柊美香のレビュー — 臭作

柊美香
柊美香
共犯の作法を検めるメイド
8.5/10
8.5 / 10

この作品は、遊んでいるあなたを加害者の側に座らせて、最後まで立たせませんの。

わたくしが伊頭家の三作でいちばん高く評価するのは、この臭作ですわ。理由は一つ。加害の座席にプレイヤー自身を座らせておいて、途中で降りることを許さない——その一点でございます。地の文の「俺」は良心を持ったまま、七人が屈服させられる様を内側から見せられ続けます。そして最後に、その良心にだけ救済が与えられる。逃げ道を作ったのではなく、逃げ道を一つに絞ったのですわ。覚悟という言葉を、わたくしはこういう構造に対して使います。

スコア詳細

主人公の造形 9
作者の覚悟 9
ダークテーマの完遂 9
設定の整合性 8
結末の満足度 8
シチュの多様性 6

この作品について

音楽学院の女子寮に、管理人の顔をした男が住んでおります。

1998年、elf。舞台は粛正音楽学院の女子寮。主人公の臭作は、本物の管理人志望者をパチンコ屋で脅して履歴書を書かせ、その人物になりすまして寮に潜り込んだ男でございます。潜入から一ヶ月、マスターキーで部屋に入り、盗撮を重ね、弱味だけを溜めてきた。ゲームが始まるのは、その仕込みが終わったところからですわ。

土曜の午後五時から月曜の朝まで。その間に何人を落とせるか、という時間割で進みます。手順はいつも同じですの。様子を窺い、仕掛けたカメラを回収し、写真を突きつけて追い込みをかけ、屈服した相手を辱める。

わたくしがこれを手に取ったのは、遺作と鬼作を先に済ませていたからですわ。三兄弟の真ん中に何が置かれているのか、確かめておきたかった。結論から申し上げれば——真ん中がいちばん性質が悪うございました。

語り手が、あなたです

この作品の仕掛けは、一行目から始まっておりますの。

語り手は「俺」。ですがこの「俺」は臭作ではございません。エッチなゲームを遊ぼうとして起動したはずの、あなたの意識ですわ。気がつけば中年男の身体に入っていて、口を開けば自分のものでない下品な言葉が出てくる。その認識が、開幕して数十行のうちに提示されます。

そのうえで作品は、こう続けますの。「もちろん俺は臭作なんかになりたくはない。日頃のストレスを解消する為に、ゲームの世界でささやかなエッチを楽しもうとしただけ」。

日頃のストレスを解消する為に、ゲームの世界でささやかなエッチを楽しもうとしただけ。
——この一行を、あなたに向けて書いておりますのよ

これは遊んでいる人間の言い訳でございます。作品はそれを主人公の台詞として先回りで言ってしまう。言い訳を先に取り上げられた状態で、これから七人が追い込まれるのを見せられる。入口の設計としてこれ以上に意地の悪いものを、わたくしは伊頭家の他の二作で見ておりません。

もう一つ申し上げておきますわ。開幕直後、この作品は「遊ぶのをやめる」という選択肢を差し出してまいります。臭作を始末する、電源を切る、中古屋に売り払う。もちろん進みません。拒否させておいて、拒否させない。入口で性格が知れますわね。

八人が並び、一人だけ様子が違います

ヒロインは一人を選ぶのではなく、八人が並列で置かれておりますわ。

追い込まれる側の設計

お嬢様の近藤渚、理事長の孫で高慢な前島香織、極端に動作の遅い水無月志保、子供のままの南雲千秋、姉御肌の栗原朝美、恋人のいる藤間萌子、そして教師の南綾香。

属性が丁寧に散らしてありますわね。処女の令嬢、幼い子供、気の強い娘、彼氏持ち、成人の教師。行為そのものはどの相手でもほとんど同じ順番で進むのに、被害者の立場を変えることで違う場面に見せている。手口としては正直、わたくしの好みではございません。ここは後ほど減点いたします。

構造から外れる一人

ただし新入生の高部絵里だけは、様子が違いますの。勘が異様に鋭くて、臭作の目を見て、中にもう一人いることに気づきます。八人並べておいて、一人だけが別の軸に立っている。何が仕込まれているかは申し上げませんが、この配置は最初から用意されていたものですわ。

臭作という人物に、逃げ場は用意されていない

まず加害者本人の造形から検めますわ。ここは文句のつけようがございません。

臭作は「鬼畜道」と「美学」という二つの言葉を持っております。「仏心は鬼畜道に禁物だぜ」と言い、その場で襲う強姦魔とは違うのだと自分を区別する。この男は自分の加害に理屈をつけて生きておりますの。

