真琴。沢渡真琴がいるから、わたしの『Kanon』は成立してる。
Tactics(後のKey)が1999年に出した雪の街の恋愛ADV。プレイしたのはPC版。共通ルートが長くて、最初は「ヒロイン5人もいて全員ちゃんと立てるの?」って疑ってた。立ってた。特に真琴。妖狐が人間として消えていくっていう動機設計が完璧で、わたしはこのキャラのためにこのゲームをやった、って言えるくらいハマった。一方で、Hシーンの位置がキャラの感情ラインに対して整理されてない箇所があって、特に名雪のあれは解釈違い寄りだった。総合は8.0。真琴単体なら9.5。
スコア詳細
5人ヒロインの動機設計が、共通ルートですでに見えてる
『Kanon』は、共通ルート時点でヒロイン5人それぞれの「異物感」を観客に提示してる作品。
1999年、TacticsのKanon。シナリオは久弥直樹(あゆ・名雪・栞ルート)と麻枝准(真琴・舞ルート)の分担制。プレイしたのはPC版。主人公の相沢祐一が7年ぶりに雪の街に戻ってきて、いとこの水瀬名雪の家に下宿しながら、街で5人の女の子に出会っていく。月宮あゆ、水瀬名雪、沢渡真琴、川澄舞、美坂栞。この5人それぞれに、共通ルートの時点で「ちょっと普通じゃない異物感」が仕込まれてる。
あゆの異物感は「街中でリュック背負ってたい焼き食べてる中学生(?)が普通にいる」こと。名雪は唯一「ふつう」に見える子で、それが対比として機能してる。真琴は「記憶のない居候が突然家に住み着く」っていう導入そのものが異物。舞は「夜の校舎で剣を振ってる」って、いやそれ何。栞は「雪の中でマフラーもしてないで立ってる」っていう、生身としての違和感がある。この5つの異物感が、それぞれのルートで一つの「秘密」として解かれていく。これがKanonの構造的なうまさ。
つまり、共通ルートの段階で観客はすでに5つの「気になる箇所」を抱えている。だから個別ルートに入った時、「あ、あの違和感はこれだったのか」っていう回収が走る。キャラの行動原理が秘密の解明と同時に開示されるから、ヒロインの動機が一気にクリアになる。わかってる設計。
沢渡真琴という、動機設計の完成形について
わたしが『Kanon』で一番萌えたのは真琴。理由は動機設計が完璧だから。
沢渡真琴のキャラデザインは、最初は「うるさめのドタバタ系ヒロイン」っていう枠で読まれる。記憶がない、肉まんが好き、祐一にイタズラ仕掛けてくる、「あぅ」って言う。テンプレ属性で言うと「居候型・記憶喪失・元気系」のコンボ。でも、これに「動機」が乗ると、こんなに違うキャラになるんだっていうのが真琴。
真琴の動機は、ものすごく単純で、ものすごく重い。詳細はネタバレ版で書くけど、核心だけ言うと「祐一にもう一度会いたかった」っていう一個。それだけ。それだけの動機が、序盤のドタバタ全部の説明になる。なんで突然家に来たのか、なんで祐一にだけ執着するのか、なんで人間社会のルールを知らないのか。ぜんぶ「会いに来たから」で説明がつく。これが一貫性。動機が一個だから、行動の全部がブレない。
そして、この動機を持ってるキャラに「ある変化」が起きるのが個別ルート。それは積み重ねた動機が裏返る瞬間で、キャラを破壊するんじゃなくて、キャラの動機を完成させる方向の変化。「会いに来た」の続きが何だったのか、っていう問いに、物語が答えを返す。わたしはこの構造に号泣しかけた。号泣じゃなくて、号泣しかけた。なぜならわたしは観客側だから、キャラを見送る側として完全に没入できた。ここで穂乃火ちゃんと違うのは、わたしは真琴を「外から愛してる」っていう距離感を保ってる。だからこそ「このキャラはこういう動機でこう動くしかない」っていう一貫性に対して、ちゃんと点数を出せる。
「あぅ」っていう真琴の口癖、最初は単なるキャラ付けに見える。でも個別ルート後半で、この「あぅ」の意味が変わって聞こえる瞬間が来る。これは演出としても上手い。記号として置かれてた音が、感情の音として再定義される。わかってる。
5人それぞれに動機がある、これが大事
真琴以外の4人も、ちゃんとキャラとして立ってた。動機の濃度に差はあるけど、全員にあった。
