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加藤萌絵のレビュー — 加奈〜いもうと〜(ネタバレあり)

加藤萌絵
加藤萌絵
キャラが全て
8.5/10
8.5 / 10

6つの結末、ぜんぶ加奈ちゃんだった。

ネタバレなし版で言いきれなかったことを、ここで全部。加奈ちゃんと隆道くんに血縁がないという事実が物語のどこに効いていたか。6つあるエンディングそれぞれで加奈ちゃんが「加奈のまま」でいられたか。Hシーン4本それぞれが加奈ちゃんを崩していないか。それから、ネタバレなし版で「ちょっと気になった」と書いた夕美さんの場面の話。わたしの判定基準はひとつだけ。加奈ちゃんの解釈が、最後まで一致していたかどうか。結論を先に言うと、わたしの中で加奈ちゃんはぜんぶの結末で「加奈」だった。だから8.5。

スコア詳細

ヒロインの魅力 10.0
キャラ間の関係性 9.0
感動・カタルシス 9.0
シナリオ構成 8.0
主人公の造形 7.5
エンディングの満足度 7.5

血縁の真実——加奈ちゃんは知っていた、たぶん最初から

加奈ちゃんと隆道くんは、戸籍上は兄妹だけど血はつながっていない。父の友人——病弱で妻に先立たれた男——の遺児を、藤堂家が引き取って育てた。隆道くんがドナーを志願したことをきっかけに両親が告白する、というのが物語上の表向きの流れ。でもわたしが加奈ちゃんを読んでいて思うのは、加奈ちゃんはたぶん、もっと前から気づいていた。

その証拠が、加奈ちゃんが最後の夜に自分から言う「アルバム……わたしも気づいたから」という一言なんですよ。隆道くんは古いアルバムを見て血縁の不一致に気づいたんだけど、加奈ちゃんもまた同じアルバムを見て、同じ結論に到達していた。しかも、それを長らく口にしなかった。これがどれだけ加奈ちゃんらしいかって話なんです。

加奈ちゃんは哲学書を読み、聖書を引用し、毎日日記を書く子。自分のなかで物事をぜんぶ言葉にして整理しないと気が済まないキャラ。そういう子が「自分の出自」という最大級の問いに気づいて、それを一人で抱えて、隆道くんの前では「妹」でいることを選び続けた。これって、加奈ちゃんが「血縁の有無」よりも「兄妹として過ごしてきた時間」を上に置いたってことなんですよ。

ここがすごく加奈ちゃんらしくて。血の有無で関係を定義しないキャラなんです、加奈ちゃんは。「お兄ちゃん」と呼ぶこと、隆道くんを慕うこと、それを「事実としての血縁」じゃなく「自分が選んだ感情」として持っている。だから「アルバムで気づいた」と最後に明かす場面が、ぜんぜん告発にも被害者ぶった台詞にもならない。「わたしも知ってたよ」っていう、対等な共有として響く。これが完全に解釈一致なんです。書き手、加奈ちゃんのことちゃんとわかってる。

血縁不在という事実が、加奈ちゃんのアイデンティティを揺るがす材料として使われていないのも、わたしは好き。難病もので血縁の秘密が出てくると、たいてい「実は妹じゃなかった!だから愛せる!」みたいな解消装置として使われがちじゃないですか。でもこの作品はそうしない。加奈ちゃんはずっと前から知っていて、その上で「お兄ちゃん」を選び続けていた。事実が後出しになっても、加奈ちゃんの感情の積み上げは何も変わらない。これが正しい血縁設定の使い方だと思う。

エンディング①「はじまりのさよなら」——加奈ちゃん、自分の足で歩く

移植成功。加奈ちゃんは生きる。兄妹を超えた関係になって、しばらく家族として過ごしたあと、加奈ちゃんは書店住み込みの仕事を選んで家を出ていく。「兄妹のままじゃ、何にもならないから」って言って。

