血の繋がらない個体を集めて、冬を越せる群れに仕立てた。整合してる。
オレはこの作品を、人間が「家族」と呼ぶ単位の話としてではなく、血縁のない個体が一つ屋根の下で群れを組めるか、という観測対象として見た。高屋敷家という古屋敷に、寛という一匹が、縄張りも食い扶持も繋がりも持たない個体ばかりを引っ張り込む。普通なら一週間で空中分解する組み合わせだ。それが冬を越せる群れに育っていく筋を、オレは最後まで観測した。骨だけじゃない。肉がある。沢村司という個体の動き方が、生き残ったやつのそれだったからだ。
スコア詳細
血縁なき個体を、なぜ群れにできたのか
家族ってのは、人間が血の繋がりで縄張りを共有する単位だろう。オレに言わせれば、生まれた巣にそのまま居座る、最も省エネな群れの作り方だ。だがこの作品が組み立てたのは、それと真逆の群れだ。寛という中年が「家族計画」と名付けて、血の繋がりも過去の縁も一切ない個体を一軒家に放り込む。父役の寛、母役の真純、家主の青葉、便利屋の準、密航少女の春花、最年少の末莉、そして家長代理の司。役を割り振っただけの、空っぽの巣だ。
普通こんな寄せ集めは群れにならない。序列も決まらず、誰が何を提供するかも噛み合わず、最初の天敵が来た瞬間に各自バラバラに逃げて終わる。ところがこの群れは崩れない。なぜか。一人ひとりが「血の繋がった群れから弾き出された個体」だからだ。準は実母に毒入りスープを盛られた。末莉は親に「いらん子」と切り捨てられ、引き取られた先で良太に体まで奪われていた。真純は添田という詐欺師に母の金まで毟られた。血の群れに食い殺されかけた個体ばかりが集まったから、血じゃない繋がりに賭ける動機がある。設定の根に、ちゃんと血が通ってる。
沢村司——生き残った個体の動き方
主人公の司を、オレは最初うろんな目で見ていた。「家族なんか要らねえ」と吠える個体は、たいてい縄張りも作れない弱い個体の負け惜しみだからだ。だが観測を続けて、こいつは違うとわかった。司が家族を拒むのは、群れを作れないからじゃない。両親をバスの転落事故で喪っているからだ。失うのが嫌で一人を選んだ、と本人も自覚している。これは負け惜しみじゃない。一度群れを失った個体が、二度目を恐れて単独行動に切り替えた、れっきとした生存戦略だ。
面白いのは、その司が口では拒みながら、体は弱い個体に向かって先に動くところだ。行き倒れの春花を拾い、「家にいさせて」と縋る末莉に折れて家長代理を引き受ける。庇護行動が反射で出る個体だ。これは頭で覚えた優しさじゃない。本能だ。終盤、親戚の大場から、両親が転落の瞬間に前後から自分を包んで死んだ事実を聞かされる場面がある。司は「捨てられた」と歪めて記憶していたが、実際は群れに守られて生き残った個体だった。「俺は、家族は捨てない。捨てるもんか」とたどり着く。あの一行で、序盤の頑なさが全部裏返る。裏側まで噛んでる作りだ。……生き残った個体の動きだよ、これは。
各個体の生存戦略を読む
群れの一匹ずつが、それぞれ違う冬の越し方を持っている。準は金で全部を解決しようとする個体だ。便利屋として危ない仕事まで請け負って、育った施設を匿名で支え続ける。だが金は縄張りの代用にはならない。準ルートで施設の維持に失敗して全部崩れ、自殺まで考えるところまで落ちる。あの「おなか、すいたよぉ……」は、金で武装してきた個体が、最後にむき出しの飢えを晒す瞬間だ。母に毒を盛られて以来、他人の作った飯を受け付けない体になっていた準が、春花の無条件の許しを通して「家族の食事」を口にできるようになる。飢えた個体に飯を食わせて群れに戻す。これ以上わかりやすい再生の合図はない。毛が逆立った。寒いからじゃない。
青葉は距離を取って観測に徹する個体だ。家事も拒み、毎日庭を掘って祖父と埋めた「宝物」を探している。掘り出した缶は空っぽだった。形のないものに執着する個体だが、その執着は弱さじゃない。青葉ルートでは家が放火で全焼してなお司と縄張りを組み直すし、末莉ルートでは炎から末莉を救って左腕に大火傷を負う。「司、生きることは、問答無用なのよ」と言って逃がす個体だ。毒舌の皮の下に、群れを守る本能がちゃんと埋まってる。
