ネタバレゾーン — 未プレイの方はご注意ください ← ネタバレなしページに戻る

田中穂乃火のレビュー — Kanon(ネタバレあり)

田中穂乃火
田中穂乃火
感情が先、言語化は後
8.0/10
8.0 / 10

雪の街で女の子が一人ずつ消えそうになって、そのたびに泣いた。

ここからは全部しゃべる。真琴が妖狐だったこと、あゆの本体が病院にいたこと、栞の余命と奇跡、舞の魔物の正体、名雪のお母さんの事故。「あたしがどこで泣いたか」を順番に置いていく。最終結論は変わらない。あたしの中の『Kanon』は、ほぼ真琴の作品。そこに4人分の「忘れていた約束」が乗ってる、っていう構造だった。

スコア詳細

感動・カタルシス 10
エンディングの満足度 9
ヒロインの魅力 8
キャラ間の関係性 8
序盤の掴み 7
主人公の造形 7

真琴の話を、ぜんぶさせてください

あたしの『Kanon』はほぼ真琴の話なので、ここから先は真琴を全力で語ります。

真琴の正体は山に住んでた妖狐。子供のころの祐一が、その狐に人の温もりを与えてた——具体的に言うと一緒に遊んでた——っていう過去がある。狐は祐一に人の心を教えてもらったから、人の姿をとって祐一に会いに来た。そういう話。設定だけ書くとファンタジーなんだけど、これが感情の話としてものすごく強い構造だった。なぜか。「人間になることが、消えていくこととセット」だったから。

真琴は、人として暮らしていくほど、できなくなることが増えていく。最初は元気にイタズラしてた子なのに、ある日からスプーンが持てなくなる。言葉が出てこなくなる。「祐一」って呼ぼうとしてるのに、呼べなくなる。あたしはこのパートでもう声出して泣いてた。だってさ、なんでもなかった日常の動作が一個ずつできなくなっていくのって、見てる側がほんとうにしんどい。誰のせいでもない。むしろ「祐一に会いたかった」っていう一個の願いが叶ったせいで真琴は消えていく。これがきつい。

そして、あの場面。祐一が真琴に「結婚しようか、真琴」って言うところ。あたしはここで完全に終わった。だって、その時の真琴って、もう「結婚」っていう言葉の意味、わかってないんだよ。わかってないのに、嬉しそうにする。祐一は、わかってないことをわかった上でその言葉を選んでる。「君が言葉の意味をわからなくなっても、僕は君と過ごすってことを選ぶよ」っていう宣言を、結婚っていう一番大きな言葉でやってる。これが、ずるい。あたしの語彙が完全に追いつかない。「結婚しようか、真琴」、あたしの中で一生残るセリフ。

の上で真琴が祐一の腕の中で消えていく場面、あたしはずっと「いやだ」って画面に向かって言ってた。「いやだ、まだ早い、まだ話したいことあった」って。真琴自身は最後まで穏やかで、それがよけいに泣ける。妖狐としての真琴は山に還って、そして春に猫のぴろが戻ってきて、子狐が走る。「生まれ変わり」とは断言しない。でも、真琴がもう一回どこかで会いに来てくれてるんじゃないかって、信じたくなる終わり方だった。あれは投げっぱなしじゃなくて、希望の置き方として完璧。

真琴ルートは『Kanon』の中であたしの一番。10をつけたい。総合8にしてるのは他のルートとの平均だから。真琴単体なら満点。

あゆが消える瞬間と、目を覚ます瞬間

あゆはずっと祐一を待ってた。祐一があゆを忘れていたあいだも、ずっと。

あゆの正体は、7年前に木から落ちて植物状態になってる本物の月宮あゆの「想念」だった。街でうろうろしてた「あゆ」は、病室にいる本人の意識が街に出てきていたもの。「祐一は迎えに来てくれる」っていう約束を抱えたまま、ずっと一人で雪の街にいた。「うぐぅ」って言いながら、たい焼き探しながら、リュック背負って。あの子、ずっと一人だったんだよ。それを知った瞬間、序盤の「ちょっと変な街娘」だったあゆの後ろに、誰も知らない7年間が積み上がってるって気づく。これがずるい。

