雪の街で女の子が一人ずつ消えそうになって、そのたびに泣いた。
1999年、Key(当時Tactics)の『Kanon』。雪の街に7年ぶりに戻った高校生の相沢祐一が、街で出会う5人の女の子と「忘れていた約束」を一個ずつ思い出していく話。あたしが「泣きゲー」って言葉を本当の意味で知った作品。とくに真琴ルートで完全に持っていかれて、しばらく立ち上がれなかった。ヒロイン全員を好きにならせる構成はずるい。ほんとにずるい。8。減点は不満があるからじゃなくて、Hシーンの位置が感情の流れに対して浮いてたから。
スコア詳細
雪の街に戻ってきた、それだけの話だと思ってた
最初は、ふつうの恋愛ADVが始まる感じだった。それがどんどん違うものになっていく作品。
主人公の相沢祐一が、7年ぶりに雪の降り続ける街に戻ってくるところから始まる。いとこの水瀬名雪の家に下宿することになって、学校が始まって、街で女の子と出会って——っていう、書いてしまえば普通のギャルゲー導入なの。だけど、出会う女の子全員がどこかおかしい。月宮あゆは赤いリュック背負って街中で「うぐぅ」って言いながらたい焼きを抱きしめてるし、沢渡真琴っていう記憶のない子が突然居候として家に転がり込んでくるし、夜の校舎では川澄舞っていう子が一人で剣を振ってる。なんなのこの街。
でも、その「なんなの」が、進めていくと一つずつ意味を持ってくるんだよ。あたしは最初、コメディと日常パートにのんびり付き合いながら名雪の朝のだるさを微笑ましく見てたんだけど、ある時点で気づくの。「あれ、これ、笑ってる場合じゃないかも」って。雪の街っていう舞台と、忘れっぽい主人公と、どこか欠けてる女の子たち。それが全部「忘れられた約束」っていう一本の糸で繋がってるって、途中でわかってくる。
そこからはもう、あたしのターン。涙腺は休まなかった。
真琴の話をさせてください
あたしの中で『Kanon』は、ほぼ真琴の作品。
沢渡真琴。記憶がなくて、肉まんが好きで、「あぅ」って言いながらわがままを言って、祐一にイタズラを仕掛けて、そのうち家族みたいになっていく女の子。最初は「ちょっとうるさめのドタバタ系ヒロインか」くらいに思ってた。間違ってた。ぜんぜん間違ってた。
真琴のルートを進めていくと、彼女はゆっくり何かを失っていくの。話せる言葉が減って、できることが減って、最初に水瀬家に来た頃の元気がだんだん小さくなっていく。それを祐一は隣で見てる。原因がわからないまま、ただ隣にいる。あの時間がきつい。きついんだよ。減っていく時間に対して、こっちにできることは何もないって、画面のこっち側のあたしにもわかってしまうから。
そして、ある一言が来る。あたしはそこで耐えきれなかった。具体的に何が起きたかはネタバレ版で全部書くから、ここでは「真琴が誰かなのか」って一回でも考えてしまったら、もう逃げられないよ、とだけ言っておく。真琴の話、聞いてほしい。やってほしい。これだけは言わせて。
5人いて、5人ぜんぶ好きになった
ヒロイン全員にちゃんと「秘密」があって、それを全部見届けたくなる作りだった。
月宮あゆ。リュック背負って赤いカチューシャをつけて、「うぐぅ」って言いながら町をうろうろしてる女の子。出会いの時点で、この子は何かが噛み合ってないってわかる。「7年前に失くした大事なもの」を街で探してる、っていう設定だけ最初に示されて、そこから祐一と一緒にずっと探す。あゆは『Kanon』の表紙の子で、本当に表紙にふさわしい子だった。彼女が物語の中心に座ってる意味は、最後まで読むと刺さる。
水瀬名雪。祐一のいとこで、朝が異常に苦手で、陸上部で、いちごサンデーが好きで、ちょっと天然なところがある女の子。日常の中心に居続けてくれる子。だから日常パートが楽しいのは、半分くらい名雪のせい。穏やかでマイペースな子だと油断してると、自分のルートで急に重い荷物を持ってくる。あの時の名雪、好き。「いつもの名雪」が崩れる瞬間に、この子の本当の強さが見える。
川澄舞。長身、無口、夜の校舎で剣を振ってる女の子。事情を聞いてもなかなか話してくれない。親友の倉田佐祐理がそばにずっと付いてくれてて、二人セットでしか語れない関係性になってる。舞ルートは、ヒロインの内面に踏み込むまでに時間がかかる分、踏み込めた瞬間の温度が高い。佐祐理ちゃんが優しすぎてもう一回泣くやつ。
美坂栞。最初に出会った時、雪の中でマフラーもなくて、寒がる素振りも見せない、ちょっと不思議な女の子。優しくて、ちょっと意地っ張りで、姉の美坂香里との距離感に何かありそうな子。栞ルートに入ると、彼女が抱えてるものの重さが少しずつ見えてくる。優しさの裏にある事情を知った瞬間、それまでの「ちょっと不思議な妹キャラ」が完全に違う子に見える。これも「ずるい」案件。
つまり、5人全員に「優しい顔の裏」がある。ヒロインを片端から泣かせていく系の作品って、雑にやると消費的になるじゃない。でも『Kanon』は、ちゃんと一人ずつ向き合ってる感じがした。それぞれのルートで、ちゃんとその子のための時間が取られてた。あたしはそれが嬉しかった。
日常がずっと先に置いてあるのが効く
『Kanon』のすごいところは、「泣きゲー」の前に「日常ゲー」がちゃんとあるところだった。