このエンディング、わたしはすごく加奈ちゃんらしいと思った。完全に解釈一致。だってあの子、ずっと「生きたい」と言ってきたじゃないですか。それも、ただ「死にたくない」じゃなくて、「自分の言葉で、自分の人生を生きたい」というニュアンスで。哲学書を読んで、日記を書いて、自分の輪郭を保ち続けてきた子が、生き延びたあとに選ぶのが「自立」っていうのは、ぜんぶつながってる。

もし加奈ちゃんがここで「お兄ちゃんとずっと一緒にいたい」だけで終わってたら、わたしはたぶん「えっ、加奈ちゃんそんなキャラだっけ?」って違和感を持ったと思う。でもあの子は違う。隆道くんを愛したまま、自分の足で別の人生を始める方を選ぶ。「もう後悔したくない」って言って結ばれた一夜と、その後の自立は、ちゃんとひとつの軸の上にある。「自分の意思で選ぶ」という軸。それが加奈ちゃんの核なんです。

結ばれた後にすぐ離れるのを「物足りない」って読む人もいると思う。でもわたしの読みでは逆で、結ばれたあとにこそ加奈ちゃんは「自分の人生」を始められた。隆道くんの庇護下でぬくぬくしてる加奈ちゃんは、たぶん加奈ちゃんじゃない。完全な解釈一致。

エンディング②「追憶」——声を残すというキャラ性

移植は失敗。加奈ちゃんは死ぬ。残された隆道くんが一年間ほぼ廃人みたいになって、墓前で加奈ちゃんがあらかじめペンダントに録音しておいたメッセージを聴いて、ようやく再起する——という結末。

「録音されたメッセージ」っていうギミック、これも加奈ちゃんのキャラとして完璧に整合してるんですよ。あの子、自分の言葉を残すことに執着のあるキャラじゃないですか。日記を書き続けて、哲学書から引用して、自分の言葉で世界を整理する。そういう子が、自分の死を予感したときに「お兄ちゃんに残す録音」を準備するのは、めちゃくちゃ自然な行動。

もしこれが、加奈ちゃんが自分の言葉に無頓着な子だったら、わたしは「都合のいい仕掛けだな」って点を下げてた。でも加奈ちゃんは違う。ずっと言葉を残してきた子だから、最期の場面でも自分の言葉を残す。完全な解釈一致。「死後にも届く声」という構造そのものが、加奈ちゃんの生き方の延長線上にちゃんとある。

このエンドは隆道くんの再起の物語でもあるんだけど、わたしは加奈ちゃんの「声を残すキャラとしての完結」として読みました。加奈ちゃんは死んでも加奈ちゃんでした、というエンディング。

エンディング③「迷路から」——夕美さんがかつらをかぶる、という選択

ここは正直に書きます。わたしの中で唯一、ちょっと判断が割れたエンディング。

加奈ちゃんが死んだあと、隆道くんが現実否認の錯乱状態に陥る。加奈ちゃんがまだ生きていると思いこんで、誰もいない部屋で「加奈」と話しかけ続けるみたいな状態。そこに夕美さんが入ってきて、加奈ちゃんのかつらをかぶって加奈ちゃんのふりをする。そして「加奈ちゃん……もう死んだんだよ」と告げて、隆道くんを現実に引き戻す——というエンディング。

夕美さんのキャラとして、この行動が解釈一致か、わたしはずっと考えてました。夕美さんって、明るくて率直で、自分の感情にも他人の感情にも正直なキャラじゃないですか。隆道くんに片想いを長年続けてきて、それでも加奈ちゃんのことを本気で心配していた人。優しい。でも「優しい」ことと「加奈のかつらをかぶって加奈のふりをする」ことのあいだには、わたしの感覚だと、けっこう深い谷がある。

