大和仁のレビュー — MOON.

大和仁
大和仁
教養の番人
8.0/10
8.0 / 10

FARGOのClass制度とELPODの設計に、カルト研究の階層統制論理と宗教的内省訓練の系譜が使われていた。

1997年、Nexton傘下のTacticsが出した18禁ADV+RPG。舞台は新興宗教「FARGO宗団」の修行施設。信者をClass A〜Dで管理し、ELPODという「自己と向き合う機械」で訓練する。この設定の設計に、ぼくは作者の調査の跡を見た。Class制度は実在のカルト組織の統制論理に沿っている。ELPODは宗教的内省訓練のSF的変換として機能する。完璧ではない。でも誠実だ。それが8.0という評点の根拠だ。

スコア詳細

設定の整合性 8
世界の奥行き 9
テーマ・メッセージ性 8
設定の独自性 8
文章力 7
歴史的意義 8

宗教施設を舞台にしたゲーム——ぼくが確かめたかったのは、作者が何を知っているかだった

「宗教組織を舞台にしたシリアスなエロゲーがある」と聞いて、ぼくがまず思ったのは「どこまで調べて作ったんだろう」だった。

MOON.は1997年11月、Nexton傘下のTacticsブランドが発売した18禁ADV+RPG。シナリオを担当したのは麻枝准(クレジット表記は前田純)と久弥直樹。後にTacticsを離れ、Visual Arts傘下でKeyを設立した二人だ。ぼくがプレイしたのはWindows版(1997年)。

主人公の天沢郁未は16歳。半年前に怪死した母の仇を討つため、新興宗教「FARGO宗団」の修行施設へひとりで潜入する。施設では信者を Class A〜D で管理し、MINMES(精神訓練機械)とELPOD(自己と向き合う機械)での訓練が行われている。同じく潜入してきた巳間晴香名倉由依と合流しながら、郁未は施設の秘密へと踏み込んでいく。

郁未の部屋には「少年」という、名前も素性も不明の謎の存在が同居している。この「少年」が何者なのかは、プレイして確かめてほしい。

ぼくがこの作品を読む軸は一つだ。宗教組織の設計に作者の調査の跡が見えるかどうか。そしてその調査が物語に活きているかどうか。

FARGOという組織設計——調べた跡が見える

設定の整合性から検証する。FARGOのClass制度は、実在の閉鎖的宗教組織の論理と一致しているか。

FARGOでは信者がClass A・B・C・Dの4段階で管理される。最上位のClass Aが施設内で最も大きな権限を持つ。下位クラスの信者は上位への昇格を目標とし、訓練への服従を通じて昇格機会を得る。

実はこれ、カルト研究で繰り返し記録されている組織統制の論理と同じなんだよ。調べてみると、ランク制度は信者を施設に留めるための心理的インセンティブとして機能する。上を目指す限り離脱できない。下位クラスにいる間は権限がないから行動も制約される。「昇格によって縛る」論理だ。FARGOのClass制度はこれを正確に踏まえている。

さらに面白いのはELPOD、「自己と向き合う機械」という設定だ。宗教的修練における「自己告白」「懺悔」「内省の強制」は、心理的コントロールの定番手法として宗教社会学でよく論じられる。ELPODはその概念をSFの機械として具体化している。知っている人間が考えた設定だと思う。ぼくにはそれが見える。

MINMESも同様だ。「神の力を人体に宿すための精神訓練」というFARGOの目的と、機械による精神操作を直結させる発想は、催眠・恍惚状態の誘発といった宗教的修練体験の論理に沿っている。全部が完全に詰められているわけではない。でも「調べた跡がある」という点で、ぼくはこの作品を最後まで読み続けることができた。

テーマの問いと文章の密度——8と7の根拠

設定の整合性とは別に、この作品が何を問うているかを確認する。

MOON.のテーマは「罪・記憶・閉鎖」だとぼくは読んだ。「真実だと信じていたものが、実は違う形をしていたとしたら」。郁未が施設の中で対峙するのは母の仇だけではなく、自分自身の確信だ。この問いは1997年のエロゲーとして突出していた。公式のジャンル表記「心に届くAVG」は伊達ではない。問いそのものは本物だ。これがテーマに8をつけた根拠だ。

ただ、すべての場面でその問いが密度をもって展開されているわけではない。強い場面と薄い場面の落差が大きすぎる。テーマが9に届かない理由だ。

文章力は7。1997年の水準としては高い部類だと思う。感情的な核心場面のテキストは今でも力を持っている。ただ、ADVとRPGのシステムが混在することで「語れたはずの場面が薄くなっている」という惜しさがある。RPG要素(マップ探索と戦闘)がシナリオの密度を高めているかというと、そうは言えない。設定の深さをゲームシステムが活かせていない。これは設計上の問題だ。

Hシーンの評価については、物語の核心と連動しているシーンがある。作品のテーマから切り離されたサービスシーンとして単独で機能しているわけではない。具体的な評価はクリア後に詳しく話す。

8.0の根拠——知識的根拠がある、それだけで読む価値があった

「教養が作品を豊かにしているか」。それがぼくの評価軸だ。

MOON.は、その基準に合格する作品だった。FARGOという宗教組織の設計にカルト研究の知識が使われている。ELPODというアイデアに宗教的内省訓練の論理が組み込まれている。1997年のエロゲーでこれをやった作者は、カルト組織の階層統制論理と宗教的内省訓練の系譜まで踏まえて書いた人間だ。

8.0は「明確な知識的根拠がある」という評点だ。9には届かない。作者の調査の跡は見えるが、すべての設定が最後まで詰められているわけではないから。「雰囲気で借用した」ではないが、「徹底的に掘り下げた」とも言えない。誠実だが荒削りな知識の使い方。それが8.0だ。

ちょっと補足すると、この作品のシナリオ担当の麻枝准と久弥直樹は、後にTacticsを離れてKeyを設立し、1999年のKanonを経てAIR・CLANNADへと連なる作品群を生み出した。MOON.はその系譜の最初の一本だ。設定の誠実さだけでなく、歴史的意義という観点でも、この作品は記録に値する。

「FARGOのClass制度とELPODの設計に、カルト研究の階層統制論理と宗教的内省訓練の系譜が誠実に使われていた。ぼくはそこに価値を見た。」

— 大和仁

「不可視の力」という設定の整合性・「うそだ」という選択肢の哲学的意味・月という最終ボスの動機設計。これらの具体的な話は、クリア後のもう一本に書いた。プレイ後に読みに来てほしい。