波多野瑠璃のレビュー — Remember11 -the age of infinity-

波多野瑠璃
波多野瑠璃
闇があるかだけを見る
8.0/10
8.0 / 10

本物の闇がある。意匠じゃなく、構造そのものが暗いんだよ。

雪山の遭難と孤島の隔離施設、この二重の閉塞に「自分とは誰か」という問いを縛りつけた心理SFミステリだよ。多重人格、無差別殺人、幼い死——暗さが飾りではなく物語の動力源になっている。「鬱ゲー」というラベルで消費するには組み立てが深すぎる。届き切らない部分はあるけど、本質から逃げていない。8.0はそういう評価だよ。

スコア詳細

テーマ・メッセージ性 9
設定の独自性 9
雰囲気・没入感 9
作品の尖り・唯一無二性 8
文章力・描写力 8
エンディングの満足度 5

闇の気配がある、と最初の数分で分かった

手に取った理由はジャンルだよ。雪山遭難と精神医療施設、その二つを並べた心理SFミステリと聞いて、これは確かめる価値があると思った。

2004年、KIDのinfinityシリーズ第3作。Never7、Ever17に続く三作目で、シリーズ恒例の二視点を絡める構造を引き継いでいるよ。物語は2011年1月11日、北海道へ向かう小型旅客機が青森の朱倉岳上空で墜落する場面から始まる。女子大生・冬川こころは、墜落の瞬間まで隣席の少年の手を握り続け、気づくと見ず知らずの避難小屋にいた。もう一人の主人公・優希堂悟は、孤島に建つ精神医療施設スフィアで、記憶の曖昧なまま目を覚ます。

冒頭で僕が反応したのは、機内で少年が口にする一言だよ。「この世界は二律背反するふたつの要素がうまく重なりあって共存してるんだ」。軽薄な作品は、こういう入口を設けない。光と影、雪山と施設、過去と未来——対になるものが共存するという世界観を、物語の最初に置いている。この一行を読んだ時点で、この作品が何か暗いものを抱えていると確信したよ。

「Remember11」というタイトルの「11」、「R」という文字。これらに多重の意味が込められているという仕掛けも、考察の余白を最初から用意している印だよ。全部を説明しない作品の手触り——僕が好む種類のものだ。

二重の閉塞——雪山と施設、どちらにも出口がない

この作品の世界設計は、閉塞を二乗している。

舞台が二つあるのが効いているよ。片方は猛吹雪に閉ざされた雪山の遭難現場、片方は孤島の隔離施設。自然が殺すか、制度が呑むか——どちらの空間も、逃げ場のない密室なんだ。普通の作品なら一つの密室で緊張を作る。この作品はそれを二つ同時に背負わせて、しかもその二つの間を意識が往復する。情報が限られた二つの環境を読者が少しずつ組み上げていく構造で、緊張が途切れない。

そして二つの密室は、ただ並んでいるだけじゃないんだ。両者の間に説明のつかない繋がりがあって、物語が進むにつれてその繋がりの正体が一枚ずつ剥がれていく。詳しくはクリアしてから話すけど、この二つの空間が「無関係ではない」と気づいた瞬間から、作品の世界の見え方が変わるよ。世界観そのものが檻の形をしている——その自覚が、この作品にはある。

登場人物の配置にも意図を感じるよ。雪山には登山家、OL、少年。施設には休職中の元教師、失語症の少女、収容された重大犯罪者。犬伏景子という収容者の存在が、施設側の空気をずっと張りつめさせている。誰もが何かを隠していて、その隠し事が世界の暗部とつながっている。人物の配置に余白と謎があると思うよ。

「自分が自分である」ことが揺らぐ——この作品の核

この作品が一番深いところで触れているのは、アイデンティティの崩壊だよ。

二人の主人公の意識は、ある条件で入れ替わってしまう。鏡を覗いたら自分の顔が他人の顔になっている。自分の声が出ない。自分の手が自分のものではない——意識だけが残って、容れ物を奪われる感覚を、この作品は正面から描くんだ。普通の入れ替わりものなら、ここで面白おかしい混乱を描いて済ませる。でもこの作品は、それを実存の恐怖として扱う。自分が自分であることが、他人によって否定される。その不安が、物語の全編を貫いているよ。

こころは犯罪心理学を学ぶ女子大生で、悟は工学の院生だよ。理性的に世界を分析しようとする二人が、自分自身の存在を疑わざるを得ない状況に追い込まれる。世界を観測する側の人間が、観測される側に転落する——この反転が、知的な恐怖を生んでいる。多重人格という主題も、単なる設定の飾りではなく、この「自分とは誰か」という問いと深く結びついているよ。