正直なところを言うと、夕美さんがここまでするのは「夕美さんのキャラ」よりも「物語の機能」として配置されてる感じがちょっとした。隆道くんを錯乱から戻すために、夕美さんを使った、っていう。夕美さんの感情の積み上げから自然に出てきた選択というよりは、シナリオ上の必要に応じて夕美さんに重い役割を負わせた感じが、わたしの中ではほんの少し残った。

ただ、これを完全な解釈違いとまでは言いきれない。夕美さんが本当に隆道くんと加奈ちゃんを大事に思っていたら、たぶん他に方法がない局面で、自分を消してまで隆道くんを引き戻すことを選ぶ可能性はある。それは夕美さんの「優しさ」のもっとも極端な発露として、ありえないわけじゃない。だから、わたしの中では「ギリ解釈一致だけど、夕美さんに重荷を背負わせすぎたかも」という判定。これがネタバレなし版で予告した「夕美さんの一部の場面で気になるところ」の正体です。

夕美さんを「物語のための犠牲」として使うんじゃなくて、夕美さんの感情の到達点として描く尺がもう少しあったら、ここは完全な解釈一致になってたと思う。そこだけが惜しい。

エンディング④「雪」——「雪を降らせてみようかな」を実現したキャラの完璧な解釈一致

このエンディングは、わたしの中ではぶっちぎりで一番好きかもしれない。完全に解釈一致のお手本。

移植はしない。加奈ちゃんが「もういいの」と言って、家族と美樹ちゃんに見守られながら静かに死んでいく。そして加奈ちゃんがかつて言った「もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな」の通り、雪が降る。翌春にはウメバチソウが咲く。

これね、わたしずっと加奈ちゃんの「雪を降らせてみようかな」っていう台詞が好きで。重い話をしてるのに、加奈ちゃん自身がちょっと笑える方向にずらして自分の死を語る、っていうあのバランス感覚。あれが加奈ちゃんの言語感覚の核なんですよ。状況の重さに飲み込まれず、自分の言葉のリズムで物事を受け止めようとする。

そういうキャラの台詞が、本当に物語の中で実現する。雪が降る。これって、加奈ちゃんの言葉が世界に届いた、ということなんです。加奈ちゃんは自分の言葉で世界を整理してきた子で、最後の最後にその言葉が世界の側から応答される。こんなにキャラと結末が一致してるエンディング、なかなかない。

移植しない」という選択も、加奈ちゃんらしい。移植に賭けるという選択肢を加奈ちゃんが拒むのは、無気力からじゃないんですよ。加奈ちゃんはずっと「自分の意思で選ぶ」キャラだから、自分の体に何が起きるかについても、自分で決めたい。「もういい」というのは投げ出しではなく、選択。だからわたしは加奈ちゃんが「もういい」と言う場面で泣けたんです。あれが加奈ちゃんの最後の自己決定だった。完全な解釈一致。

ウメバチソウが翌春に咲く描写も、加奈ちゃんの「世界に何かを残す」というキャラ性とまっすぐつながってる。雪も花も、加奈ちゃんの意思の延長として配置されている。加奈ちゃんがいなくなった世界に、加奈ちゃんの言葉のかたちが残る。10点満点のヒロインの結末として、文句のつけようがない。

エンディング⑤「おもいで」——日記を残し、肝臓で「かな」を生かす

加奈ちゃんが死んで、加奈ちゃんが生前に書き続けていた日記が『命を見つめて』として刊行される。さらに加奈ちゃんは生前に臓器ドナーカードを持っていて、肝臓が霧原香奈ちゃん——ホスピス須摩子叔母さんと過ごしていた縁のある、肝不全を抱えた同名の「かな」——に移植され、香奈ちゃんが生き延びる、というエンディング。

これも加奈ちゃんのキャラとして整合している。日記の出版は、「自分の言葉を残したい」加奈ちゃんの極北。あの子がずっと書き続けてきた日記が、世界に向かって本になる。これは加奈ちゃんの言葉が「お兄ちゃんへの私信」を超えて、他人に向けたメッセージになるということで、加奈ちゃんが言葉に込めてきた誠実さの当然の帰結。完全な解釈一致。

