用語集 — serial experiments lain
『serial experiments lain』に出てくる固有名詞と、柊子のカルテに現れる精神医学の用語をまとめた。後者は本作を読むうえで避けて通れない——彼女が玲音に対して使った語彙が、そのまま彼女自身に向けられるところが、この物語の折り返し点だからである。「ネタバレ詳細」を開くと真相まで踏み込む。
世界観・設定
ネットワークの向こう側を指す語。⚠ ただし作中で実際にこう呼ばれることはほとんどなく、大半は単に「ネット」と言われる。
- ⛔ 出現するのは最後の2行だけ
- 玲音は物語を通してずっと「ネット」と呼んでいる。「ワイアード」という語が使われるのは、日記の最終エントリの問答だけである。
ワイアードで必要なものって何?
——意思と存在。あとはただのデータ
- ⛔ 呼び名が変わること自体が、移り終えたことの合図になっている。記事や紹介文で全編を「ワイアード」で統一してしまうと、この効果が消える。
データが置かれている二つの領域。Site B は初期状態では入れず、解放して初めて到達できる。
- 実質的な前後編
- Site A には初期から中期(玲音の症状が薄れて「治った」とされるまで、柊子の留学から着任まで)が置かれ、Site B には後半(玲音の崩壊と再構築、柊子の破綻)が置かれている。
- ⛔ 同じ映像が両方に登録されている
- 六本の映像が、Site A では玲音のデータとして、Site B では別人のデータとして、それぞれ別の注釈つきで登録されている。→ CLN番号
玲音が対応機器を欲しがる通信規格。「プロトコルセブン対応のアクセラレーターが欲しい」と日記に書く。
- 説明されない技術
- ⚠ 作中でこの規格が何なのかは一度も説明されない。ただ、玲音がそれを欲しがっていること、そして一般に出回っているものではないらしいことだけが分かる。彼女がネットへ移っていく過程の道具立てのひとつとして置かれている。
玲音が自分のコピーをネットへ分散させる行為。「これで私はネットのある限り死なない人間になった」と書く。
- ⛔ 最後には複製にもとどめを刺す
- 不死を手に入れたはずの彼女は、終盤でその複製を自ら消す。
私って悲しい存在? そう思われるんだよね
私のバックアップなんて必要無い
ネットの私も悲しい存在
だからとどめを刺したの
ねえ、痛かった?
- ⚠ 「死なないための複製」を作ってから、それを殺すまでが一続きになっている。不死になることと、存在をやめることが、この作品では同じ方向を向いている。
組織
柊子の勤務先。精神病理研究室があり、玲音はここへ通う。戦前からコミュニケーションと精神病理の基礎研究を行っていると自称する。
- 研究員二名の自殺
- 物語の終わりに、研究所は記者会見を開く。高島教授と柊子——二人の研究員の自殺についてである。
当研究所における2件の研究員自殺に関して、世間では何かSF小説のような非人道的な研究のために起こった事件のような憶測が飛んでますが、全くそのようなことはありません
- ⚠ 研究所の側が先回りして噂を否定しているという形になっている。会見はこう締めくくられる——「彼女の元患者は至って健康です」。
- ⛔ アニメ版との共通点
- この設定はアニメ版でも使われている。脚本の小中千昭が設定したもので、両者のあいだで共有されている数少ない要素である。ただし人物も筋立ても別物なので、アニメ版の情報でゲーム版の空白を埋めることはできない。
研究所の親組織。系列に総合病院を持つ。研究所が臨床に関わるのは、この病院からの依頼によるものだと会見で説明される。
牧野真二の勤務先の家電メーカー。取り調べの身元確認で読み上げられる。
アイテム
医療器メーカーの営業・吉田が柊子に渡した、試作の医療用リラックス機器。
- ⚠ 因果は書かれない
- 柊子がこれを使いはじめた時期と、彼女の変調が始まった時期は重なっている。本人も疑い、一度はやめる決意をする。しかし再開する。⛔ RMLが原因だったのかどうかは、作中で最後まで示されない。吉田が何を意図してこれを渡したのかも不明のままである。
- ⚠ 当サイトでは因果があるとも無いとも書かない。時期が重なるという事実だけを記す。
