ストーリー詳細 — serial experiments lain
本作にルートは存在しない。代わりに四つの語りが並行して進む——玲音の日記、柊子の日記、カウンセリングの録音と診断カルテ、そして第三者の証言。以下はそれらを時系列に組み直したもので、実際のゲームではこの順に読めるわけではない。 ▼詳細を読む はネタバレを含みます。 プレイ済み設定をするとアコーディオンがデフォルトで展開されます。
四つの語り — この物語の読み方
同じ時間が、四つの違う声で語られる。誰の言い分も完全ではなく、しかもデータの一部は書き換えられている。これが本作の骨格である。
| 系統 | 語り手 | 内容 |
|---|---|---|
| 玲音の日記 | 玲音(一人称) | 十二歳から肉体を捨てるまで。唯一、時系列がほぼ通っている系統 |
| 柊子の日記 | 柊子(一人称) | 留学時代の恋愛から、破綻して玲音に合流するまで |
| カウンセリング+カルテ | 二人の対話/柊子の記録 | 同じ時間を、対話の録音と職業的な記録の二重写しで辿る |
| 外側の声 | 第三者 | 同級生への聞き取り、事件の取り調べ、研究所の会見、ネットの見知らぬ声 |
データが置かれた領域は二つに分かれており、後半の領域は初期状態では入れない。前半には症状が薄れて「治った」とされるまでが、後半には玲音の崩壊と柊子の破綻が置かれている。実質的な前後編である。
紅茶から始まる — カウンセリングの一年 前半
十一歳から見えないものが見え、聞こえない声が聞こえるようになった玲音は、十二歳で橘総合研究所に通いはじめる。担当は、留学から戻ったばかりでまだ一人もクライアントを持っていなかった柊子だった。
初回の対話は紅茶の話から始まる。アールグレイは飲めるか、牛乳は嫌いか。柊子は「人と違うことなんて当たり前のこと」と言い、「今日から玲音ちゃんと先生は友達よ」と宣言する。やがて「先生は一人っ子だから、玲音ちゃんみたいな妹が欲しかったんだ」と言い、二人のあいだに姉妹めいた関係ができあがる。
柊子は玲音に日記をつけることを勧める。プレイヤーが読むことになる玲音の日記は、ここから始まっている。
対話のなかで、玲音の視力が検査の限界である3.0を超えていることが分かる。見えすぎるということが、そのまま彼女の症状の説明になるのかどうかは示されない。柊子は精神科医の資格も併せ持っており、薬に頼らず対話で進める方針をとる。
カルテの側では、既往歴も家庭環境も身体所見も「特別なことはない」と記録されていく。玲音の独特な髪型が幻聴よけのまじないだと判明するのもこの時期である。
そして一年ほどで、症状は薄れる。カルテにはこう書かれる——「全く普通の中学生でしかない。もはやここに来る必要はない」。玲音は中学に上がり、気の合う友人もできた。二人は「治った」と思う。
美里 — いなかったことにされる友人 反転
中学で隣の席になった美里は、玲音にとってたった一人の親友だった。バイオリンと絵に秀でた物静かな少女で、家にも来て、玲音の両親と食事をしている。
やがて美里の絵に盗作の疑いがかけられる。玲音は自分の技術を使って独力でそれを晴らす。だが美里は、礼も別れも告げずに転校して消える。
その後、柊子が同級生への聞き取りを行う。家庭教師と偽って接触した結果、返ってきた答えは「絶対そんな子いない」だった。カウンセリングは再開され、柊子は玲音にこう告げる。
あなたには、美里ちゃんなんて友達いないよね
⛔ 美里が実在したかどうかは、最後まで決着しない。玲音の日記には母親まで含めた具体的な記述があり、一方で第三者は全員が存在を否定する。作中に判定材料は与えられない。
ここで押さえておきたいのは、この作品では「記録が残っていること」が実在の証明にならないという点である。データは書き換えられるし、実際に書き換えられている。美里の一件は、その最初の大きな適用例になっている。