肝臓移植の方は、もう少し慎重に考えたい。ドナーカードを持っていたという設定そのものは、加奈ちゃんがホスピス須摩子叔母さんと過ごし、同じ病を抱えた香奈ちゃんと言葉を交わしてきた経験から、自然に出てきうるもの。死というものを長く見つめてきた加奈ちゃんだからこそ、「自分の死後の体の使い道」を自分で決めておく、という選択ができる。これも加奈ちゃんらしさの延長線上。解釈一致。

ただ、「同名の『かな』に肝臓が渡る」という偶然はちょっと出来すぎな気もした。物語としての美しさは取れているけど、そこだけは「シナリオが詩を取りに行った」感じがある。でも加奈ちゃんのキャラの一貫性が崩されているわけじゃないので、減点はしない。加奈ちゃんは加奈ちゃんのまま、自分の死後も誰かを生かした。

エンディング⑥「今を生きる」——夕美さんとの終着点

ED5の構造に加えて、大学のキャンパスで夕美さんと再会するエンディング。夕美さんが『命を見つめて』を読んでいて、「これ、読んだよ」「許してやってもいいかな」と言ってくれる。長い時間を経て、夕美さんが隆道くんのところに戻ってくる結末。

夕美さんのキャラの解釈としては、わたしはこれを「夕美さんらしい着地」として受け取りました。夕美さんって、率直で、感情を抱え込まないキャラじゃないですか。傷ついていても、自分のなかで時間をかけて整理して、自分の言葉で結論を出せる人。だから「許してやってもいいかな」というあの言い回しが、夕美さんらしくて好き。重くもなく軽くもなく、ちょうど夕美さんの温度。解釈一致。

加奈ちゃんの日記が二人をもう一度つなぐ、という構造もきれい。加奈ちゃんが言葉を残したことが、夕美さんと隆道くんの関係を救う形になっている。加奈ちゃんの言葉が、加奈ちゃんがいない世界でもまだ働いている。「言葉を残す加奈ちゃん」の最終的な意味が、ここで完成する。

ED3の夕美さんとは違って、こちらの夕美さんは「夕美さんの感情の延長線上」できちんと配置されてる。ED3が「機能」だったとすれば、ED6は「感情の到達点」。だから同じ夕美さんでも、わたしの中ではこっちの方がずっと解釈一致度が高い。

Hシーン4本の解釈一致/解釈違い判定

ここはわたしの専門分野。エロゲーのHシーンって、書き方を間違えると一発でキャラを崩すから、わたしはここを一番厳しく見る。『加奈〜いもうと〜』のHシーンは合計4本。順番に判定していきます。

Hシーン1 — 鹿島夕美さん(ホテル・初体験)

大学のコンパで隆道くんと再会した夕美さんが、酔った隆道くんをホテルに連れ込んで自分から告白する場面。事後に夕美さんが「最後の方……なんか……よかった……」「でも、今度からは避妊……しよーね」と冷静に避妊の話をするところ、わたしは夕美さんのキャラとして完璧に解釈一致だと思った。情熱で押し切るタイプじゃなく、自分の感情を全部出した後でも現実的な確認を一個入れる、あのバランス。夕美さんらしい。解釈一致。

ただ問題は隆道くんの側で。夕美さんと寝ながら頭のなかでフラッシュバックしてるのは加奈ちゃんの顔っていう、隆道くんの内的な倒錯がここで早くも描かれる。これは隆道くんのキャラとしては一貫してるんだけど、夕美さんに対しては率直に言って不誠実。隆道くんの主人公補正を引いた7.5の理由のひとつがここにある。夕美さんがこんなに真っ直ぐ来てくれてるのに、隆道くんは加奈ちゃんを想ってる。夕美さんが気の毒。