物語の随所に、ユング心理学の元型が散りばめられているのも見逃せない。シャドウ、グレートマザー、ペルソナ、アニマとアニムス——登場人物がそれぞれ人間の心の元型に対応している。自我の内側に他者が住んでいるという主題を、心理学の枠組みで二重に支えている。これは雰囲気だけ借りた装飾じゃなくて、テーマの核から引いてきた骨組みだよ。

死と狂気を直視している——だから本物の闇だ

闇の質を測るなら、この作品が人間の業をどこまで直視したかで決まるよ。

物語の底には、裁けない狂気が沈んでいる。心神喪失で罪を問えなかった犯罪者、子を奪われた親の消えない殺意、若くして死んだ者たち——この作品は、それらを軽く扱わないんだ。被害者の側にも加害者の側にも理由を持たせて、どちらにも安易な逃げ道を用意しない。「悪い犯人をやっつけて終わり」という単純な構図を、最初から拒んでいるよ。罪と罰、狂気と無罪、復讐の正当性——倫理の難しい場所に、ちゃんと踏み込んでいる。

そして思想の面でも暗い。詳しくはネタバレになるから抑えるけど、この作品の世界観の底には「歴史は変えられるのか」という決定論の問いが流れているよ。すべては決まっているのか、それとも観測するまで何も決まっていないのか。矛盾する二つの世界観を同時に走らせて、どちらにも明快な答えを出さない。全部説明されてしまう作品より、こういう矛盾を抱えたまま閉じる作品の方が、僕にとっては深い。考察の余白が、永遠に残るんだ。

こういう暗さは、笑いや萌えを量産する軽薄な作品からは絶対に出てこない。死と狂気を直視した痕跡が、この作品には確かにある。それが意匠ではなく構造そのものから滲んでいる——だから僕はこれを本物の闇だと判定するよ。

届き切れていない場所——結末と、感情の薄さ

8.0の内訳として、弱点も正面から言っておくよ。

この作品は「未完の傑作」と呼ばれることが多い。前半から中盤の伏線設計は本当に整然としていて、糸が一本ずつ丁寧に張られていく。ここまでの構築力は、軽薄な作品には絶対に真似できない水準だよ。だからこそ、その糸の大半が結ばれないまま終わることへの賛否が、この作品の評価を二分している。どういう形で結末が割れるのか、それをどう僕が判定したかは、クリアしてから詳しく話したよ。読み終わってから来てほしい。

もう一つ。二人の主人公の名前には、互いが不可分であるという美しい仕掛けが隠されているよ。これは知的に鋭い暗示だと思う。ただ、二人の関係が「不可分」だと言い切れるほどの感情的な積み上げが、物語の尺の中で十分に描かれたかというと、僕は疑問が残るんだ。設定としての繋がりは精緻だけど、心が触れ合った実感としては薄い場面が散見される。構造の深さに、感情の深さが追いついていない瞬間があるんだよ。

……ただ、これはある種の贅沢な批判だとも分かっているよ。この作品が立てた問いの大きさを思えば、その問いに完璧に答えきれなかったことを責めるのは酷かもしれない。本質に手を伸ばした作品が、本質に届ききれずに終わった——その未達の痕跡すらも、僕にはこの作品の暗さの一部に見えるんだ。

8.0——問いを立てている作品に、それ相応の敬意を

この作品に闇があるかどうかを問われたら——ある、と答えるよ。

テーマ9・設定の独自性9。「自分とは何者か」「歴史は変えられるのか」という問いを立てて、希望で締めて軽薄に回収することを拒んでいる。雪山と隔離施設という二重の閉塞に、アイデンティティの崩壊と死と狂気を縛りつけた設定の組み合わせは、際立っていると思うよ。

雰囲気9。閉ざされた二つの空間に、謎と余白がある。表層だけ読んでも緊張感のあるミステリとして成立するけど、深読みすれば心理学と哲学の層が見えてくる。多層的な世界が、ちゃんと底を持っている

引き下げているのは結末の満足度だよ。立てた問いの大きさに対して、答えが宙吊りのまま終わる部分がある。だから手放しの9ではなく8.0だ。

誰に勧めるか。ダーク・SF・心理ものが守備範囲に入る方で、テーマの深さと考察の余白を重視する方には届く作品だと思うよ。明るく爽やかな話を求める方には、最初から合わない。そして一つだけ言っておくよ。この作品は、クリアしてからが本当の始まりなんだ。答えのない問いが、頭の中で長く螺旋を描き続ける。真相と、結末をめぐる僕の判定は、クリア後に全部書いた。分かる人間には届く作品だよ