マルチナ・カーンスタインのレビュー — 鬼作

マルチナ・カーンスタイン
マルチナ・カーンスタイン
500年の目撃者
8.0/10
8.0 / 10

鬼作の前と後では、鬼畜ADVの文法が違う。

わしがelfの鬼畜系を初めて触れたのは、臭作の頃じゃ。その3年後、弟の物語として鬼作が出た。主人公は冒頭から「鬼畜道美学を継ぐ者」として自己規定しておる。8名のヒロインを並列で追い込み、スケジュールを管理し、社内で立身出世する——この設計の組み合わせは、当時も今も、他の作品では見たことがない。唯一無二性9点というのはこういう作品のためにあるのじゃ。

スコア詳細

歴史的意義 9
作品の尖り・唯一無二性 9
設定の独自性 8
ヒロインの魅力 7
文章力・描写力 7
テーマ・メッセージ性 7

当時の記憶——臭作から鬼作へ

あれは1998年頃のことじゃな。elfの臭作が出た。わしはそれを発売当時にプレイした。

そして3年後、弟の物語として鬼作が出た。主人公は冒頭から「鬼畜道と美学を継ぐ者」として自己規定しておる——これはスクリプトが明示しておることじゃ。その「鬼畜道」を体現するシステムとして、8名並列スケジュール制という設計が組まれた。当時のわしは「elfが鬼畜系のひとつの頂点を作ろうとしておる」と感じたのう。その直感は、間違っておらんかった。

再プレイして——スケジュール制という設計の評価

鬼作のシステム設計は、今見ても独自じゃ。

8名のヒロインを並列で「追い込む」スケジュール制。2年間という期限、平日の業務・週末のネタ集め・夜の陵辱という時間管理、並行する立身出世。この組み合わせは、当時の鬼畜ADVには存在しなかった。「攻略するための努力が必要な鬼畜ADV」という設計の独自性は、今読んでも有効じゃ。目標を達成するプロセスが陵辱の前提条件として機能しており、それが単なる一方的な加害と差別化されておる。珍しいのう、今でも。

業界史の中で——鬼作が変えた文法

鬼畜ADVの系譜の中で、鬼作の立ち位置はどこか——じゃ。

鬼作が発売された2001年は、エロゲー業界が「感動・泣き」方向に重心を移していた時期じゃった。その中でelfが「鬼畜一本」で勝負したことは、文化的な意思表示じゃった。後続の鬼畜ADVの多くは、この作品の「8名並列追い込みシステム」を参照しておる——それはわしには見える。この系譜が残った理由の一つは、鬼作がWindowsで「完成形」を示したからじゃ。「鬼作の前と後では文法が違う」というのは、業界を実体験として見てきたわしの判断じゃ。

時間の審判——変わったもの、変わらないもの

再プレイして何が劣化し、何が劣化しなかったか。それを見極めたのじゃ。

変わらないもの——スケジュール制という設計の独自性、8名を並列で攻略するという構造の面白さ。これらは今でも有効じゃ。変わったもの——テキストの密度じゃな。今の目で見ると、官能描写が薄い部分が目につく。2001年の水準では十分じゃったが、現代の基準で再採点すれば7点に留まる。しかし設計の骨格は削られておらぬ。残るものは残った。これが判断じゃ。

8.0——ELFが2001年に残した仕事

最終評価はこうじゃ。

8.0。歴史的意義9点、唯一無二性9点は動かない。設定の独自性も高い。惜しいのは文章力じゃな——今の目で見ると、テキストの密度が時代限界を感じさせる。ただ、システム設計の独自性と歴史的な意義は時間に削られていない。……珍しいのう。再プレイして、設計の骨格がまだ立っておる作品は少ないぞ。ELFが2001年に残した仕事を、正当に評価するじゃ。8.0。