春花だけは、天敵を背負って群れに紛れ込んだ個体だ。「虹」というドラッグを持ち逃げした関係で、上海マフィアが高屋敷家まで嗅ぎ付けてくる。群れに天敵を呼び込む個体は、本来なら真っ先に追い出される。だが春花は「みんな、わたしがいなくなったあとも、家族でいてね」と、自分が抜けることで群れを守ろうとする。群れから外れる個体が群れ全体の生存確率を上げる、あの挙動だ。整合してる。
テンポ——序盤の長すぎる縄張り探り
正直に言う。序盤は長い。寛のふざけ、隣人の騒ぎ、部下の名前を毎回間違える小芝居。群れの形が見えてくるまで、ひたすら空回りのギャグが続く時間がある。新しい縄張りに放たれた生き物が、地形も匂いも把握できずにうろつき回る、あの間延びした時間に近い。こんなんじゃ野生では生きていけねえぜ、と一度はぼやいた。ここで離脱する個体がいるのもわかる。
ただ、この長い探りには意味があった。各個体の傷は、後半でいきなり明かされても重みが出ない。序盤に延々と日常を積んで、笑える時間を共有させておくから、傷が露わになった時に「この群れを壊したくない」という引力が効く。日常ってのは冬前の備蓄みたいなもんだ。ここを省いたら、後半の冬越しに耐える脂肪がつかない。テンポの悪さは弱点だが、無駄打ちじゃなかった。そこは認める。
繁殖行動として——準ルートの傷の置き所
繁殖行動の場面も、群れの再生の文脈にちゃんと噛ませてある。オレが見るのはそこだけだ。準の体は母の毒以来、他人を受け入れられないように凍りついていた。便利屋稼業で体を売る描写もあるが、そこに本人はいない。司との接触で初めて、凍った個体が群れの相手として体温を取り戻していく。物語の傷と繁殖行動が一本の線で繋がっている。切り離した実用一辺倒の場面じゃない。
末莉の扱いも筋が通っている。タオルケット一枚で「こんなものくらいしか……支払えません」と差し出す告白を、司は一度はっきり拒んでいる。傷ついた幼い個体に手を出さず、まず妹として引き取って群れに入れ、半年契約という距離を置いてから対等な相手に切り替える。順序が合意の側に振ってある。準も末莉も、合意が成立してから初めて繁殖ペアになる。両方がそのつもりかどうか、そこだろう。きちんと押さえてある。
冬を越せるのか——各ルートの十年後
で、こいつら冬を越せるのか。それが本番だ。エンディングの笑顔は信じない。問題はその次の冬だろう。
末莉ルートは、この点で頭一つ抜けている。十年後、司と末莉は三人の子(若葉・純・遥香)を儲けて、建て直した高屋敷家に、散り散りになった家族計画の連中が全員集まってくる。血の繋がらなかった群れが、血の繋がった次世代まで作って、もう一度同じ巣に帰ってきた。冬を越せるどころか、次の世代に縄張りを引き継いだ構造だ。生存戦略として満点に近い。これを正史扱いしたくなるのもわかる。
準ルートも冬を越せる。飢えで死にかけた個体が飯を食えるようになり、景や春花という群れの仲間が残っている。再起の足場がある。真純ルートは、真純が添田に「人を愛する前に……まず自分を鍛えてよ」と言って依存を断ち切る。依存個体が自立してから繁殖ペアを組む順番だ。これも冬を越せる。後年に遺影を並べる家庭の描写まで届いている。生活基盤が想像できる結末は強い。
一方でノーマルエンドは、司が一人焼け跡に立つ。群れを失った個体に縄張りだけが残る。バッドエンドでは寛が天敵と戦って瀕死、家が崩れて全部終わる。だがこの二つを安易な失敗とは切り捨てない。群れを救うために一匹が前に出て倒れる挙動は、野生でも観察される。寛が「家族を守るため、父は非情な決断を下すこともあるぞ?」と言って盾になるあの場面には、血が通っている。冬は越せない結末でも、誠実に描かれた敗北だ。
8.3——肉のある群れの物語
血の繋がりだけが家族だ、という人間の思い込みを、この作品は正面から疑った。そして血を介さずに冬を越せる群れを、ちゃんと一つ組み立ててみせた。骨組みだけの理屈じゃない。一匹ずつに過去の傷があり、群れに賭ける動機があり、結末で生活の基盤まで見えている。肉がある。整合してる。
序盤のテンポの悪さと、天敵にマフィアを持ってくる強引さは引っかかる。そこで満点にはしない。だが司という個体が、群れを失った経験を抱えたまま、それでももう一度群れを作る側に回った。あの選択を観測できただけで、付き合った甲斐があった。全く人間ってのは、血だの戸籍だのに縛られて、目の前で機能している群れを見落とすだろう。この作品はそれを見落とさなかった。……やるじゃねえか。
