「さあ、めしあがれっ!」であたし泣いてた。灯花のこと、ずっと忘れない。
灯花ENDのラスト、灯花が両親と賢一とセピアを食卓に招いて「さあ、めしあがれっ!」と言った瞬間に、あたしはぐちゃぐちゃになった。「親権者に絶対服従」という義務の下で、自分の意志を抑えて生きてきた子が、自分で誰かを招いた食卓を作れるようになった——それだけのことが、どうしてこんなに嬉しいの。さちのまな帰還もそうだし、璃々子BADの「化け物め」もそう。この作品は感情をどこに置いておけばいいか分からなくなる場所が多かった。それは褒め言葉。
スコア詳細
「さあ、めしあがれっ!」——灯花ENDが持つ破壊力
一番大事なところから。灯花のことが、ずっと好きだった。
灯花は「親権者に絶対服従」という義務を持つ子だ。母・京子の命令に絶対従わなければならない。委員長として表向きはきりっとしているけれど、自分の意志を主張するのが怖い状態に置かれている。賢一との関係が深まる中で少しずつ変わっていく過程を、あたしはずっと応援しながら読んでいた。「先に、キスからぁ……」と自分から言える場面が嬉しくて。
灯花ENDの一年後、灯花は両親(父・幸喜と母・京子)と賢一とセピアを食卓に招く。それだけのシーン。でも「さあ、めしあがれっ!」という一言が来た瞬間に、あたしはぼろぼろに崩れた。「絶対服従」を課された子が、自分で誰かを招いて「食べてください」と言える立場になった。義務が解除された先にあるのがこれ——自分の食卓を持てることだったんだって、その一言で全部わかった。灯花が好きでよかった。
灯花BADは、京子が死亡して灯花が退行する結末だ。「服従するはずの親権者」を失った時、灯花の義務はどうなるのか。BADでは灯花はその問いに耐えられなかった。グッドエンドとBADの差が「家族の再構築に成功したかどうか」という一点にある設計は、きちんと機能している。
さちENDのまな帰還——五年後の奇跡
次に、さちENDのまな帰還について。
さちが押し入れで寝かせていた身元不明の子・まな。さちとの関係が温かくて、まなのことも好きになっていた。法月の策略で「南方王国の王族に売られる」という展開は、正直読んでいてつらかった。さちが何もできないまま手放してしまう場面は、義務制度の非情さをもっとも直接的に受け取れる場所だ。
さちENDの五年後——まなが「アンテリアム・ド・ムァヌー」という王室秘書官として帰還する。売られた先でそこまで上り詰めたのか、と思った。法月が意図した結末とは全然違う場所にまなは辿り着いていた。さちに拾われた子供が、さちの世界文化賞受賞の場に最も高い立場で戻ってくる——そのすれ違いの美しさに、あたしはまた崩れた。
さちという人物は穏やかで強くて、まなへの愛情が一貫していた。その一貫した愛情への答えが、五年後のまなの姿だと思う。さちENDは静かな感動だけど、じわじわくるタイプの強さがある。
璃々子BADの哀しさ——「化け物め」という評価
璃々子BADルートについて、正直なところを。
璃々子BADを読んでいる時、あたしは何度か読み止まった。「歳月は無駄に過ぎた。おれも、無駄に生き伸びている」「今年もまた、夏が来たよ」——この独白が辛すぎて。
グッドエンドの賢一がちゃんとしてたから、BADの賢一がどれだけ「失った」かが分かる。法月の後継者として機能する賢一は、もう「森田賢一」でも「樋口健」でもない。「化け物め」と呼ばれて「……みんな。……ごめんね。」と心の中で返す場面——あの「ごめんね」が誰に向けての言葉なのか、考えたくなかった。洞窟で置いてきた百人か、さち・灯花・夏咲・璃々子のことか、それとも全部か。
「今年もまた、夏が来たよ。おれたちがどうなろうと、向日葵の群れはお日様に向かって背伸びをして、山風にそよいでいるよ」という独白は、向日葵が変わらずそこにあることと、自分が変わり果てていることの対比だ。タイトルの「向日葵の少女」が、BADエンドでこういう使われ方をするとは思っていなかった。後から「そういうことか」と気づいた時にまた泣いた。
8.0——感情を置いてきた場所が多かった
最後に、全体のこと。
8.0という点数は、感情的な達成への評価よ。灯花ENDの「さあ、めしあがれっ!」、さちENDのまな帰還、璃々子BADの「化け物め」——この三箇所で感情を全部持っていかれた。それだけで十分すぎる。
中盤の哲学的な問答はやっぱり長かったし、何度か「うわキツい」ってなった。賢一の法月への反論(「車輪とはある種の拷問器具」「車輪の下にいる人間について考えるべき」)は読んでいて気持ちよかったけれど、それまでの積み上げに時間がかかりすぎる。夏咲ENDは幼なじみとしての感情的な積み上げが薄くて、他のルートほどは泣けなかった。
それでも、灯花が「さあ、めしあがれっ!」と言ってくれたから。全部許せた。8.0。