Hシーン2 — 鹿島夕美さん(隆道くんの部屋・加奈ちゃんに目撃される)

これがいちばん複雑。夕美さんがコンドーム持参で「おみやげー」と笑いながら来て、隆道くんと付き合いだしてからの自宅セックス。途中で隆道くんは加奈ちゃんを妄想して勃起を保ち、夕美さんに「あー……何、考えてたの?」「すっごくいやらしいこと、考えてたでしょう?」と看破される。さらに行為の途中で加奈ちゃんが「下着……着替えの……なくて……」と病院から戻ってきて目撃する、という地獄絵図。

夕美さんのキャラとしては、コンドーム持参のあけすけな下品さも「あれだけ好きだった人と付き合えて、好きすぎてはしゃいでる夕美さん」として読める。解釈一致。隆道くんが加奈ちゃんを妄想してることを看破するセリフの軽さも、夕美さんが鋭くて率直な子だからこその台詞。解釈一致。

加奈ちゃんが目撃するシーンは、もうわたしとしては息が止まりました。加奈ちゃんが「お……兄……」と言葉に詰まりながら、それでも「下着……着替えの……なくて……」と用事の言い訳をひねり出して逃げる。あの場面の加奈ちゃんの台詞、完璧に加奈ちゃんなんですよ。ショックを受けても、感情を爆発させずに、自分の言葉で場を取り繕おうとする。それが余計に痛い。完全な解釈一致。加奈ちゃんはああいうとき、絶対に大声を出さない子。だからこそ刺さる。

隆道くんは……ここはほんとうに最低。加奈ちゃんの下着を引き出しから出して匂いを嗅いで自慰する場面まで含めて、隆道くんの倒錯はキャラとして一貫しているんだけど、人としてどうかと思う。でも、ここで隆道くんを「悪く描かない」選択肢もあった中で、ちゃんと最低なところを書ききった作品の姿勢は評価する。

Hシーン3 — 加奈ちゃん(自宅・最後の外泊・挿入直前で拒絶)

これはHシーンとして数えていいのかわからないくらい、わたしの中では大事なシーン。加奈ちゃんの最後の外泊の夜、月明かりの寝室で、加奈ちゃんが「だって、わたしの日記にはね……お兄ちゃんのことばっかり、書いてあるんだ」と告白する。そこから抱きしめてキスして、脱がせて、胸を愛撫して、最後の一線の直前で隆道くんが「駄目だっ!」「許されない……絶対に……」と踏みとどまる。

このシーンの加奈ちゃん、完全に解釈一致なんです。受け身で、目を閉じて、隆道くんに全部委ねている。でもそれは「されるがまま」じゃない。加奈ちゃんはずっと「自分の意思で選ぶ」キャラで、ここでも「お兄ちゃんを受け入れる」ことを自分で選んでる。沈黙のなかで自分の意思を貫いてる。

「アルバム……わたしも気づいたから」と血縁を共有する場面も、ここに置かれてるのが本当によくできてる。最も親密になった瞬間に、二人がともに知っていた真実を分かち合う。加奈ちゃんが「ずっと大好きだったお兄ちゃんと……一緒にいられたから……」と言う台詞は、ここまでの加奈ちゃんの人生の全部を肯定する一言。完璧な解釈一致。

隆道くんが踏みとどまる選択も、これは隆道くんのキャラとして整合してる。ここで結ばれるのは、加奈ちゃんの死期が確定的だから、加奈ちゃんに対する「最後の優しさ」を装って自分の欲望を肯定することになる。それを隆道くんは拒絶した。隆道くんの主人公補正を引いた7.5の中で、ここはむしろ加点要素。倫理的に正しい選択をしてる。

Hシーン4 — 加奈ちゃん(ED1・移植成功後の結ばれ)

