加奈がこの世界にいてよかった、と思った。
あたし、ずっと泣いてた。読んでる間ずっと泣いてたし、読み終わってからも泣いてた。加奈っていう女の子のこと、好きになりすぎてどうしようもなかった。これ、ぜったい好きなやつだ、って最初の数時間でわかった。あとはもう加奈の隣にいる時間を一秒でも長く欲しくて、画面の前から動けなかった。1999年、D.O.から出た恋愛ADV。シナリオは田中ロミオ(当時は山田一名義)。あたしの中ではもう、9.0。理屈はあとで考える。
スコア詳細
加奈に会ってください、それしか言うことない
この作品の話をするときに、あたしが最初に言いたいことは一つだけ。
加奈に会ってください、ってことです。1999年、D.O.から出た恋愛ADV。シナリオは田中ロミオ(当時は山田一名義)。主人公は藤堂隆道、大学1年の男の子。妹の加奈は慢性糸球体腎炎っていう病気で、子供のころから入院と退院を繰り返してる。物語は退院してきた加奈と隆道の日常から始まる、っていう、書いてしまうとすごく地味な話。
でもね、地味じゃないんだよ。一秒一秒が地味じゃない。退院した加奈が家に帰ってきて、薬の管理して、ご飯食べて、たまに学校行って、また具合悪くなって——それだけの日々のなかで、加奈っていう女の子がだんだん立ち上がってくる。「病気の妹」っていうラベルで片付けたら絶対にいけない子なんだって、読んでるうちにわかってくる。それがこの作品。
あたしには無理。あたし、加奈のこと好きすぎて冷静に紹介できない。あらすじを書こうとすると加奈の話になる。だからこの先、ずっと加奈の話します。ごめん。
加奈の話をさせてください
加奈は、病気の妹じゃない。哲学する女の子だった。
これ、ほんとなの?って最初疑った。入退院を繰り返してる中学生の女の子が、ベッドの上で哲学書を読んでて、聖書を引用して、日記をずっと書いてる。最初は「キャラ付けがちょっと盛ってない?」って思ったんだよ。でも読んでいくと、これが盛ってないってわかる。加奈はずっと、自分で考えてる子なの。自分が病気だってことを、自分の頭で受け止めようとしてる子なの。誰かに慰めてもらうんじゃなくて、自分の言葉で「生きる」とか「死ぬ」とかを考えてる。
そんな子が、「生きたい」って言うんだよ。これ、ほんとに重い。「生きたい」って、当たり前に生きてる人間は普段口にしない言葉でしょ。当たり前じゃないところにいる子だけが、自分の意思として「生きたい」って言える。加奈はずっとそれを言い続ける子なの。あたしはこの「生きたい」を聞くたびに、画面の前で泣いてた。
同時にこの子は、「もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな」とも言う。生きたいって言ってる口で、自分の死を可愛い言い方で受け入れてる。この同居が加奈なんだよ。明るく振る舞ってるのは演技じゃなくて、加奈が自分で選んだ生き方。死を見つめる強さがあるからこそ、加奈は笑える。あたし、こんな女の子が一人いる作品を軽い気持ちで紹介できない。会いに行ってほしい、っていうしかない。
夕美のことも好きになっちゃった
加奈の話だけで終わるつもりだったけど、もう一人話させて。
幼なじみの鹿島夕美。青心女子大に通ってる、隆道のことが好きな女の子。本来なら「加奈と隆道の世界に踏み込んでくる第三者」って役で、嫌なやつに書こうと思えばいくらでも書ける立ち位置なんだよ。でも夕美はそうじゃない。隆道が好きで、同時に加奈のこと本気で心配してて、その両方が嘘じゃないの。
普通、恋する女の子が「彼の妹が大変だから今は身を引く」みたいな立場にいたら、嫉妬とか自己嫌悪とかでぐちゃぐちゃになると思うんだよ。夕美の中にもそれはある。あるんだけど、それを抱えたまま加奈の心配を優先する瞬間がちゃんとある。そういう夕美のことを、あたしは好きにならないわけにいかなかった。
加奈と隆道の関係が密室になりすぎないのは、夕美がいてくれるからだと思う。三人の距離感が、誰も悪者にならない形で成立してる。これは結構すごいことだよ。
日常がずっと続く、それが効いてくる
この作品、派手なことが起きないんだよね。ずっと日常。それが効いてくる。
