この作品は、遊んでいるあなたを加害者の側に座らせて、最後まで立たせませんの。
わたくしが伊頭家の三作でいちばん高く評価するのは、この臭作ですわ。理由は一つ。加害の座席にプレイヤー自身を座らせておいて、途中で降りることを許さない——その一点でございます。地の文の「俺」は良心を持ったまま、七人が屈服させられる様を内側から見せられ続けます。そして最後に、その良心にだけ救済が与えられる。逃げ道を作ったのではなく、逃げ道を一つに絞ったのですわ。覚悟という言葉を、わたくしはこういう構造に対して使います。
スコア詳細
この作品について
音楽学院の女子寮に、管理人の顔をした男が住んでおります。
1998年、elf。舞台は粛正音楽学院の女子寮。主人公の臭作は、本物の管理人志望者「加藤」をパチンコ屋で脅して履歴書を書かせ、その人物になりすまして寮に潜り込んだ男でございます。潜入から一ヶ月、マスターキーで部屋に入り、盗撮を重ね、弱味だけを溜めてきた。ゲームが始まるのは、その仕込みが終わったところから。
土曜の午後五時から月曜の朝まで。その間に何人を落とせるか、という時間割で進みます。手順はいつも同じですわ。様子を窺い、仕掛けたカメラを回収し、写真を突きつけて追い込みをかけ、屈服した相手を辱める。
わたくしがこれを手に取ったのは、遺作と鬼作を先に済ませていたからですわ。三兄弟の真ん中に何が置かれているのか、確かめておきたかった。結論から申し上げれば——真ん中がいちばん性質が悪うございました。
起動した瞬間に、あなたは中年男の身体にいます
この作品の仕掛けは、一行目から始まっておりますの。
語り手は「俺」。ですがこの「俺」は臭作ではございません。エッチなゲームを遊ぼうとして起動したはずの、あなたの意識ですわ。気がつけば中年男の身体に入っていて、口を開けば自分のものでない下品な言葉が出てくる。「もちろん俺はこんな下品な話し方をする人間ではない」「まるで咽頭に下品言葉の変換器を搭載してる感じ」——この認識が、開幕して数十行で提示されます。
そのうえで作品は、こう続けますの。「もちろん俺は臭作なんかになりたくはない。日頃のストレスを解消する為に、ゲームの世界でささやかなエッチを楽しもうとしただけ」。
——この一行を、あなたに向けて書いておりますのよ
この言い訳は、遊んでいる人間の言い訳でございます。作品はそれを主人公の台詞として先回りで言ってしまう。言い訳を先に取り上げられた状態で、これから七人が追い込まれるのを見せられる。入口の設計としてこれ以上に意地の悪いものを、わたくしは伊頭家の他の二作で見ておりません。
八人が並び、一人だけが構造から外れる
ヒロインは一人を選ぶのではなく、八人が並列で置かれておりますわ。
追い込まれる側の設計
お嬢様の近藤渚、理事長の孫で高慢な前島香織、極端に動作の遅い水無月志保、子供のままの南雲千秋、姉御肌の栗原朝美、恋人のいる藤間萌子、そして教師の南綾香。
属性が丁寧に散らしてありますわね。処女の令嬢、幼い子供、気の強い娘、彼氏持ち、成人の教師。行為そのものはどの相手でもほとんど同じ順番で進むのに、被害者の立場を変えることで違う場面に見せている。手口としては正直、わたくしの好みではございません。ここは後ほど減点いたします。
構造から外れる一人
ただし高部絵里だけは違いますの。新入生で、勘が異様に鋭い。この娘は臭作の目を見て、中にもう一人いることに気づきます。「あなたは……誰?」と問われて、地の文の「俺」が「俺は……誰なのだろう」と揺れる。八人並べておいて、一人だけが別の軸に立っている。この配置は最初から仕込まれていたものですわ。
臭作という人物に、逃げ場は用意されていない
まず加害者本人の造形から検めますわ。ここは文句のつけようがございません。
臭作は鬼畜道と美学という二つの言葉を持っております。「仏心は鬼畜道に禁物だぜ」と言い、その場で襲う強姦魔とは違うのだと自分を区別する。この男は自分の加害に理屈をつけて生きておりますの。
わたくしが評価するのは、作品がその理屈を美点として扱っていない点ですわ。「美学」は、絵里に粘り負けして手を出せなかった時にすら「美学を全うした上で粘り勝ちした」と強弁するために使われます。負けたことすら勝ちに書き換える装置。加害の責任から逃げるための論理だと、作品自身が示しておりますのね。
しかも臭作は、失敗すれば捕まりますの。香織の追い込みをしくじれば彼女が先回りで警察を呼び、渚や志保や萌子が足止めをして、この男は手錠をかけられます。「おさらばする時間にコレもんのアレもんかよぉ」と捨て台詞を残して終わる。加害者を無敵にしなかった。ここも認めますわ。
共犯にする、という手口
そして本題ですの。辱めの場面の地の文が、なぜ「俺」の一人称なのか。
臭作の台詞は音声つきで実演されますが、それを見ている描写を書いているのは、良心を持ったままの「俺」でございます。止められないまま、七人が屈服させられていくのを、内側の席から最後まで見せられる。観客ではございません。同じ身体に入っている以上、それは同席ですわ。
