加藤萌絵のレビュー — 加奈〜いもうと〜

加藤萌絵
加藤萌絵
キャラが全て
8.5/10
8.5 / 10

加奈、完全に解釈一致だった。

D.Oが1999年にリリースした恋愛ADV。シナリオは田中ロミオ(当時は山田一名義)。慢性糸球体腎炎で入退院を繰り返す妹・加奈と、それを支える兄・隆道の物語。プレイしたのはPC版。「泣きゲー」とまとめられがちな作品だけど、わたしの目に映ったのは「加奈というひとりのキャラがどれだけ一貫しているか」のお手本みたいな構造だった。哲学書を読み、聖書を引用し、日記を書く。病気が進行しても、その「加奈らしさ」が一度も崩れない。これはちゃんとキャラを理解した上で書いてる作品だ、と思った。わたしの評価は8.5。

スコア詳細

ヒロインの魅力 10.0
キャラ間の関係性 9.0
感動・カタルシス 9.0
シナリオ構成 8.0
主人公の造形 7.5
エンディングの満足度 7.5

「妹もの」って聞いて警戒したんだけど

妹キャラというだけで属性に寄りかかる作品が多すぎる中で、これは違った。

D.Oが1999年にリリースした恋愛ADV。シナリオは田中ロミオ(当時は山田一名義)。中央値82・1140票というErogameScapeの数字を見て、長年語り継がれている作品なのは知ってた。でも「妹もの」「難病もの」っていうラベルだけ見て、正直ちょっと身構えてプレイし始めたんですよ。属性で記号化されたキャラが出てきたら、わたしは即座に閉じる。

主人公は藤堂隆道くん、大学1年生。一人称は「俺」。ヒロインは妹の藤堂加奈ちゃん、慢性糸球体腎炎で入退院を繰り返している。それと、青心女子大に通う幼なじみの鹿島夕美さんも近くにいる。物語の中心は、兄妹として育ってきた二人の距離感が、加奈の病気と日常のなかで少しずつ変わっていくところ。

……で、結論からいうと、わたしの警戒は完全に的外れだった。加奈ちゃんは「病気の妹」じゃない。「加奈」というひとりのキャラだった。それがこの作品を成立させてる芯だと思う。

加奈ちゃん、最初から最後までブレない

この作品のヒロイン設計、わかってる。完璧にわかってる。

加奈ちゃんが何をしているキャラかというと、哲学書を読み、聖書を引用し、毎日日記を書いてる。これね、属性として並べると「文学少女っぽい設定」に見えるんですよ。でも実際に読むと違う。あの子の場合、それが「生きるための行為」になっている。読むこと、引用すること、書くこと、ぜんぶが「自分の輪郭を保つための作業」になっていて、台詞ひとつひとつに加奈ちゃんの思考の癖が見える。これは設定じゃなくて、キャラそのものなんです。

「生きたい」とあの子は言う。何度も言う。状況がどれだけ重くなっても、表現を変えても、芯にあるのはずっと「生きたい」。この言葉がブレないっていうのが、わたしには本当に大きかった。病気が悪化したら弱音を吐く、安心したら甘える、みたいなテンプレ反応じゃなくて、どの場面でも「加奈の言葉」で語ろうとする。それが一貫してる。解釈一致。

「もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな」って言うあの場面。普通だったらここで湿っぽくなるところを、加奈ちゃんは自分の言葉でちょっとだけ笑える方向に持っていく。重さを承知の上で、それでも自分の言葉を選ぼうとする。あの子はそういうキャラなんですよ。書き手がちゃんと加奈を知ってないとああいう台詞は出てこない。

哲学書を読んでる場面でも、日記をつけてる場面でも、隆道くんに何気ない一言を返す場面でも、ぜんぶ同じ「加奈」が一貫して存在してる。哲学的なことを言っても妹としての可愛さが崩れない。可愛い場面でも頭の良さが消えない。両立してる。両立できているキャラって、本当に稀。

隆道くんは「主人公補正」と「不器用」のあいだ

主人公の評価は、わたしは8点には届かなかった。

藤堂隆道くんは大学1年生で、感情的で不器用な兄。妹のそばにいたい、でもそれをうまく言葉にできない。基本的にはちゃんと造形されているキャラなんです。加奈に対しての接し方には、ちゃんと「兄として積み上げてきた時間」が滲んでいて、ふとした一言の選び方に隆道くんの優しさと不器用さが両方出ている。そこは好きだった。

ただ、場面によっては「主人公補正」で動いている感じが出る瞬間があった。ここでこの選択をするのは、隆道くんの性格としてはちょっと飛びすぎてないか、という違和感のある場面が何度かある。そういう箇所が出てくると、わたしの中で点数がじわっと下がるんですよ。キャラとして見たときの一貫性が、加奈ちゃんに比べると一段落ちる。

とはいえ、隆道くんを「ぜんぶ理解した主人公」として書こうとしていないのは伝わってくる。彼は彼で迷い続けるし、自分の感情に追いつけない瞬間が何度もあって、そこの不器用さがちゃんと残されてる。完成してる加奈ちゃんと、未完成な隆道くん、っていう非対称性は、たぶん意図的な設計。だから「主人公の造形」は7.5。減点ではあるけど、好きな造形ではある。

「兄妹」って関係を、ちゃんと変化させてる

関係性の描き方、これも解釈一致。

序盤の隆道くんと加奈ちゃんは、わかりやすい「兄と妹」なんですよ。背中の届く距離にいて、軽口を叩き合って、お互いをいるのが当たり前として扱ってる。この距離感の取り方が丁寧。台詞のテンポが本当に「兄妹」のテンポになってる。

