縄綱という男を最後まで化け物のまま終わらせた。そこに覚悟がございましたわ。
「死しても尚やつらから若さを吸い取り、必ずや我が肉体を復活させてやる」——縄綱の日記のこの一行が、この作品の背骨ですわ。余命一年の老人が、自分の死を家族もろともの儀式に作り替える。その動機を最後まで薄めず、終盤の銃口まで一直線に通したのは見事ですわ。優馬という気弱な主人公を、薬で堕とし、正気に戻し、それでも同じ場所へ運んでいく筋立ても、逃げてはおりません。ただ、ループの論理は所々で考察任せになっておりまして、そこだけは整合性に甘さが残りました。ネタバレ込みで、どこに覚悟があり、どこで土台が緩んだかを申し上げますわ。
スコア詳細
陽炎のなかの屋敷——同じ夜を、何度も
恋人の叔父の屋敷へ招かれた青年が、抜け出せない一夜に閉じ込められる。骨格はそれだけですわ。
主人公の優馬が、恋人の杏奈に頼まれて彼女の叔父・河原崎縄綱の屋敷を再訪するところから始まりますわ。出迎えるのは横柄な里子の智樹、慇懃無礼な執事の稲垣、薬と注射器を操るメイドの美香。最初から空気が歪んでおりますの。同じ会話が二度繰り返され、誕生日の日付が一日ずれる。縄綱が「特別な肉を用意させた」と脅して「冗談だ」と笑う。これがただの怪奇趣味ではなく、屋敷がすでに何度もループを繰り返してきた徴であった、と後で分かる作りになっておりますわ。
物語は三つの輪を回りますの。逃げようとして逃げ切れない最初の夜。優馬が薬で堕とされ、自ら加害に回ってしまう二度目の夜。そして全ての記憶を持ち越して選択を変える最後の夜。屋敷の異常を「演出」で済ませず、ループという構造そのものに紐づけた点は、まず土台として評価いたしますわ。
この屋敷に置かれた人々
加害も被害も、この作品はどちらも逃げ場なく並べてまいりますわ。
優馬は気弱で優柔不断、「逃げ道を用意されると迷わずそちらを選ぶ」と自認する青年ですの。恋人の杏奈は普段は従順ですが「こうと決めたら譲らない」芯を持っておりますわ。父の形見の結婚指輪を中指にしておりまして、これが終盤まで効いてまいります。智樹の妹の真樹は子供っぽい喋り方をしながら、優馬の変調を真っ先に見抜く目を持っておりますの。父親の借金で縛られた気弱なメイドの鈴音、誕生日に招かれてしまった奈津子とその婚約者の健吾。この招待客の二人が、この屋敷で何が起きるのかを一番むき出しに見せてくれますわ。
そして縄綱。真っ赤なドレスに厚化粧、野太い声で生死の哲学を語る老人ですの。「人間の最も美しい顔は苦しむ表情なのだよ」と言い切る男ですわ。この一人が作品の重心ですから、まずはこの男から申し上げます。
優馬という主人公——堕ちて、戻って、それでも運ばれていく
気弱な主人公を「気弱なまま」最後まで通したこと。ここに、わたくしは一貫性を見ましたわ。
鬼畜ものの主人公の造形で、一番つまらないのは「日常は優しいのに、Hシーンだけ急に支配者になる」型ですの。この作品の優馬は、その逆を行きますわ。優柔不断で逃げ腰な性格が、薬で堕とされた瞬間にそのまま暗い方へ転がっていく。美香に薬を盛られた優馬は、杏奈に「俺に近づくな」と吐き捨て、怖がる真樹を納屋へ連れ込み、鈴音に強引なキスをする。別人になったのではなく、元から逃げ腰だった人間の箍が外れた、という描き方ですの。ここを「乗っ取り」で誤魔化さなかったのは、地味ですが誠実ですわ。
そして地下で縛られて目覚め、自分のした全てを思い出す場面。「俺は何て事を……」という自責が、ここからの優馬を動かしますわ。堕ちた記憶を抱えたまま正気の優馬が屋敷脱出へ向かう、という流れに無理がない。最後のループでは全部を覚えた上で選択を変え、書斎で日記を見つけ、全員を逃がし、自分は銃を持った縄綱に合口で立ち向かう。「拳銃を向けるならこっちだろ」と。逃げ腰の青年が、最後に一度だけ前に出る。その一回のために、序盤の情けなさが全部効いておりますの。主人公の造形に8点を付けたのは、この振り幅への評価ですわ。