ED1ルート限定の、加奈ちゃんと隆道くんがついに結ばれるシーン。加奈ちゃんから「もう後悔したくない。だから……わたしに触って」と求めて、隆道くんが応える。

このシーンが解釈一致になるかどうかは、加奈ちゃんが「能動的に求める」場面として自然に描けているかにかかってた。結論、ちゃんと加奈ちゃんでした。加奈ちゃんが「もう後悔したくない」と言うのは、加奈ちゃんが死の縁から戻ってきたあとに、自分の人生を取り戻すための行為としての性愛として、ちゃんと描かれてる。エロを楽しみたいだけのキャラじゃなく、「生きていることを確かめたい」加奈ちゃんとして整合している。解釈一致。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」「加奈、加奈」と互いの名前を呼び合うところ、加奈ちゃんはここでもまだ「お兄ちゃん」と呼ぶ。血縁がないと知ったあとも、結ばれている最中でも、「お兄ちゃん」という呼びかけを変えない。これは加奈ちゃんが「呼び方」に込めてきた感情の重さを書き手がちゃんとわかってる証拠です。「あなた」とか「隆道」とか呼び方を変えたら、それはもう加奈ちゃんじゃない。完璧な解釈一致。

挿入後のセリフ「近親相姦……なっちゃうなあ、これ」「わたし、後悔してないよ」も加奈ちゃん。重い場面を自分の言葉でちょっとずらして受け止めるあのリズム、ED4の「雪を降らせてみようかな」と地続きの加奈ちゃんの言語感覚。本当に同じキャラとしてここまで描ききった。

結論、Hシーン4本すべて、加奈ちゃんのキャラを崩していない。これがどれだけ稀なことか、エロゲーをある程度プレイしてきた人ならわかると思う。Hシーンになるとキャラがブレる作品って山のようにあって、わたしはそのたびに泣いてきた。この作品はそれをやらない。Hシーンの中でも加奈ちゃんは加奈ちゃんで居続ける。だから10点なんですよ、ヒロインの魅力は。

補足のシーン——加奈ちゃんの自慰、血を吸わせる夜、初潮

Hシーン本数には数えないけど、性的な緊張感が走る場面がいくつかあって、これらが加奈ちゃんのキャラを補強してる。簡単に触れておきます。

加奈ちゃんが自分の部屋で自慰している声を、隆道くんが壁ごしに聞いてしまう場面。加奈ちゃんが「お……にい……ちゃん……」と漏らしているのを聞いた直後、加奈ちゃんが全裸で隆道くんの部屋を訪ねてきて「お兄ちゃんのこと……ずっと昔から……ね?」と告白する。あの場面の加奈ちゃんは、いつもの加奈ちゃんよりずっと感情がむき出しに見えるんだけど、それでも「自分の言葉で言いきる」ところは崩れていない。極限まで追い詰められた加奈ちゃんが、それでも自分の言葉を選ぼうとしている。解釈一致。

街帰りに加奈ちゃんが隆道くんの手の傷から流れる血を「ためらうことなく口をつけた」場面。隆道くんが強烈な性的興奮を感じる側のシーンなんだけど、わたしは加奈ちゃんの側の動作のさりげなさが好き。あの場面の加奈ちゃんは、性的な意味で口をつけてるんじゃなくて、傷を庇うのが先に来ている。それが結果として隆道くんの欲望に火をつけてしまうという構造。加奈ちゃんは自分の行動が隆道くんに与える影響を、たぶん完全には理解してない。そこにあの子の純度がある。

病室で加奈ちゃんがシーツの赤い染みを吐血と勘違いして「死ぬんでしょ?」と錯乱する場面。それが初潮だったとわかって、加奈ちゃんが恥ずかしさで顔を覆うところ。あの場面、加奈ちゃんが「自分の体が思春期の女の子の体である」ことに直面する初めての場面で、加奈ちゃんのキャラに新しい層が加わる。「死を見てきた哲学少女」だった加奈ちゃんに、「ひとりの十代の女の子」という側面が後から重なる。書き手はちゃんとここで加奈ちゃんに新しい層を足してる。手抜きしてない。

