1997年、ここから何かが始まろうとしていた。わしには見えたのじゃ。
1997年11月、Nexton傘下のTacticsブランドが世に問うた18禁ADV+RPG作品じゃ。シナリオを担当したのは麻枝准(クレジット表記は前田純)と久弥直樹——後に業界の歴史を変える二名がここで筆を揃えた。主人公・郁未は母の仇を討つため、謎の宗教組織「FARGO」の閉鎖施設へ潜入する。ただの復讐譚ではない。閉じられた空間の中で、郁未が対峙することになるのは、自らが「真実」だと信じてきたものそのものじゃ。テーマ性と歴史的意義において、MOON.は今も有効な一本じゃ。7.8という評点は「良作であり、今読んでも誠実に作られている」という評定の上に乗っておる。
スコア詳細
1997年11月——Tacticsが問うた、閉鎖と罪の物語
「心に届くAVG」——それがMOON.の公式ジャンル表記じゃ。1997年の市場でこの言葉を掲げた作品は他になかった。
主人公は天沢郁未、16歳。6ヶ月前に怪死した母の仇を討つため、謎の新興宗教「FARGO宗団」の修行施設へひとりで潜入する。施設では信者をクラスで管理し、MINMESやELPODという装置での訓練が行われておる。同じ目的で潜入してきた巳間晴香と名倉由依と合流し、郁未は施設の謎へと踏み込んでいく。
郁未の部屋には「少年」という名前もわからない謎の存在が同居しておる。施設の中で、二人は奇妙な関係を深めていく——これが物語の核の一つじゃ。
ゲームシステムはADVとRPGの複合形式じゃ。施設内をマップで探索し、特定の条件を満たすことでルートが分岐する。シナリオを担当したのは麻枝准(クレジット表記は前田純)と久弥直樹——この二名がTacticsというブランドでどんな仕事をしておったのかが、MOON.の歴史的な文脈じゃ。
わしはこの作品を1997年の発売直後にプレイしておる。理由は単純じゃ——わしは500年生きとる。エロゲーという産業が生まれた時から立ち会い続けておる。Tacticsというブランドが次に何を出すかを確かめるのは、当然の仕事じゃった。
このレビューは「再プレイ」という形式をとる。当時の記憶と、改めて読み直した印象——その二つを重ねながら話す。真相・結末・キャラクターの裏側には立ち入らん。それはクリア後に詳しく話す。
当時の記憶——PC-98からWindowsへの移行期に出てきた一本
1997年11月21日。わしはこの作品を、発売直後に手に入れた。
当時のエロゲー市場の状況を知っておかねば、この作品の立ち位置はわからぬ。1997年はPC-98からWindowsへの移行が加速していた時期じゃ。PC-98で名を成した同人・商業の書き手たちが次々とWindowsに乗り換え、表現の自由度と密度が上がっていった。「語れる作品」が急速に増えていた時期でもある。
Tacticsは、その流れの中に立っておった。わしの目には、この作品の企てが見えておった——「復讐」という動機を持つ少女を、自己と向き合わざるを得ない閉鎖空間に投じる。そしてその少女の「確信」が、物語の中で揺れていく。設定は荒削りじゃが、企ての方向は明確じゃった。「心に届くAVG」という公式ジャンル標榜は伊達ではなかった。
当時の市場で宗教施設を舞台にしたシリアスなADVというのは、かなり異色じゃった。「恋愛ADV」という枠組みの中で、人間の罪と記憶と尊厳を正面から扱おうとしておる——この姿勢に、わしは「おお」と感じた。500年生きてきて、こういう感覚は稀じゃ。
RPG要素については、当時から賛否があった。マップ探索と戦闘システムを抱えたADV——この設計がシナリオの密度を高めたとは言いにくい部分がある。「閉鎖空間の中を歩き回る体験」を優先した設計じゃと、今は読める。それが正解だったかどうかは——再プレイの後で話す。
もう一つ、当時の文脈で言っておかねばならんことがある。MOON.を葉鍵板の文脈で語ると、シリアスなテーマとはまったく別の意味で語り継がれた台詞がある。施設の悪役巡回員・高槻の「参ったぁ」じゃ。詳しくはクリア後に話す。ただ——この台詞が業界の伝説になったこと自体は、MOON.という作品の記憶の一部じゃ。深い物語の隣に、葉鍵板で永遠にネタにされ続ける悪役台詞がある。この二重性もMOON.の顔じゃ。
再プレイして——今も届くものが、確かにある
久しぶりに読み直した。ほぼ30年ぶりじゃな。
最初に感じたのは、施設という閉鎖空間の緊張感がまだ機能しておる、ということじゃ。FARGO施設の空気——「外に出られない」という物理的な事実が、郁未のすべての選択を制約し続ける。その重さは1997年も今も変わらん。閉鎖空間の物語というのは、設定が古くなっても機能するものじゃ。施設という場所は普遍的な恐怖の器じゃからな。
郁未というキャラクターは——今見ても力がある。「母の仇を討つ」という動機を持ちながら、「本当はよくわからない……ただ悲しみをふっ切るために何かをしたいだけなのかもしれない」と自己告白できる正直さ。強がりと弱さが拮抗する造形は、1997年のヒロイン表現としては突出しておった。主人公が「逃げない」という意志と「怖い」という感情を同時に持つ——これは今でも丁寧な人物造形じゃ。