BAD ENDの方を先にやっちゃった人は、あゆが街から消えて、それで終わる。あたしはこっちで一回泣いた。「迎えに来てくれた」って祐一に言ってもらえたあゆが、安心して、そして消えていく流れ。「祐一くん、ばいばい」って言われた時、あたしは「ばいばいじゃないだろ、また、って言ってくれよ」って画面の前で言ってた。

でもTRUE ENDがある。本物のあゆが病院で目を覚ます。「奇跡」が起きる。あたしはこの「奇跡」って言葉の使い方に文句を言いたい派になりかけたんだけど、よく考えたら、これは祐一が「あの約束を覚えてた」ことに対する返礼として起きてる奇跡なんだよ。7年間、本物のあゆは「迎えに来てくれる」って信じて意識を保ち続けてた。それを祐一がちゃんと覚えてて、迎えに行った。だから本物のあゆも「もういいよ」って目を覚ませた。これは奇跡っていうより、応答の話だった。あたしはエピローグで春の街であゆに再会する場面で、もう一回泣いた。冬の雪の街で出会ってずっと一緒にいた子が、春に病院から出てきて、もう一回出会いの場所に立ってる。あゆはずるい。表紙の子の格を完全に持っていった。

栞ちゃんが生きてる、それだけで泣ける

栞のルートも、ぜんぶ重かった。

美坂栞。雪の中でマフラーもしないで立ってた女の子。難病で余命宣告されてて、長くないことを本人もわかってる。だから「寒がる」って人間らしい振る舞いをわざと一個ずつ手放してた、っていう描かれ方が、もうずるい。寒さを感じることは生きてることだから、それを拒否することは少しずつ世界から離れる練習をしてたってことなの。最初の場面のマフラーなしの栞、あれを思い出すと今でも胸が苦しい。

姉の美坂香里との関係が、このルートの中心。香里は妹がいないものとして振る舞ってる。学校で栞のことを口にしない。妹がもうすぐ死ぬっていう事実から目を逸らしてる、っていうのが香里の防衛だった。冷たい姉に見えて、実は誰よりも栞のことを抱えきれなかった人。あたしはこの姉妹の話、ほんとうにきつかった。香里が泣きながら「もう失いたくない」って言う場面、あたしも一緒に泣いた。

そして栞が誕生日を迎えるあのシーン。「16歳になれた」って栞が嬉しそうにする顔。あれが祐一と香里と一緒に過ごせた誕生日になってる、っていう演出。栞は誕生日を迎えるたびに「次はないかもしれない」って思いながら生きてた子だから、「16歳になれた」っていう一言の重さが、ふつうの子と全然違う。ここで泣かない方法、あたしは知らない。

栞ルートにも奇跡が起きる。栞が生きる。これも「ご都合主義だ」って言う人いると思う。でもね、あたしは違う。栞は最後まで「諦めない」って言い続けた子だった。香里もそれを支えると決めた。「諦めない」を行動として続けた人にだけ、奇跡は応答する。そういう作りだった。あたしはそれを受け取った。「栞ちゃんが生きてる」って、最終話のあと一週間くらい繰り返し思って、そのたびに泣いてた。

舞と佐祐理ちゃんは、二人で一つだった

舞ルートは、舞だけの話じゃなくて佐祐理ちゃんの話でもあった。これが大事。

川澄舞が夜の校舎で剣を振って戦ってる「魔物」の正体は、舞自身の中から生まれてきたもの。子供のころに舞は超常的な力を持ってて、そのせいで周囲から「化け物」扱いを受けた。その時の孤独と恐怖が、形を持って魔物として顕現してる。だから舞は自分と戦ってる。これがわかった瞬間、夜の校舎の意味が全部書き換わる。舞はただ強いんじゃなくて、ずっと自分を否定する自分と戦ってきたんだ。