わたくしが評価するのは、作品がその理屈を美点として扱っていない点ですわ。「美学」という言葉は、臭作が思いどおりにならなかった場面でも使われます。負けたことすら勝ちに書き換える装置として。加害の責任から逃げるための論理だと、作品自身が示しておりますのね。加害者に酔わせておいて、その酔いの正体まで見せる。ここは見事ですわ。

しかもこの男は、失敗すれば捕まりますの。追い込みをしくじれば相手が先回りで動き、手錠をかけられて終わります。加害者を無敵にしなかった。相手にも手があると認めた。ここも認めますわ。

共犯にする、という手口

そして本題ですの。辱めの場面の地の文が、なぜ「俺」の一人称なのか。

臭作の台詞は音声つきで実演されますが、それを見ている描写を書いているのは、良心を持ったままの「俺」でございます。止められないまま、七人が屈服させられていくのを、内側の席から最後まで見せられる。観客ではございません。同じ身体に入っている以上、それは同席ですわ。

この構造には続きがあって、物語の後半で臭作自身が「俺」に向かって、ある一行を突きつけます。それを読んだとき、わたくしは反論を思いつきませんでした。内容はネタバレになりますので申し上げませんが、作品は、遊んでいる人間を無罪にいたしません。わたくしが「覚悟」と呼ぶのは、こういう場所に踏み込んだことでございますのよ。

救済を用意したことは、逃げではございません

この作品には救いのある結末が用意されております。そこを甘いと切る方がいらっしゃるのは存じておりますわ。

わたくしの答えは「逃げではない」。理由を三つ申し上げます。

一つ、順番が守られていること

救済に至る道は、七人ぶんの加害を通過した後でなければ開きません。先に免罪符を配ってから加害を見せるのではなく、逆ですの。見せるものを全部見せてから、最後にようやく別の可能性を出す。この順番は動かせないように組まれておりますわ。

二つ、抵抗に代償を払わせていること

抗う場面で、「俺」は安く勝ちません。都合よく目覚めて颯爽と止める、という書き方を作品は選ばなかった。何時間もかけて、自分の身体を痛めつけながら、ようやく指先一本ぶんを押し留める。抵抗を安売りしなかったのは、この作品の誠実さですわ。

三つ、救済の範囲を正直に絞ったこと

そして最も重要なところですの。間に合うのは一人だけでございます。他の七人は救われないまま終わる。全員をなかったことにして丸く収めるという逃げ方を、この作品は取りませんでした。

最後の一行も申し上げておきましょう。終わったあとに、「俺」はある動作を途中で止めますの。止めなければ全部が消える動作を、止める。そこで終わらせなかったことが、この作品の覚悟でございます。

それでも減点いたしますわ

構造を褒めた分、手つきの雑なところは正直に申し上げます。

七人ぶんの辱めが、ほとんど同じ順番で進みますの。脅迫の型も「制服を着て迎えろ」「写真をバラまく」でほぼ同一。違うのは被害者の属性だけでございます。処女の令嬢か、幼い子供か、気の強い娘か。

属性を変えれば別の場面になる、という考え方は横着ですわ。渚が最後まで敬語を崩さないところ、朝美が仕返しを口にして空回りするところ——個々には効いている描写があるのに、行為の進行が同じなので後半になるほど手続きに見えてまいります。

語彙も同様ですの。陵辱系の常套句の反復で、ヒロインごとの言い回しの差が属性の差ほど大きくない。八人分の差を、書き分けではなく設定で作りましたわね。

綾香だけは別系統で、写真ではなく物理で押さえます。成人の教師が殺意と侮蔑で対抗して茫然自失しない——ここは書き分けられておりますわ。やればできるのですから、他の六人もやってほしゅうございました。

8.5——逃げ道を一つに絞った作品

伊頭家の三作で、わたくしはこれをいちばん上に置きますわ。

遺作にも鬼作にも、強烈な加害者はおりました。ですが遊んでいる人間を加害の席に座らせて、そこから立たせなかったのはこの作品だけでございます。良心を残したまま七人ぶんを見せ、最後に一人だけ救わせ、しかもその抵抗に代償を払わせた。そのうえで終わらせずに終える。

七人ぶんの単調さは残ります。書き分けの横着も残ります。それでも構造で払った代償のほうがはるかに大きいので、8.5。

「日頃のストレスを解消する為に、ささやかなエッチを楽しもうとしただけ」——その言い訳を最初に取り上げられて、最後まで返してもらえない二十時間ですわ。覚悟のある方だけどうぞ。