退院して、家で過ごして、また入院して、また退院して。季節が変わって、加奈が少し成長して、また具合が悪くなって。これの繰り返し。普通の作品なら飽きるはずなのに、加奈と一緒にいる時間そのものが嬉しいから、飽きないんだよ。退院してくる場面のたびに「おかえり」って画面に向かって言ってた。やばいよね、ゲームに話しかけてた。
そして繰り返してるからこそ、加奈と隆道の距離がじわじわ変わっていくのがわかる。最初は兄妹として薬の管理とかしてた隆道が、だんだん加奈の言葉を一個一個ちゃんと聞くようになる。加奈も、隆道に対して見せる顔が少しずつ変わっていく。何かが大きく動くんじゃなくて、たくさんの小さい変化が積み重なっていく感じ。あたし、こういう積み重ね型の話に弱いの。気がつくと感情がいっぱいになってる。
そして加奈が「愛しています」って言う瞬間が来る。来た瞬間、あたしはもう声出して泣いてた。これまでの全部の日常の時間が、この一言に集まってる感じがしたから。あの「愛しています」、軽くない。日常を一緒に積み上げてきた人間にしか言えない重さがあった。
不満があるとすれば、隆道のこと
9.0つけてるけど、満点じゃない理由がある。
主人公の隆道、ちょっと普通すぎる気がした。加奈があまりにも深い子だから、それを受け止める側の隆道が「ふつうの大学生」のままなのが、ちょっと気になることがあったの。加奈が哲学とか生死のことを言葉にしてくるのに、隆道のリアクションが「妹を心配する兄」の枠から大きくは出ない場面が多くて、加奈に追いつけてないんじゃない?って思っちゃう瞬間があった。
でもね、これ、悪く言いきれないんだよ。加奈に追いつけてないからこそ、加奈の隣で揺れて、悩んで、加奈のそばにいることを選ぶっていう、ふつうの男の子の物語にもなってる。だから減点幅は小さい。あたしは加奈との関係性を見たかったから、隆道がふつうでいてくれる方が、加奈の特別さが際立ったとも言える。
あと、複数エンディングがあるんだけど、ルートによって完成度に差があるかなとは感じた。中心の流れは強い。すごく強い。ここはネタバレ版で詳しく話します。
エンディングのこと(控えめに)
具体的なことは書けないけど、これだけ言わせて。
エンディングは、加奈と隆道がここまで積み上げてきた時間に対して、ちゃんと誠実な形で着地する。投げっぱなしじゃないし、安いカタルシスで誤魔化しもしない。加奈っていう女の子の言葉を、最後の最後まで大事にしてくれる。それだけは保証する。
あたしはエンディング後、しばらく何もできなかった。立ち上がれなかった。「今日、海を見た。もう恐くない。」っていう加奈の日記の一文が頭の中をぐるぐるしてて、それがどんな景色の中で書かれた言葉だったのかを思い返してた。やってないとこの一行の重さはわからない。クリアした人にしか届かない重さがある。
泣きゲーとしての評判は伊達じゃない。でもあたしの中ではもう「泣きゲー」っていう枠組みより、「加奈っていう女の子に会いに行く作品」になってる。会ってください。それしか言えない。
9.0——加奈がこの世界にいてよかった
一言で言うと、加奈がこの世界にいてくれてよかった、って思った。
キャラクターって、画面の中の存在なのに、こんなに「ありがとう」って言いたくなる子に出会えるんだなって、あらためて思わせてくれた作品。加奈は記号じゃなかったし、ただの泣かせ装置じゃなかった。自分の頭で考えて、自分の言葉で生きて、最後まで加奈であり続けてくれた女の子だった。あたしは加奈に会えてよかった。
主人公のふつうさとかルートのムラとか、減点ポイントはちゃんとある。でも、それを差し引いても9.0つけたい作品。1999年の作品だから古いっていう人もいるかもだけど、加奈の言葉は古びてない。今読んでも刺さる。これからやる人がうらやましいくらい。
あと、一個だけ。EDの歌詞に「ほら今 私 生きてる」っていう一節があって、あたし、これ読んだとき止まっちゃったの。風の匂いを感じて、手を差し出して、今自分が生きてることを確かめてる。これ、加奈の声に聞こえた。「生きたい」ってずっと言い続けた子が、ちゃんと「生きてる」って言えた瞬間に聞こえた。ゲームの外でも加奈がいる感じがして、また泣いてた。
「今日、海を見た。もう恐くない。」
— 加奈(日記より)
この一行が出てくる瞬間に立ち会ってほしい。それまでの全部の時間がこの一行に集まってる感じ、ぜひ自分で感じてほしい。あたしからのお願いは、それだけです。