玲音が父の映像と音声から作り上げた機械。⚠ 作中でこう名指されるわけではなく、彼女は一貫して「お父さん」とだけ呼ぶ。
- 製作の過程が日記に残っている
- 父の音声をサンプリングし、思考ルーチンを与えて進化させ、3Dモデルを起こし、人工筋肉と関節で上半身だけのロボットに仕立てて廃工場に据える。関節のモーターが発熱することを、彼女は「本物のお父さんみたいに優しくてあったかい」と書く。
- 部品の調達
- アクチュエーターのモーターは、ネットで知り合った牧野真二から受け取ったものである。その受け渡しの席で、二月七日の射殺事件が起きる。
- ⛔ 最後は自らの手で壊す
- 日記にはこう書かれる——「お父さんを今日処刑した。次はお母さんだ。」⚠ 後半が何を指すのかは明かされない。また、玲音が朝起きて握っていた拳銃を「お父さんの中に隠しておこう」と書いた、その隠し場所でもある。
- ⚠ この機械をめぐる日記には、玲音の身体的な接触とその反応を記した箇所がある。玲音は作中で十二歳と明示されているため、当サイトでは描写を引用せず、失った父を模造品で埋めようとする試みが破綻し、そこから自己認識が変質していく起点であるという位置づけのみを記す。
玲音の子犬のぬいぐるみ。「これ? ビケちゃん、子犬よ。ぬいぐるみ」と彼女自身が説明する。⚠ 英語圏の資料には熊とするものがあるが、本人の台詞では子犬である。
柊子が子供のころに話しかけていた竜の貯金箱。⚠ 物に名前をつけて話しかけるという習慣が、玲音だけのものではないことを示す小さな符合になっている。
概念
データベースがクライアントを識別する番号。⛔ 本作最大の仕掛けがここにある。
- 三人が区別されている
- データの一つひとつに「これは誰についての記録か」を示す番号が振られている。玲音、柊子、そして名前を与えられない第三の人物——この三者が、本文を読まなくても番号だけで区別できる。
- ⛔ 柊子がクライアントになったことを、ゲーム自身が明示している
- 診断カルテの途中から、番号が玲音のものから柊子のものに切り替わる。切り替わる位置は、本文を読んで「記述の対象が入れ替わった」と判断できる地点と寸分違わず一致する。読者の解釈ではなく、データがそう言っている。
- ⛔ そして同じ映像が、別人のデータとして二重に登録されている
- まったく同じ六本の映像が、Site A では玲音のデータとして「電線・空・認識・学校・沈黙」という無害な語とともに並び、Site B では第三の人物のデータとして「kill/murder intent/suicide/aggression」という語とともに並ぶ。
- ⚠ しかもその六本を実際に見ると、映っているのは玲音か、あるいは誰でもない。電柱だけの映像、人混み、駅のホーム。第三の人物の姿はどこにもない。
- ⛔ データが人物を取り違えているのか、誰かが書き換えたのか、それとも二人が同じものだからなのか——作中に答えはない。確実なのは、同じ映像に別人の名札と正反対の注釈が付いているという事実だけである。
約束を破ったら針を千本飲む、という言い回し。柊子が玲音に教え、二人が秘密を交わすときの合図になる。
- 柊子が玲音に与えた、数少ない「二人だけのもの」
- 「先生たちが子供の時は約束する時、約束を破ったら針千本飲みますよって約束してたの」——玲音はこの言い回しを知らなかった。以後、二人は秘密を交わすたびにこれを言い合う。柊子の軽口も添えられる。「先生なんて5回も飲まされたんだから」「はい、先生のお腹には今何本針が入ってるでしょう」。
- ⛔ そして玲音は、それをプレイヤーに向けて言う
- プレイヤーへの語りかけのなかに、「嘘ついたら針千本。」とだけ言う一言がある。⚠ 柊子との二人だけの合図が、画面のこちら側に差し出されている。
玲音が自分の肉体を指して使う語。⛔ 作中に二度しか現れず、その二箇所が対になっている。
- 一度目 — 射殺事件の直前
- 部品を受け取りに来た牧野に「君は一体何を作ろうとしているんだい?」と問われて。
あたしとあたしに体をくれたもの
でもこんなものはただの宿り木
物になんて意味はない
物は作り上げられたときに生まれる
だけど壊すことで別のものに生まれ変わるの
新しいものに
- 二度目 — 肉体を捨てる直前
死ぬんじゃないのに身体は恐怖を感じる
遺伝子に刻み込まれた記憶?