共通ルートが長い。それは事実。学校通って、街を歩いて、コンビニ寄って、家に帰って、いとこの名雪と秋子さんと夕飯食べて——みたいなことを延々やる。最初はちょっと「いつまで日常やるんだろう」って思った。思ったんだけど、その日常がちゃんと貯金になってる作りなんだよ。後半でヒロインたちが大変なことになっていく時、こっち側に積まれてる時間の重さが効いてくる。
名雪の朝のだるさ、秋子さんのジャムの研究、ぴろ(猫)が真琴に「あう」って鳴かれて困ってる、舞と佐祐理ちゃんが二人で給食を食べてる。こういう何でもないシーンがちゃんと積まれてるから、ある女の子が「ここから消えていきそう」ってなった瞬間、「いやだよ、この時間がなくなるのいやだよ」ってあたしの中で叫び声が出る。日常を尊いものとして描いてから、それを揺らす——っていう設計が、今読んでも強い。
テンポはあんまり良くない。これは正直に言う。共通ルートで似たような場面が続く時期があって、3時間くらい「うーん」ってなる時間帯はあった。でも、そこを抜けると一気に来る。来た時の量が圧倒的だから、最終的に「あの長い日常があってよかった」ってなる。
不満は、感情の流れに対してHシーンが浮いてたこと
8つけてるけど、満点じゃない理由がある。
『Kanon』は18禁原作PC版の作品で、Hシーンがある。あたしはそこを否定したいわけじゃないんだけど、感情のラインに対してHシーンが浮いてる印象を受けることが何度かあった。「ここでなんでそっちに行くの?」っていう瞬間。ヒロインがすごく大事なことを話してくれた直後とか、二人の関係が静かに深くなった直後とか、本来ならその余韻のままで終わってほしい場面で、ちょっと違う方向にハンドル切る感じ。
誤解しないでほしいんだけど、Hシーンそのものが嫌いってことじゃない。物語の中で必要だと感じる瞬間ももちろんあった。ただ、『Kanon』っていう作品の感情の濃度に対して、その瞬間のHシーンが釣り合ってないって思った、っていう感じ。あたし、こういうのを「感情の温度が違う」って呼んでる。温度差で冷めちゃう瞬間が、惜しい。
あともう一個。主人公の祐一について。彼は皮肉屋で、女の子をからかうのが好きで、特に名雪相手だとほぼ兄妹漫才の片方になる。ここのテンポは好きなんだけど、シリアスな場面で「ちゃんとそこに立ってる」感じが薄いことがあった。ヒロインがしんどい話を始めた時、祐一のリアクションがちょっと外側にいるように感じる瞬間がいくつかあって、そこで一回「動け」って思っちゃった。あたしは主人公に感情移入するタイプだから、こういうのが地味に効く。
エンディングの話(控えめに)
具体的なことは書かない。けどこれだけは。
『Kanon』は、「奇跡」を扱う作品。それぞれのヒロインが背負っているものが、最後の最後で「奇跡」によって癒されることがある。これを「ご都合主義」って嫌う人がいるのもわかる。でもあたしは違う。あたしは、奇跡を起こすために前半・中盤で積み上げた時間が、ちゃんと払うべき代償として描かれてたって受け取った。なんの努力もなしに奇跡が来るんじゃなくて、「ここまで関係を積み上げたからこそ起こる出来事」になっていた、ってこと。
各ルートのエンディングには差がある。あたしの中でいちばん泣いたのは、奇跡があった瞬間じゃなくて、その奇跡の意味を主人公が後から理解する瞬間だった。「あ、あの時の約束ってそういうことだったんだ」って彼が気づく場面。あれを書ける作品は強い。
1999年の作品が、2026年のあたしを泣かせる。これは事実なの。古い・新しいとか言う前に、「会いに行ってください」って言うしかない作品。
8——女の子たちが約束を抱えて雪の中に立っていた
一言で言うと、雪の中で「忘れていた約束」を一個ずつ拾い直す話。
あゆ・名雪・真琴・舞・栞、5人全員が、それぞれの「忘れられたもの」を抱えて雪の街に立ってた。祐一はそれを一人ずつ思い出していく。約束を思い出す瞬間の重さが、この作品のすべてだった。あたしはどのヒロインの「思い出す瞬間」でも泣いた。特に真琴。真琴のあの場面はあたしのギャルゲー人生の上位3つに入る。これは本気で言ってる。
Hシーンの位置への不満と、共通ルートの長さでテンポが鈍る時間帯。減点はそこ。それ以外は、書けない。書こうとすると「好き」って言葉しか出てこなくなる。これからやる人がうらやましい。雪の街にこれから行ける人、ほんとに、うらやましい。
雪の街で、あの子たちはみんな、いろんなかたちで「忘れないよ、ぜったいに」って言ってた。あたしはそれを受け取るたびに、泣いた。
『Kanon』を「泣きゲーの古典」として読むのもいいけど、あたしのおすすめは「忘れていた約束を思い出していく話」として読むこと。そう読むと、5人のヒロインがほんとに大事になる。会いに行ってください。それしか言えない。
あと、一個だけ。OPの歌詞に「ありがとう 言わないよ / ずっとしまっておく」っていう一節があって、あたし最初はよくわかんなかったの。でも全部やり終えてから聴き直したら、ヒロインの声に聞こえた。「最後まで笑ってる強さを / もう知っていた」——あの一節、誰のことか考えると止まれなくなる。泣きゲーのOPとして、よくできすぎてる歌詞だよ。