作者が逃げていないと感じたのは、堕ちた優馬の加害をきちんと「加害」として書いた点ですの。真樹が「酷いよ……酷いよ……」と泣く場面を、主人公補正で薄めていない。ここで甘くしていたら、後の自責も嘘になっておりましたわ。鬼畜を主人公にやらせるなら、その重さを引き受けろ。その覚悟は、ございました。
縄綱の儀式と、ループの帰結——どこまで描き切ったか
悪を最後まで悪のまま終わらせるのは、案外できないものですの。この作品は、それをやり切りましたわ。
縄綱の動機は、書斎の日記で全て明かされますわ。背中のデキモノ、藪医者の余命宣告、そして「家族と共に惰眠を貪り、再び蘇る時まで若さを吸い取って復活する」という妄執。気持ちの悪い理屈ですが、理屈としては最後まで通っておりますの。だから終盤、脱出する全員に「縄綱と共に永遠の時を刻め」と銃を向ける場面に違和感がない。終始一貫して、この男は家族を道連れにしたかった。そこに後付けの良心も、命乞いの哀れさもありませんわ。「茶番よのぉ」と呟きながら撃つ。最後まで化け物のままですの。これは、わたくしが鬼畜ものに求める「逃げない悪」の見本でしたわ。
拷問と陵辱の描写も、目を逸らさずに書かれておりますの。奈津子が婚約者の健吾の目の前で薬を打たれて堕とされ、首輪をつけられ犬扱いされる一連は、本作で最も陰惨な場所ですわ。健吾が「雌豚」と妻を罵って絶望し、稲垣の合口で刺し殺される。真樹が木馬の張り型に押しつけられ性器が裂けて流血しながら「杏奈さんと入れ替わりたい」と告白する場面。どれも安易な記号で済ませず、被害側の心理まで踏み込んでおりますわ。Hシーンの誠実さに8点を付けたのは、これらが「おまけのファンサービス」ではなく、屋敷の論理に組み込まれた苦痛として書かれていたからですの。縄綱の哲学を実演する装置になっておりますわ。
それだけに、惜しゅうございますのはループの説明ですの。最後の輪で全員を脱出させたはずの優馬が、絶望フェーズでは一人だけ列車に戻され、焼け落ちた屋敷の納屋裏に累々と並ぶ白骨を見る。杏奈の指輪をはめた骨と、中央に縄綱の頭蓋骨。救ったはずの全員が骨になっている。この落差は強烈ですわ。ですが、なぜ脱出が無に帰したのか、なぜ優馬一人だけが取り残されたのか、その理屈はテキスト内で詰め切られておりませんの。再会フェーズで杏奈が「過去が変われば未来だって変わる」「みんな柵の外へ出た時に戻る事ができた」と語りますが、これは解説というより詩ですわ。屋敷の出来事が数十年前の過去であったこと、車事故から生き延びたとおぼしき美香が老婆になって現れること。これらは状況証拠で示されるだけで、明言はされませんの。プレイヤーの考察に委ねる作りですわ。
雰囲気としては、この「説明しすぎない余白」が効いている面もございますわ。ですが整合性を最重視するわたくしの基準では、骨格の論理が考察任せになった分は引かざるを得ませんの。設定の整合性6点は、そういう数字ですわ。土台が割れているわけではない。ただ、覚悟を持って詰めれば、もう一段締まったはずですの。
7.5——逃げなかった悪と、詰め切れなかった理屈
最終評価を申し上げますわ。
この作品は、鬼畜を謳って中盤で良心を持ち出す類の甘さとは無縁ですの。縄綱は最後まで縄綱でしたし、優馬の堕落も自責も逃げずに書かれておりますわ。被害の描写を薄めなかった分、終盤に優馬が一度だけ前へ出る一瞬が重くなる。ダークテーマを引き受けて完遂する、という一点では、覚悟がございました。
引いたのは整合性ですの。ループの帰結を考察に委ね、絶望フェーズと再会フェーズの理屈を詩的な余白で済ませた。雰囲気は出ておりますが、わたくしは雰囲気で整合性を見逃すことはいたしませんわ。覚悟のある悪と、詰め切れなかった土台。その差し引きが7.5という数字ですの。
骨を森に投げ捨てる優馬の「な、縄綱ぁ……」という呻きと、雑木林で杏奈が「今は何の意味も持ってない」と言い切る穏やかさ。この二つを同じ作品の中に置けたこと自体は、最後まで物語を信じていた証ですわ。逃げなかった部分には、敬意を払いますの。7.5。