少年との関係描写も、再プレイで印象が変わった。名前もわからない謎の存在と、閉鎖空間の中で関係を築く過程——ここに麻枝准の後の作品に繋がる何かが、すでに芽吹いておる。「孤独な魂同士の交わり」という主題は、後のKey作品に繰り返し現れるテーマじゃ。MOON.はその最初の形跡じゃ、とわしは確信しておる。
文章力には7を付けた。1997年の水準で見れば高い部類じゃが、今の目で読むと荒削りな部分が目につく。感情描写の密度が場面によって不均一で、強い場面と薄い場面の落差が大きすぎる。それでも——核心的な場面のテキストは、30年経った今でも削れておらん。そこが7の根拠じゃ。6ではない。
RPGシステムについて正直に言えば——今見ると重荷じゃな。マップ探索がシナリオの密度を高めているとは言いにくい。ADV純粋なら、もっとシナリオに集中できたじゃろう。ただ、それも含めて1997年の試行じゃ。後のKey作品ではこの要素は切り落とされ、純粋なシナリオ重視のADVへと進化していく——その原点として、MOON.のこの試行錯誤は記録に値する。
時間の審判——テーマは今も有効か
「残るか残らないか」——わしの審判はいつもここに帰着する。
MOON.は——残る。ただし、完成した名作としてではない。
この作品が問うているテーマは、今でも有効じゃ。「真実だと信じていたものが、実は違う形をしているとしたら」——この問いは、時代に依存しない。閉鎖空間の中で、自分の確信と向き合わざるを得ない人間の姿。それを、1997年のエロゲーというフォーマットで正面から描こうとした野心は、本物じゃった。
テーマ性に8を付けた。問いの深さとしては9に届きうるものじゃ。しかし1997年の実装には、やはり粗さがある。問いの深さが、テキストの密度に十分に支えられていない場面がある。そこが7でも9でもなく8という評点の根拠じゃ。「問うていることは本物じゃ。ただ、すべての場面でそれが届いているわけではない。」
エンディング満足度は8じゃ。真エンドの具体的な設計については、クリア後に詳しく話す。ただひとつ言えることは——このゲームの真エンドは「問いへの答え」として機能しておる、ということじゃ。感情的な解放とテーマの収束が同時に訪れる。そういうエンディングは、時代に関係なく力を持つ。
ヒロインの魅力は7じゃ。郁未と、もう一人の女性の描写は今でも力がある。ただ、キャラクターの数と掘り下げの深さのバランスが取れていない部分がある。一部のキャラクターは、もっと描くことができたはずじゃ、という物足りなさが残る。誰のことを言っておるのかは——クリア後に来てくれれば話す。
業界史の中で——このリストにある名前を見よ
歴史的意義に9を付けた。わしの基準で、これはほぼ最高の評点じゃ。
理由は一つじゃ。MOON.のシナリオクレジットには麻枝准(前田純名義)と久弥直樹の名前が並んでいる。この二名がその後、エロゲー業界のどこへ行ったかを知れば——MOON.という作品の立ち位置が、まったく違って見えてくる。
麻枝准と久弥直樹はTacticsを離れ、Visual Arts傘下でKeyを設立する。Tacticsはその後もNexton傘下で続いたが、麻枝准らが作ったKeyという別ブランドが1999年にKanonを発売して業界に衝撃をもたらした。2000年のAIR、2004年のCLANNADへと連なる系譜が生まれ、「泣きゲー」という一つのジャンルが成立した。後にアニメ化・アニメ産業への影響という形で、エロゲーというメディアの外にまで波及した。
MOON.はその系譜の最初の一本じゃ。1997年のMOON.に始まり、1998年のONE〜輝く季節へ〜(久弥直樹担当)を経て、Tacticsを離れた麻枝准らがKeyを立ち上げた。「心に届くAVG」というMOON.のジャンル標榜が、Kanon以降の「泣きゲー」というジャンル形成に先行していたことは、業界史の中で見れば明白じゃ。
後の〇〇がここから学んでおる——そう言えるのは、わしには見えておるからじゃ。500年生きてきて、「この一本が後の10年を変えた」という感覚を得たことが何度かある。MOON.はその一本じゃ。未完成な部分を多く抱えた、荒削りの原点じゃ。しかしこれがなければ、後のKeyはなかった。Kanon・AIR・CLANNADはなかった。業界の歴史の一つの流れが、ここから始まっておる。
「1997年、ここから何かが始まろうとしていた。わしには見えたのじゃ。」
— マルチナ
7.8。
良作であり、今読んでも有効。テーマは生きておる。歴史的意義はほぼ最高点。実装の荒削りさを考慮しての7.8じゃ。「良作であり、かつ業界史における証言として残る一本」——これがわしの結論じゃ。
クリア後には、真相・エンディング・キャラクターの裏側、そして麻枝准の「声」がすでにMOON.に宿っていた証拠を、具体的な場面を引いて話す。プレイ後に来てくれ。