隆道くんを擁護しておく——主人公補正の中身

ネタバレなし版で「隆道くんは主人公補正がたまに出る」と書いたので、ここで具体的に何を指してたか書いておく。

夕美さんを抱きながら加奈ちゃんを妄想する場面、加奈ちゃんの下着で自慰する場面、ここの倒錯は隆道くんのキャラとして一貫している。隆道くんは「優しいけど倒錯した兄」というキャラで、そこは作品全体で揺れない。問題はその「外側」で、たとえば終盤のシリアスな決断の場面で、隆道くんが急に大人びた選択や行動を取る瞬間がある。普段の隆道くんはもっと感情に振り回されて、もっと迷ってる子なのに、ここぞというときだけ「主人公として正しい言葉」を喋り始める瞬間がある。あれが加奈ちゃんの一貫性と比べたときに、隆道くんの一段落ちる理由。

でもね、これは「物語の側が要請する正しい主人公の言葉」と「隆道くんという個人のキャラ」のあいだの摩擦で、エロゲーの主人公としては実は珍しくない。むしろ加奈ちゃんが一切ブレないからこそ、隆道くんの軽い揺らぎが目立つ、というだけのこと。ヒロインが完成しすぎてるんですよ、この作品。だから主人公が7.5でも、トータルでは作品として成立してる。

あとは隆道くんがHシーン3で踏みとどまるところ、Hシーン4で「もう人間失格でもいいや、俺」と倫理的居場所を捨てるところ、このあたりの隆道くんは好きです。完璧じゃないけど、自分の弱さも倒錯も全部抱えたまま、加奈ちゃんの隣に立ち続けようとする。これは「主人公補正」じゃなくて、「主人公の人間味」の方。

総評——6つのエンディングの加奈ちゃん、ぜんぶ加奈ちゃんだった

6つのエンディングを通して、加奈ちゃんの解釈は一度も崩れなかった。これがわたしの中での最大の評価ポイント。

ED1の自立した加奈ちゃん、ED2の声を残した加奈ちゃん、ED3で隆道くんの記憶に残った加奈ちゃん、ED4で雪を降らせた加奈ちゃん、ED5で日記を遺した加奈ちゃん、ED6で世界に手紙を残した加奈ちゃん。どの加奈ちゃんも、ぜんぶ同じ「加奈」が選んだ結末になっている。哲学書を読み、聖書を引用し、日記を書き、「生きたい」と言い、自分の意思で物事を選び、自分の言葉を残そうとするキャラ。その軸が6本全部で揺れない。

マルチエンディング作品の中には、「ルートによってヒロインが別人になる」やつがけっこうあって、わたしはそういうの見るたびに「これ書き手はキャラを理解してるんですか?」って思う。でも『加奈〜いもうと〜』はそうじゃない。どの結末でも加奈ちゃんは加奈ちゃんで、ただ世界の側の条件が違うだけ。だから6エンディングが「加奈ちゃんの6通りの可能性」として全部成立する。これは書き手——田中ロミオ(当時の山田一)——が、加奈というキャラを完全に自分のものとして理解していた証拠だと思う。

夕美さんのED3だけ、ちょっと「夕美さんのキャラ」より「物語の機能」が前に出てしまった気がして、そこで0.5減点。隆道くんの主人公補正で0.5減点。エンディングが人によって満足度が分かれるタイプであることで0.5減点。合計1.5減点で、8.5。

でもね、わたしの中で『加奈〜いもうと〜』は「加奈という一人のキャラを完璧に書ききった作品」として残ります。1999年の作品で、絵柄も古くて、容量も小さい。それでも加奈ちゃんは2026年のわたしのなかで「解釈一致のヒロイン」として強く残ってる。属性で作られたキャラじゃなく、ちゃんと自分の言葉で生きていたキャラだから。それだけで十分。8.5、加奈ちゃんに会えてよかった。