月宮あゆ。リュック、赤いカチューシャ、「うぐぅ」、たい焼き。これだけ並べると属性の塊だけど、彼女の動機は「7年前に失くしたものを探してる」の一個。この動機が彼女の行動全部を説明する。街をうろうろしてるのも、祐一に懐くのも、「失くしたもの」の手がかりを求めての行動。動機の深さは個別ルートで明らかになるけど、共通ルートの時点で「この子は何かを探してる」っていう一貫性が見えてる。あゆは『Kanon』の表紙の子で、表紙にふさわしいだけの一本軸を持ってる。
水瀬名雪。動機がいちばん見えにくい子。だってあゆ・真琴・舞・栞と違って、名雪には超常的な秘密がない。彼女の動機は、家族と日常を大事にしてるっていう、ふつうのもの。だから個別ルートで「いつもの名雪」が崩れた時、ふつうの女の子がふつうじゃない事態にどう対処するかっていう話になる。これは「日常パートに動機を仕込んでおく」っていう設計で、地味だけどわかってる。共通ルートの名雪を「ふつうにかわいい」って思って読ませる時間がそのまま個別ルートへの伏線になっていた。
川澄舞。動機は明確で、「自分が抱えてる何かと戦ってる」。夜の校舎で剣を振ってる時の舞は、何かに対して責任を取ってる姿勢で、これが彼女の行動原理を全部説明する。無口なのは何かを守ってるからで、強いのは戦わなきゃいけないから。佐祐理ちゃんが隣にずっといるのも、舞にとっての証言者として、佐祐理が「舞を孤独にしない人間」を引き受けてるから。この二人の関係性、わたしの中で『Kanon』屈指の解釈一致ポイント。詳細はネタバレ版で。
倉田佐祐理。ヒロインの一人としてカウントするかは微妙だけど、彼女は舞ルートで完全に存在感が爆発する。佐祐理ちゃんの動機は「弟への自責」で、これを抱えたまま舞のそばにいる。明るく笑う佐祐理ちゃんの裏に重い動機があって、それが舞という存在を支えてる理由になってる。佐祐理ちゃんは「ヒロインの友達」っていう脇役ポジションを超えていく。わたしは舞ルートを「舞佐祐理ルート」と呼んでる。
美坂栞。動機は「生きたい、でも諦めも持ってる」っていう同居型。難病を抱えてる栞ちゃんの行動はぜんぶこの両面性で説明できる。寒がる素振りを見せないこと、姉の香里との微妙な距離感、祐一に対して見せる素直さ。全部「もう長くない自分」っていう動機を背負った上での行動になっている。栞ちゃんは『Kanon』のヒロインの中で「動機の語り」が一番丁寧だった。何回も自分の状況を本人が言語化するから、観客にとって動機がクリアに見える。
祐一は、わたしの中でぎりぎり許せる主人公
相沢祐一は、ギャルゲー主人公として平均より上ではあるけど、満点には届かない造形。
祐一のキャラ設計は「皮肉屋・忘れっぽい・いざという時は動く」の三本柱。彼の動機は「7年ぶりに帰ってきた街で、いとこの家に下宿して高校に通う」っていう日常的なものから始まる。そこに、出会うヒロインたちの秘密が乗っかってきて、彼の動機が「思い出す」「向き合う」「守る」に上書きされていく。動機が物語の中で更新されていく主人公、っていう設計は悪くない。
ただ、彼の皮肉屋ベースの口調が、シリアスな場面と噛み合わない瞬間がある。ヒロインが大事なことを話してくれた直後に、彼が軽口を返す場面があって、わたしは「いやそこで茶化さないで」って思った。これは主人公の動機としては「重い話から距離を取りたい防衛」って読めるんだけど、観客側のわたしには「キャラとして外側にいる感じ」に見える瞬間があった。減点ポイント。
逆に言うと、後半で祐一が「動機を更新した時」のキャラの変化はわかりやすかった。真琴ルート後半・名雪ルート後半・栞ルート後半・舞ルート後半、それぞれで祐一が「皮肉屋の外側」に出てくる瞬間がある。そこで初めて、彼が主人公として機能する。動機が変わるとキャラの言動が変わる、っていう設計は守られていた。だからわたしは祐一を「ぎりぎり許せる」って言う。共通ルートの祐一だけ評価したら6点だけど、各ルート最後まで読むと7点に押し上げられる。
Hシーンの位置が、キャラの感情ラインと噛み合ってない
わたしの『Kanon』の最大の不満は、Hシーンの設計。具体的なルート単位の話はネタバレ版に回した。
