「もっとしゃきっとしな」って言いたい場面が何度もあったし、夕美のことを思って溜息もついたし、加奈の日記の一行を読んで黙っちゃった夜もあった。それだけのものをこっちに残していった、ってだけで、8点はちゃんと払う価値のある作品よ。若い男の子が妹に振り回されながら一歩だけ大人になる話、として読んでもいいし、芯の通ったおんなの最期の時間の話、として読んでもいい。どっちで読んでもね、損はさせない作品じゃないの。