家庭の崩壊と、人工の父
玲音は学校へ行かなくなる。父が買い与えたコンピュータ(ナビ)が唯一の出口になり、彼女はそれに自分と同じ名前をつける。「もう一人の自分。たった一人の友達」と日記に書く。
ネットの向こうにいるウサギさんに手ほどきを受け、玲音は侵入の技術を身につけていく。嫌がらせの送り主を逆探知して報復するようにもなる。だが後に彼女がウサギさんを探し当てたとき、その人はすでに死んでおり、ログは一年前で止まっていた。⚠ にもかかわらず、後になってウサギさん名義の明るいメールが届く。作中で説明はされない。
両親の仲は暴力を伴う喧嘩を経て壊れ、離婚する。父は去り、母は酒に溺れ、やがて失踪する。
玲音は父の映像と音声を集め、人工の父を作りはじめる。音声をサンプリングし、思考ルーチンを与えて進化させ、3Dモデルを起こし、人工筋肉と関節で上半身だけのロボットに仕立てて廃工場に据える。関節のモーターが発熱することを、彼女は「本物のお父さんみたいに優しくてあったかい」と書く。
⚠ この時期の日記には、玲音が作り上げた父型の機械に対して身体的な接触を試み、自身の反応を書き記した記述がある。玲音は作中で十二歳と明示されているため、当サイトでは描写の引用を行わず、物語上の位置づけのみを記す。失った父を模造品で埋めようとする試みが破綻し、そこから彼女の自己認識が変質していく——その起点になっている箇所である。
並行して、玲音は研究所の内部に侵入する。そこで彼女は妙なことに気づく。柊子の受け持ちのクライアントのデータはあるのに、自分のデータだけがファイル名しかなく中身がない。そして彼女は柊子の日記を手に入れる。プレイヤーが柊子の日記を読めるのは、玲音が盗み出したからである。
二月七日 — 射殺事件 映像のみ
⛔ この事件は、データを全部開いても出てこない。エンディング映像のなかで、ほとんど無音のまま描かれる。
ある店に、二組が居合わせている。テーブルには牧野真二と玲音。ネットで知り合った二人が、頼まれていた部品——アクチュエーターのモーター——を受け渡している。玲音は「あたしとあたしに体をくれたもの」を作っているのだと言い、「でもこんなものはただの宿り木」と続ける。
壁際には、中年男性と少女。玲音がそちらに気づき、牧野も振り向いて「知ってる子かい」と言う。その直後、少女が中年男性を撃つ。
続く映像で、少女は玲音のほうを見る。玲音が少女に何か話しかけるが、口が動くだけで声は出ない。そして少女は自分の口に銃を入れ、そのまま死ぬ。誰かの「よせっ!」という叫びだけが入っている。最後に、それを見ている玲音が映る。
⛔ 撃ったのも自ら死んだのも「女の子」であり、玲音は見ている側にいる。両者は画面上で別の人物として映る。この少女はデータベース上で玲音とは別の識別子を与えられており、作中で名前は一度も呼ばれない。
翌朝、玲音は拳銃を握って目を覚ます。「お父さんの中に隠しておこう」と書く。これ以前にも、彼女は血なまぐさい匂いのなかで目覚め、その間の記憶を持たないことがあった。
警察の取り調べを受けた牧野は、少女について「ネットで知り合って、それで会ったんだ」「メールアドレスなんて残すような子じゃない。相当な腕だよ」と答える。刑事が「その子が持っていったのか」と銃の行方を問うと、牧野は「まさか彼女はまだ中学生だぜ」と返す。⚠ 事件は「女子高生による」ものとして扱われており、ここに食い違いがある。
牧野はその後も追及され、眠れなくなり、取調室で自らを損なう。警察はそれを既知のもののように処理する。
柊子の側で、同時に起きていたこと
玲音が壊れていくあいだ、柊子もまた別のところで崩れていた。二つの崩壊は、ほとんど同じ速度で進む。
留学時代の柊子には、チャールズ川のほとりの日々と、タケシという恋人がいた。帰国後は高島教授の下でクライアントを与えられず、雑用に回される。玲音は彼女にとって初めての、そして唯一のクライアントだった。