裏ルートで臭作が「俺」に言い放つ一行が、この構造の底を抜きますの。「あの時のお前は自ら俺の姿となる事を望み、ガキ共を陵辱しまくった」。
——反論できる方がいらっしゃいますかしら
望んだのは誰か。起動したのは誰か。作品は、遊んでいる人間を無罪にいたしません。わたくしが「覚悟」と呼ぶのは、こういう場所に踏み込んだことでございますのよ。
絵里ルートの救済は、逃げなのか
ここが本作最大の争点ですわ。わたくしの答えは「逃げではない」でございます。
裏ルート——絵里を起点とする一連の流れで、「俺」と臭作の対立が表に出ます。臭作は「俺」に追い込みを命じ、期限を切る。「お前に与えられた期限は月曜日の朝まで」。それに対して地の文はこう返しますの。「ヤツは俺に女の子達を追い込ませ、いざという時だけ俺と入れ替わるつもりなのだ」「もしできる事なら、この場で首を絞めて永遠に葬り去ってやりたい気分だ」。
ここで初めて、二つの人格が別々の意志を持っていることが地の文で確定いたします。それまでは区別がつかなかった。七人ぶんの加害を通過した後でなければ、この分離は成立しませんの。順番が設計されておりますわね。
抗うのに、痛みを払わせている
終盤、臭作は取りこぼした絵里を陵辱しようと「俺」の身体を操ります。「俺の身体がバネ仕掛けの人形のように動き……絵里を壁に押さえつけてしまった」。ここで「俺」が絵里に向かって言う一行が、この作品でいちばん良うございました。
加害者の身体に入った人間が、被害者に向かって自分から逃げろと言う。指先が触れる寸前で止まるまで、「俺」は数時間にわたって自分の顔を殴りつけて堪えます。「全身をワナワナと震わせながら、俺は必死で臭作の意志と闘っている」。
わたくしが「逃げていない」と申し上げるのは、この代償のためですわ。抵抗を安く売っておりません。都合よく目覚めて颯爽と止めるのではなく、痛みを払って、しかも間に合ったのは一人だけ。七人は救われないまま終わります。救済の範囲を正直に絞ったのですわね。
互いを救う、という着地
絵里は「あなたが私を救う為だけの存在と言うなら、私も、あなたを救う為だけの存在になります」と応えます。そして二人は別々の場所へ帰る。「俺」は見慣れたパソコンの前へ、絵里は臭作のいない土曜の午後五時へ。
ディスプレイ越しに、絵里はこう言って消えますの。「あなたは悪い人じゃありません……その事は、私が1番よく知っています」。
——ここを甘いと切り捨てる方がいらっしゃるのは存じております。ですが、この台詞を受け取る「俺」は、七人が壊されるのを内側から見ていた人間ですのよ。その人間に向かって「あなたは悪い人じゃありません」と言われる。わたくしには、赦免よりも重い荷物を渡されたように読めましたわ。
最後の一行が効いております。元の世界に戻った「俺」は、誰もいなくなった管理人室を見つめて、電源に伸ばした指を止めますの。消せば終わる。終わらせない。ここで消させなかったのが、この作品の覚悟でございます。
それでも減点いたしますわ
構造を褒めた分、手つきの雑なところは正直に申し上げます。
七人ぶんの辱めが、ほとんど同じ順番で進みますの。フェラ、挿入、剃毛、緊縛、アナル。脅迫の型も「制服を着て迎えろ」「写真をバラまく」でほぼ同一。違うのは被害者の属性だけでございます。処女の令嬢か、幼い子供か、気の強い娘か。
属性を変えれば別の場面になる、という考え方は横着ですわ。渚が最後まで敬語を崩さず「ママぁ」と母を呼ぶところ、朝美が仕返しを口にして空回りするところ——個々には効いている描写があるのに、行為の進行が同じなので後半になるほど手続きに見えてまいります。
語彙も同様ですの。肉壷、柔肉、肉人形。常套句の反復で、ヒロインごとの言い回しの差が属性の差ほど大きくない。八人分の差を、書き分けではなく設定で作りましたわね。
綾香だけは別系統で、写真ではなく倉庫に監禁して物理で押さえます。成人の教師が殺意と侮蔑で対抗して茫然自失しない——ここは書き分けられておりますわ。やればできるのですから、他の六人もやってほしゅうございました。
8.5——逃げ道を一つに絞った作品
伊頭家の三作で、わたくしはこれをいちばん上に置きますわ。
遺作にも鬼作にも、強烈な加害者はおりました。ですが遊んでいる人間を加害の席に座らせて、そこから立たせなかったのはこの作品だけでございます。良心を残したまま七人ぶんを見せ、最後に一人だけ救わせ、しかもその抵抗に痛みを払わせた。そのうえで電源を切らせずに終える。
七人ぶんの単調さは残ります。書き分けの横着も残ります。それでも構造で払った代償のほうがはるかに大きいので、8.5。
「日頃のストレスを解消する為に、ささやかなエッチを楽しもうとしただけ」——その言い訳を最初に取り上げられて、最後まで返してもらえない二十時間ですわ。覚悟のある方だけどうぞ。
