ネタバレゾーン — 加奈〜いもうと〜
このゾーンにはネタバレが含まれます。
加奈と隆道が血の繋がらない兄妹であるという真実、加奈の余命半年宣告と臨終、全6エンディング(ED1「はじまりのさよなら」/ED2「追憶」/ED3「迷路から」/ED4「雪」/ED5「おもいで」/ED6「今を生きる」)の結末、ペンダント遺言の内容、加奈の死後に行われる香奈への肝移植など、本作の核心的なネタバレを全面的に含みます。未プレイの方はまず作品トップページをご覧ください。
加奈は実の妹なのか?
戸籍上は妹だが、血縁関係はない。加奈は父の友人(病弱な男性)が妻に先立たれて引き取った娘で、その友人もガン同然の身体で後を追うように死亡したため、藤堂家が養子として迎えた経緯がある。卒業式直前のEV40Aで医師から余命宣告される場面で、父から「加奈とおまえに……血の繋がりなどありはしない」と告げられて隆道は知る。加奈自身も藤堂家のアルバムに自分の幼児期写真がないことから、早い段階で気づいていた(「アルバム……わたしも気づいたから」)。
加奈の余命「半年」宣告はいつ下る?
隆道の高校卒業式当日、自宅で開かれたお別れパーティーの席で鹿島先生から告げられる。それまでも加奈の慢性糸球体腎炎は予後不良の遺伝子異常型へ進行していたが、ここで明確に「お嬢さんの命は、もってあと半年です」と告知される。同時期に父から血縁の真実も明かされ、隆道の日常はカウントダウンに侵食されていく。
エンディングは何種類あるのか?
全6種。ED1「はじまりのさよなら」(移植成功・加奈生存・近親愛同居)、ED2「追憶」(加奈死亡・ペンダント遺言・半年後再起)、ED3「迷路から」(加奈死亡・隆道錯乱・夕美のかつら芝居)、ED4「雪」(移植せず看取り・翌春ウメバチソウ開花)、ED5「おもいで」(加奈の肝が香奈へ・日記出版・夕美再会なし)、ED6「今を生きる」(ED5と同流れの先で夕美と紅葉狩り再会)。ED5とED6は同じドナーエンドの分岐で、夕美との再会有無で結末が分かれる。
ED1のミスマッチゼロという奇跡はどう成立する?
HLA(ヒトリンパ球抗原)は六分類あり、移植適合度を決める要素となる。血縁の親子・兄妹でもミスマッチワン(五つ一致)が一般的で、血縁のない加奈と隆道がミスマッチゼロ(六つすべて一致)となるのは数万人に一人の確率。ED1は医学的奇跡として描かれており、この適合により加奈が手術後も拒絶反応なく生き延びる。隆道は「おまえの中にある腎はな、俺のと同じ腎なんだ。一心同体だ、な?」と加奈に告げる。
ED2のペンダント遺言には何が録音されている?
物語冒頭で隆道が加奈に贈った録音機能つきペンダント(三分×五本)に、加奈が死の直前に遺した五本のメッセージ。最初の四本は徐々に弱り「死にたくないよおぉぉ……わたしまだ死にたくないよぉぉぉ……」と恐怖を吐露し、最後の五本目で「愛しています」と締めくくる。隆道は加奈の死から半年、墓参の場でこの遺言を聴き「足りなかった『何か』は補われ、今、半年という時間を経て、ようやく俺の時計は動きはじめる」と再起する。
ED3の「夕美のかつら芝居」とは?
加奈の死後、現実否認に陥り家中で加奈の幻覚を探し続ける隆道の前に、夕美が長い黒髪のかつらをかぶって加奈の部屋に座り、「加奈ちゃん……もう死んだんだよ」と告げる強引な芝居。隆道がかつらを外した夕美の正体に気付き「加奈じゃ……なかったのか……」と崩れる瞬間が、現実への帰還点となる。夕美は「いくじなし、いくじなし……っ!」と隆道を殴り、「私……隆道君のこと……絶対に見捨てたく……絶対に……」と覚醒を促す。
ED4のウメバチソウはなぜ象徴になる?