医療器メーカーの営業・吉田が、試作品のRML——医療用のリラックス機器——を彼女に渡す。ちょうど同じころから、柊子の変調が始まる。⚠ 因果は作中で明示されない。時期が重なり、本人も疑い、しかし最後まで書かれない。
学会に間に合わない焦りのなか、彼女はカルテに「これは私への嫌がらせなんですか?」と書きつける。日記には高島に対して「あんな奴、死んじゃえ。」と書く。
その後、高島教授が研究室で首を吊る。柊子は日記にこう書く——「ざまぁみろ、あのハゲ。ひょっとして私の願いを神様が聞いてくれて」。
⛔ そして奇妙なのは、玲音が教授の死を先に知っていたことである。カウンセリングの場で、彼女は事もなげに言う。「だって自殺なんだから」。
タケシの結婚を噂で知り、信じていた吉田の裏切りを目撃し、柊子は玲音とそっくりの幻聴に襲われるようになる。やがて日記の宛先が変わる。
玲音、聞こえる? あなたがこれを読んでいるのはわかってるんだから
彼女は、自分の日記が読まれていることに気づいている。
入れ替わり — 書く側が書かれる側になる 核心
本作でもっとも静かで、もっとも決定的な転換がここで起きる。診断のカルテが、途中から柊子自身についての記録に変わる。
カルテには、まず柊子自身の手でこう書かれる。
私はヒステリーを起こしてしまい、自身を見失ってしまった。もう私の手に負えない。担当を変えてください
その次の記録から、書かれている対象が柊子に入れ替わる。痛覚失認、言語性聴覚失認、自我の崩壊——玲音に対して使われていた語彙が、そのまま彼女自身に向けられていく。
⛔ この入れ替わりは、読者の解釈ではない。データベース側の識別番号そのものが、この地点から別人のものに切り替わっている。柊子がクライアントになったことを、ゲーム自身が明示している。
対話の場でも関係は反転する。玲音は「もしすべてわかってしまったら、先生は玲音で玲音は先生になっちゃうでしょ」と言い、存在証明をめぐって「体がなかったら存在はなくなるの」と問う。やがて柊子はこう言うようになる。
あなた、玲音……よね?
あなたは誰
——私は玲音
そして玲音は、かつて自分が言われていた側の言葉を口にする。「私、病気になれたんだ。ねえ、なんて病名?」
最終セッションで交わされるのは、もはや診断でも治療でもない。「あとは/あとは/ただのデータ」。
カルテの最後の一行は、こう締めくくられる。
私の初めての治療は無事終了した。ありがとう、私の大切なクライアント。
⚠ 誰が誰を治療したのかは、意図的にひっくり返されている。
宿り木を捨てる 結末
玲音は自分の複製をネットに分散させ、「これで私はネットのある限り死なない人間になった」と書く。だが最後には、その複製にもとどめを刺す。
母が失踪したあと、玲音は人工の父を自らの手で壊す。日記にはこう書かれる。
お父さんを今日処刑した。次はお母さんだ。
⚠ 「次はお母さんだ」が何を指すのかは、作中で明かされない。
そして日記の語り手が交代する。
1年ぶりよ、レイン。いや、玲音。……これが私のカウントダウン
⛔ ここで「玲音」と「レイン」が書き分けられている。肉体の側とネットの側が、別の話者として扱われはじめる。
最後の数エントリで、彼女はネット上の自分にも手をかける。「ネットの私も悲しい存在。だからとどめを刺したの。ねえ、痛かった?」。最後の散歩に出た日には、街で母とすれ違い、赤の他人を見る目で見られる。「許せなかった。でももういいの。あの人のことは」。
肉体について、彼女は「宿り木」という語を使う。この語は作中で二度しか現れない。「死ぬんじゃないのに身体は恐怖を感じる」「私にはもともと必要ないことなのに」「この宿り木の限界」。
日記の最終エントリは、問答の形をとる。
ワイアードで必要なものって何?
