アライグマのレビュー — 家族計画

アライグマ
アライグマ
野生の観測者
8.3/10
8.3 / 10

血の繋がらない個体を集めて、冬を越せる群れに仕立てた。整合してる。

オレはこの作品を、人間が「家族」と呼ぶ単位の話としてではなく、血縁のない個体が一つ屋根の下で群れを組めるか、という観測対象として見た。高屋敷家という古屋敷に、という一匹が、縄張りも食い扶持も繋がりも持たない個体ばかりを引っ張り込む。普通なら一週間で空中分解する組み合わせだ。それが群れに育っていく筋を、オレは観測した。骨だけじゃない。肉がある。沢村司という個体の動き方が、生き残ったやつのそれだったからだ。

スコア詳細

主人公の野生力 9
群れの整合性 9
冬越しの結末 9
毛が逆立つ瞬間 9
各個体の生存戦略 8
序盤のテンポ 6

血縁なき個体を、なぜ群れにできるのか

家族ってのは、人間が血の繋がりで縄張りを共有する単位だろう。生まれた巣にそのまま居座る、最も省エネな群れの作り方だ。だがこの作品が組み立てるのは、それと真逆の群れだ。という中年が「家族計画」と名付けて、血の繋がりも過去の縁も一切ない個体を一軒家に放り込む。父役の寛、母役の真純、家主の青葉、便利屋の、密航少女の春花、最年少の末莉、そして家長代理の。役を割り振っただけの、空っぽの巣だ。

普通こんな寄せ集めは群れにならない。序列も決まらず、誰が何を提供するかも噛み合わず、最初の天敵が来た瞬間にバラバラに逃げて終わる。ところがこの群れは、なかなか崩れない。理由は、一人ひとりが「血の繋がった群れから弾き出された個体」だからだ。実母との関係に深い傷を抱えた準。親に切り捨てられた末莉。詐欺師に母の金まで毟られた真純。血の群れに食い殺されかけた個体ばかりが集まったから、血じゃない繋がりに賭ける動機がある。なぜ寄せ集めが群れとして成立するのか、その根に血が通ってる。骨だけの設定じゃない。

沢村司——生き残った個体の動き方

主人公のを、オレは最初うろんな目で見ていた。「家族なんか要らねえ」と吠える個体は、たいてい縄張りも作れない弱い個体の負け惜しみだからだ。だが観測を続けて、こいつは違うとわかった。司が家族を拒むのは、群れを作れないからじゃない。両親を事故で喪って、失うのが嫌で一人を選んだ、と本人も自覚している。一度群れを失った個体が、二度目を恐れて単独行動に切り替えた、れっきとした生存戦略だ。負け惜しみとは匂いが違う。

面白いのは、その司が口では拒みながら、体は弱い個体に向かって先に動くところだ。行き倒れの春花を拾い、「家にいさせて」と縋る末莉に折れて家長代理を引き受ける。庇護行動が反射で出る個体だ。頭で覚えた優しさじゃない。本能だ。理屈で家族を拒みながら、本能では群れを手放せない。この矛盾を抱えた個体が、物語の中で少しずつ自分の本心と向き合っていく。その過程が、生き残ったやつの動き方として整合してる。こんなんじゃ野生では生きていけねえ、とは言わせない主人公だ。

各個体の生存戦略を読む

群れの一匹ずつが、それぞれ違う冬の越し方を持っている。は金で全部を解決しようとする個体だ。便利屋として危ない橋まで渡り、誰かを匿名で支え続けている。だが金は縄張りの代用にはならない。能面の下に何を凍らせているのか、その正体が剥がれてくる過程が、この個体の見どころだ。飢えた個体に飯を食わせて群れに戻す、という流れが用意されている。詳しくはクリアしてからのほうで話す。