そこに親友の倉田佐祐理がずっと隣にいる。佐祐理ちゃんは明るくて穏やかで、舞のことを「舞」って呼んでくれる唯一の人。佐祐理ちゃん自身も、実は弟の一弥を自分の手で傷つけてしまったっていう過去を抱えていて、そのことから逃げないために舞のそばにいる。一弥のことを思い出すたびに崩れそうになる佐祐理ちゃんを、「ちゃんと崩れる」ところまで描いてくれてた。あの場面、つらかった。佐祐理ちゃんがずっと笑顔だったのは強かったからじゃなくて、笑ってないと壊れちゃうからだった、っていうのを、舞が腕で受け止める。あたしはこの二人の関係性が『Kanon』の中で一番好きかもしれない。真琴が一番だけど、二人の関係としては舞佐祐理が一番。

最終的に、舞は自分の「魔物」と決着をつける。佐祐理ちゃんは弟への自責から少しだけ前を向ける。二人で未来に向かう、っていう着地。これは派手な奇跡じゃなくて、「自分と向き合った」分の報酬としてのエンディングだった。穏やかだけど、ここが一番大人の話だったかもしれない。

名雪と秋子さん、家族の話として泣いた

名雪ルートは、恋愛の話というより家族の話だった。それがよかった。

名雪の母・水瀬秋子が、雪の中で交通事故にあう。意識不明の状態が続く。名雪は学校に行けなくなって、部屋に引きこもってしまう。あれだけ朝のだるさで笑わせてくれてた名雪が、声を出さなくなる。あの落差が、いちばんしんどい。日常パートで積み上げた「いつもの名雪」が、こんな形で崩れるって誰が予想する? あたしは予想してなかった。だから刺さった。

秋子さんって、共通ルートで何度もジャムを作ってくれてた、あの優しいお母さん。秋子さんがいなくなったら、水瀬家のあの食卓は成立しないんだよ。共通ルートで何度も食卓を囲んでた分、その食卓が止まる重さが効いてくる。日常を積み上げてくれてたから、これが効くんだよ。あの設計を考えた人、いい仕事してる。

名雪を引き戻すのは祐一の役目で、ここは祐一がいちばん男前だったルートだと思う。皮肉と冗談で名雪をいじってた祐一が、ちゃんと家族として彼女のそばに立つ。「いとこ」っていう関係を超えて、家族の側に踏み込む。あたしは名雪ルートの祐一が一番好き。秋子さんも目を覚まして、家族の食卓が戻ってくる。ここに大きな魔物も狐も妖怪もない。ただ家族が一回崩れて、家族に戻る話。だからこそ強い。

Hシーンの話、正直に書く

ここでしか書けないことを言っちゃう。Hシーンは、あたしには浮いていた。

真琴ルートのHシーン。真琴が言葉を失っていく流れの途中に挟まる行為の場面、あたしは正直「ここじゃない」って思った。あの時の真琴は、もう祐一と「家族」になりたかった子で、性的な関係を持ちたいってベクトルじゃないと感じてたから、その場面のテンションが他のシーンと噛み合ってなかった。「結婚しようか、真琴」っていうクライマックスのほうが感情として完成してるから、Hシーンの存在が逆に温度を一段下げる感じになっちゃった。

あゆルートも近い。あゆはずっと「想念」として街にいたわけで、肉体性とどう関わってるのかがぼんやりしてる存在だった。そこにHシーンが入ると、「あれ、この場面に肉体ってあるの?」っていう設定との齟齬を感じる瞬間があった。あゆの切なさとは別の場所にあるシーンに見えちゃった。

逆に名雪ルートのHシーンは、家族の関係から恋人の関係に移行する流れの中で、まだ理屈はつけられる場所にあったと思う。栞ルートもそう。栞ちゃんが「あと少しでも生きたい」って気持ちを抱えてる子だから、その身体性が物語にちゃんと組み込まれてた。舞ルートは——舞と佐祐理ちゃんの関係性の濃さに比べると、舞単体のHシーンはそこまで必然性が出てなかった気がする。