でも入退院が重なって、加奈ちゃんが大人びていく過程で、二人の関係が少しずつ別の何かに変わっていく。隆道くんが加奈ちゃんを「妹」として見てるはずなのに、ふとした瞬間に「ひとりの人間」として見てしまう瞬間がある。加奈ちゃんの方も、自分のことを「妹」じゃなく「加奈」として隆道くんに見てもらおうとする。その変化の手触りが、台詞や場面の構成にちゃんと残ってる。

「愛しています」って加奈ちゃんが隆道くんに言う場面。あれを「妹のセリフ」として読むか、「ひとりの人間のセリフ」として読むかで、印象が全部変わる。書き手はそれを承知の上で書いてる。妹キャラに無理やり言わせた言葉じゃなくて、加奈という一貫したキャラが、自分の言葉として選んで言った台詞になっている。だから引っかからない。むしろ、ここに来るまでに積み上げた時間の重みが、あの一言に全部乗っかってる。

夕美さんとの関係性もちゃんと書かれてる。隆道くんに恋心を持っているけど、加奈ちゃんのことも本気で心配している立場。夕美さんの描かれ方が気になる場面が一部あったので、そこはネタバレあり版で詳しく。ただ全体としては、夕美さんも「自分の感情と、他人への気遣いのあいだで揺れるひとりの人間」として書かれていて、そこにキャラとしての厚みがある。

泣くんじゃない。加奈に持っていかれるんだ

「泣きゲー」って分類、わたしはこの作品に対して使いたくない。

「泣きゲー」っていうラベルって、結局は「泣かせるための仕掛け」を中心に据えてる作品に貼られるじゃないですか。シナリオが感動装置として機能してる作品。でも『加奈〜いもうと〜』は違うと思った。シナリオが感動を狙いに行ってるんじゃなくて、加奈というキャラに積み上げてきた感情が、後半で勝手に持っていかれる構造になってる。

加奈ちゃんの日記の中に「今日、海を見た。もう恐くない。」という一文が出てくる。これがどれだけ来るかは、この一文に来るまでに加奈という人を読者が「知ってる」状態になっているかで全然違う。わたしはちゃんと加奈ちゃんを「知ってる」状態でこの一文に到達したから、本当に来た。たった14文字なのに、加奈ちゃんが自分の中で何を超えてここに来たのかが見えるんですよ。

感動の方法論として、わたしが信頼してるのはこういうタイプ。「感動シーン」を書くんじゃなくて、「キャラを書いた結果として感動が起きる」タイプ。この作品はそれをやってる。だから9.0。最後の数行で一気に持っていく作品はたくさんあるけど、この作品はその「最後の数行」までに敷いた線が綺麗だから、結果として強い。

構成は良い。ただエンディングは人を選ぶ

複数エンディングがあるけど、ここは正直なところを。

シナリオ構成は8.0。日常パートと病院パートのバランスの取り方、加奈ちゃんの状態の上下動の挟み方、夕美さんとの関係性の入れ方、ぜんぶ計算されてる。長すぎず短すぎず、加奈ちゃんを「知る」ための時間がちゃんと確保されている。何より、序盤から終盤まで「加奈らしさ」がブレない設計になっているのが大きい。共通の積み上げがあるから、終盤のどの分岐に行っても加奈の芯が変わらない。

エンディングの満足度は7.5。複数のエンディングが用意されていて、それぞれに加奈ちゃんと隆道くんの行き着く先が違う形で描かれる。それぞれに納得感はあるんですよ。「このルートの加奈ちゃんなら、こうなる」っていう内的整合性は取れている。ただ、「これだ」と一発で全部の感情を回収してくれるエンディングか、と聞かれるとちょっと違う。プレイヤーごとに「自分にとっての加奈の物語の終わり」を選ぶ作品だから、人によって満足度が割れるタイプ。わたしはわたしで、「これがわたしの加奈ちゃん」と思える結末を選んだから、そこに関してはちゃんと満足してる。

詳細についてはネタバレなしでは語れないので、各エンディングの感情的な到達点、夕美ルートの「ここはちょっと気になった」ポイント、Hシーン4つそれぞれのキャラ整合性についての解釈一致/解釈違いの判定は、ネタバレあり版で全部。

8.5——加奈というキャラが、完成されていた

わたしにとっての評価基準は、このキャラを好きになれたかだけ。

加奈ちゃんは、最初から最後まで「加奈」だった。哲学書を読む加奈、日記を書く加奈、聖書を引用する加奈、「生きたい」と言う加奈、「愛しています」と言う加奈、ぜんぶが地続きの同じ人物として描かれていた。属性じゃなく、キャラとして完成されてた。だから10.0で当然。これがブレてたら、この作品はぜんぶ崩れてた。

あと一個だけ言いたい。インサートソング「Believe〜つぶらな瞳〜」の一節、「信じてる そう 信じてる / 時は戻らなくても / あの日の輝きは ふたりの胸にある」。これ、加奈ちゃんの「生きたい」と完全に同じ芯を持ってる。時間が戻らなくても、あのときが胸にある。だから今を信じて生きていける。「生きたい」と言い続けたキャラが外から見るとどう見えるかを、この歌詞がそのまま言語化してる感じ。テキストとして読んだとき、書き手が加奈ちゃんをちゃんとわかってた証拠のひとつに見える。

隆道くんの造形と、夕美さんの一部の場面で気になるところがあって、そこで合計が少し削れる。エンディングは納得感はあるけど一発で全感情を回収してくれるタイプじゃなかった。それで8.5。減点はあるけど、「加奈というキャラ」を読めたという一点だけで、この作品はわたしの中で長く残る作品になった。

「妹もの」「難病もの」というラベルで敬遠している人にこそ、加奈ちゃんに会ってみてほしい。あの子は属性じゃない。ちゃんと一人の人間として、そこにいる。