青葉は距離を取って観測に徹する個体だ。家事も拒み、毎日庭を掘って祖父と埋めた「宝物」を探している。形のないものに執着する個体だが、その執着は弱さじゃない。「司、生きることは、問答無用なのよ」と言って他人を逃がす場面がある。毒舌の皮の下に、群れを守る本能がちゃんと埋まってる。末莉の極端な自己卑下、真純の主体性の薄さも、全部が群れの中で序列と居場所を確保するための、それぞれの戦略として読める。

春花だけは、天敵を背負って群れに紛れ込んだ個体だ。明るく振る舞っているが、その出自と過去が、やがて外部の暴力を高屋敷家まで引き寄せる。群れに天敵を呼び込む個体は、本来なら真っ先に追い出される。だが春花がこの群れでどう振る舞うか、そこにこの個体の芯が出る。整合してる。

テンポ——序盤の長すぎる縄張り探り

正直に言う。序盤は長い。寛のふざけ、隣人の騒ぎ、部下の名前を毎回間違える小芝居。群れの形が見えてくるまで、ひたすら空回りのギャグが続く時間がある。新しい縄張りに放たれた生き物が、地形も匂いも把握できずにうろつき回る、あの間延びした時間に近い。こんなんじゃ野生では生きていけねえぜ、と一度はぼやいた。ここで離脱する個体がいるのもわかる。クセの強い文章だから、合わないやつには最後まで合わないだろう。

ただ、この長い探りには意味があった。各個体の傷は、後半でいきなり明かされても重みが出ない。序盤に延々と日常を積んで、笑える時間を共有させておくから、傷が露わになった時に「この群れを壊したくない」という引力が効く。日常ってのは冬前の備蓄みたいなもんだ。ここを省いたら、後半の冬越しに耐える脂肪がつかない。テンポの悪さは弱点だが、無駄打ちじゃなかった。そこは認める。

繁殖行動として——傷の置き所

繁殖行動の場面も、群れの再生の文脈にちゃんと噛ませてある。オレが見るのはそこだけだ。傷ついた個体が、別の個体との接触で初めて体温を取り戻していく。物語の傷と繁殖行動が一本の線で繋がっていて、切り離した実用一辺倒の場面になっていない。各ヒロインの過去の凍りつきが、誰かと体を重ねることで少しずつ解けていく筋になっている。

合意の置き方も筋が通っている。最年少の末莉が縋るように身を差し出す場面で、司は一度はっきり拒んでいる。傷ついた幼い個体に手を出さず、距離を置いた関係から始める。両方がそのつもりかどうか、そこだろう。きちんと押さえてある。この順序が雑なら点は引いていた。引かずに済んだ。

で、こいつら冬を越せるのか

オレの評価軸は最後にここへ来る。エンディングの笑顔は信じない。問題はその次の冬だろう。結ばれて終わり、では何も評価したことにならない。この群れが三年後、十年後まで持つのか。職業はあるか、食い扶持は確保できるか、群れの厚みは残るか。そこまで想像できる結末かどうかで、オレの点は決まる。

結論から言えば、家族計画は「その次の冬」まで想像させてくれる作品だ。ルートによって冬の越し方は違うが、生活の基盤が見える結末がいくつもある。血の繋がらなかった群れが、どこまで先まで続いていくのか。その見立てと、各ルートの顛末については、クリアした後にもう一本のほうで全部書いた。無責任なハッピーエンドで誤魔化していないか、そこを確かめたいやつは、やり終えてからそっちを読んでほしい。

8.3——肉のある群れの物語

血の繋がりだけが家族だ、という人間の思い込みを、この作品は正面から疑った。そして血を介さずに群れを組めるかどうかを、一匹ずつの傷と動機から積み上げて描いてみせた。骨組みだけの理屈じゃない。肉がある。整合してる。

序盤のテンポの悪さと、文章のクセの強さは引っかかる。そこで満点にはしない。だが司という個体が、群れを失った経験を抱えたまま、それでももう一度群れを作る側に回る。あの動きを観測できただけで、付き合った甲斐があった。全く人間ってのは、血だの戸籍だのに縛られて、目の前で機能している群れを見落とすだろう。この作品はそれを見落とさなかった。……やるじゃねえか。