奇跡で救い切る覚悟と、奇跡に逃げ込む甘さが、同じ箱に同居しておりますわ。
正直に申し上げますわ。泣きゲーはわたくしの得意な畑ではございませんの。それでも物差しはジャンルで変えませんわ。「この作者は、自分の書いた物語を最後まで信じていたか」。それだけを問いました。Kanonは「奇跡」を掲げた作品でございますから、この物差しは特に厳しく働きますの。奇跡は書き手にとって最も甘い逃げ道になり得るからでございますわ。結論は、逃げた場面と逃げなかった場面が同居している、でございます。詳しくはクリア後に申し上げますわ。踏み込み不足を差し引いて、6.4は「覚悟に甘さはあるが読める」評点でございますわ。
スコア詳細
奇跡を掲げた作品の覚悟を、測りに来ましたわ
先に申し上げておきますわ。これはわたくしの得意な畑ではございませんの。
1999年、KeyがKanonを発売いたしました。雪の降り続ける地方都市に7年ぶりに戻った高校生・相沢祐一が、いとこの水瀬名雪の家に下宿しながら、街で個性的な少女たちに出会っていく。商店街でぶつかる月宮あゆ、居候の沢渡真琴、夜の校舎で剣を振るう川澄舞、デパート前の美坂栞。少女たちはそれぞれに秘密を抱えており、祐一との交流を通じてその秘密がほどけていきますの。物語全体を「奇跡」という一語が貫いておりますわ。
わたくしが読むのは鬼畜やダークが多うございますから、泣きを掲げた作品を採点するのは慣れておりませんの。それは正直に申し上げておきますわ。ですが物差しはひとつでございます。「この作者は、自分の書いた物語を最後まで信じていたか」。ジャンルは問いませんわ。そして「奇跡」を掲げる作品ほど、この問いは残酷に働きますの。奇跡というのは、積み上げた喪失を最後の一手でなかったことにできる、最も甘い逃げ道になり得るからでございますわ。
Kanonへの答えは、「逃げた場面と逃げなかった場面が同居している」でございますわ。だから6.4。逃げた奇跡と、逃げなかった一本が、同じ箱に入っておりますの。それをネタバレなしの範囲で、できる限り申し上げますわね。
日常の積み上げは丁寧でございますわ
まず、認めるところから申し上げますわ。この作品は、崩す前に積むことをきちんとしておりますの。
あゆの「うぐぅ」という詰まり方、真琴の「あぅーっ」という抗い方、名雪の「朝~、朝だよ~」という寝ぼけた目覚まし。少女たちの記号は、繰り返されるうちに人格の手触りに変わっていきますわ。祐一が「絶対に嫌だ」とあゆのクッキーを即答で拒む軽口の応酬が、後半で崩れるべき土台を静かに固めておりますの。感情変化を段階で見るのがわたくしの癖でございますが、この作品の日常パートは、急いでおりませんわ。ここは評価いたしますの。
とりわけ真琴という人物の造形には、覚悟の匂いがございましたわ。人見知りで、意地っ張りで、猫のぴろだけには最初から心を許す。人間の生活習慣を懸命に覚えようとする姿が、繰り返し描かれておりますの。この積み上げが後半でどう扱われるか。そこにこの作品の一番良い部分が待っておりますわ。詳しくはクリア後に申し上げますわね。
「奇跡」という装置——覚悟にも、逃げにもなりますの
この作品の評価は、結局のところ奇跡の使い方に集約されますわ。
五つの秘密には、五つの奇跡が対応しておりますの。ここで書き手が問われますわ。その奇跡は、喪失を受け止め切った果てに置かれた奇跡か、それとも喪失を書くのが辛くなって差し込んだ逃げ道か。同じ「奇跡」でも、この二つはまったくの別物でございますわ。前者は覚悟で、後者は読者への忖度でございますの。
Kanonは、この二つを両方やってしまいましたわ。あるルートは、喪失を最後まで喪失のまま置き切っておりますの。ここには、はっきりと覚悟がございましたわ。ところが別のルートは、丁寧に積み上げた別れを、最後の一手で撤回してしまいますの。そちらは甘うございますわ。どのルートがどちらか、そしてなぜそう判断したかは、結末に触れねば申せませんから、ネタバレ版に譲りますわ。ここで申し上げておきたいのは、この振れ幅そのものが6.4という数字だ、ということでございますの。
公平のために付け加えますわ。逃げ気味の結末のいくつかには、奇跡が起きなかった場合の結末もきちんと用意されておりますの。逃げ道の隣に、逃げなかった道も置いてはいるのでございますわ。ただ本編が正面に据えるのはどちらか。そこを見て、わたくしは点を決めましたの。
相沢祐一——人格はあるが、意志の主体にはなりきれておりませんわ
わたくしが最も重く見るのは主人公の造形でございますの。祐一には、留保がつきますわ。
人格としては成立しておりますの。口の悪いツッコミの軽さと、ひとりになった場面の内省の繊細さを、同じ人物の中に矛盾なく収めておりますわ。ヒロインが困っていれば自然と手を差し伸べる面倒見の良さも、一貫しておりますの。ここは崩れておりませんわ。
ただ、彼は物語を能動的に選び取る主体ではございませんの。各ルートで祐一が担うのは、失われた記憶を取り戻し、少女の秘密の鍵を開ける役回りでございますわ。鍵が開けば奇跡が起きる。祐一は奇跡の触媒であって、奇跡を意志で選ぶ人物ではございませんの。主人公の動機の一貫性を問う前に、動機の主体性が薄うございますわ。ここは高くは付けられませんの。彼が一度だけ明確な意志で動く場面がございますが、それがどのルートかは、クリア後に申し上げますわ。
6.4の根拠——覚悟の一本を残しつつ、奇跡の甘さを差し引きましたわ
「水準以上。奇跡の使い方に甘さはあるが、覚悟の一本が確かに残る」——それが6.4でございますわ。
日常の積み上げは丁寧で、文章にも認めるべきものがございますの。そして少なくとも一本、喪失を喪失のまま書き切った覚悟のルートがございましたわ。その一本があるから、この作品を6点未満には落としませんの。
8に届かない理由も申し上げておきますわ。わたくしが最も重く見るエンディングの誠実さが、ルートによって割れておりますからですの。ある場所で見せた覚悟を、別の場所で手放しておりますわ。主人公が奇跡の触媒に留まり、選び取る意志の主体になりきれていない点も、ここに響いておりますの。「作者が最後まで物語を信じたか」という問いに、この作品は何度か目を逸らしましたわ。それでも、逸らさなかった一本の重さは、確かに残っておりますの。
「奇跡で救う覚悟と、奇跡に逃げる甘さ。その差を、点で正直に分けましたわ。」
— 柊美香
6.4でございます。