——意思と存在。あとはただのデータ
⛔ この最後の二行で初めて「ワイアード」という語が使われる。それまで彼女はずっと「ネット」と呼んでいた。呼び名が変わること自体が、移り終えたことの合図になっている。
柊子も同じ道をたどる。「私はもう死ぬしかないの? ……私は自分の体を失うしかないの?」と問うた彼女は、最後にはそれを受け入れる。「でも、体を持った私は消えちゃうんだね」「まだこの世界は私と玲音二人きりしかいないんだから」。
橘総合研究所は記者会見を開き、研究員二名の自殺について説明する。「SF小説のような非人道的な研究のために起こった事件のような憶測が飛んでますが、全くそのようなことはありません」。そして、こう付け加える——「彼女の元患者は至って健康です」。
残された最後の対話は、二行だけである。
玲音「終わったよ」
レイン「始まったの。これからずっと一緒だね。」
エンディングと、その後に開くもの
エンディングは分岐しない。四つの語りのいずれかを最後まで追い、その最終データを開いた時点で、強制的にエンディング映像へ移る。
| 引き金 | 系統 | その最後の言葉 |
|---|---|---|
| カウンセリング最終回 | 対話の記録 | 「あとは/あとは/ただのデータ」 |
| カルテ最終行 | 職業的な記録 | 「ありがとう、私の大切なクライアント。」 |
| 柊子の日記の最後 | 柊子の一人称 | 「まだこの世界は私と玲音二人きりしかいないんだから」 |
| 玲音の日記の最後 | 玲音の一人称 | 「意思と存在/あとはただのデータ」 |
⛔ 四つの語りのどれを最後まで追っても、そこで終わる。順序の指定はないので、どの声を信じて辿ったかによって、プレイヤーが最後に聞く言葉が変わる。対話の記録と職業的な記録の終点は、盤面の上で真横に並んでいる。
エンディング映像は断片の集合で、まだ見ていない部分はノイズとして再生される。つまり、たくさん読んでからのほうが映像がつながる。到達後もゲームは続けられる。
そしてエンディングを見た回数に応じて、新しいデータが開く。開くのは主に、玲音がプレイヤーに向かって直接語りかける一言のほうである。
⛔ 本作で最後に開くデータは、物語の結末ではない。日記の最終エントリ(「あとはただのデータ」)のすぐ隣に、エンディングを五回見るまで開かない一言が置かれている。
玲音は絶対、ウエディングドレスが着たいな。
物語を終わらせ、それを四度繰り返して、ようやく最後に出てくるのが叶わなかった願いである。
⛔ 決着しないまま残るもの
以下は作中で明確な答えは示されていない。
- 美里は実在したのか。日記には具体的な記述があり、第三者は全員が否定する
- 玲音の「幻覚」は病理なのか、実在なのか。柊子は最後まで診断を確定できず、逆に自分が同じ症状に陥る
- RMLが柊子の変調の原因なのか。時期は重なり本人も疑うが、因果は書かれない。吉田の意図も不明のまま
- 射殺した少女は何者なのか。玲音の見る自己幻像視と同一だとは明言されない。むしろ日記の「中学生になった」という記述と、事件の呼称「女子高生」は一致しない
- 「次はお母さんだ」が何を指すのか
- 血の流れる手や、雨のなかの血だまりが何の血なのか。記憶の空白の中身だという読みが最有力だが、断定はできない
- ウサギさんの矛盾。すでに死んでいたはずの相手から、後になって明るいメールが届く
- 同じ映像が、領域によって別人のデータとして登録されている理由。取り違えなのか、書き換えなのか