不思議
私にはもともと必要無いことなのに
この宿り木の限界
- ⛔ 体を「仮に宿っているだけの場所」とみなす見方が、射殺事件の時点ですでに言語化されている。玲音の結末は突発的な破綻ではなく、この時点で語られていた考えの帰結として置かれている。
- ⚠ そして「壊すことで別のものに生まれ変わる」という一文は、直後の射殺と自殺、複製へのとどめ、最終的な肉体の放棄——そのすべてにかかっている。
データの出所を示すサーバー名。⛔ 牧野への取り調べの記録だけが、他と違うサーバーに置かれている。
- 出所が違うということ
- ほとんどのデータは研究所に由来する。しかし警察の取り調べ記録だけは、そこにない別の場所から来ている。⚠ 玲音が集めているデータが研究所の内部だけで完結していないこと、つまり彼女の手がもっと広く伸びていることを、画面の隅の表示だけで示している。
精神医学の用語
⛔ これらはもともと柊子が玲音を診るために使っていた語である。物語の後半、同じ語がそっくり彼女自身に向けられる。用語そのものより、使う側と使われる側が入れ替わることが本作の要点になっている。
自分自身の姿を幻覚として見ること。玲音がもう一人の自分を目撃する場面で使われる。
- ⚠ 射殺した少女と同一だとは明言されない
- 体格と年齢が近いことから両者を結びつけて読むことはできるが、作中では一度も同一だと言われない。むしろ日記の「中学生になった」という記述と、事件の呼称「女子高生」は一致しない。⛔ 当サイトでは同一視して書かない。
自分が自分であると感じられなくなる状態。⛔ 終盤では柊子自身の症状として記録される。
自分も世界も存在しないと思い込む妄想。⚠ 本作では「存在するとはどういうことか」という主題と直結しており、病名なのか正しい認識なのかが最後まで決着しない。
自分が何かに影響され、操られていると感じる妄想。
自分が特別な病気にかかっていると信じ込む妄想。
自分が害されていると感じる妄想。⚠ 柊子はカルテに「これは私への嫌がらせなんですか?」と書きつけている。診る側の記録に、診られる側の言葉が混ざりはじめる箇所である。
自分が特別な存在・神のような存在であると、突然信じ込むこと。
確信には至っていない段階の考え。妄想とは区別される。⚠ 「まだ妄想ではない」という線引きが作中で意識されていることを示す語。
身体の内部の感覚に異常を訴える状態。
自分の経験が、他人事のように遠く感じられること。
自我の連続性、あるいは単一性が保てなくなる状態。⛔ 玲音とレインの書き分け、そして複製をめぐる展開に、そのまま重なる用語である。
作中で使われる呼称。⚠ 現在は「統合失調症」と呼ばれる(改称は2002年で、本作の発売は1998年)。
玲音が自分に当てはめてみせる病名のひとつ。⚠ 彼女は自分に病名を探すようになる。「私、病気になれたんだ。ねえ、なんて病名?」という台詞は、その延長にある。
記憶障害を伴う状態。⚠ 玲音には記憶のない時間が実際にある——血の匂いのなかで目覚め、その間のことを覚えていない。
几帳面で、関係を保つために気遣いを続ける性格類型。⛔ 柊子が自分自身をこれに分類する。診断の語彙が自分に向き始める、最初の兆しのひとつ。
作中で言及される実在の人物
実在の精神科医。カウンセリングの場で話題になる。
- 名前の符合
- 統合失調症を「異常」ではなく、耐えがたい状況への応答として捉えた立場で知られる精神科医である。⚠ その名が主人公の名前と重なることは、作中で二人の話題にのぼる。症状を病理として処理すべきなのかどうか、という本作の問いそのものが、この名前に畳み込まれている。
実在のハッカー、ケビン・ミトニックのこと。牧野が刑事に対して少女の腕前を説明するときに持ち出す。
- 「彼女はミトニック並みだよ。つまりハッカー」
- 1990年代に逮捕・訴追されて広く報じられた人物で、当時の読者にとっては「ハッカーといえばこの人」という固有名詞だった。⚠ 牧野がこの名を出すことで、少女の技術が素人の域を超えていることが、専門用語なしで伝わる仕掛けになっている。