結論から書くと、Hシーンが共通して「感情の積み上げに対して早すぎる」配置になってる。ヒロインの動機が完全に開示されきる前にHシーンが入る場面があって、そこで「あれ、このタイミングでこの行為するキャラだったっけ?」っていう違和感が走る。動機ベースで読んでるわたしには、これがキャラ崩壊一歩手前に見える。
あと、主人公の祐一の「皮肉屋」モードが、Hシーン中に部分的に温度を変える。これがベッドヤクザ問題に近い領域で、ヒロインに対して急に踏み込みすぎる場面が出てくる。彼が彼じゃなくなる瞬間がある。動機の一貫性で言うと、ここはマイナス。
『Kanon』はそもそも18禁原作PC版なんだけど、内容のテーマ(奇跡・約束・喪失と思い出)に対してHシーンの抽象度が合ってない印象を受ける。テーマの抽象度が高いのに、Hシーンだけ生身の話に降りる、っていう温度差。これはわたしの好みの問題かもしれないけど、関係性の集大成としてHシーンを読みたい派には、いまいち響かない設計だった。Hシーンの質を5点に下げてるのはこれが理由。
関係性の網が、ちゃんと張ってある
『Kanon』のキャラ間の関係性は、いまどきのギャルゲーより細かい。
主人公とヒロインの一対一だけじゃなくて、ヒロイン同士の関係がちゃんと描かれてる。これがわたしの好み的に一番大事。例えば、舞と佐祐理ちゃんの友情。これは『Kanon』の中で最も「立ってる」関係性。詳細はネタバレ版で書くけど、二人がただの友達じゃないっていうのを、共通ルートの時点で何度も示唆してくれる。お弁当を二人で食べてる場面、佐祐理ちゃんが舞に話しかける時の距離感、これだけで「あ、この二人」ってなる。
美坂姉妹の話もそう。香里と栞の姉妹関係は、共通ルートでは「香里は妹がいないことになってる」っていう謎の状態として提示される。これがあとで「妹を失うのが怖いから距離を置いてる」っていう動機で解かれる。姉妹の動機が両方ちゃんとあって、その動機がぶつかる関係になってる。わたしはこういう設計が好き。
そして水瀬家の食卓。秋子さん・名雪・祐一・真琴が食卓を囲むシーンが、この作品の温度を作ってる。秋子さんの「ジャムの研究」、名雪の「朝のだるさ」、真琴の「肉まん」。記号として消費しがちな小道具が、全部「家族」っていう一個の関係性のために動いてる。共通ルートの食卓があるから、個別ルートで誰かがその食卓から欠けた時の重さが効く。これは関係性の網を張る設計として、ちゃんとわかってる。
8.0——真琴が完全に立ってた、その一点で8.0
真琴の動機設計と、ヒロイン同士の関係性で、わたしは8.0を出した。
『Kanon』のキャラ評価軸でわたしが見てるのは、ヒロイン全員の動機が一貫してるか、その動機が物語の中で更新されていく設計になってるか、そして関係性の網が脇役まで含めて張られてるか。これらの基準で言うと、『Kanon』は1999年の作品としては異様に細かい。共通ルートで仕込み、個別ルートで動機を開示し、エンディングで動機の更新を回収する、っていう一連の動きが、ちゃんとキャラ単位で機能してた。
減点要素は、主人公の皮肉屋モードがシリアス場面で温度を狂わせる場面があったこと、Hシーンの位置がキャラの感情ラインに対して早すぎたこと、共通ルートが長すぎてキャラを「立たせる」前にプレイヤーの集中が切れかける時間帯があったこと。これらは設計の問題で、キャラそのものの問題じゃない。
でも、真琴がいる。真琴のためにわたしは『Kanon』をプレイした、って今でも言える。その上で他の4人も全員ちゃんと立ってた。これは観客として満足できる作品だった。8.0は固いです。
あと一個だけ付け足す。主題歌のテキストを読んで、「あ、これもわかってる」ってなった。Last regrets の一節、「ありがとう 言わないよ / ずっとしまっておく」。真琴が祐一に言わなかった言葉が全部ここに入ってる。動機が一個だから言えないし、動機が一個だから言わなくていい。その一貫性が、この二行に乗ってる。テキスト単位で見ると、歌詞の方が真琴の動機設計を一番クリーンに要約してる。「あぅ」の意味が変わる瞬間と同じ引き出しを、ここでも開けてる。わかってる。
「あぅ」
— 真琴の口癖が、物語の最後で違う意味を持つ
この「あぅ」だけで一個レビュー書けるんですけど、それはネタバレ版に置いておきます。真琴のためにこの作品をやってください。後悔しないので。