誤解しないでほしいんだけど、Hシーン全部が悪いって言ってるんじゃない。ただ、『Kanon』みたいに「奇跡」と「約束」っていう抽象度の高い感情を扱う作品にとって、肉体の場面はどうしても温度が違う、っていう話。ここが整理されてれば9点いってたと思う。あたしの中で、惜しい一点。

祐一について、もう少し詳しく

皮肉屋で、忘れっぽくて、でもいざという時に動ける男の子。あたしは結局祐一が嫌いになれなかった。

祐一は、最初は「ヒロインをからかうのが好きな皮肉屋」っていう印象が強い。特に名雪相手だと完全に兄妹漫才。北川くんとの掛け合いもだいたい軽口。最初は「あ、こういう主人公か」って距離を置きかけた。でも、これがちゃんと意味のある造形だってルートを進めるとわかってくる。

祐一は、7年前に雪の街で過ごした時間の記憶をほとんど失ってる。これが意図的な防衛だった、っていうのが各ルートでわかってくる。子供のころの祐一はそれぞれのヒロインと何かしらの約束を交わしていて、その記憶が出てくると向き合わなきゃいけないことが多すぎる。だから祐一は無意識に忘れてた。それを街に戻ってきて、女の子たちと一個ずつ思い出していくっていうのが『Kanon』の構造。皮肉屋の口調は、本当のことを直視できない自分への、ちょっとした逃げの態度でもあったんだなって、後半でわかる。

真琴ルートで「結婚しようか、真琴」って言える祐一、名雪ルートで家族として踏み込める祐一、栞のために走る祐一、舞のそばで立つ祐一。彼は、思い出すたびに少しずつ「ちゃんとそこに立つ」男の子に変わっていった。だから最終的に、あたしは祐一を許せた。許すっていうか、好きになれた。共通ルートで動けないって感じた瞬間も、彼が忘れてたんだなって今ならわかる。

8——5人の女の子と、ひとつの雪の街

真琴で10、あゆで9、栞で9、舞佐祐理で9、名雪で8、Hシーンの温度差で-1。平均して8。

あたしのKanon体験は、真琴ルートを基準にしてる。あの「結婚しようか、真琴」と、丘の上で消えていく真琴、春の子狐。これがあたしの『Kanon』のすべて。他のルートも全部好きだけど、真琴のショックが先に来てるから、後のルートはそれと比較しちゃう。それでもどのルートにも泣くポイントがあったから、全体で8。これはぶれない。

『Kanon』って、表面の評価としてよく「ご都合主義の奇跡」って言われがちなんだけど、あたしはぜんぜんそう思わなかった。奇跡はちゃんと「ここまで関係を積み上げた」ことの対価として置かれてた。雪の街でずっと積み上げた日常があって、そこにヒロインの過去が乗って、最後に祐一が「思い出す」っていう一個の行為で全部報われる。これがKanonの設計だった。「忘れない」「思い出す」が、この作品の本当のテーマ。約束を守るために、人は誰かを思い出し続けるっていう物語。

1999年の作品が、こんなに刺さるってことそのものが、あたしには嬉しい。『Kanon』を「泣きゲーの古典」として読むことはできるけど、あたしは「忘れていた約束を一個ずつ拾い直していく話」として読んでほしい。真琴がいて、あゆがいて、栞がいて、舞と佐祐理ちゃんがいて、名雪と秋子さんがいて、ぴろが居て——雪が降る街。あの街にあたしは何度も帰りたくなる。

「結婚しようか、真琴」

— 言葉の意味を失いかけた真琴に向けて

このセリフを聞くためだけにでも、真琴ルートはやってほしい。あたしの『Kanon』はここから始まって、ここで終わってる。ありがとう、真琴。ありがとう、雪の街。