幼少期の家族ハイキングで、隆道が泣きじゃくる加奈に編んでやった花輪の花がウメバチソウ。加奈はその時の押し花をしおりとして本に挟み、生涯大切に持ち続けていた。終末期に加奈が「鉢植えとか」「ウメバチソウがいいな」と希望し、ED4の臨終後、その鉢を家に持ち帰って中庭の花壇に植え替える。「もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな」の予言通り雪の夜に息を引き取った加奈の死から数か月後、雪解けと同時に「鉢植えの蕾は、雪解けと同時に、白い小さな花を咲かせた」。
ED5・ED6の臓器提供はどう発覚する?
加奈の死直後、移植コーディネーターの織笠が藤堂家を訪ね、加奈が生前に密かに臓器提供意思表示カードを書き、臓器バンクに登録していた事実を告げる。隆道は怒り狂うが、織笠は「私はこれが正しいことだと思ってます。日本の臓器移植に対する意識の低さもよく知っています」と冷静に説得。レシピエントは「霧原香奈さん」——同名の従妹で、肝不全を抱えていた少女。加奈の肝が香奈に移植され、加奈の「生」が引き継がれる構造になっている。
ED5「おもいで」とED6「今を生きる」は何が違う?
どちらも加奈の肝が香奈に移植され、加奈の日記が『命を見つめて』として刊行され、隆道が教職課程と図書館司書資格を取って新生活に踏み出す——という同根の終結。違いは夕美との再会の有無にある。ED5「おもいで」は夕美と再会しないまま秋風に加奈の声を聴き「一周忌にはきっと白い雪が降るだろう」で静かに閉じる。ED6「今を生きる」は大学キャンパスで『命を見つめて』を読み終えた夕美と再会、「これ、読んだよ」「許してやってもいい」「私が口出しする余地なんてなかった」と告げられ、紅葉狩りに連れ立つ再生エンドになる。
須摩子叔母のホスピス挿話は物語にどう響く?
隆道の父方の妹・霧原須摩子は乳ガン末期でホスピス入院中。加奈・隆道がたびたび見舞いに通う間に、須摩子は加奈に「死をまっすぐに見つめて生きてみるのもいいかなって思ったから」「死を見つめる心が育たなければ、いざという時に納得できないまま人生が終わってしまうかも知れない」と語り、自身の死をオープンに見せる。この「死を見つめる強さ」は加奈の精神的支柱となり、後に加奈が「アポトーシス」「死ぬ日は生まれた日に優る」(聖書)といった独自の死生観へ展開していく根になる。香奈にも母から受け継がれている思想。
隆道と夕美の小学校時代のラブレター事件とは?
小学校時代、隆道が夕美に出したラブレター(「真剣に待ってます」)が、クラスメイトに勝手に開封されて教室で晒し物にされた玉砕事件。隆道は十年近く「夕美の仕業」と信じて鹿島への憎悪を抱え続けてきたが、卒業式で夕美が「あの手紙の公開は私がやったことじゃない」「ホンキで好きだったんだよ」と泣きながら明かし、長年の誤解が解ける。十年の決別を経た夕美の片想いの執念が、ED2/ED3/ED6の伴走者ポジションへとつながる。
『命を見つめて』には何が書かれているのか?
ED5・ED6で出版される加奈の日記をまとめた書籍。死の数日前に書かれた最終ページには、アポトーシスの考察、「死は遺伝子の本能」考察、聖書からの引用「死ぬ日は生まれた日に優る」、そしてドナー登録宣言と、「願わくば、明日のわたしが、今日のわたしより優れた人間でありますように……」という祈りが綴られている。「今日、海を見た。もう恐くない」が最終文。隆道が清書して出版し、口コミとインターネットを介して第五刷まで増刷される。印税は医療関係に寄付される。